10.守ること

「……浄化の雨レイニグンレイ!!!」


アクアが両手を上げ作り出した黒雲から降り出す黒き雨。音を立て体に降り注ぐ雨粒。周囲は雲一つない晴天。ハルト達の頭上のみ現れた黒雲の風景、それはまさに異様と呼べる風景であった。

そしてそれとは違う異常に最初に気付いたクレアが言った。



「えっ、何これ? 溶ける!?」


クレアに落ちた黒雨の粒はその濡らした服を少しずつ溶かし始めた。


「何だと!? ラ、ライトシールド!!!」


ハルトはすぐに頭上にシールドを張り、雨を避ける。近くにいたルルがすぐにそのシールドの下に逃げ込む。離れた場所にいたクレアだけが二人よりも多くの雨に当たってしまった。


「やだ、やだ、何これ!! 溶けるよ、服が溶ける!!!」


「わっ、わっ!!!」


慌てるハルト。


バン!!!


「痛ってえ!!!」


自分を見続けているハルトを思い切り殴るクレア。


「あ、あなた何ずっと見てるの!! 信じられない!! 変態っ!! 近寄るな!!!」


「い、いや、仕方ないだろ。シールドがなきゃ……」


「パンツ、何色っ?」


「白だろ、…………あっ!」


バーーン!!


「痛ってええええええ!!!」


「し、信じられない!!! やっぱり見たのねえええ!!」


「いや、仕方ないだろ!! 見えたんだから……」



「うるさーーーーい!!! いいから早くあなたのコート貸しなさい!!!」


真っ赤な顔をしてハルトを罵倒するクレア。その服は半分ほど溶けている。

ただ強い直射日光を避ける為、肌の露出がないフード付きのコートを着ていたのが幸いし大きな怪我には至らなかった。ハルトはクレアに渋々コートを渡す。



「何あの子、護衛士?」


「ああ、そうだ。あの盾は見た目以上に厄介だ」


アクアの独り言に答えるファイヤ。


「そうね、盾を溶かしたところですぐに新しいのを張られる。浄化の雨レイニグンレイとは相性が悪い相手ね」


「どうする?」


「大丈夫、私達の力を信じて正攻法で討つ!!」


「分かった!!」



そして時を同じくハルトもシールドの下で新たな作戦を二人に伝えていた。


「いいな、あいつらを殺すことはしない。ただ身の危険を感じたら遠慮なしに剣を振れ」


「分かったわ」


「…………」


「どうした、クレア?」


「な、何でもないわよ!」


顔を赤くしてプイと横を向くクレア。対照的に頷くルル。ハルトは二人の顔を見てから言った。


「じゃあ、行くぞ!! はあああああ!!!」



ハルトは出現しているシールドをそれまでより更に大きくして一枚を自分の頭上に、新たなシールドをふたりの姫の頭上に雨に当たらぬよう固定する。

そして先にハルトがファイヤに向けて剣で斬り込んだ。


「はあああああ!!!」


ガンガンガンガンガン!!!!


高速で打ち込まれるハルトの連撃。ファイヤは剣を持って必死に防戦する。その速い攻撃に身を守るのに精一杯であるのか、徐々に後退していく。

同時にクレアとルルはアクアに向かって走り出す。


「うおおおりゃああ!!!」


先にクレアがアクアに斬り込む。


「アイスウォール!!」


ジュン!!


再び剣撃を吸収する水の壁。



「はあっ!!」


少し横から素早く矢を射るルル。


「アイスウォール!!!」


同じく水の壁で矢を防ぐアクア。そして大きく後ろに後退し怒りの表情で叫ぶ。



「許さない!! アイスショット!!!!」


アクアは両方の手をそれぞれクレアとルルに向け、その指先から冷たい水弾を飛ばした。


シュン、シュン!!!


「くっ!!」


辛うじてかわすふたりの姫。

クレアは横目でを見る。小声で何やら唱えているのを確認。そしてすぐに合図をルルに送る。頷くルル。



「行くわよ!! はああ!!!」


アクアに斬りかかるクレア。同時に弓を構え、矢を射るルル。


「そんな攻撃、私には効かないわよ!! アイスウォール!!!」


やはり防がれる姫達の攻撃。しかしクレアはにこっと笑って言った。


「いいのよ、!!」


そう言ったクレアの顔を一瞬理解できない顔で見るアクア。しかしすぐにその異変が迫っていることに気付いた。自分の足元に自分の影とは違うがある。


「えっ!?」


アクアが天を仰いだ時には、その影の正体はすぐ頭の上まで来ていた。



「グワアアアアア!!!」


ザンッ!!


