4.蛮獣の地

火の中から助け出されたウェルスの妹ライは、幸い体毛が少し燃える程度の軽症で済んだ。救助された後すぐに里の医療所へ運ばれた。



「オヤジ! これでもハルト達を信じねえのか!!」


おさに再び連れられて来たハルト達を前に、ウェルスの大声が響く。


「分かっておる、ウェルスよ」


長はそう言うと玉座を立ち、ハルトの前まで来て片膝をつきながら頭を下げて言った。


「身の危険を顧みず、ライを救ってくれたヒト族の者よ。まこと心より感謝する。そしてこれまでの非礼を詫びるとともに、もし良ければ好きなだけこの里にいて貰いたい」


そう言って長は立ち上がるとハルトの肩を軽く叩いた。



「そうか、良かったな! ハルト!!」


ウェルスは体全体で喜びを表しながらハルトに近付き思いきり抱き締める。そして大きな舌を出すとベロベロとハルトの顔を舐め始めた。


「お、おい! よせ、何をする!!」


顔を舐められ驚くハルト。きゃはははっと隣で笑うクレアとルル。ウェルスが言う。


「我々が喜んだ時の挨拶と言うか、表現と言うかヒト族はしないのか?」


「するか!」


ハルトは顔を袖で拭きながら答える。



「ところでハルト、何故俺達を助けてくれたんだ?」


顔を拭き終わったハルトが言う。


「何でって、困ってる奴を見つけたら助けるのが当たり前だろ。父さんの教えだ」


ハルトは頭に手をやりながら続ける。


「あ、あと飯のお礼。俺たち腹減って大変だったんだ……」


それを聞いた長が言う。


「素晴らしき父上である。ウェルス、お前も少しはハルト殿を見習え」


その言葉に不満そうな顔をしたウェルスが言い返す。


「うるせえよ、オヤジ! 俺は俺の好きなようにやる。あまり構うな」


「ウェルス殿、それは長に失礼であるぞ」


長の隣に立つ屈強なウェアウルフが言う。


「ガイアがオヤジについていれば何の問題もない。俺は自由にやるぜ!」


はあ、と大きなため息をつく長。そしてウェルスに言う。


「ハルト殿達への里の案内、お前に任せる。よいな」


「おう、分かったオヤジ」


「長じゃ」


「おうおう」


長は再び大きなため息をついた。




それからすぐに里の案内をするウェルス。

ハルト達が泊まる部屋に食堂、そして道具屋に武具屋など。当面の生活に必要な情報をハルト達に教えた。


その途中、怪我をしたウェルスの妹ライを見舞うために診療所へも寄った。

診療所は簡素な造りだが中は清潔に保たれ、白衣を着たウェアウルフが病人やケガ人の手当てをしている。


「あ、お兄ちゃん!!」


ライはウェルスの顔を見ると顔一杯に笑みを浮かべて言った。


「ライ、怪我の具合はどうだ?」


「うん、もう大丈夫だよ。あれ? そこのお兄ちゃんは……」


ハルトの姿に気付いたライが言う。


「ああ、お前の恩人だよ」


ウェルスが言うとライはベッドから起き上がってハルトの傍までやって来た。


「ああ、助けてくれたお兄ちゃんだ!! ありがとーーー!!!」


そう言ってライはハルトの手をベロベロと舐め始めた。


「うわっ、またか!!」


ハルトは一方的に舐められる自分の手を見て半ば諦め顔で言った。


「これライよ。ハルト達の世界ではそのような習慣はないそうだよ。もうそのくらいにしておけ」


そう言われたライがウェルスの顔を見て不満そうに言う。


「ええ、そうなんだ。つまんなーい」


渋々ベッドに戻るライ。ハルトはこっそりとベトベトになった手をズボンで拭く。


「で、火事の原因はお前の火遊びだそうだな」


ウェルスがきつい口調でライに言う。


「うん、ごめんなさい……」


「お前は火が怖くないのか?」


「怖いよ。でもどうなるのかちょっと見たかった……」


それから暫くウェルスのお小言がライに対して続けられた。

