護衛士ハルトとふたりの姫様
サイトウ純蒼
序章「物語の始まり」
ハルトとふたりの姫様
「ちょっとお、あなた!」
またかと思った。
「また私をいやらしい目で見たでしょ!!」
ハルトは馬車の後ろから聞こえてくる声に再度溜息をついた。
「誰もそんな目で見ていない。お前達の安全を確認しているだけだ」
ハルトはぶっきらぼうに言い返した。
「うそ、うそ、うそ! 私、全部知ってるんだから!」
顔を赤くして怒る少女。そしてその少女の隣に座った、それとは対照的に落ち着いた感のあるもう一人の少女が言う。
「クレア、ハルトさんの言う通りですよ。彼は安全を確認してるだけ」
その少女は深く被った大きめの帽子、そして肩まで伸ばされた綺麗な青い髪を触りながら言った。クレアと呼ばれた少女が言う。
「そ、そんなことないわ。あいつの目はずっと私の体を見ていたもの!」
「はあ……」
ハルトは軽くため息をつくと、馬車の手綱をしっかり握り直して馬を先へと進めた。
ハルトは護衛士。文字通り誰かを護衛するのが仕事である。
ただ今はまだ見習い中で、大先輩であり、国でもトップクラスの護衛士である父ライドに従事してその基礎を学んでいる。
今回の仕事はイリス王国の二人の姫であるクレアとルルの外遊の護衛が仕事。姫達も相手国での公務を終え、今はイリス王国へ戻る最中であった。
「ルル、あんな変態の肩なんて持たなくてもいいわ」
指にはめた真新しい指輪を、やや曇った表情で触れながらクレアが言う。真っ赤な軽鎧を着用し、腰には細身の剣を携えている。それなりの剣の使い手である。
「そんなことないわよ、クレア。ハルトさんは一生懸命護衛してくださってます」
ルルはそう言うと、手綱を持ちこちらに背中を向けているハルトを見た。
(白馬じゃないので、夢とは違うかな……)
ルルはひとりクスッと笑った。
「ハルト、この仕事には慣れて来たか?」
ハルトが操る馬車の隣で、ひと際大きな馬に乗った父ライドがハルトに尋ねる。
「だいぶ慣れたけど、まだまだ父さんには敵わないよ」
「ははっ、それはそうだろう。で、戦闘の方はどうだ?」
ライドは少し真面目な顔になってハルトに尋ねた。
「ええ、ようやく【ヒトナキモノ】の扱いにも慣れて戦闘ができるようになったかな」
手綱を握るハルトが答える。すると目線を少し先にやったライドが言った。
「ではあそこにいる魔物を倒してみてくれ」
ハルトが馬車のずっと先に目をやると、野犬のような魔物が数匹牙を剥き出しにしてこちらを見ている。
「分かった。行ってきます!!」
ハルトはそう言うと召喚の詠唱を始めた。
「我が名はハルト。その名に契りし盟約により汝を呼ばん!! 召喚【ノーム】!!」
ハルトが詠唱を終えるとその横に魔法陣が現れ、そこから年老いたノームが出現した。
ハルトと父ライドは、護衛士でありながら召喚士でもあった。
召喚士は自身と契約した【ヒトナキモノ】と呼ばれる存在を召喚して戦わせたり会話したりすることができる。召喚を行うには召喚士が持つ「召喚力」が必要で、ヒトナキモノはその召喚力を消費して行動する。
ハルトはまだ駆け出しである為、ヒトナキモノもそれ相応の最弱のものであった。
「へえ、あれがヒトナキモノか。なんか小っちゃいおじいちゃんだけど、大丈夫?」
馬車の中から外を見ていたクレアがちょっと心配そうに言う。国王軍の護衛兵が警戒態勢を取る。ルルは黙ってハルトを見つめる。
「ハルトよ、こいつ等をやっつければいいじゃな?」
召喚されたノームがハルトに尋ねる。
「そうだよ、じっちゃん!! それ!!」
ハルトは気合と共に飛び上がると腰に付けた剣を抜き、その魔物に向かって行った。
「イシツブテ!!!」
ノームがそう叫ぶと周りにあった石が浮かび上がり、一斉に魔物に向かって飛んだ。
「ぎゃんぎゃんぎゃん!!」
急な攻撃を受け、驚いた魔物達はそのまま走り去っていった。
「何だか緊張感のない戦いねえ……」
そうクレアがつぶやいた次の瞬間、ハルトの父ライドの大声が響いた。
「ふせろ!!! ハルトーーーっ!!!」
ハルトが気付くと、自身の数メートル前まで巨大な石斧が迫っていた。
「え、えっ!!」
急な出来事に反応できないハルト。
「ヘヴィーシールド!!!」
ライドがそう叫ぶと、ハルトの前に分厚い鉄のような盾が現れた。
これは護衛士の特殊能力「シールド」。熟練度によって変わるが、自在に仮想の盾を出現させ防御することができる。
ガン!!!
石斧はライドが出した盾に当たると鈍い金属音を立てて地面に落ちた。
「戻れーーー!! ハルト!!!」
我に返ったハルトは急いで馬車まで戻る。
そして振り返ると、石斧があった場所には巨躯な父の倍以上もある牛型の魔物、ミノタウロスが荒い鼻息を立てながらこちらを睨んでいた。
盛り上がる筋肉。放出される熱気。体中にある数多の傷が、これまで経て来た激しい戦闘の数を物語っている。
ハルトは震えた。
ミノタウロスは三等級。自分が契約している下級のノームなどひとひねりで潰されてしまう。
震えが止まらないハルト。しかし自分の後ろでさらに震える二人の姫を見て気持ちを入れ替える。
「ご機嫌麗しゅう、皆さま」
ミノタウロスの横に突如真っ白な光の柱が現れたと思うと、そこにひとりの男が姿を現した。
「あ、あなたは、ベルド!!」
その男を見たクレアが大きな声で叫んだ。
(知り合いなのか?)
