風の便り

あの朝、彼がベッドで目覚めると隣には知らない人が眠っていた。それが満潮みしおだった。とりあえず、彼は言ってみた。

「愛しているよ」

満潮は叫んだ。

「嘘つき!」

満潮の涙は、その体を残して一つもなかった。

「美しいお嬢さま、俺も全部見ていただけたら、お嬢さまの気持ちになれるかな?」

その日、彼の父親が急に亡くなった。

葬儀で、満潮は美しいその体を、惜しげもなく人々に差し出していた。

その後、人知れず、満潮を見放した男達が満潮を家から追い出していった。

「あの人のことだ、どうせまた同じことを言うんだろう」

そして満潮はそうする他無かった。しかしそんなことは、もうどうでも良かった。ただ心に心臓が生き生きとしていた。それはあまりに強い強さだった。それを満潮は受け入れていた。

そして今日、美しい人が亡くなった。

父はそう言っていた。

それを聞くと、彼は何も言えなかった。しかし心の中はどこかホッとしていた。ただ悲しかった。

自分自身の過去を聞かされても、何かが足りないような気持ちがして、彼はどうすることも、何もできなかった。父を見ると、父の亡骸に顔を埋めるようにして泣いてしまっている。

「あの世で、お母さんは良くなってる。何にも悪いことをしていない。これからは、お母さんらしい幸せを見つけるだろう。いつか父さんにも、会えるかな?」

彼は誰かに問いかけようと思っていた。しかしかなり心細い事を言われた気がして止めた。彼は満潮に「いつか来る」と言われるように、心を開こうとしていた。

そして、(いつしか愛と言葉を教わった。きっと彼も満潮の事を想っていると思い、満潮は自分自身に言ったのだ。彼を愛していて良いと。彼は満潮の事を、心から愛していると言って、彼女は嬉しかった。満潮も彼を愛し、これからも愛し合いたかった。)という物語を、クーラーボックスに入れて。

彼はその夜、タモ網漁に行った。

(了)

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