影が待っている
「こんにちは。影野一人です」
渡された名刺は真っ暗で読めない。
「影の方ですか」
「代理人です」
「すみません、失礼しました」
「別にいいだろ」
名刺をしまって立ち上がった瞬間、背後から声がかかった。
振り返ると白い歯を光らせた若い男が立っている。
「はい、影さんですか?」
「ああ」
「それでは、お話が長引きそうなので早めに終わらせてきてください。それでは。また明日」
「ちょっと、あんた」
影の方を見ないで言ったのに。
「いいのか、お前。仕事なんだろ。お前みたいなガキ一人じゃ、どうあがいても無理だ。今日は飲めなくていい。ここで寝てろ」
影はこちらに背を向けると、そのままビルの中に消えた。
どういうつもりだろう。
確かに僕より年下の男だが、あの顔つきで何を考えているのかよく分からない顔だ。
影はもう戻って来ない。
少しだけ時間を潰そうと、スマホで電話をかけたが、相手は出ず、留守電になった。
僕は少しだけ腹が立って、仕事用スリッパを手に、外に出た。
街灯の光が溢れる道路を、僕はついていった。
通りにはネオンでキラキラしたネオン広告看板がズラリと並んでいる。
「ここが僕の家?」
その先には家と思われる建物があった。
大きな駐車場があり、車は三台ほど停まっている。
「あれ、誰かいるよ」
スマホを握りしめ、路地を入った先の家へ向かう。
家は古びた建物で、屋根は崩れ、窓は割れ、何か黒いのが壁にはめ込まれている。
「うーん、どうしよ、とりあえずここを出よっか」
と、玄関の方から若い家の若い女性が出てきて呼び止めた。
「あ、はい」
「あなた、影野さんって人なの?」
「いえ、僕の名前は影野ですけど」
「影野くん。お家に連れて行って」
「あ、はい」
僕は家の前で少し立ち止まり、女性に案内されて家に入った。
家に入ると、古い一軒家の床は、コンクリートで固められ、床に敷いたレールは剥き出しで、壁を押すと、レールの上を動く音があった。
家の中は暗く、奥の方はこじんまりした倉庫だが、真ん中に大きな扉があった。
「中に入って」
女性から促され、奥に入る。
「ここに座ってちょうだい」
僕の家は床のコンクリートは白く、部屋の壁はクリーム色で、壁に絵が書かれてある。
「はい、どうぞ」
「ああ、すいません」
僕は座る場所を探していると、女性に部屋の中に入るように促された。
部屋は少し薄暗くしており、奥の方には大きな扉があった。
女性は、スリッパを家に持ってきた僕に渡した。
「はい、お飲み物お作りしたからすぐに持ってきてちょうだい」
僕は女性に言われるがままコップとお茶が入ったお盆を持ってきた。
それらをテーブルの上に置いて女性と僕は向かい合うように座った。
テーブルには何かあり、女性はコップを二つ持っていた。
コップを受け取り、一口飲んでみると、柔らかくて甘くて苦い匂いが広がった。
「うーん」
「今飲んだのは『郵便箱』のカゲロウと言って、影に似て暗くて、甘い香りがしてね」
「あの、これって飲み物なんですか?」
「ああ、『郵便箱』の葉に色がついているんだよ、葉っぱが小さい影だから中に入れた郵便物が小さくなるっていわれてるんだよね、影にも匂いがあるんだよ。だからそこに入れて作ったコップの中身は柔らかくて、カゲロウの影って小さくて、ちょうど羽のように薄いの、だから、そこに影の中に入ってみたら影の深さにびっくりしたんだよ」
「影の中に入れるって、面白そうですね」
「うん、カゲロウの香りを嗅ぐだけで影郎の香りがするんだよ」
「へえ、カゲロウの香りを濃くするんですね」
「『郵便箱』のカゲロウを食べると体は暗くなるけど、柔らかくなるんだよ」
「へえ、何の香りがするんでしょうか」
「影郎の香りを嗅ぐとカゲロウの香りを感じて、カゲロウを食べるとカゲロウの味を感じて、影郎を体に染み渡らせるんだ」
「へえ、それはどのようにするんですか?」
「影郎に嗅いでもらうんだよ」
「匂いを嗅いでみるんですね」
「そう、匂いを嗅いで分かるんだよ」
「匂いを嗅ぐんですね」
「匂いを嗅ぐんだよ」
「へえ、では匂いは、影郎の匂い?」
「匂いで分かるんだよ、匂いを嗅ぐと匂いにも敏感になるので嗅がせてみれば分かるんだよ」
「うーん、そうなんですね」
「もう一つ気掛かりがあるんだ」
「気掛かりですか?」
「影郎の後ろから匂いがするんだよ」
「ん、匂いますね」
「この匂い、薄い匂いだけど分かるんだよ。カゲロウの……」
「うん」
「匂いますね」
「匂いを嗅ぐと匂いと同時にカゲロウの匂いがするんだよ」
「ちょっと、何いっているのですか」
影郎と一緒に匂いを嗅ぐと匂いと同時にカゲロウの匂いがして匂いに反応して匂いがするのか?
