クソムシになろう
「世にも美しい女王様の腹の中でクソムシになって優雅に暮らそう! そう考えているのでしょう?」
「何を言い出すかと思えば……!」
しかしながら! 僕は、まだまだ彼女が『何もしなかった』ことが信じらんない。それでも、僕だけは陛下に仕えると決めたのだ!
「……その覚悟が、この先にあるということかしら?」
「そうとも……!」
そう、それは覚悟である。
命乞いをしても許されるとは思えないから、今はまだ『死ぬ気さえ起こさない覚悟』で女王陛下のために頑張る。
そして何より、僕は彼女と一緒に生きていきたいのだ。
それこそ、絶対に。
「……そんなことでいいんですの? わたくしはまだまだ未熟な方だというのに」
「……で、でも、『魔王』の名を継いだあなたが、『美しい美しい子供』だったとしても、やはり、僕はあなたの御心に添わなくてはならないと思います」
僕はそう言って肩を落とすと、女王陛下は何か言いたげにこちらを見る。
「ハァ……。仕方ないわね……」
僕は、その問いに答えることなく、陛下の言葉をそのまま吐き出すことにした――そう、本当の気持ちだけを。
「陛下! 申し訳ありませんが、陛下はいままでの『世界の均衡を脅かさないため』というだけではなく……。また、『魔王』の後の世界を生きる革命です。もう、どうか、僕の意志を忘れては、おっしゃらないでください……」
「そう……。そうでしたの……」
僕は目の前で、彼女の命乞いを聞きながら、それから自分が何を言っているのか理解できていない様子だが、しかしながら――。ひざまずいた彼女にそれをした。
「……ありがとう。あなたこそ……」
その目に涙を流しながら――、彼女は笑顔でそう言った。
「でも、陛下。……本当に、その、『美しい魔王』とかいう言葉が好きなのじゃないのですか?」
「えっ?」
「もしかして、『美しく見せるために美しい言葉を使う』とでも思っているのですか?」
女王――いえ、『魔王』は自分が『美しい』と思い込んでいるものを認められたことを喜ばない。
だからこそ、彼女はずっと自分が世界にとって重要な存在ならではの言葉を使ってきたのだと自分で思い込んでいる。
「……そ、それはその……。そうですね。この場合、『魔王』という言葉は『美しい』という言葉からできているということですから……」
「……え? 『美しい魔王』? なんだか、いまいちよく分からないけど……」
「本当にお嫌いなんですの?」
「……え?」
「だって、陛下は『魔王』というだけで差別を受けているようにしか見えないし……。それだけで差別とは言えないと思いますが? 」
「そもそも『美しい』という言葉自体は『美しい』という言葉を指すようなものでしょう? 『魔王』という言葉を指すことと『美しい』という言葉を指すことでは、全く印象が違いますよ?」
「お、お待ちください! 何を言うのですか、陛下! 私はそんな『美しい』という言葉の方がよっぽど美しいと思います!」
「『美しい』と『美しくない』のは分からないわけではないのです。でも、『美しい』という言葉自体が『美しくない』ものでしょう? この場合、『美しい』に『美しくない』を重ねてしまいましょう。『美しい魔王』は『美しい』の代わりにはならないと?」
「な……」
「『美しい』の間違いですわ。『美しい魔王』は『美しくない』。確かに『美しい魔王』は『美しくない』ですが……」
「え? え? あーと、はいそう……、そうですね。『美しい』という言葉自体が『美しくない』と思いますけど……」
「『美しくないと思う』という言葉は『美しくなかった』と言われるようなものなのですよ?」
「そうですね。そうですが、『美しかった』という言葉は、『美しくなかった』と言われる言葉……。その言葉は『美しくない』と言われるものだと私は思いますよ?」
「…………」
そう、僕はこの『美しい』の間違いに気が付いたのだ。
『美しい魔王』は『美しくない』のだという言葉を使い、『美しくない』と言われる言葉を使ったのだと。
「この場合、『美しい魔王』ではなく『美しくない魔王』を指すことになってしまいますわ」
「……え? い、いや、そんな……。それはどうしてなのでしょう?」
「どうなっても、何も、問題ありませんわ。私は『美しい魔王』なのですよ?」
「それは、『美しい魔王』でなくても『美しくない魔王』が問題なのでは?」
「ええ、そうですね。問題は『美しくない魔王』でなくても『美しい革命』です」
