その「い」と「わ」

「あら……」

その音で

女は、ゆっくりと女の目を開けた。

「え?」

「私を殺せるかしら」

女の手が、何かを差し出した。

「私の名前は、『阿佐和』よ。あなたは……なんて名前なの」

「……知らなかった。『阿佐和』って、聞いてたから」

「その通り。阿佐和。今から、あなたはその『阿佐和』を殺すわ」

「…………」

「私の本当の名前は、『阿佐井』よ」

「阿佐井?」

「そう、阿佐井」

「阿佐井から聞いた」

女の身体が、ビクビクと震えた。

「そのとき、もうあなたは……」

「もう、あなたは……」

阿佐井の口から、言葉が漏れた。

「それを語るお前は、『阿佐和』か?」

女は、阿佐井の身体が震え出したのを見た。

それは、自分が震えているようにも見えたが……そうではなかった。

彼女はゆっくりと顔を上げ、

その涙で顔を濡らし、

口を震わせ、

女の瞳に、涙を湛えたまま、

ただ、ただ

一言、

「阿佐井よ」

ただ、その言葉を口にした。

「もう、泣かないでよ」

「私は、お前の『阿佐和』を殺すぞ」

(了)

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