第12話 天渡姫と“共に歩む”の正体
ラディコ村は常に自然と共にあった。昼間には常に小鳥たちのさえずりが村中に響き渡っていた。しかし夜になるとその様相は変わった。小鳥たちは眠り、鳴き声は聞こえなくなり、音がなくなった。風が吹くと微かな草木のざわめきが聞こえたが、それがさらに無音を強調した。
そんな無音の空間には場違いの声が響いた。
「まあ、私は全然怖くないけどな」
ギルダは村長の話以来、すっかり怖がってしまい、ずっとラクヤの後ろをついて回っていた。彼が右に曲がれば一緒に右へ、彼が左に曲がれば一緒に左へ、常に彼の背後に隠れていた。
「ひよこか、お前は!」
とうとう痺れを切らしたラクヤが大声で叫んだ。鳥たちは驚き、夜の闇に羽ばたいていった。
「しっ! 静かにして下さい! どこに魔族がいるのか分からないじゃないですか!」
エリーザがそんな2人を注意した。彼らの声を聞いて魔族が逃げてしまうと考えたのだ。しかし普段のエリーザとは様子が違った。普段ならばエリーザはこのような依頼中であってもギルダをからかう役目にまわるからだ。
「思ったより報酬が良かったから失敗するわけにはいかないんです」
「……だからそんなに、一生懸命になっていたのか」
“共に歩く”は町の中心まで来た。魔族が出たという緊急事態からか、町には誰もいなかった。チリリリリ、という夜鳴よなき虫むしの声だけが村を反響していた。
「このあたりでいいんじゃない?」
「本当にいいのか? 幽霊とか感知したらどうするんだよう」
「これも報奨金のためです。早くして下さい」
涙目のギルダは渋々といった様子で準備を始めた。弓矢を下ろすと、地面に手を付け目を閉じた。
「“振動バイブ探知サーチ”」
“振動探知”はギルダの得意とする魔法だった。彼女は元々狩人として田舎に住んでいた。そのときに父親の使っているこの魔法を見様見真似で真似した結果、盗み出すことに成功したのだった。この魔法を使えば屋根裏に隠れたネズミから、地中に眠るミミズまで全てを感じることができた。
「どうだ? 何か不穏な動きはあったか」
「……ない。幽霊は見つけられなかった」
ラクヤはギルダの頭を軽く叩いた。
「痛! なにすんだよ!」
「真面目に魔族を探せ!」
ギルダは「分かったよ……」と口を尖らせて探知を再開した。5秒ほどすると、険しい顔をし始めた。
「……魔族がいた。でもこいつ、女の子だ。しかも泣いている」
ラクヤたちは目を合わせるとギルダの伝えた場所へ駆け足で向かった。
その場所はラディコ村の中でも一際大きい木の麓だった。近づくたびに子供のすすり泣く声が目立つようになった。耳をすませばその声はよく聞こえるが、ギルダが泣いているということを伝えなければ、木々のざわめきでかき消されていただろう。ラクヤには自然が魔族を匿かくまっているのかのように思えた。
「大丈夫かい?」
ラクヤは子供の魔族を見つけるとそう話しかけた。もとより彼らは魔族だからといって討伐するつもりはなかった。本当にその魔族が悪かどうか見極めてから討伐するつもりだった。
「ん!? 人間!? なんでここが!?」
魔族は驚いて顔を上げた。その顔はやはり人間とは異なっていた。髪は桃色で、瞳も桃色、人間の白目にあたるところ黒色だった。額には小さい角が控えめに生えていた。
魔族はすぐに逃げようとしたが、ラクヤの放つ母親のような雰囲気を受け、すぐに走りさろうとはしなかった。しかしそれでもまだラクヤたちに対して警戒を解いたわけではなかった。
「もし困っていることがあれば、協力するから、なんで君がここにいるのか教えてくれないか?」
「言わない……、人間なんて信用できない……」
子供魔族の桃色の唇はきつく結ばれていた。その様子から人間からの迫害を受けてきたことは明白だった。
「俺たちは魔族だからって不当に差別することはしない。それに……」
「嘘つかないで! 人間は魔族も獣人も差別しているじゃん!」
「それに俺たちは人間じゃない」
「へ?」
魔族は耳を疑った。目の前にいるのはどう見ても人間だったからだ。最初は安心させるために嘘をついているのかと思ったが、信じてほしいと言わんばかりにラクヤの金色の瞳は真っ直ぐに魔族の目を見つめていた。
「“狐のお面”解除」
ラクヤがそう言うと、“共に歩む”に変化が現れた。ラクヤ、エリーザ、ギルダの身体から靄が溢れ始めた。その靄はどんどん濃くなり、やがて彼らを覆った。靄が徐々に晴れていくと、そこには先程と違う風景があった。
ラクヤとエリーザには2本ずつ角が生えていた。エリーザの角は夜空の方向へ反り立つ猛々しいものだった。一方ラクヤの角は片方が折れていた。
髪と瞳の色はそのままだったが、白目が黒へと変わっていた。また、ラクヤの肌の色は人間と同じ肌色だったが、エリーザの肌の色は紫苑のような紫色へと変化していた。肌は淡い色合いをしており、エリーザの少し高い鼻や大きな瞳をより強調していた。紫という色合いはエリーザの存在に調和し、魔族の姿のほうが美しく見えた。
ギルダには角は生えていなかった。しかし角の代わりに、犬の耳が頭に生えていた。それはエリーザの角と同じように、夜空に向かって月を貫くほど強く屹立きつりつしていた。肌の色や瞳の色なども変わっていなかったが、自分の存在を主張するように臀部でんぶから生えた尾が気ままに揺れていた。彼女は獣人だった。
唯一なにも変わっていなかったのはジャギルだった。ジャギルだけは黒色の髪も瞳も、口のような頬の傷も変わっていなかった。
「俺たちは冒険者“共に歩む“だ。普段は魔法でごまかしているが、魔族が2人、獣人が1人、人間が1人のパーティーだ。種族が違う奴らどうしでもこうして仲間になれるから“共に歩む“という名前にしたんだ。俺らの中ではむしろ人間は少ないほうなんだよ。これでも信用できないか?」
子供魔族は信じられない顔をして彼らを見た。本当に種族が違う彼らが仲間というのだろうか。しかし彼女は“共に歩む”の間にある信頼の雰囲気、仲の良いもの同士のみが発することができる独特の空気感を感じることができた。それは彼女が心底望んでいたものだった。
“共に歩む”なら信用できる。そう思うと急に子供魔族は安心した。そしてどんどん眠くなり、ついにはその場で眠りこけてしまった。彼女が眠る前にみた景色は、全員が心配そうに見つめる“共に歩む”の姿だった。
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