第13話 宿到着
子供魔族は僅かな振動で目を覚ました。目の前は真っ白で、雪が降っているのかと思った。故郷に帰ってきたのかと考えたが、その白色は雪ではなかった。それはラクヤの髪の毛だった。彼女はラクヤにおんぶされていた。
「お、目を覚ましたみたいだな」
ラクヤは魔族の方向を見ていないのに、気配で彼女が起きたことを感じ取った。些細なことにラクヤの強さが現れていた。
「歩けるか? もうちょっとで宿につく」
子供魔族がコクリと頷くとラクヤはゆっくりとしゃがみ彼女を地面におろした。気づけば皆人間の姿に戻っていた。
「いいか、俺の魔法でとりあえずお嬢ちゃんのことを他人から見えなくさせる。だから物音を立てず俺たちについてくるんだ。部屋についたら話を聞かせてくれ」
「分かった」
「いい子だ、“泡沫の夢”」
宿の明かりが近くなるにつれ、彼女の息は荒くなっていった。幾度となく人間に追いかけ回された記憶が蘇った。彼女の気分はどんどん悪くなり、立ち止まりそうになった。
そんな彼女の右手をエリーザが握った。違和感を与えないためにそれは握るといえるかどうか分からないくらい微かな感触だった。もの足りなく感じていると、左手をギルダが握った。
どちらも握るというより触れ合うという方が正しかった。しかし彼らの手は温かかった。子供魔族はエリーザもギルダもその正体は人間ではなかったことを思い出した。彼女たちも私と同じ経験をしたことがあるのだ、そう思うと気分は和らいだ。
「おかえりなさいませ、冒険者様」
「ただいまー」
宿の主人は柔和な笑みを浮かべて彼らを出迎えた。しかし子供魔族は知っていた。どんなに人間に対して優しい人も、魔族相手になると冷酷になる人間は多いことを。
子供魔族は宿の主人が怖くて、そちらの方を向くことができなかった。思わず歩みを止めそうになった。しかし、宿の主人と子供魔族の間をジャギルが遮った。無口なジャギルなりの気遣いだった。正面をジャギル、右をエリーザ、左にギルダ、そのように囲まれたことで子供魔族は母親に抱きしめられるような気分になった。
無事に部屋に着くとそこにはライヤーがいた。彼は子供魔族を見ると、優しくほほえみかけた。
「こんばんは、お嬢ちゃん」
彼も人間なのだろうか。子供魔族はとても怖かったが、ライヤーの微笑みは無条件に彼女を安心させた。そして挨拶されたら挨拶を返さなくてはならないという母の教えを思い出した。
「……こんばんは、おじさんは人間?」
「その調子だと、皆の姿を見たんだな? あはは、俺は人間だよ」
人間だと言うのにライヤーは魔族を差別する素振りを見せなかった。その様子を見て、子供魔族は安心した。
「いや、相変わらずなんでライヤーさんには幻想魔法通じないんだよ」
「本当に不思議ですよねぇ」
ラクヤの幻想魔法を見破ることができるのは世界に数人しかいないはずなのだが、どういうわけかライヤーには幻想魔法が通じなかった。本人にも理由は分からないらしいが、それはラクヤたちを常に本当の姿で認識しているということだった。
「さて、それじゃあお嬢ちゃんの話を聞かせてくれ。いや、その前に名前を教えてくれ」
「ちなみに私はギルダ、金髪がエリーザ、黒髪がジャギルで、白髮がラクヤだ」
「私の名前は“天てん渡わたる姫ひめ”」
「変わった名前だな」
ライヤーやギルダ、ジャギルは変わった名前だと思ったが、エリーザとラクヤはどうやら事態がそうとう複雑だということに気づいた。その変わった名前が王の側近の親族にしか与えられないものだと気づいたのだ。
「まあ、とりあえず“天渡姫”がなんでここにいるのかを教えてくれないか」
「長くなるけどいいの?」
「もちろん」
「分かった。えっとどこから話せばいいのかな。実は元々私のお父さんとお母さんは魔王様に使える魔族だったの」
それから天渡姫の独白が始まった。夜鳴虫の声も気づけばなくなり、夜の闇は彼女の物語を邪魔しないようにひっそりと息を潜めていた。
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