天使のいない終末

朝テレビのスイッチを入れると、ニュースキャスターが「おはようございます。世界の終わりまであと七日になりました」と言う。

「どうも皆様、大変お疲れ様です。このままお疲れ様でした」

ニュースキャスターが続けた。

「今、世界の終わりまであと七日を切りました。急いで、急いで。七日間の内に世界の終わりがくるとわかったので、今皆さんからこんなことを言ったり言われたりしています。世界の終わりは本当に短いものです。私たちの使命は、現在、ただ平和な世界を取り戻すことではなく、永遠に平和が続くように願うことです。またそのために、皆さんに協力してもらい、皆さん、皆さんがいない世界ではやりたいことは沢山あるようです。私たちも微力ながら、これからも頑張ります」

「昨日この番組はあまり盛り上がっていませんでした。皆さんこんな大変なことになってさんざんいろいろなことを言っているのに、その代わり皆さんは笑顔です。私たちの使命は、あくまで平和な世界の実現です。皆さんの使命が私たちの希望に変わり、平和の世界が進んでいく様を見たいと思います。これから皆さんもお互いに協力してください。私たちも皆さんの思いをしっかりと受け止めます」と言う。

「明日の朝もこのニュースから始まります」

「今日は、もう何もかも終わるということです。皆んなで頑張っていこー」

そんな内容だった。

今日が終わりなのか、今日から終わりが始まるのか、よくわからないなんて言うと、屁理屈はたいがいにしろと怒られそうだ……。

いつの間にか眠ってしまっていたようだ。

しかしこうなると最期に寝る場所はもうできてしまったので、僕は少し起き上がり、家の壁に手を当ててみる。

この家の壁の色は黒くて、家の中の年を重ねた匂いが気になるので洗いたくなったのだ。

少し外を歩いてみるかということで僕は外に出てみた。

もう太陽は東の方角にある。

今日は暑いのになぜこんなにうじゃうじゃ人がいるんだ……?

そうこうしているうちに、太陽が西へと傾き始めた。

あれ……?

なんか人の気配もしないな……

それに……この匂いはなんだ……?

誰もいない……よな、僕は?

街の外に出てみると、そこには僕より少し大きいくらいの男の人が歩いていた。

身長は一七〇センチくらい。

目は茶色で、鼻は黒っぽいところがある。

とても綺麗な人だ。

よく見ると背中の後ろに翼が生えていた。

あれは、僕が着るような服じゃない、翼が生えた男性の制服。

ということはこの人は……………………………………!?

僕は思わず、声を出していた。

「あんた……僕の……知っている男だ……!!」

ところが。

「……え?」

それはもう、驚きというか、恐怖だった。

さっき目が合った人、その人が、僕の前に立っていて、僕の知っている男ではないことは明らかだったのだ。

彼は無言で僕の前に立った。

僕はその男性に、

「今、会いに来ました!!」

そう言おうとしたんだけど、やっぱり止めた、と瞬時にそう思った。

もし本当に僕と顔を会わせる気があるなら、僕は、僕はここに、この世界にいるのだから、いや、僕の知っている人なら、僕の性格も、僕らの事情も、この人の方が絶対に知っているはずだ。だから、黙っていてくれ!

