第一章「ゴールドバード編」

1.冒険の始まり

傾きかけた日差し。暖かい風。頭上の雲が少しずつ橙色に染まり始める。

遠くには大きな遥か彼方まで続く大きなが見える。



「ここは……どこだろう……」


ハルトは顔を上げ周りを見る。

一面に広がる草原。広く果てない草原。風が過ぎる音だけが耳につく。

遠くにある大きく、そして長く連なる大きな壁。上の方には鳥だろうか、黒い点が幾つか動いている。


(父さん……、くっ……)


ハルトは自分達を逃がす為に転移魔法をかけてくれた父を思い出した。


(父さんが、父さんが負けるはずがない……)


ハルトは自分自身にそう強く言い聞かせた。しかし最後に現れたカオスドランゴンの凄まじい圧力、そしてその力。それを思うとただただ父の無事を祈ることしかできなかった。



草原に倒れているふたりの姫に気付くハルト。


――姫達を頼んだぞ、ハルト


ハルトの頭に父が最後の言葉が蘇る。

『護衛士として誰かを守ることに誇りを』、それは父が常々言っていた言葉。ハルトはふたりの姫を見て決意を新たにした。


(守る。それが俺にできるただひとつのこと)



「クレア、ルル。起きろ」


ハルトはまだ気を失っているふたりの姫に声を掛け、体を揺する。


「ううっ、うう……」


ハルトに呼ばれて目を覚ますふたり。青い髪をしたルルが周りを見ながら言う。


「ここは……どこ……?」


明らかに不安な表情を浮かべるルル。突然の襲撃。転移魔法。そして見知らぬ場所。不安になるのも無理はない。


「分からない。どこか遠くへ飛ばされたみたいだ」


ハルトはできるだけ冷静に答えた。


「あ、あなた私の体触った!? 変態!! それに何? えっ、分からないってどういうこと!!」


同じく目を覚ましたもうひとりの姫、クレアが興奮してハルトに言う。


「分からないよ。急な襲撃だったし、父さんも俺達を場所まで選んで飛ばす余裕はなかったと思う。あと俺は変態じゃなくて護衛士だ」


真っ赤な軽鎧を着たクレア。その顔が鎧に負けず赤くなって行く。


「ふざけないで!! あなたなんて、い、いやらしいし、それに護衛士なんだったらちゃんと最後まで私達を守ってよ!!」


ハルトは少し目を閉じてからクレアを見て言った。


「ああ、当然だ。二人を無事城まで送り届ける。約束だ」


クレアは腕組みをしながらハルトを見て言う。


「でもあなたってまだ駆け出しなんでしょ? そんなんでちゃんと守れるの?」


思ったことをズバズバ言うクレアにルルが声を掛ける。


「クレア、それはハルトさんに失礼だよ。彼やそのお父さんは必死に私達を守ってくれた。今この状況でも私達を守ってくれるって言うだけでも感謝しなきゃ」


ルルは少しずれた帽子を直しながら落ち着いて言った。ハルトが言う。


「父さんは大丈夫だ。それよりあの襲ってきた何とかと言う大臣。お前達の命を狙っていたようだけど、どうなんだ?」


ハルトがベルド大臣のことを言うと、急に二人の表情が曇る。


「分からないわ。ベルドは国王の忠実な家臣だと思っていたけど……、まあ、ほとんど話をしたこともないし……」


先ほどまでの勢いが嘘のようにしゅんとするクレア。


「国王が心配だな。何はともあれ一刻も早くイリス王国に戻ろう」


ハルトがそう言うとルルが笑顔で答えた。


「ハルトさん……」


「ハルトでいい」


「ありがとうハルト。あなたが居てくれて良かった」


「ええっ、ああ、うん……」


護衛士になっていつも礼を言われるのは父ライド。自分に対して初めて礼を言われた事に対し嬉しさを感じる一方、まだ何もしていないことにハルトは恥ずかしさも感じた。




「ここ、どこなのかしら……」


周りを見ながらクレアが言う。遠くにある巨大な壁に自然と皆の視線が行く。


「あの壁、何だろう。あんな大きな壁、見たことない」


ルルが不安そうに言う。ハルトもこれまで訪れた様々な場所の記憶を拾い上げ考えてみたが、それに相当するものはない。クレアが小さな声でつぶやく。


人魔じんま大戦後の壁……じゃないかしら……」


「人魔大戦?」


ハルトが聞く。


「ルル、歴史の講義の際に習ったわよね。人魔大戦」


ルルがクレアに向かって答える。


「太古の時代、ヒト族と魔族が争ったあれのこと?」


「そうよ。その後確かヒトと魔族を隔てる為に大きな壁が作られたとか……」


クレアが腕を組み、人差し指で頬をつつきながら言う。


「でもあれって想像の話じゃ……、誰も壁なんて見たことないし……」


「うーん、そうだけど人魔大戦はあったのは確かだし、広い世界なんだから私達が壁を見たことがないだけかもしれないし」


クレアとルルの話を聞いていたハルトが言う。


「あんなデカい壁、見たこともないし、もしそうだとしたらここって相当遠くかもしれないな」


「……かもね」


クレアが溜息と共に言う。


「まあ、それはいずれ分かるとしてまず知っておきたいのが皆の戦力。俺は護衛士。駆け出しだが召喚士でもある。後は護衛用の剣が少し使える程度。二人は?」


