11.風の谷
「ハルト、護衛士にとって最もしていけないこととは何か分かるか?」
幼いハルトは父ライドから護衛士の心構えについての話を聞いていた。
「していけないこと?」
「そうだ」
幼いハルトは少し考えてから父に言った。
「守る人が死んじゃうこと!」
父は優しい笑みを浮かべて答える。
「はははっ、正解だ。他にもあるか?」
ハルトはしばらく考えたがそれ以上の答えは出てこなかった。ライドが言う。
「自身が死ぬこと。護衛士が死んだら誰が守る? 自分も含めて誰も死なせない、それが護衛士だ」
ハルトの目には自分より大きな父が、さらに大きくそして頼もしく映った。
「お前が死んだら、誰がアクアを守るんだ……」
ハルトは父の言葉を思い出しながら目を閉じるファイヤに小さく言った。
「ううっ、うううっ……」
鳴声を殺し、下を向いて涙を流すアクア。しばらくの間沈黙が続く。
その沈黙を破って声を出したのはアクアだった。
「【原色の悪魔】風の使いシルフィード。種族はエルフ。以前私が求婚を断ったんで、それを恨んでいたの」
アクアは小さな声で話始めた。
「でもまさか、こんなことをするなんて……、ううっ……」
アクアはそこまで話し、再び泣き出した。
「シルフィードを討ちに行こう。案内を頼むアクア」
近くまでやって来ていたガイアがハルトの言葉に驚く。
「ハルト殿、我々は和平交渉に来たのであって……」
ガイアがそこまで言うとハルトがそれを遮る様に言った。
「分かってる。でも
ハルトの目はガイアを黙らせるのに十分なものであった。ウェルスも続く。
「俺も行くぜ、ハルト。後ろから不意打ちとは絶対に許せねえ」
ウェルスが自慢の爪を出して唸り声を上げる。
「まあ、仕方ないから私も付き合ってあげる。いい? 感謝なさい」
クレアは腕組みをしてハルトに言う。
「私も」
無論ルルも同意する。それを見てガイアが降参したかのように言った。
「仕方ないですね……、少しでも争いは避けたいのですが、ここはハルト殿にお付き合いしましょうか」
「有難い、ガイア。ここでマスターウルフと別れる選択はできれば俺もしたくなかったんで」
「まあ、火に怯えて何もできなかったんだけどな、ガイア・ど・の」
ウェルスが冗談っぽくガイアに言う。
「い、いや。これから、これから暴れさせて貰いますよ!!」
ガイアの言葉に少しだけ場の雰囲気が和んだ。ハルトが言う。
「そういうことだ、アクア。俺達がシルフィードの仇を取る。改めてだが案内を頼めるか?」
「いいの、本当に……?」
頷く一同。
「ありがとう、皆さん」
アクアは流れ落ちる涙を拭きながら答えた。
ファイヤの埋葬、そしてアクアの回復。
それを終えた頃には既に辺りは暗くなっていた。今日は一旦ここで野営することにした。携帯用の食事を準備する一行。束の間の休息だ。食べながらハルトがアクアに尋ねる。
「彩国って、一体どんな国なんだ?」
アクアはパンを齧りながら答える。
「天から移り住んだ神鳥ゴールドバードを守る国。光の騎士によって五体の守護者が選ばれ、それを守っている」
「五体の守護者?」
ハルトの問いかけにアクアが答える。
「あなた達には【原色の悪魔】っていた方が分かりやすいかな。私にファイヤ、シルフィードにあとは土と光の守護者」
「なるほど」
「光の騎士が私達を選んだ。神鳥を守れ、って」
「ふーん」
ハルトもスープを口にしながら聞く。
「だから国って言うよりは神鳥を守る為の集まり。危害を加えるものに対し全力で攻撃する」
「そうか。それだからファイヤの領内に入った俺達は襲撃されたのか」
「そう、で、あなた達は何しに来たの? 話し合いがどうだかって……」
今度はアクアがハルト達に質問をした。それについては特使であるガイアが丁寧に説明した。
「そう、それで来たの。でも神鳥を借りるって、できるのかしら」
さすがのアクアでもそこまでは分からないらしい。