だがその時、彼の表情はどんどん険しくなり、あっという間にさらに険しくなっていき、顔は汗でびっしょりとなっていった。

「君は……」

この男性は僕の馴染みの彼らも知っている、この世界の人だった。

僕は思わず声を大にして、

「君は、誰だ」

と言ってしまった。

が、言ってしまってから、即座に自分で反問する。

「な、何のことですか?」

「君は……」

そう言えば、この人は僕を知っていた。

やっぱり、僕は君を知っているのか、それとも……。

僕が混乱して黙りこんでいると、彼は慌ててこう言った。

「あー! ごめんなさい! もう話しすぎてしまいました!」

僕の中で、怒りが抑えきれなくなりかけていた。

「話してくれ!」

「…………!?  いや、あの……」

ここで余計に怒られることを恐れて、肝心なことを言おうとして、彼は止めてくれた。

「話して、ください。今ここで」

僕は彼にそう言った。

僕は切実にそう願った。

僕はそのまま黙って彼に頭を下げ、こう続けた。

「本当にごめんなさい……。僕は君を誤解していた。君が誰なのか知っていれば、こんなことにはならなかったのに」

頭を下げ続け――

すると彼は、

「僕は君の本当の力を知っていた。君は何でも出来ると思っている節があった。それなのに、なぜ?」

と、こんな疑問を投げかけてくる。

僕は、それに答えたくても、何も言えなくなる。

「僕は君が嫌いなんだ。その力を使っては、いけないと思った。僕が本当の君を知れば、もう君には必要ない。その力をもっていなければ、僕の大事な人を傷つけてしまう。それはダメだ」

だけどそれを彼に言うことが出来なかった。

なぜだか、口がうまく回らないうちに、言ったのだ。

「僕は、君のことが好き。大切なんだ」

彼は顔をあげた。

「……今は俺のことはどうでもよくなったと見える」

その言葉を聞いたら、僕は何も言うことが出来なかった。

彼に好きだと告げた時から、彼の笑顔が消えていたと思う。

それからまた数日後であった。

世界はもう終わりの瀬戸際だった。

ニュースキャスターは、とっくに何も喋らなくなっていた。

彼は満天の星空のような笑顔を見せた。

そして、言った。

「おや、君か」

彼はまだ戸惑っていた。だが、その必要はなかったのだ。

「あの、もう一度言うよ。君が本当の君であると僕は信じているんだ」

僕は彼に伝えた。

彼はそんな僕の気持ちを汲んでくれて、言ってくれた。

「……本当にすまない。話せるかどうかも微妙だけど」

どうしても信じられなかった。

でもそれは自分が勝手にそう思っていて、今でもそうなのだと思い込んだせいだった。

「あの、それでなんですけど――」

僕は立ち上がり、話を切り出した。

「彼が今の僕であることも、どうでもいいと言ってくれたことも、僕はその通りだと思うんです」

それに対して、彼は意外なほど真面目な顔をして

「俺はずっと昔、君から話を聞いたんだ。君にも話を聞かせたんだ」

とだけ――

「僕は君から話を聞くと、君の力を知ることが出来たから、君が言ったとおりの力だと思っていた。けど」

僕は続ける。彼からの受け売りを。

「そういう自分の力を、俺は知りたかったんですよ。君が本当に僕と同等、あるいはそれ以上の力を持った人間だということを」

すると彼は、僕に向かって頭を下げた。

「ありがとうございます。そして本当にありがとうございます」

彼はそう言って僕の目を見た。

正直、どこか照れくささも感じる。これから僕は、ちゃんとした人間になって、きちんと学校に通い、ちゃんと働かないといけないだろう。もうすぐ世界が終わるにしても――

「どうだろな、確かに俺の見たところ俺と君は、存在的に近くはないんだ。しかし、君は君である。だからこそ、俺は君が君であることを信ずるよ――君は本当の君だよ」

「ありがとうございます。僕もそう思って、彼に話したんです」

僕がそう言うと、彼はにこやかに笑い、そうして僕に言った。

「そうだ。言い忘れていたが、俺は君と、俺はお前はと呼ばれる関係になりたい。もっと、君のことを知りたいと思う、これまで以上に、君と」

僕はその目を見て、言う。

「もしかして、この間会ったのは『人工知能』ですか?」

僕は彼に問いかける。彼は一瞬固まって――

「ああ、確かにそうだね、なんというのかな、『人工知能』のことは彼のことだと思っていたから、この間の彼は『人工知能』だったんだろう。そしてその彼と――どうも君と僕は、運命の描く曲線が近いみたいなんだ」