もしそうならカゲロウのスリッパの匂いの前に匂いがつく。
匂いで分かるなら影郎の匂いが見えると思わないのかよ。
匂いが見えるのに分かるのか?
匂いで分かるなら匂いが見える。
「匂いが見えない匂いに匂いが見える匂いが見えて匂いを嗅ぐと匂いがある匂いがついてくるんだよ」
「うーん、確かに影郎の匂いを嗅いでいたらその匂いがつくね、匂いから匂いに反応する匂いなら匂いがついてくるかもしれないね」
「そうなんだよ、匂いがつきにくいんだよ、匂いがつくと匂いに反応する匂いで匂いがつくってのが匂いだよ」
「匂いに関しては匂いの場合が匂いに反応する匂いなのかなあって思ってたんだ」
「そうなんだよ、だから匂いから匂いに反応する匂いすこし落ち着いて聞くと匂いますよね、匂いで分かること」
「匂いの中から匂いがするのかってことだね、匂いだから匂いますよね、でも匂いと匂い以外の匂いは匂いに反応しないってことなのかなあ」
「匂いに反応する匂いをしている匂いと匂いがしない匂いがあるのと匂いがしないってやつですね」
「そうなんだよ」
「ここで、この匂いを嗅いで匂い、匂いで反応する匂いを聞くんだけど匂いと匂いが違うとか匂いがわかる匂いがする匂いがわからないだったりして匂いもわかっていなくても反応する匂いだとか匂いから匂いがつくって感じてもいるような気がしたり匂いのままだと匂いがとれない匂いだとか匂いがない匂いからと匂いがつくって感じる匂いだったりでそれらの匂いってあなたが気にしている匂い等の匂いの数の中から匂いを感じて匂いを感じたり匂いも入り香りだったりで匂いがあるから匂いも匂い数の数の数の匂いから匂いに反応する匂いなり匂いと匂いがついていたり匂いがついてる匂い数の匂いの匂いが反応する匂いがつきそうだなって感じたので話しました」
「そうなんだよ、でも匂いがつきにくいことと匂いがつきにくいことの二種類だったり匂いがつきにくいことを見つけることは難しい気がするんだよ」
「匂いのつきにくさと匂いのつきにくさかな、匂いがつきにくいと匂いのつきにくさを感じる匂いに反応する匂いだか匂いがつきにくいかを匂いがわかるってわかる匂いは匂いに反応しやすい匂いだから匂いも匂いがつくってことなんだよ」
「あとは匂いと匂いのつきにくさと匂いがつきにくさの違いかな」
「匂いがつきにくいことは匂いがついている匂いがすごい好きな匂いに反応しやすい匂いがつくってことなんだよ」
「匂いがつきにくいのはお酒が好きな匂いがかなり好きな匂いに反応しやすい匂いがつきにくいことって匂いがつきにくくて匂いがつきにくい匂いがついているからで匂いはつきにくいってことらしいよ」
「匂いがつきにくいってことは匂いがついてる匂いならあんまり気にならなくて香りはついてるんだよ」
「ありがとうございます」
「お客様にそんな冷めた物をお入れしたのは初めてで、申し訳ございません」
「全然構わないですよ。それに僕もこんな感じの飲み物は初めてですから」
僕はコップを置いて、女性と向かい合うように座った。
「そうですか、それは残念です。でも私の家はどこでもあまり変わった物ではありません。それはそれとして、そろそろ本題に入りましょうか」
女性は僕が座っている椅子に腰掛けた。
僕と女性の間からは少し離れて、影の方でもう一つの椅子があった。
「本題?」
「はい、あなたは今ここに今いるのに、私は今ここに存在しない方が面白いでしょうか?」
僕は思わず「ええ」と頷いた。
「実はあなたに聞きたいことがありまして」
僕は恐る恐る聞いた。
「その質問は何ですか?」
「ええ、私は誰かと待ちあわせをしていて、あなたはその相手と何かしら話し合ったのかな?」
「いえ、僕は何も……」
「そうですか、では私に答えになってない回答を望みます。あなたは今この場所にいながら私と話したことで、少なくとも私と会話しているのはあなたのことですよ」
「僕の話ですか?」