その鋭く伸ばされたは一気にアクアの体を切り裂いた。


「きゃああああ!!!!」


響くアクアの悲鳴。そのウェアウルフはアクアの前に降り立つと、さらに腹部に強烈な一撃を加えた。


ドン!!


「うぐっ」


怪我を負ったアクアがふらつきながら後退する。



「ナイス、ウェルス!!」


クレアとルルが空で召喚され地表に降り立ったウェルスの元に駆け寄る。


「ああ、火の魔物以外ならどんどん行けるぜ!!」




「ア、アクア!!!」


アクアの異変に気付いたファイヤがハルトの剣を振りきると、直ぐにアクアの元に走り寄る。


「アクア、アクア!! しっかりしろ!!」


「だ、大丈夫……」


アクアはそう言うと自身に回復魔法を掛けて立ち上がる。



「もうやめよう。これ以上戦っても何の意味もない。俺達は話し合いに来たんだ」


剣を収めるハルト。ゆっくりとファイヤとアクアに近付きながら言った。ファイヤはまだ回復しきれていないアクアに肩を貸し、ハルトを睨んで言う。


「嘘をつけ!! お前達の言う事なんか信じ……、あぶなっ!!!」


グサッ!!!


「ぐはっ!!!!」



一瞬の出来事であった。

ファイヤがそう叫ぶと、突如後ろから放たれたから身を挺してアクアを守った。

ファイヤに抱かれるアクア。直ぐに彼女はその状況が理解できなかった。しかしファイヤの背中に深く突き刺さるやいば、そして噴き上げる血を見て彼女はようやくその深刻な状況に気付いた。


「ファイヤ、ファイヤ!?」


「なっ……」


一瞬の出来事に言葉を失うハルト達。突如放たれ、音もなく消えてゆく刃。倒れるファイヤに、アクアが必死にその名前を呼ぶ。そしてその人物は風と共に現れた。



「あ~あ、アクアを狙ったのに、外れちゃったか……」


軽い口調。細く小柄な背丈。そして暗い目つき。その者の周りには常に風が吹いている。


「シルフィード!! あなた、何てことを!!!」


シルフィードと呼ばれたその風使いは悪びれることなくアクアに言った。


「お前達が鬱陶しかったんだよ。特にお前、アクア。僕の求婚を断るなんて、お仕置きが必要だったんだよ」


「な、何を……」


「まあいいや。暑苦しいトカゲが居なくなったんだから喜ばなきゃ。おおっと、そんなに怒るなよ。一旦退散。じゃあねえ~」


シルフィードはそう言うと風の中に姿を消して行った。



「ファイヤ、ファイヤ!!!」


アクアの膝の上で血を流すファイヤ。普段戦闘などしないアクア。無理をしたのか既に回復魔法すら唱えられない。


「ヒール!!」


すぐ隣にやって来たルルがファイヤに回復魔法を掛けた。


「あ、あなた達……」


涙を目にいっぱい溜めたアクアがルルの行為に驚く。


「だから言っただろ、俺達は話をしに来たって」


しかし回復魔法でも止まらぬ流血。ファイヤの体を貫いた風の刃は、彼に致命傷を与えるに十分であった。


「私の魔法じゃ、足りない……」


精一杯、何度も回復魔法を掛けるルル。


「もういい、無理するな……」


血塗れの手でルルの手を退けるファイヤ。そしてハルトを見て言う。


「俺が、間違っていたようだな。戦い、じゃなく……、話し合いなんだってな……」


無言になるハルト。アクアが叫ぶ。


「いや、死なないで、ファイヤあああ!!」


ファイヤがアクアの頬に手を当てて言う。


「お前を守れたんだ。俺に後悔はない……」


その目に血に交じって涙が流れる。



「何言ってんだ!!! 諦めてどうする!!!」


それまで黙っていたハルトが叫ぶ。


「大切な奴を守れたんだ! お前が生きる事を諦めてどうするっ!!!」


「うう、ううっ……」


涙が止まらないアクア。ファイヤが言う。


「俺はまだ死んじゃいねえぜ、バカ野郎……。それから勝手かもしれんが、アクアを、頼む……」


「いや!!! 死なないで!!!」


泣き叫ぶアクアを優しい眼差しで見つめながらファイヤが最後に言った。


「愛してる、アクア……」


そう言うとファイヤはぐったりと力なく崩れ落ちた。

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