第14話  子供魔族の過去1

 元々私のお父さんとお母さんは魔王様に使える魔族だったの。お父さんの名前は“牛飼君うしかうきみ”、お母さんの名前は“機織姫はたおるひめ”っていうの。


お父さんとお母さんの名前はなによりも2人を表してた。


 お父さんは牛を飼っていたり、広大な畑を持っていたりして、魔王軍の食料事情を一手に担っていたし、お母さんも名前が表すとおり、様々な布を織っていたの。その布を加工するのもお母さんの仕事だった。例えば魔王城の絨毯だったり、旗だったり、魔王様の衣服だってお母さんが作ってた。


 魔王様の衣食住全てに関わりがあったのがお父さんとお母さん。魔王軍でも大きな影響力を持っているって言ってた。


 そんな2人の娘が私。私が生まれるとすぐに、お母さんは私を抱いて、魔王様に子供が生まれたことを報告した。


 そのときにお母さんは魔法で空を飛んで魔王様のもとへ行ったらしいの。その日は空気が澄んで、星が川のように密集した輝きを放っていて、1年のなかで一番空がきれいな日だった。その様子から魔王様が私を“天渡姫てんわたるひめ”と名付けてくれたの。私の名付け親は魔王様だった。


「あなたもいつか大きくなったら魔王様に仕えなさい」

「魔王様はすごいんだぞ! いつかお前も分かるさ」


 お母さんとお父さんは口癖みたいにいつもそう言ってた。実際に私も魔王様が好きだった。優しくて、いつも笑っていて、温厚で、人間や獣人を助けていたこともあった。魔族領に迷い込んできた人間や獣人をわざわざ国に返してあげるなんて今から考えればとてもすごいことだと思う。私のお母さんとお父さんも同じで人間に対して常に優しく接してた。


 でもある日を境に魔王様が変わっちゃった。私が5歳の時、魔王様には息子さんと娘さんがいたんだけど、どちらも人間に殺されちゃったみたい。


 私は2人を見たことない。でも噂だと魔王様と同じで、種族関係なく色んな人を救ってあげるような心優しい人だったらしい。2人とも成人してて、いろんな戦場に出向いて、できるだけ敵味方の被害が少ないように戦を収めてたすごい人だって聞いてた。


 そんな自分の子供が人間に殺されたと知って、魔王様は人間を恨むようになった。人間の国に対して侵略を今までよりも激しくするようになったの。


 そんな魔王様をお母さんとお父さんは一生懸命止めようとしてた。


「魔王様! 考え直して下さい! こんなに侵略を繰り返してどれだけ人の子が死ぬと思っているんですか!」

「そうです! あの頃の魔王様に戻って下さい!」

「黙れ! 貴様らになにが分かる! 子を殺されたものの気持ちが! 貴様らの“天渡姫”は生きているじゃないか!」


 そんなやり取りを私は何度も聞いた。私は耳が良かったから、魔王城の一室にいても建物全体の音を聞き取ることができた。私はお母さんの作ってくれた毛布に包まりながら、そんな会話を聞いて震えてた。


 魔王様の人間に対する執着はとてつもないものだった。それまで続けていた獣人との戦いを休戦して人間の討伐に勤しむくらいだったから、よっぽど恨みが強かったんだと思う。


 お父さんとお母さんはそんな魔王様に見切りを付けて、秘密裏に人間を助けるようになった。様々な部隊を使って戦争の被害を最小限に食い止めてた。


 そんなこともあって忙しくなったから、家族の時間も減っていった。それが私はとても嫌だった。


「ねえ、今年は旅行行かないの?」


 私がお母さんにそう聞くとお母さんは悲しそうな顔をした。私はすぐに後悔した。別にお母さんを悲しませたいわけではなかったから。ただ旅行に行けないという私の悲しさだけお母さんに分かってほしかったの。


「ごめんね、今年は行けないわ。でも来年は旅行行こうね。きっとその頃には魔王様も正気に戻っていらっしゃるはずだから」


 お母さんは目の下にくまを作りながらそう行った。私は久々にお母さんの顔をまじまじと見た。頬はちょっとやつれていて、私と同じ色の桃色の瞳はついこの間まで瑞々しかったのに、いつの間にか色あせてた。


 さらに言うとお母さんはもう魔王様が正気に戻ることがないと分かっていたと思う。それでも私を安心させるために嘘をついた。だから私もなにも知らないふりをして、お母さんの言葉を受け入れた。


 結局その次の年も旅行に行くことはできなかった。そうして一年たち二年たち、気づけば三年がたってた。その間に一度だけ魔王様が正気に戻るかもしれないと思わせるような出来事があったの。


 実は魔王様の息子さんが生きていたの。

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