2.ウェアウルフ

オオカミの魔物達を撃退したハルト達。

いつの間にか陽は随分と傾き、辺りは薄暗くなり始めている。周囲には目立った動物や魔物もおらず、静寂が辺りを優しく包み込む。

ハルト達は目視で確認できた林の入り口まで行き、そこで今夜は野営することとした。


燃えそうな木を集め薪に火をつける。

火がしっかりとした炎となってハルト達を暖め始める頃には、周囲は真っ暗になっていた。焚火を離れるとひんやりする空気。空には無数の星が輝いている。



「で、あんたの余命があと半年って、どういうこと?」


ひと仕事を終えたクレアが改めてハルトに尋ねた。


「だから幼い時にある呪いに掛かっちゃって、今年でさようならなんだよ」


「あんた良くそんなことを普通に話すわね」


クレアは呆れた顔で言う。ルルが続く。


「解呪する方法はないの?」


「分からない。父さんが随分調べてくれたけど、系統も種類も不明な呪いらしい。要は簡単には解けないってこと」


「……いいの、それで?」


クレアが真剣な顔で聞く。


「良くはないさ。だから父さんと一緒に仕事で色んな国へ行って情報を集めていた」


「そうなんだ……」


ルルが寂しそうな顔をして言う。


「まあ気にするな。まだ半年ある!!」


ハルトは元気よく言い切った。

クレアとルルは大きなため息をついてハルトの顔を見つめた。




バチバチと薪が爆ぜる音が暗闇に響く。

ハルトの話が一段落したところで、クレアが再び口を開いた。


「ところで、本当にこんなところで寝るの? あり得ないんだけど」


焚火の前に置かれた石に座りながらクレアが不満そうに言う。


「仕方ないだろ。もう暗くなったし夜移動するのは危険。火の近くにいた方が安全だ」


ハルトがバチバチ音を立てる焚火をいじりながらクレアに言う。


「あー、体もべたべた。水浴びしたい」


「すれば」


ハルトが抑揚なしに言う。


「な、何であんたと一緒に浴びなきゃいけないの!!」


「誰もそんなこと言ってないだろ……」


ハルトはもはやクレアの顔を見ることもせずに答える。


「食べる物は、どうしよう……」


二人のやり取りを聞いていたルルがぼそっと言った。


「これ食べるか?」


ハルトは懐から取り出した干し肉を二人に渡した。


「な、何これ?」


初めて見る食べ物にクレアが怪しい目を向ける。


「知らないのか? いいから食べてみな」


ハルトはそう言うと干し肉を少し齧って見せた。クレアも渡された干し肉を噛む。


「ううっ、うーん、な、何これ、硬ーーい!!」


一気に食べようとしたクレアが干し肉の硬さに悪戦苦闘する。


「少しずつかじるんだよ。食料あまりないから大事に食べろよ」


「ううっ、硬いし臭いし、全然美味しくない……、柔らかい特上のお肉が食べたい……」


ひとりしょんぼりするクレアにルルが言う。


「クレア、今は仕方ないわよ。国に戻るまで辛抱」


「ううっ……」



二人のやり取りを見ていたハルトだが、ルルの青い髪から出た少しだけ尖った耳を見て言った。


「ルルの母親はエルフなのか?」


ハルトが発した何気ない質問。しかしその言葉が場の空気を一瞬冷たく凍り付かせる。


「……うん」


元気のない声で返すルル。すぐに髪から出た耳を隠し、帽子を深く被り直す。何か不味いことでも聞いたのかなと考えるハルト。すぐにクレアが言う。


「ハルト、あなたいきなり失礼……」


「しっ!」


ハルトが静かにするように口に人差し指を立てる。


「な、なに!? そんな恐い顔したって……」


「静かに!!」


小声だが真剣なハルトの声に黙るクレア。


(ど、どうしたの?)


小声で尋ねるクレア。


(何か遠くから微かに音がする)


ハルトはそう言うと小声で召喚を始める。


(……我が名はハルト。その名に契りし盟約により汝を呼ばん。召喚【ノーム】)


ハルトの横に魔法陣が現れノームが出現。


「おや、またかいハルト。今日は忙しいのう。召喚力は大丈夫か?」


本日二度目の呼び出しを受けたノームが言う。


(じっちゃん、何か近付いていないか?)


ハルトはやはり小声でノームに聞く。ノームは大きな耳を大地に付け目を閉じる。



「……足音。獣のような足音が、三つ、いや四つほど凄い速さで近付いて来る」


「くそっ、やっぱり」


ハルトはそう言うと直ぐに焚火を消し、ふたりの姫を連れて視界が利く林の外に出た。剣を構えるハルト。ひんやりとした空気。場を包む静寂。


そしてその影は音もなくハルトに襲い掛かった。



「ライトシールド!!」


ガン!!


バリン!!


昼間とは違い初撃で割れるシールド。先の獣達よりずっと手練れのようだ。


「イシツブテ!!」


ノームが唱えた石の魔法攻撃も虚しく空を飛び地面に落ちる。その間にも黒い影がひとつ、ふたつと増えて来る。


(まずい、速過ぎて目が追い付かない。くそっ!!)


ハルトは一生懸命黒い影を追い、剣を振った。


「はああ!!」


ブン!


空振り。まったく攻撃が当たる気がしない。


「はっ、はっ、はっ!!!」


剣を振り回すハルト。一瞬敵の気配が消える。


――横!!