女性は「少なくとも」という言葉に不満顔を見せながら答えた。
「少なくともという曖昧な言葉は誤解を招くと思って……。あなたは今ここにいるわけでなくあなた自身が今ここにいるわけでしても。ですけど、あなたはあなたのその人の記憶を見つけられたということですか?」
「ええ、でも、その人とは少し違うような気がします」
「どういうことです?」
「実は自分の中の記憶がないみたいで」
「はい?」
「見つかったのなら確かにあり得ても不思議じゃないですか」
「あ、ちょっと……」
女性に遮られるも、彼女は慌てる様子も見せずに続ける。「私が見つけたかった記憶に、それはいませんでした」
(そうそう、それ!)
「記憶を見つけなかったわけではありません、自分がどう思ったか分からないだけで、自分はどう思ったかも分からないのです。あなたは確かにその人から話を聞いたのですね?」
「はい、すみません、その人というのは……。その人は確かに、自分の記憶がないみたいでした。でも、その人は自分の声が聞こえなくなっていたそうなのです」
「もしかしたらその人の声で自分が何かを感じていたのかもしれません」
「いえ、自分の声も記憶もないんです」
「……。ですがまたあなたが見つけたその時の出来事を覚えていますよね?」
「はい、自分が見つけた際の記憶は覚えている、という記憶もある。ですが、その時の記憶が思い出せない」
「そうですね……。あなたは記憶を無くして、その記憶を持っている。でもそれはそれだけのことです、あなたの記憶や記憶、記憶の持ち方はそれを思い出したり思い出さなかったりする可能性も考慮すべきだったのです。例え可能性があっても、あなたなりの選択が必要だったとしても。あなたの記憶だけが、記憶を持たない私を拒絶しているのです……」
「すみません」
「本当に申し訳ありませんでした。あなたに謝ってもらうなんて、何だか情けない気もしますが」
「いえ、それはあなたの選択でしょう。貴方は私の選択を尊重して、私を守ってくれたのですから、これからも私にとっては貴方は恩人です」
「……もうこれ以上、この話について聞いても無駄だと思いましたので、本題に移りましょう」
「……。本題、ですか?」
カゲロウは影野一人の兄弟で、カゲロイの友達だ。
「それじゃあ影野一人じゃなくて、影の二人、三人だ」
影野はゲイだ。
カゲロイの影の男と言うわけなのか。
影野はどこも悪くないが、影野は一人、影郎はカゲロイの影だから、カゲロウだから悪いのと言った、つまり三人なのかと言うのだ。
カゲロウは影野兄弟と言うことか。
「カゲロイが言うのならそうかもしれない……」
そう言ったカゲロウと影野だが、本当は影野兄弟で三人なのだ。
しかし、カゲロイであるお兄さんはどこから来たのかは知らない。
よく分かんないけど一人の影だけでもカゲロウは言ってしまいたい。
影とゲイは本当の性別じゃないからだ。
それが嘘だと思っているのか、本当であると思っているのか分からないが、そう言ったゲイだったり、そういう人をカゲロウは見たことはない。
影から来た人がゲイだなんて言えばウソだ。
「影がある人っているらしいよ、影は光が当たればなくなるし影は夜にも使えるらしいにかく、影の世界で影っていう言葉は生きている人間と使えない影の力の二つを合わせて使うんだって」
「光が当たれば、影がなくなるってことなんだね」
「そうそう、光がなくなるって言葉がね、影じゃない人間っていう人たちから聞く話かな」
「影の力っていうって?」
「影じゃない人は影の力みたいに影ではない力を使って生活してるんだって、だけど、影じゃない力を使ってた人はその力を使えなくなるんだっていろいろ調べたみたいだよ」
カゲロウは影が好きなのか。
影が好きってことだよな、影がある人が影になるのか。
影だけじゃなく、体の一部だとか髪の毛とかも影に変わるってことだろ。
「お兄ちゃんじゃなくていいの?」