「なあ、ゴールドバードってどんな鳥なんだ?」
ハルトが聞く。
「大きな鳥。全身金色の。もちろん会話もできる。ヘブンズウォールを越えられるかどうかは分からない」
「なるほど」
「ねえハルト、私もう寝るわよ」
食事を終えて話を聞いていたクレアが言う。疲れたのかかなり眠そうである。
「そうだな、今日はもう休むとするか」
ルルも眠そうである。彩国に入ってからの初めての夜が更けていく。
翌朝、荷物をまとめて出発するハルト達。
しばらく歩いてもこれまでと同じ荒野であったが、アクアの的確な案内もあって直ぐにその風景は一変した。
「うわあ、凄い谷の数!!」
辿り着いたのは無数の谷が連なる場所。風が強く、その谷の間をこれまた数多の吊り橋が掛けられている。ビュービューと音を立てて吹く風。小さな声では会話ができないほどだ。
「きゃあ!!」
下からの休風にあおられてフレアの服が捲れ上がる。
「あ、あなた今見たでしょ!!」
「何を?」
クレアに絡まれたハルトが嫌々答える。
「私の、パ、パ、パン、って何言わせるのよ!!」
「見てない。と言うよりそれスカートじゃなくてコートだろ? いい加減にしてくれ」
「何よ! いいのよ! この変態!!」
ルルはそんな事よりも風で帽子が飛ばないようしっかり押さえている。少し笑うアクア。ガイアは会話の意味、そしてクレアが怒る理由が全く理解できなかった。
「気をつけて、ここが奴の本拠地」
アクアが真面目な声で皆に言う。奴とはもちろんシルフィードのことである。
「なるほど、風の使いって言ってたからな」
ガイアも谷を見ながら呟く。その時である。
「あ~ら、意外とお早いお着きで。アクア、お前裏切ったんだね」
目の前に風の渦ができたかと思うと、そこからシルフィードが現れた。
「お前、シルフィード!!!」
ハルトが剣を構えて言う。
「おやおやヒト族よ。アクアを
その言葉にアクアが反応する。
「彼らは特使なの、それから私はお前を絶対に許さない!!!」
「お~、怖い怖い。じゃあこれ挨拶」
シルフィードはそう言うと軽く手首をハルトの方に振った。
シュン!!
空間に現れた風の刃がハルトを襲う。
「ライトシールド!!」
ガン!! バリン!!!
風の刃はシールドを打ち壊すと、そのまま突き抜けハルトの目の前に地面に突き刺さって消えた。
「なっ……」
予想以上の威力。一瞬ハルトに動揺が走る。そしてシルフィードは空中にふわふわと浮かぶとその地面に向けて大声で言った。
「おいで、ゴーン!! ファイヤを殺した侵入者と裏切り者だよ~!!」
シルフィードはそう叫んだ後、「じゃあね」と言って風の中に消え去った。
ゴゴゴゴゴゴォォォォ!!!
「な、何?」
突如揺れ出す地面。ハルト達は立っていられず地面に片手をつく。
ドオオオオォォォォーーーン!!
突如後方の地面が割れ、中から何かが出て来た。
「ファイヤのカタキ、ユルサナイ!!!!」
その何かはまさに土色をした巨大なゴーレム。ハルト達の倍はあるような巨漢。そしてゴーレムは右手を上げて攻撃態勢に入る。すぐにガイアが反応する。
「危ないっ!!!」
ドン!!!
ゴーレムの強烈な一撃を両腕で防ぐガイア。ゴーレムを見たアクアが叫ぶ。
「ゴーン、違うの!! ファイヤを殺したのはシルフィードなの!!」
必死に叫ぶアクア。しかしゴーンにその声は届かなかった。
「コロス、コロス。ミンナコロス」
「ゴーン、どうして……」
「ハルト殿、このでかいのは私にお任せを。貴殿達は風の奴をお願いしたい!」
ガイアはハルトの横に来て言う。
「分かった。シルフィードを追いかける。死ぬなよ、ガイア!!」
「了解、決して死なぬ!!」
ハルトはウェルス達と一緒にシルフィードを追って谷の吊り橋へ向かう。ガイアは鋭い爪を出し、ゴーンに対峙した。
「さあ、来い。
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