それでもライは終始嬉しそうであった。診療所を出る時もハルト達を出口まで来て見送ってくれた。




里の案内も終わり、最後に昼食に向かうハルト達。

連れられたのは景色の良いテラスがあるレストラン。ハルトは食事をしながらようやく聞きたかった質問をウェルスにした。


「なあ、ウェルス。今更なんだが、ここはどこなんだい?」


クレアとルルもハルトの言葉に耳を澄ます。


「ここ? 特段名前はないが、周辺の奴らからは【蛮獣の地】と呼ばれている」


「蛮獣の地……」


まったく聞いた事がない地名に驚くハルト達。ルルが言う。


「【イリス王国】って聞いた事はありますか?」


腕を組み少し考えてからウェルスが答える。


「ないなあ、まったく聞いた事がない。ハルト達はそこから来たのか?」


「ああ」


食事を口に運びながらハルトが答える。


「帰るのは少し大変かもしれないな」


頷く一同。ハルトが続けて聞く。


「それから、あの遠くに見える壁って何なんだ?」


ハルトは遥か向こうに見える長く続く壁を指さして言った。


「壁? ああ、あれは【ヘブンズウォール】って言うんだ」


「ヘブンズウォール?」


「ああ、なんでも太古の昔にヒト族と魔族を分ける為に作ったとか何とか……。だからこの地には殆どヒト族なんていやしねえ」


「それって人魔大戦の!!」


それまで黙って食事をしていたクレアが突如叫ぶ。


「人魔大戦?」


ウェルスが逆に聞く。


「ルル、やっぱりあれは人魔大戦後に作られた壁なんだよ!」


嬉しそうなクレア。ルルが冷静に言う。


「そうね。でもそうだとしたらあれを越えるなんてどうしたらいいのかしら」


嬉しそうなクレアの顔が一瞬で曇る。


「お前達の国はあの壁の向こうなのか?」


興味深く聞いていたウェルスが言う。


「分からない。でも恐らくあの壁は超えて行かなきゃならないと思う。ウェルス、あの壁を越えたことはあるのか?」


ウェルスが笑って言う。


「壁を越える? そんなこと誰一人として考えたことがねえよ。あの壁はものじゃなくてそこに、だぞ。ここじゃ」


ウェルスの言葉に頷くハルト。


「確かにあの壁を見たら越えようなんて思うことはないだろうな」


「まあそう言うことだ」




ハルト達の間を涼しげな風が吹く。日差しは強い里だが、日陰に入ると乾燥の為かとても涼しく感じる。しばらくの沈黙を破って再びウェルスが口を開いた。


「明日からだけどよお、魔物狩りに出掛けるんだが、どうだ一緒に行かねえか?」


「魔物狩り? そんなに魔物が出るのか?」


ハルトがコップの水を飲みながら尋ねる。


「ああ、隣に【彩国さいこく】ってのがあるんだが、そこの奴らが魔物をうちに放って来てその討伐をしなきゃならない」


「彩国?」


「そうだ。国なんだか良く分からないんだが、色んな種族の奴らが集まっているらしい」


「ふーん、そうなんだ」


「時々火の魔物を放ってくることもあって、大いに苦戦しているんだ」


ウェルスは腕を組みながら困った顔をして言う。


「是非行きたい。タダ飯を食わせて貰っている訳だし、少しこの世界のことも知らなければならないし。ふたりはどうだ?」


ハルトは食事を続けるクレアとルルに言った。


「いいわ。ハルトに任せる」


ルルが先に言うとクレアも続く。


「そうね、私達ももう少し強くならないといけないし、賛成だわ」


ハルトも頷く。


「ありがとう。では明日の朝迎えに行く」


「分かった。ウェルス、よろしく頼む」


「ああ、こちらこそ」


ウェルスはハルトの顔を舐めたがっているようだが、ハルトが無理やり握手に切り替えた。必死になるハルトを見てクレアとルルがクスクスと笑った。

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