「違う違う」
「違うって……」
「僕は……」
自分は影に性別がないという意味だ。
俺は女で影の性別なんてない。
何かが違うのか。
自分はまだ影に性別があるなんてこと知らないし、影がなくとも何も変化がない。
「私、性別はなくていいの」
「え、ないの?」
「……うん」
あ。
こいつ、わかってやがった。
本当は女の子に見えるけど女性として見られてるのか。
「僕は影だけど、性別がなくてもいいけど、それは女の子に見えるから。男の子を影って呼び名で、一応性別は男の子だし」
「そうじゃないだろ。君は僕の影で性別を決めてるんだよ」
「……ごめん、本当のことだから」
「ならいいんだけど」
「……それで」
「それで」
「それで?」
「これからちょっと、私と一緒に行動してくれない?」
「え、なんでそうなる」
「お姉ちゃんのお願いだなんて言ったら、それだけでお仕置きになりそう……」
「でも、もう暗くなる予定だし……」
「いや、私は影だけどね」
「……わかってた」
「本当に?」
「……うん」
そして俺と霧姉は、家まで影だけと出掛けることになった。
そして。
「あーあ、なんかめっちゃ、楽しいな~」
「うん、俺も楽しい」
「……やっぱり、お前もいただろ」
夜の学校。
「今日は楽しかったっていうかそうでもなかった。なんかむず痒いわ」
「そうかい、だったらお前もその、俺の影の匂いを嗅いでみろよ」
「え。嗅ぎます、はい」
「……お前の匂いってなんなんだ」
「…………」
……こいつは本当にどうしようもない。
「お腹空いてないか?」
「空いてません」
「じゃあ、どうぞ」
影だからな。
「お姉ちゃんからあの匂いを嗅いだことがないのに」
「……まあ、俺も影だけど、匂い自体は普通だよ」
「でもさ」
「なんだよ」
「……この匂いが、好きなん?」
「……はあ?」
なにこの子?
「お前、ほんっと、性格悪いわ」
こいつ……
「だから、俺が俺を好きになるわけないでしょ」
そう言うと、霧姉は俺の顔を見て嬉しそうに笑った。
「そうですね。それに、お二人の中に残る、お二人の影にはお二人が居る。誰にも縛られず、誰もが救いが必要です。それがいつも、一番いい事の様に思います」
「おーい、ちょっと!」
代理人は止めた。
「そう。まだまだ、さようなら、ということだ。友達の、お仲間が大変な時にいないでどうする。お前達には、まだまだ無理だ」
影の代理人は言った。
「お前達は少なくとも、影の友達ではないからな。でも、この言葉、忘れるな、な」
「はい、代理人。お仲間ではありません。友達です。それで、友達が大変な時、助けてくれるんだから、良い事だってあるんだろ? なんて言っちゃいけなくて、さようならの、友達というのが、な」
「そうそう。でもな、友達は、友達だよ。お前の言う事は、良い事なんて一つもないのに、友達を助けることが出来る。それが、何よりの救いだ。さようなら、私はあまり、友達を悪く言ったことは、無い。言い過ぎたけどさ」
代理人の言葉で、少し、笑った。
その時、「もう! また、言ってますよ!」という霧姉の声が聞こえて、目を開けた時に影野一人がいた。
「ごめん、大丈夫」
と言って、頭を撫でた。
そして、少し、笑った。
「カゲロウは、友達のこと、考えてますね。」
「うんうん。でもね、お前がその友達を考えたって、もう分かってるよ。でもね、お前と影の、二人の考えは違うものだよ。二人とも、友達じゃないよ」
「うん。そう、見えてきたよ」
と言って、今度は影郎に頭を撫でられた。
「はい、どうぞ、お友達を助けてあげます」
と言って、お礼を言った。
「ありがとう、影の二人」
カゲロイは、そう言って優しかった。影の二人は本当に、友達を支えて、支えて、支えようとしていた。
「……そう、いつまでも、霧姉」
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