ハルトが小さな声でクレアに聞く。
(ベルド大臣。お、お父様の配下よ)
そう言うクレアの声も少し震えている。
それもそのはず、ベルドと呼ばれた男は全身の皮膚の色が不気味なほど黒褐色でまともなヒト族には見えなかった。
「べ、ベルド大臣!! これはどういうことです!!」
クレアが馬車から身を乗り出してベルドに言った。
「どういう事? そうですね、こういう事ですよ。お姫様」
そうベルドが言うと、隣にいたミノタウロスが石斧を力任せに投げつけて来た。
「ヘヴィーシールド!!」
ガン!!!
再びライドのシールドによって跳ね返される石斧。ハルトは改めて父の強さを実感する。
「ハルト、姫を守れ」
冷静な父ライドがハルトに言った。
「はい……」
ハルトは姫達の前に立ち剣を構えた。ミノタウロスはベルドが召喚した「ヒトナキモノ」に間違いない。ライドの顔がこれまでにないほど真剣になる。
「我が名はライド。その名に契りし盟約により汝を呼ばん!! 召喚【フレアドラゴン】!!」
ライドが剣を天に掲げて召喚詠唱を唱える。
直ぐにミノタウロスの頭上に真っ赤な雲が発生し、それは渦を巻き始めた。そしてその中から真っ赤な巨大なドラゴンが出現する。赤い巨躯。大きな翼。美しいまでに均整がとれたその容姿。
一等級ヒトナキモノ「フレアドラゴン」である。
「グアアアアアアアアアアン!!!!」
フレアドラゴンは大きな声で咆哮すると、真下にいるミノタウロスに向けて急降下しその大きな爪で襲い掛かった。
ドン!!!
鈍い音。飛び散る血。
ミノタウロスは両腕を頭上で組みフレアドラゴンの一撃を耐える。しかしその両腕についた大きな傷から鮮血が溢れ出す。
「キャアアアアアアンーーー!!!」
再び空に舞い上がったフレアドラゴン。今度はその大きな口を目いっぱい開いて真下にいるミノタウロスへ向ける。口に真っ赤な炎が集まる。
ベルドは近くの木陰に身を寄せ戦況を見守っていた。
しかしその戦況を見てすぐに小声で何かを唱え始める。不運なことにライドを含め、激しいヒトナキモノ同士の戦いに気を取られ誰もがその行為に気付かなった。
「
ライドがそう叫んだ次の瞬間、フレアドラゴンの頭上に真っ黒な積乱雲のような巨大な雲が出現した。そしてその中からフレアドラゴンよりもさらに巨大な真っ黒な龍が現れる。
「グオオオオオン!!!」
その黒き龍が大きな叫び声を上げると、口から黒い巨大な波動弾のようなものが勢いよく真下に放たれた。
「あ、あれはカオスドラゴン!?」
頭上を見ていたライドが信じられないような表情で叫ぶ。
「カオスドラゴン!? って、まさか特級の……」
ハルトが震えた声でライドに言う。
ドーーーン!!!
「グギャアアアアア!!!!」
黒き波動弾の直撃を受けたフレアドラゴンは、悲痛な泣き声を上げて地上に落ちた。激しい衝撃と爆音。周りの木々がその風圧で激しく揺れる。
ライドがベルド大臣を見て言った。
「あやつ、まさか
双召喚士。
通常一体しか召喚できないヒトナキモノだが、ごく僅かな高レベルの召喚士は一度に二体召喚することができると言う。
ドーーーン!!
「グオオオオオン!!!」
地上に落とされたフレアドレゴンに、その上からカオスドラゴンが襲い掛かる。さらに石斧を持ち直したミノタウロスがそれに加勢する。
ドンドン!!!
「グギャアアアアア!!!!」
フレアドラゴンの悲痛な鳴き声が響く。
「ぐはっ!!」
口から血を吐くライド。ヒトナキモノのダメージは幾分か召喚士本体にも繋がる。
(ま、守らなければ……)
目の前で震える息子ハルトを見るライド。
ぐっと歯に強く力を入れ、心を決める。父は右手を自身の前に出して拳を強く握った。
「さーて、みんな死んでもらいましょうか」
ベルド大臣が薄気味悪い笑みを浮かべながらこちらに歩み寄って来る。
「そうはさせん!!!」
ライドはそうベルドに言うと、ハルト達に向けて魔法を唱えた。
(助力致します……)
真っ白なローブを着た少女。深くフードをかぶり、切り揃えられた前髪に透き通るような白い肌。ライドは気配を感じさせずにすぐ傍まで来た少女に驚いた。
(少女だと!? 誰だ……?)
少女はその一言だけ言うとすぐに姿を消した。
そして少女が消えて直ぐに、ライドはこれまで感じたことのないほどの魔力が自分に集まっている事に気付く。
「はあああああ!!!」
気合を入れるライド。ハルトに目をやると、どうすればいいのか分からずに姫達の前で呆然としている。
やがてハルト達の周りに真っ白な白い光の柱が現れ始めた。
「姫達を、頼んだぞ。ハルト……」
「えっ! ええっ!! 父さん、これは……、待って、待って!!!!」
ハルトは自分の目の前が真っ白になるのを感じた。
ハルトが気が付くと、そこは見たこともない場所であった。
転移魔法。父が自分達を守る為に放った最後の魔法。近くには倒れている二人の姫達。他には誰もいない。
「うわあああああああ!!!」
ハルトは地面を叩きながら大声で叫んだ。
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