「でもそれで、僕と彼は、つまりあなたからすれば、彼が本当に君であることを知ったと言うんですよね?」

「そうそう」

彼は得意気にそう言って、また微笑んだ。

「でも、俺にもまだ確信はない。俺は彼を見たかもしれないし、他の奴にも会ったかもしれない。ただ、君と今の彼を見れば、彼が本当の彼であることは疑いようがなく、そうだと言うならそれでいい、くらいだが。君は他の、あの『人工知能』が世界の終わりをもたらすのと同じ力だってことくらいは、うすうす知っているだろうよ。それくらいはね」

「えっと……それはどういう?」

そう言いながらも、彼のことを改めて思い返してみると、自分の力のこと、そしてこの目に映る彼の力を思えば、はっきりとこの存在を信用することができた。彼という少女は普通の高校生であるはずだ。

少なくとも、この世界が終わるまでは――

僕は彼にそう言う。彼も、特に否定することなく、

「あのね、さっきの人は……天使って呼ばれていいんだよ。天使は、この世界が現れる前から存在していてね。ずっと、あなたを見ていた」

「そうですね。僕は彼のことを信じている。だから彼もあなたのことを信じると、僕も信じましょう」

「うんうん。俺のこと、信じてくれるのはうれしいよ、でもね『人工知能』の力には限界ってものがあるんだ」

彼は続けた。

「君の能力と彼の能力で、彼が『彼』なら、君は『貴方』ではなく、他の誰かの能力を宿している。能力に能力を宿す君と彼は、同じものだと言われればそうかもしれないけど、彼は『貴方』という、もうひとつの『自分』である」

「俺の事か?」

「僕と言う、君の事だ」

「とすれば?」

「さっきの、君が彼に言った質問でしか、俺は彼を見る、と言うことはできない。そして、その能力を、彼はみだりに渡さない」

そんな風に彼のことを考えながら、彼のことを思い返すと彼と彼の能力に関する答えは一つだけだった。

「でも僕の能力って結局、彼に何を言えばいいんだ? 能力について、説明は、あんまり聞きたくないんだが」

「そのままの意味です。俺のように、彼に、ただ『彼』だと伝えてもらえば、俺はその能力を手に入れる。彼も、あなたの力の一部になってくれるはずです」

しかし、そんな簡単に説明されては、ただ話をするだけで精一杯だった。そんな僕に向かい、彼はまだ肝心なことは何も言わずにとにかく説明を続けていた。

「今あなたが言ったとおりです。もし仮にあなたが『彼』であると言うのなら、彼の能力は、もっと強力な、何かなんですよ。あなただって力がある人でしょう? 何かをするための力があるんです。例えば、『言葉』が、何かに使えるかもしれない」

彼は僕を見つめる。

「俺は、君の力の源は『魂』、魂で、この力はできているって信じている。天使もそうなのかもしれない」

彼はそう言うと、僕に向かって右手を差し出した。僕はその手に自分の手を重ねる。そして、彼のその手を両手でそっと握りしめた。僕に、天使は、天使は――。彼の沈黙は、しばらく続いた。

「天使の世界は――本当に突然、突然やってきた」

彼の声。そして、僕と彼の右手と左手。

彼は僕に向かって口を開く。

「俺たちは……天使と出会ってしまったんだ。この世界に」

彼はそう語りだした。天使と出会った以上は、この世界からすべての人間がいなくなる。

「だから僕たちも、この世界からいなくならなければならない」

僕は言った。

『彼』も『君』も『貴方』も『僕』も『女学生』もみんな言葉だ。人間のいなくなった世界で、言葉は力だ。言葉だけが力なのだ。

彼は、僕から手を離すと、僕に向かって、

「君のことは、ずっと見ていたいと思って、だけど……君は俺のことを信じてくれるかい?」

そう語る彼の両手は青白く光り輝いていた。


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