6.急変

「いてててて、体中痛いぞ……」


昨夜部屋から追い出されたハルトは、結局廊下にある堅い木の長椅子の上で一晩過ごした。


「……おはよう、ハルト」


朝食を食べに部屋から出て来たルルがハルトに挨拶をする。既に顔が真っ赤である。


「おはよ、ルル。昨日は、その、なんだ、悪かった……」


ハルトも少し顔を赤らめるとルルに謝った。


「ううん、いいの。昨日は私も悪かった。だから気にしないで……」


ハルトは思う。真っ赤な顔で頭から湯気でも立ちそうな女の子を目の前にして「気にしない」でいられるハズがない、と。


「まあ、とにかくあなたはこれから気をつけること。いい、ハルト!!」


いつの間にか現れていたクレアが言う。


「わ、分かったよ……」


何だか被害者のようだった気もしないハルトだが、ここは黙って受け入れようと思った。




「みんな揃ったか? じゃあ行こう」


朝食後ウェルスと合流。何も知らない彼の明るさがハルトの気持ちを幾分救ってくれた。




「我が名はハルト。その名に契りし盟約により汝を呼ばん!! 召喚【ノーム】!!」


ハルトは早速ノームを呼び出し、その【気になる場所】への案内を頼んだ。


「ということで、よろしくな。じっちゃん」


「おうワシに任せな。じゃがハルト、召喚力は大丈夫なのか?」


ノームの質問にハルトが答える。


「大丈夫。ここ最近召喚力も随分上がって来ている」


二人のやり取りを聞いていたクレアが尋ねる。


「ねえ、ハルト。召喚力って何?」


「召喚力? ああ、ヒトナキモノを呼んでいる間に消費される力のことだ。これが尽きるとヒトナキモノは召喚界に帰ってしまうんだ」


「へえ~、そうなの」


「ああ、強い奴ほどたくさん召喚力を消費する。だから召喚士ってどんな奴とも契約できるが自分との実力差があり過ぎると呼んだ瞬間、召喚力があっという間に無くなっちゃう」


「無くなっちゃうと?」


「召喚界に帰される」


「なるほど。じゃあこのおじいちゃんは、今のハルトのレベルってことなんだ」


「まあ、そうだね。等級にすると下級。俺のレベルもそんなもんだ」


「若い頃はもっと強かったんじゃがな。がははははあああ」


ノームが豪快に笑う。



「なあハルト、俺もヒトナキモノになれるんか?」


横で聞いていたウェルスがハルトに尋ねる。


「ウェアウルフだろ? 多分なれるはずだよ」


「そうか……」


「??」


ハルトはこの時ウェルスの質問の意味をまだ理解していなかった。




「さあ、あそこじゃ」


ノームが指差した先には古く、廃墟と化した集落があった。

ほとんどの建物が壊れ朽ち、その原型すらとどめていない。近くに小さな川が流れておりその周辺のみ草が生えているが、集落には数本の木があるだけの寂しい風景である。

静かな空間。乾いた空気。時々吹く風の音だけがハルト達の耳に響いた。



「あの先じゃ」


ノームが集落の奥にある場所へと案内する。風化されて道か建物跡なのか分からない場所を歩く。


「あ、あれは!?」


しばらく歩くと木で建てられた比較的新しい屋敷が現れた。周囲を木々で囲まれており、館自体は大きな岩や頑丈そうな木で組まれている。それはまるで外部からの侵入を拒んでいるよう。

