第16話 “共に歩む”の新たなメンバー

 “共に歩む”は“天渡姫”の話を黙って聞いていた。“天渡姫”の小さな体に隠された物語は魔王や魔族の政治が絡んだ巨大なものだった。


「こうして私は1人で旅を続けることになったの。私の手配書は魔族領中に出回ってしまったから、人間の国か獣人の国に行くしかなかった。私が選んだのは人間の国だった」


 彼女の桃色の瞳はランプの明かりを反射することなく、悲しく下を向いていた。


「昔、魔王様は人間のこと助けていたし、お母さんとお父さんも人間を助けていたから、もっと優しくしてくれるものだと思っていたの。でも全然違った。人間は私を見ると、逃げるか戦おうとするかの二択だった」


 ラクヤ、エリーザ、ギルダは心当たりがあるような顔をした。彼らも同じことを経験していた。


「田舎の夜道で腰が曲がったお婆さんに出会った時、そのお婆さんは私に頭を垂れて、手を合わせて『助けてくだせえ、見逃してくだせえ』って懇願してきたの。その光景を見たときに私は、ああ、ここにいてはいけないんだって思った。もうここに私の居場所はないんだ、魔王城に残ればよかったって心の底から思ったの。」


 “共に歩む”はその光景を間近で見ているかのように神妙な顔をしていた。ギルダの瞳からは涙がこぼれていた。


「私はよく聞こえすぎる耳でいろんな声を聞いた。私を見つけたときに聞こえたのは叫び声や悲鳴、私が急いでそこから逃げ出すと、村中から魔族を殺さないと、っていうひそひそ声が聞こえた。そんなこと聞きたくないって思っている内に、私の耳は悪くなっていって、今では普通の物音しか拾わなくなっちゃった」


 “天渡姫”は瞳から涙を流した。涙の色は透明だった。人間と髪の色も肌の色も違い、角まで生えている魔族も涙の色は人間と同じだった。


「私、お母さんとお父さんに会いたいよ。また3人でご飯食べたいよ」


 “共に歩む”とライヤーは“天渡姫”を抱きしめた。少しでも彼女の両親の温もりを再現できるように、彼女を包んだ。


「安心しろ、俺たちで“天渡姫”を両親と会わせてやる。ここにいるのは世界最強の“共に歩む”だ。俺たちに任せろ」


 ラクヤが言わずとも、彼らの心は同じだった。“天渡姫”は嬉しさがこみ上げたが、同時に疑問にも思った。


「なんで私を助けてくれるの?」

「誰かを助けるなんて理由はいらないんだ。それにそもそも“共に歩む”にはそれぞれ旅している理由がある。そこに1つ理由が増えることくらい全然構わないさ」

「どんな理由なの?」


 ラクヤたちは恥ずかしげもなく、堂々と旅の理由を語った。


「私が旅している理由は誰よりも楽しく生きることだ」

「私はお金を稼ぐことです」

「僕はおいしい食べ物を見つけること」


 彼らは自分の夢を語り目を爛々と輝かせていた。どれも子供が考えるような滑稽さを持っていたが、彼らの瞳を見ると、“天渡姫”はそれを馬鹿にしようとは思えなかった。


「そして俺の夢は魔族、獣人、人間が差別なく共存する国を作ることだ」


 ラクヤの夢が最も大きく、滑稽なものだった。“天渡姫”は今までの経験でそれがどれだけ難しいことかを知っていた。


「……そんなことできるはずない」

「それは違う、きっとできる」


 ラクヤの金色の目は真っ直ぐに“天渡姫”を射抜いていた。


「“天渡姫”は信じられないかもしれないが、ジャギルやライヤーさんみたいに種族に偏見のない人間はちゃんといる。いろんなところを旅してそういう人の顔と名前を覚えているんだ。そんな人達と、“共に歩む”やライヤーさんがいればきっとできるはずだ」


 “天渡姫”は否定したくなった。しかしラクヤの瞳は無垢で、輝いていた。その瞳は汚れながらもその汚れに負けないようにと一層輝きを強めていた。


「ともかく“天渡姫”は今この瞬間から“共に歩む”だ」

「え、私そんなこといってないよ」

「気にすんなって、ともかくしばらくは俺たちが居場所になるってことだよ。いいだろ?」


 あまりに乱暴な口使いだったが、“天渡姫”にはかえってそれが心地よく聞こえた。


「そうだね。お世話になります」


 “天渡姫”は初めて笑顔を作った。彼女の笑顔に“共に歩む”やライヤーは安堵を覚えた。彼女が笑ったのは魔王城を出て以来、一年ぶりのことだった。

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