「はあっ!!」


ガン!


ハルトの一瞬の隙をついて真横から攻撃する敵。辛うじて剣で受け止めるハルト。


「グルルルルルウウ」


鋭い牙。月明かりに照らされる銀色の体毛。


――オオカミ?


ハルトが敵の正体に気付いてから、ようやくその状況変化に気が付いた。


「ハ、ハルト……」


後ろからクレアの弱々しい声が聞こえる。振り返ると二本立ちしたオオカミに捕まるふたりの姫。二人とも首を握られ鋭い爪を突き立てられている。


「クレア、ルル!!」


急いで戻ろうとするハルトにひとりのオオカミが立ちはだかって言う。



「動くな、ヒト族よ。動けばその女共を殺す」


「くっ……」


ハルトは捕えられ鋭い爪を突き立てられる二人の姫を黙って見つめる。

恐れ震える二人。それを見たハルトは、自分の未熟さそして不甲斐なさで潰されそうになった。


――姫達を頼んだぞ、ハルト



そして甦る父の声。

ハルトの心の奥から何か感じたことのないものが沸き上がる。全身の血液が逆流するような感覚。そして無意識に上がる右手。それを見たオオカミが叫ぶ。


「動くなと言っただろ!!!!」


そして二人に向けられた鋭い爪が伸びた瞬間、ハルトの中での声が聞こえた。


――黒炎こくえん



「黒炎!!!!」


無意識で上げられたハルトの右腕。

そこから突如、轟音と共に漆黒の渦巻きが発せられた。それはまるで黒く燃え盛る龍。腕から放たれた黒炎は、空間を揺らしながら目の前にある物を飲み込んでいく。


「よけろおおお!!!!」


オオカミのリーダーらしき者が叫ぶ。

間一髪、辛うじてその強烈な攻撃をオオカミ達は避けた。


そしてハルトは意識を失ったままそこに倒れた。






「あれ、ここは……?」


ハルトは目が覚めると見慣れない風景が広がっていた。


――部屋? あ、そうか、俺捕まったんだ……


見回すとそこは木と土壁で作られた牢のような建物であった。牢のようだが三人で寝るには十分な広さがあり、床には柔らかい藁が敷いてある。入り口にある木の柵は頑丈双で、簡単には外に出られない感じだ。ハルトに気付いたルルとクレアが声を掛ける。


「あ、起きた? ハルト」


ハルトは二人にあれからのことを尋ねた。

オオカミに捕まり、気を失ったハルト達は少し離れたこの【ウェアウルフの里】に連れて来られた。武器を取り上げられ身動きは取れないが、攻撃などの危害は全く加えられなかったそうだ。


ハルトは外の様子を眺める。

集落は原始的ではあったが、藁ぶきの屋根に土壁の家が整然と並ぶ秩序ある集落であった。里を歩く者は全てウェアウルフ。オオカミ型の獣族だ。クレアが尋ねる。


「ねえ、さっきの攻撃、なんか黒い竜巻のようなものが出たんだけど、あれ何?」


ルルも少し不安のような顔でハルトを見つめる。ハルトが答える。


「分からない。俺もあんなの初めてだ。どうなってるんだ、俺……」


ハルトは自分の右手を見る。クレアは呆れた顔をしてハルトを眺めた。

牢の中は意外と居心地がいい。ただ今は捕らわれの身。これから何をされるのか全く分からない。ずっと元気だったクレアも顔が暗い。


しばらくすると屈強そうなウェアウルフを先頭に、数名が食事を持ってやって来た。



「食べろ」


ハルト達に食事が差し出される。


「お前らは誰だ! 一体なんで俺達を捕まえる!!」


ハルトはリーダーっぽい奴に大きな声で聞いた。そのウェアウルフが答える。


「心配するな、ヒト族よ。お前らが敵でないと分かればすぐに開放する。ただヒト族なんて見るのも初めてな奴ばかりだからな。こっちも慎重になるんだよ」


流暢に言葉を話すウェアウルフ。知能レベルは相当に高い。


「それより先程の黒き炎。あれは何だ? とてつもない攻撃だったが、その後お前も倒れた。どういうことだ?」


ウェアウルフが不思議そうに続けて尋ねた。ハルトが答える。


「分からない。俺もあんなの初めてだ。自分でも分からない……」


下を向いて話すハルト。それを見たウェアウルフが言った。


「まあいい。これ以上は聞かん。俺はウェルス。ハイウルフだ。お前達がどうなるかは、明日おさが決める。だから今日は休め。あと口に合うか分からんが食事も用意したから食べておけ」


悪い奴ではないな、ハルトは話しながらそう感じた。



「うう、ううっ……」


後ろから差し出された食事を見てクレアとルルが唸っているのが聞こえる。


「どうしたんだ?」


ハルトがふたりに尋ねるとクレアが泣きそうな声で言った。


「果物とかはいいんだけど、肉が、肉が……」


「肉? お前食べたいって言ってたじゃん、良かったな」


クレアが差し出された肉が入った皿を持ち上げて言う。


「生なのよ、生!! 食えるかーー!!!」


「えっ、生?」


さすがのハルトもその言葉に苦笑した。



様子を見ていたウェルスが言う。


「ん? 生じゃ食べないのか? よく分からんが柔らかくて美味いぞ。わははははっ」


だってよ。クレア、良かったな。あははははっ」


辺りにハルトとウェルスの乾いた笑い声が響いた。

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