3.救助

静かな夜だった。

遠くからウェアウルフだろうか、時々オオカミのような遠吠えが聞こえる。その時を除けば辺り一面静寂に包まれ、体を休めるには何の不便もない牢であった。


ぐっすりと眠るルルとクレア。二人とも気丈に振舞っているが、突然の出来事に戸惑い、先の見えぬ不安に押し潰されそうになっているはず。


「父さん、俺もっと強くなりたい……」


ハルトの目にうっすらと光るものが溢れる。

大好きな父さん。その父さんに託されたふたりの姫。先の見えぬ不安に押し潰されそうなのはハルトも同じであった。

ハルトはしばらくすやすやと眠る二人を見つめていたが、疲れのせいか知らぬうちに深い眠りへと落ちていった。



「さあ、出ろ」


翌朝、朝食を終えるとハイウルフのウェルスがハルト達を迎えに来た。軽鎧を着用し、兵士だろうか数名の連れの者を従えている。


「これからおさの元へ行く。マスターウルフであり、俺のオヤジだ。失礼の無いように」


ウェルスはそう簡単に言うとハルト達を長の間へと案内した。ハルトは手縄をせずに連れて行かれることに少しだけ安心を覚えた。土壁の通路をしばらく歩く。すれ違うウェアウルフは珍しいのか、皆ハルト達を凝視している。やがてひと際大きな建物が見えて来た。


「ここだ。入れ」


ウェルスに促されるように中に入る。

建物内は大きな窓がありとても明るくて涼しい。間の中央部には美しい動物の毛皮が敷かれている。端には槍などを持って前を向き、ピクリとも動かないウェアウルフが並んでいる。

そして一番奥には大きな玉座があり、そこには年老いたウェアウルフが座っているのが見えた。宝石や見事な装飾を施した衣服を着ており、一見して彼がおさだと分かる。



「前へ」


長の横に立つ一際大きなウェアウルフがハルト達を長の前まで来るように促す。屈強な躯体。鋭い眼光。戦わずしてもその強さが分かる。おさまでの距離はほんの僅かだが、もし仮に何かしようものなら即座に斬られるだろうと思った。


長が口を開く。


「ヒト族の者よ、名は何じゃ」


ゆっくりとした口調の中にも威厳さがある。


「ハルトです」


「何をしにここに来た?」


ハルトはこれまでの経緯を簡単に説明した。

長は黙ってハルトの話を聞く。敵意がないことをしっかりと説明するハルト。隣に立つウェアウルフが何か長に小声で話す。


同じくじっと聞いていたクレアが先に口を開いた。



「ちょっとあなた、勝手に私達を捕まえておいて何なの? 何も悪いことはしていないわよ!」


クレアは少し不機嫌そうに言う。ハルトが小声でたしなめる。


「クレア、少し黙っていてくれ」


「だって、何も悪いことしてないじゃん」


「まあ、そうなんだが……」



「我らが領内に勝手に入った。それだけでも重罪である」


長の隣に立つウェアウルフが言う。


「そ、そんなこと言ったって……」


クレアが困った顔でそう言った時、いつの間にか長の隣に来ていたウェルスが口を開く。


「オヤジ……」


「オヤジではない、長だ」


「長よ、こいつら悪い奴じゃねえぜ。とても敵には思えない」


長はウェルスを横目で見ながら言う。


「何故そう思う?」


「直感だよ。考えてみな、こんなヒト族が魔物を操れると思うか?」


「うむ……」


ウェルスがそこまで言った時、建物内に伝令が慌てて入って来て長の前でひざまずいた。


「お、お伝えします!」


「今は取り込み中だ」


長の横にいる屈強なウェアウルフが言う。


「い、いえ。緊急でございます! 倉庫にて火事が起き、荷物整理をしていたライ様が中に取り残されてしまいました!!!」


「なっ、なんじゃと!!!」


口を開けて驚くウェルスと長。ライはウェルスの妹であり、そして長の大切な孫娘であった。


「す、すぐに消火をするのじゃ!!」


「行っておりましたが、火の手が早く勢いを止められません」


「何と……」


頭を抱えて下を向く長。ウェルスが言う。


「お、俺が助けに……」


ウェルスの声が震えている。先ほどまでの威勢のよさが嘘のように足までも震えているのが分かる。よく見ると場にいる皆の顔も青くなっている。ハルトがウェルスに言う。


「早く助けに行った方がいいじゃないか?」


青い顔をしたウェルスが答える。


「俺達ウェアウルフは、火が、火が大の苦手なんだよ……」


そう泣きそうな顔で言うウェルス。



「しょうがねえ!! ウェルス、倉庫はどこだ!!」


ハルトの急な問いかけに驚きながらも即答するウェルス。


「通りを真っすぐ行った右手だ……」


「ちょっと待ってろ!!」


「あ、ハルト!!」


クレア達の呼びかけも聞かずハルトはそのまま建物を飛び出す。ハルトの行動に驚く長達。


「ど、どこへ行くのじゃ!!」


「助けるに決まってるじゃないの! 分からないの、あなた!!」


クレアはそう長に言うと、ルルとふたりでハルトの後を追う。


「助ける……じゃと……」


残された長達一同はまばたきもせずに小さくなるハルト達の背中を見つめた。




「ここか!!」


ハルトが火災現場に着くと、大きな倉庫が勢い良く燃えている。木やわらを多く使っており、換気の為か開かれた窓が多くあるので火の回りが早い。倉庫の周辺には何もせず、ただただ恐れ見つめるウェアウルフが多く集まって来ている。


ハルトは倉庫の横にある水路に飛び込んで体を濡らすと、そのままドアを蹴り破って気合と共に中に入って行った。突如現れたヒト族。そして火の中に飛び込むその行動に周りの者は皆驚いた。


「ハルトーーー!!!」


倉庫に着いたクレア達がハルトの名前を叫ぶ。ルルは回復魔法を、クレアは近くにあった桶で水路の水を汲んで待つ。



数分。

待っている者にとってはもっと長く感じたかもしれない。

やがてハルトが幼いウェアウルフの子供を背負って出口から出てくると、周りからは歓声が起こった。


ルルがヒールを掛け、クレアがふたりに桶の水を浴びせる。見た感じ、二人とも大きな怪我などはしていないようだ。


幼き子供を救ったハルトに対して自然と大きな拍手、そして歓声が沸き起こった。

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