ハルトの問いにクレアが先に答える。


「私は一応剣士。腕はまずまずかなって自分で思ってる」


クレアは腰に付けた剣を抜いて構えて見せた。ルルが続く。


「私は魔法士。どちらかと言えば回復系が得意。あと一応エルフの血が流れているんで弓矢」


そう言うとルルは腰に付けていた小さな弓をハルトに見せた。


「矢は木があれば自分で作れる。お母様に習った」


そう言うルルの肩をクレアがポンポンと叩きながら言う。


「この子の弓矢は正確よ。まず狙いを外さない」


そう言うクレアの言葉にルルは頬を少し赤らめる。



「なるほど。バランスはいいな。思った以上に戦える」


「ちょっと、ハルト。あなた護衛士なんだからちゃんと私達を守りなさいよ」


ハルトの説明を聞いたクレアが不満そうに言う。


「ああもちろんだ。でも正直に言おう。大勢に囲まれたらどうなるか分からない。俺は父さんみたいにまだ強くはない……」


幾分ハルトの声が弱くなる。


「今はこの三人でイリス王国に帰ることを考えましょ」


ルルが明るく言った。


「ああ、そうだな。……!!」



そう言ったハルトが急に剣を抜き、周りを見て構える。


「何か、来る!!」


ハルトが二人の前に守るように立つ。


「え、えっ、何、何っ?」


クレアも慌てて剣を抜いて構える。


「あそこだ!!」


ハルトが指差した先にはこちらへ向かって走って来る数匹のオオカミのような魔物が。すぐに召喚詠唱を始めるハルト。


「我が名はハルト。その名に契りし盟約により汝を呼ばん!! 召喚【ノーム】!!」


ハルトが詠唱を終えると、真横に魔法陣が現れそこに年老いたノームが現れる。


「じっちゃん、あれだ! オオカミの魔物!!」


「了解じゃ!!」


ノームは魔法の詠唱を始める。


「二人は後ろへ!!」


「あ、は、はい!」


クレアとルルがハルト達の後ろへ隠れる。


「グワアアオオン!!!」


間近まで迫ったオオカミの魔物が咆哮をあげて飛び掛かる。


「ライトシールド!!」


ドン!!


ハルトが魔物の前にシールドを張り初撃を防ぐ。


「イシツブテ!!」


ノームの声と同時に周りにあった石が浮き始め、牙を剥いて襲ってくる他の魔物に向けて飛ばされる。


ダンダンダン!!


石の攻撃に一瞬怯むオオカミの魔物。


「はあああああ!!!」


ズン!!


隙を見てハルトが一匹の魔物に斬りかかる。


「ガオオオオン!!!」


ハルトの真横に回り込んだ魔物が鋭い牙を剥く。


「くっ、シールド!!」


ガン!


バリン!!


間一髪攻撃を防ぐハルト。しかし強烈な攻撃に破壊されるシールド。


「くっそ!!」


再度攻撃を仕掛けて来る魔物に防御姿勢をとるハルト。


シュン!!


「ギャン!!」


ハルトの真横にいたオオカミの魔物は急に高い声を上げるとそのまま倒れ込んだ。その体には木の矢が刺さっている。


「ルル!!」


後方に弓を構えるルルが見えた。


「はあああああ!!!」


ズン!!


同じく近くに寄って来たオオカミの魔物が半分に斬り落とされる。クレアが剣で血を払う。


「クレア!!」


クレアがハルトの元まで駆け寄り、背を合わせ剣を構える。残りの魔物もこちらを向き牙を出して威嚇する。


「一緒に戦うわ。……って、体に触れないで!!」


「分かった、気をつけろ!! はあああああ!!!」




ハルトにノーム、そしてクレアとルルの助力もあり無事魔物を撃退することができた。


「はあ、はあ……、ありがとう、みんな……」


ハルトが剣を収めながら皆に言う。


「大丈夫ハルト。みんなで、頑張りましょう」


ルルが空になった矢筒に手をやりながら言う。


「わ、私だって頑張ったんだから!」


クレアが疲れた表情で言う。


「ありがとうみんな。何が起ころうが、俺が必ずふたりを国へ送り届ける!!」


「当たり前でしょ、それがあなたの仕事なんだから」


クレアは当然と言った表情で言う。

ハルトは苦笑いをしたが、すぐに真面目な顔になって二人を見る。それに気付いたルルが言う。


「ハルト、どうしたの?」


雰囲気が変わったハルトにルルが聞く。ハルトは更に神妙な顔をして言った。


「ふたりには伝えて置かなきゃいけないと思うんだが、俺にはあまり時間がないんだ」


「時間がない? そんなのは私達だって同じよ! 早くうちに帰りたいんだから!」


クレアが怒った顔で言う。ルルがそれを遮る様に言う。


「ハルト、それどう言う意味?」


ハルトは真面目な顔で答える。


「ここがどこで、帰るのに一体どの位掛かるか分からないが、半年以内には必ずふたりを国へ帰す」



「半年? ……何それ、急に?」


ふたりの姫は妙な顔つきでハルトに聞いた。ハルトは再び苦笑いをして答える。



「俺の命、あと半年しかもたないんだ」


ふたりの姫はあまりにも唐突なハルトの言葉の意味を、暫くは理解できなかった。

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