ただ館の周りはの地面はしっかりと踏まれており、人が住んでいる気配はある。



「誰だ? こんなところで……」


館を見たウェルスが腕を組みながら呟く。


「誰かは知らないが、あまり歓迎して貰えそうにはないな」


ハルトが言うとノームが続く。


「ここじゃ、ハルト。ここの大地が一番よどんでおる」


「分かった。ありがとうじっちゃん。 ……!!」


ハルトは急に後方に感じた不穏な気配に気付き、剣を抜いて構える。


「誰だ!!」


ハルトがそう言うと、後方にあった木陰からひとりの男が出て来た。


「誰って、人の家の前で何やってるの? お前達」


そう言った現れたのは中太りにおかっぱ頭の男。


「ヒト族?」


その姿を見てウェルスが言う。


「よく見つけたね、ここ。まあ見つけたところで僕ちゃんに消されるから意味無いんだけど」


「消す、だと? お前は誰だ!!」


ハルトが男に言う。


「僕ちゃん? 僕ちゃんはブルーノ様だよ」


「ハルト、あいつ……超気持ち悪いんだけど……」


ハルトにそばに寄って来たクレアが小声で言う。


「うん、キモい」


ルルもそれに同意する。


「待て、何故ヒト族がこの地にいる? 我らを消すとはどういう意味だ?」


状況を理解できないウェルスがブルーノに聞く。


「うるさいよ、お前。鬱陶しいから早く死んで」


その声を合図に周囲の木や廃墟から武装した兵達が現れる。


「なっ、囲まれている? いつの間に!?」


ウェルスは急ぎ自分の爪を伸ばして言う。


「ルル、俺とクレアの間に入れ。援護頼む。クレア、行けるか?」


ゆっくりと剣を抜きながらクレアが答える。


「あの気持ち悪いのは斬りたくないけど、まあ仕方ないわね」



ブルーノが顔を赤くして叫ぶ。


「聞こえてんだよ!! このクソあまが!! やっちゃいな、お前達!!!」


その言葉を皮切りにブルーノの兵達が一斉にハルト達に襲い掛かる。ウェルスが真っ先に反応する。



「グウオオオオオ!!!」


ズサッ、ズサッ、ズサッ!!


ウェアウルフの鋭い爪が次々と兵士達を襲う。



「はあああああ!!!」


ズン、ズン!!


クレアの剣も確実に敵を仕留める。明らかにここ数日で腕が上がっている。


「ライトシールド!!」


ハルトはルルやノームに襲い掛かる敵の攻撃をシールドで守る。


シュン!!


「ぐはっ!!」


ルルの弓矢も的確に敵を減らす。



「くううっ~、何あいつら! 強いじゃん、強いじゃん。最近を痛めつけたってのはまさかあいつら!? 許さない!!」


ブルーノはそう言うと続けて何か唱え始めた。


「我が名はブルーノ。その名に契りし盟約により汝を呼ばん!! 召喚【サラマンダー】!!」


ブルーノが召喚魔法を唱え終えると、隣にできた魔法陣から真っ赤な精霊【サラマンダー】が現れた。


「あ、あいつ!! サラマンダー!!!」


その姿に気付いたウェルスが叫ぶ。


「あいつ召喚士だったのか! サラマンダーとは!!」


ハルトも驚いて叫ぶ。


「さあサラちゃん、やっておしまい」


(あいよ、ブル!)


サラマンダーはブルーノに命じられその大きな口をハルト達に向けて開く。口元に集まる熱気。先日の戦いでも苦戦したサラマンダーの炎のブレス。


「ゴオオオオオオ!!!!」


「ライトシールド!! 二連!!!」


ハルトは皆の前に二つのシールドを出して防御する。


(できた! 二連!!)


ハルトの喜びとは別にサラマンダーの炎を見て逃げ始めるウェルス。


「あかん、あかん。火はあかん!!!」


「ウェルスは残りの兵を頼む。トカゲは俺がやる!」


「りょ、了解!!」


ウェルスは少し離れて残った兵に向かって行った。



「へえ~、お前が僕ちゃんをるの? けけけっ」


ブルーノからは顔では笑いながらも怒りのオーラを強く発する。


「ぶっ殺してやる!! 行け、サラちゃん!!」


「キュアアアアアアアアアン!!!」


サラマンダーが甲高い叫び声を上げる。それと同時に再び炎のブレスが吐き出される。


「イシツブテ、連射!!」


ノームはイシツブテの連撃を空に向かって放つ。


「ライトシールド!!」


ハルトは再びシールドを張り防御に専念する。


「ゴオオオオオオ!!!」


サラマンダーの激しい炎がハルトのシールドを襲う。


「ぐぐっ……」


高熱を受けパリパリと音を出しながら割れ始めるシールド。


「きゃはははは!! どうだ! サラちゃんの火はとっても熱いんだぞ!!! ……ん?」


ブルーノが空を見上げると、サラマンダーの頭上に大量の石が降り注ぐのが見える。


「あ、あれは!!」


ダダダダーーーーン!!!


「ギュアアアアアン!!!」


サラマンダーに向けて大量に降り注ぐ石。不意の出来事に叫び声を上げるサラマンダー。


「今だ! じっちゃん!!」


「砂嵐!!」


ノームが両手を上にあげるとサラマンダーを中心に小さな砂嵐が発生する。その風と砂によってサラマンダーの口に集まっていた火が消える。


「な、なにを!!」


焦るブルーノ。ハルトが叫ぶ。


「ルル、撃て!!」


「うん!」


ハルトに守られていたルルが前に出て持っていた弓を目いっぱい引く。


「はっ!!」


ズサッ!!


ルルの正確な弓矢がサラマンダーの目に当たる。それを確認したハルトがクレアに言う。


「行くぞ、クレア!!」


「待ってたわ!!」


ハルトと共に剣を持ち一直線にサラマンダーに走り込む。


「だああああああ!!!!」


二人がサラマンダーへ斬り込もうとした瞬間、


「あ、れ……?」


サラマンダーはその場から消えていなくなってしまった。


「ぎゃあああ!!! 目が、目が痛いよーーー!!!」


後方では目を押さえのた打ち回るブルーノ。



「召喚力が、切れたんだ……」


ハルトは剣を収めながらブルーノを見て言った。

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