ジョーイ・フェイスの宇宙

俺はジョーイ・フェイスの顔が見たかった。

ジョーイ・フェイスの顔を見れたなら、俺は本当にうれしいんじゃないのか?

いや、それもある。

しかし、今なら俺は顔のないこの男をジョーイ・フェイスとして受け入れるのを許せるのではないか、とも思う。

ジョーイ・フェイスは非常に魅力的なアーティストだ。

アストロノーツはステージ上では宇宙服を脱がない。オフの顔出しは禁止。人に知られたアーティストだが、顔のない男。

ジョーイ・フェイスが、そういう子供じみたタイプの人であったとしたら、俺はエルミニウムを手放すようなことはなにも思わなかったかもしれない。

ただし、ジョーイ・フェイスはどうかが知らなかったわけだ。

ジョーイ・フェイスは誰にでも、そういうタイプに見えた。しかし、ジョーイ・フェイスが本当に魅力的と思えるものは、エルミニウムだけだったのではないか?

エルミニウムが本当に魅力的だと思えるのは、エルミニウムの顔を見た時だけだ。

他のすべての魅力は気づかずとも、粗探しする人たちが細かな欠点を数え上げたとしても、エルミニウムの顔に面と向かって見れば、それらさえも魅力があると気づくのだ。

それがエルミニウムの顔の現実だとしたら、エルミニウムはジョーイ・フェイスを求めるはずだ。俺が言うのだから間違いない。

ジョーイ・フェイスといた女、たしかにあれは、顔は見えなかったが、エルミニウムだとわかる。

「そう、本当に、あれはエルミニウムだった」

しかし俺はそう思った。エルミニウムの顔だけをずっと見てきたわけではないのだ。

それでも、俺は今日、エルミニウムをエルミニウムの顔以外の全体で見たいとは思えなかった。

俺はエルミニウムに会いたかった。俺はエルミニウムの顔という顔が本当にかがやく女性を、俺はすっごい愛していた。

俺はエルミニウムのことを知りたいと思った。

そしてその愛は、彼女の顔が一番大切だ、と俺に知らしめたのだ。

エルミニウムの顔は銀河だ。しかしエルミニウムがどれほど魅力的に見えたとしても、それは彼女が本当はいないということではないか。

エルミニウムの顔はいつも、エルミニウム自身を見に行った。エルミニウムの顔はエルミニウムだけでは確かめられない。エルミニウムに顔が必要なら、ジョーイ・フェイスも必要なのだ。

俺はエルミニウムに会いたかった。

でも、それはやはり無理だった。

俺はエルミニウムの顔が本当にジョーイ・フェイスといるかどうか、これから知っていくしかないのだ。そのとき俺は、「ジョーイ・フェイスとはどんな人?」とか「エルミニウムと俺は血の繋がりは無いって聞きましたが本当なのでしょうか?」など色々な情報を、ネットで調べ、エルミニウムに話そうとした。

俺はネットで調べ物が出来たので、その場を後にしてエレベーターに乗り、「ジョーイ・フェイスはエルミニウムと俺には関係ない」ということを強く祈った。

しかしエレベーターは俺の祈りとは裏腹に、内部のエルミニウムを排出しなかった。代わりに宇宙服を着たアストロノーツが顔のない行列を作って降りた。俺はエレベーターの乗り込んだがエレベーターの中にエルミニウムはいなかった。俺はエルミニウムがいないことに驚いた。

こんどこそ、俺はエルミニウムに会いにいった。エルミニウムに。

俺はエルミニウムが俺を待ってる、ということを強く祈った。エレベーターに乗るまで。

エレベーターが階数表示と共に現れる。俺はエルミニウムが俺を待っている、ということを強く祈って、扉が開くと外へでた。

エルミニウムは鏡の中にいた。廊下の向こう端に立っていたのが対面の鏡の中に映ったのだ。鏡の中のエルミニウムが顔をそむけ、階段を降りていった。エルミニウムの顔はいなくなった。

俺はエルミニウムに会った。頭に棍棒を食らうような形で。

エルミニウムはあの時、俺を見てはいられなかったのだろうか。俺はエルミニウムに会いに行った。きっとエルミニウムは俺に見つからないと思ったのだろう。姿を隠す、それがエルミニウムにとって魅力的だったからというのもあるのだろうか。

エルミニウムの顔はもういない。俺は、俺の知らないジョーイ・フェイスの姿を映したエルミニウムの顔を見たくなかった。エルミニウムとエルミニウムの顔は最初はそこまで深い関係にあったわけではない。ということはエルミニウムとの仲はかなり悪かったのかもしれない。俺がエルミニウムの顔を発見して初めてエルミニウムの顔はエルミニウムのものになったのだ。それをきっかけにエルミニウムが俺を待ちたがっていたと感じることは俺には何か嫌だった。

エルミニウムの顔はエルミニウムの顔に違いない。でも俺を裏切ったエルミニウムの顔は夜空のように暗くなる。ますますもって暗くなって、俺の視線の先にはエレベーターの照明も届かない。

エルミニウムの顔が一番大切だということは理解しつつも、俺が失ったエルミニウムの顔がもうどこにもなくても、それでもエルミニウムに会いたかった俺は、エルミニウムに会いに行った。

エルミニウムはそこにいた。

場末のホテルの階上に。

ジョーイ・フェイスに寄り添って。

俺が知っているエルミニウムの顔は、そこにはない。

エルミニウムの顔はとてつもなく遠い。

エルミニウムの顔は銀河だ。たった一人、ジョーイ・フェイスが泳ぐ宇宙だ。

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