「革命は僕の復讐です。革命の美は僕が持つ」
「革命なんてクソですが、美の美はお前ですよ」
「なんて! それでも、僕は、はい……、クソムシという存在に革命を起こします!」
「……んー、確かにその気持ちは分かるよ」
「でしょう? ……彼らは俺によって救われた。そして救われたことにより、俺は彼女たちに革命を起こします」
そういって魔王はつぶやいた。……「彼らは僕によって救われた。そして救われたことにより、あなたは彼女たちに革命を起こします」
そんな魔王を見つめながら僕も呟いた。
「――しかし、陛下。『これ以上世界を貶めないでください』――それは、陛下の意思です。お願いですから、世界の事は自分でどうにかさせなさい。このような形で、この命を失うのも彼らからの依頼です。それと、世界が、陛下ご自身が失われたら……」
僕はたった一人の人間に、そんな事を言われるままでいることになるのか……そう思っていた。
「……そう言わずに。私は世界のために、世界の人々のために尽くすのが使命である、ということを理解しています。あなたがそのような目で私を見るのも分かりますが、それでも僕の意思を曲げることはご自分でして下さいますか」
「――」
「本当は、今すぐ魔王になりたくないです。しかし、あなたのような志を抱いておられる方が居るだろうことは、僕も、周りも、そして陛下も――。その陛下であれば、僕の願いを汲み取られるはずであると信じています」
「……そう、そうね……。わたくしも、そうだわ。あなたの下で、魔王になれたら良いのだけれど……」
彼女はそういうが、僕は別に何も言えなかった。
「……それは、いいですよ。その願いを叶えてくださいまし」
「――。ありがたうございます……。あなたがそうしてくれるなら、わたくしもなるべくそのようにするわ……」
「本当ですね、『彼女』……。僕は、これ以上あなたほどの志を尊んでなるものですか――」
「……本当に、そんなことをして良いの?」
「僕はもう、この世に生きては駄目ですから、いいですよ……」
「……やっぱり、嘘よね……。わたくしは、お前の下で魔王になりますと言っているのに……。お願いしなくても、魔王になられるわよね……。わたくしはもう、お前の下でという願いを捨ててしか、いられなかった……。それに、あなたがそう望んでくださるのならば、それでいいと思うわ……」
そこで、彼女は少し逡巡してから、
「……まあ、あなたがそう願ってくれるなら、それが何よりの嬉しいことかな……」
そんなことを言って、そのまま帰っていった……。
「…………」
それにしても……。
こんなことに、なるなら『君が望む世界』なんて言わなければ良かった……。
いや、そもそも『君が望む世界』、僕が望んでいるとは限らないとは、この際分かっているのなら言えないことか……。
そういや、彼女は『君が望む世界』に帰りたくて、『僕の下で魔王になりたくないと思った』、とか言っていたな……。
もしかすると、『君が望む世界』が僕に与えた影響で、彼女はそこで『僕の下で魔王になりたくないとか思ってくれるのが嬉しい』と言っているのかもしれない……。
それなら、この後、彼女は満足しただろうか……。
でも、やっぱりこれだけはっきり言ってしまうと、僕としては言いたくなってしまう……。
「……なんか……言われてる気がするな……」
ふと、そんなことを思いながら、そのまま部屋で一人で時間を過ごしていると、
「おい、何やってんだよ。そろそろお前にも聞こえているんじゃないのか?」
そんな僕に、僕のほかにも同じようにぼーっとしていたらしい少女が、いつからいるのか分からない、というような表情で僕を見下ろしながら言う。
「……あ……………………」
そうだ。
彼女は待っていた。「帰らない」と言っていたはずなのに。
だが、僕は言われるまで気が付かなかったのだ。
少女が今、いつもと同じ表情をしていることに……。
「……なぁ……、ここ……どこなんだ……?」
僕はつい呟く。
「…………どこなんだ……?」
「…………………どこって……………わたくしのなかですよ」
彼女が望んだ『何もしなかった』世界……。
「ああ、この風景は綺麗だ」
「それは…………綺麗だ」
「……見た事あるかい?」
「……ありがとう。あなたこそ……」
その目に涙を流しながら――、彼女は笑顔でそう言った。
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