物草地区の一家

太郎はここ最近、次郎の事で頭が一杯だった。ある日、次郎は太郎が女の人と手をつないで歩いているのを目撃してしまった。「あなたがここにいるのはなぜですか」なんて、面と向かって言えるはずもない。物陰に隠れ、そして、太郎は呟いた。「迷惑です」それで、太郎は己の無力さに怒りが込み上げてきた。そして、それを止める術を太郎は知らなかった。次郎の言っている事はもっともで、あの人がくれるお金がなければ生活ができない。家を追い出されて野良犬に襲われるよりは良い。もし、あの人が自分の事をなおさら、余計ものだと思うなら、身を潜めて、見つからないよう気をつけなくちゃいけない。それでも目を離さずにいて、あの人が次郎を弄んでいるのなら、太郎が行って守ってやりたいのだ。そして、彼を守る為、太郎は次郎に協力をした。太郎は次郎を心のなかで責め立てるのはやめて、次郎の手を引いた、女の後を追おうとした。しかし、太郎は次郎を追ったが、女が、次郎の足を止まらせた。そして、振り向いて、女は言った。「次郎がしていることを責めにきたのはあなた一人だけではありません。次郎が私を好きになったのは、私が私を愛するためなのです。それを私は分かっているのです」 太郎は女の言っている事が間違いであるのかもしれないと考えた。そして、彼らを止めようとした。しかし、彼らの目には、いつの間にか涙が溢れでていた。太郎は彼らに自分が見えていないのか、それともただ知っているのに無視しているのか判断が付かなかった。そして、太郎が何も言えないうちに彼らはどこかへと消えていってしまった。太郎には分からないのだ、愛とか友情というものが。でも、彼らが何を感じているかを想像するのは難しくなかった。太郎と次郎が不慮の事態で死にかけているのを救ってくれた恩人は、彼らを自分たちの一家に引き入れた。それは太郎からすれば親切であったものの、恩人にとってはただの気まぐれでだったのかも知れないが、次郎にしてみればどうなのか、よく分からないし、そもそも誰かが誰かに、つまり太郎がそうするように次郎も感謝すべきなのではないかと思った事もあったけれど。太郎にとってその恩人の家族は何よりも大事な存在だったのだ。だからこそ彼は過去の記憶を捨てる覚悟を持ってここにいるのだから。そんな事があって、もう二年になる。その間、太郎と次郎はお互いにとってただの道具にしかすぎないような気がしていたのだろうか? 太郎は泣いた。ツバメが帰ってくるように、次郎も戻ってくるのだろうか?

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