第7話 冒険者の楽しみ
“共に歩む”が町に帰ったのは19時ごろだった。風の峡谷を出た頃は夕方だったのに、町に帰るとすっかり夜になっていた。空を見上げると星雲が輝き、数多の星々が存在を主張していて、夕暮れ時よりも空は明るくなっているように思えた。
街路地では多くの屋台や店がランプをつけ商売をしていた。彼らの明かりは星々にも負けないくらいの輝きを放っていた。自分たちは壮大な宇宙と同じ位美しい風景を守っているのだ、と“共に歩む”は誇らしく思った。
「今回の報酬額は5000万マニー、素材買い取り額は7000万マニーになります」
「ありがとうございます。よし、いつもどおりに分けていくぞ」
「いよいよ来ましたねこのときが……」
彼らはギルドの酒場の一番奥の席へ座ると報酬の分担を始めた。エリーザの目はラクヤの目よりも輝いていた。
「いつもと割合は変わらないけどな。まずは“共に歩む”メンバーに2割ずつ。一人あたり2400万マニーの計算だ。そして0.5割、600万マニーをパーティーの共有財産に、残りの1.5割の1800万マニーをライヤーさんに渡すのでいいか?」
「ちょっと意見よろしいですか?」
「もちろん、いいぞ」
「これからこの国を出るということもあり、何があるか分かりませんしもうちょっと共有財産の割合を増やした方がいいと思います」
エリーザはお金が好きではあったが、お金に対して誰よりも現実的に考えることができた。現に何度もエリーザの資産管理でパーティーの危機を救われたこともあった。
「それもそうだな。そうしたら俺たちの2割ずつの分から0.2割ずつ引いてそれを共有財産にするか」
「それで良いと思います」
「賛成」
「私ももちろんそれで良いぞ」
「じゃあ決定」
彼らの頭の中にはライヤーの分を引くという考えはなかった。最もお金が好きなエリーザですらそんな考えを持っていなかった。むしろパーティーではないのに前線まで足を運んでくれるのだから、もっともらっても良いと考えるほどだった。
最初の予定より減ったとはいえ彼らの一人あたりの報酬額は王室で働く低級貴族の年収に相当した。それをたったの6時間で稼いだ彼らの実力はとてつもないものだった。
パーティーの資産配分が終わると彼らは周りの冒険者からジロジロ見られていることに気がついた。もちろんそれは羨望や嫉妬も混ざっていたが、大半が別の感情を抱いた視線だった。それは子供が親と遊ぶときの期待を込めた無垢な目に似ていた。
ラクヤは突如として椅子の上にたち、テーブルに足をかけて大声で叫んだ。
「というわけでお前ら今日の俺たちの稼ぎは1億2千万マニーだ! そんだけあったらここにいる冒険者たち全員におごっても問題ないよなあ!」
「お! やっぱりやってくれるか!」
「待ってました!」
「今日の飲み代は全部俺が出す! 皆じゃんじゃん頼め、頼め!」
“共に歩む”が依頼から帰ってくると、そのあとギルドで他の冒険者まで含めて宴を開くのはもはや恒例行事となっていた。誰もがそんな“共に歩む”に憧れ、いつかはああなりたいと思う。そして、その中で一握りの成功した冒険者がまた宴を開くのだ。いつでも彼らは冒険者たちの中心にいた。
「ラクヤさん! 音頭をとってくださいよ!」
どこからか一人の冒険者が叫んだ。他の冒険者たちも「そうだ! そうだ!」と囃(はや)し立てた。
「よーし、分かった! お前らはいつだって命をかけているんだ! 今日くらいは全部忘れて飲みまくれ! せーの、乾杯(カンテーラ)!」
「カンテーラ!」
彼らの宴が始まった。ギルドの中では誰もが笑っていた。そこにはただ自由のみがあった。
「おい! ギルダ姉さんとエリーザちゃんの飲み対決が始まるんだってよ!」
「またエリーザちゃんの勝ちで終わる気がするけどな」
「今日は翡翠龍の肝を付けた酒らしい」
「本当か!? 高級品じゃねえか!」
「たくさんあるので、皆さんにも一杯ずつおごりますよー」
「「「さすがは“共に歩む”だぜ!!!」」」
エリーザの陶器のような純白の肌は相変わらず美しかった。しかし笑顔と共につり上がった頬はわずかに朱色を帯びていた。ギルダの小麦色の肌では赤くなっているのは分からなかったが、酒を飲むたびにどんどん吐息が荒くなり、色気を醸し出していた。
「おいおい、相変わらずあの二人は美しいなあ!」
「お前ら、分かっているな! あの二人は冒険者の共有財産だ! 絶対に手を出すなよ!」
「分かっているよ! お前こそ手を出すなよ!」
彼らは酔った勢いで気性が荒くなっていた。本来冒険者は気性が荒く、酔っ払うと暴力に走るものも少なくなかった。しかし“共に歩む”が開く宴でそのような暴力沙汰は一切起きなかった。そんなことをして場が白けるのが冒険者たちの一番嫌うことだった。
「ライヤー、遅れて参上しました」
「皆! ライヤーさんが来たぞ!」
「やったぜー!」
ライヤーは馬の世話をしていたため、遅れて宴に参加した。馭者という職業柄蔑(さげす)まれることも多かったが、ライヤーの貸し出す馬はどれも一級品でこの町の冒険者ならば誰もが世話になっていた。2流は馭者を蔑み、1流は馭者に頭を下げるというのは冒険者たちの常識だった。もっとも、馭者を蔑むものもライヤーの芸術とも言えるブラッシングを見れば、誰もがその認識を改めた。
「またライヤーさんの歌聞きてえよ!」
「じゃあ皆で歌いましょう! もちろん曲は“へべれけ冒険者”」
「やっぱり冒険者の十八番だよな!」
「おらおら、ジャギルも飲めよー」
「僕は飲まないよ」
「相変わらず子供だなー」
「子供じゃない!」
この夜の宴はいつもより長く続いた。冒険者たちは“共に歩む”がサティアラ王国を追放されたことでしばらく彼らと会えなくなることに気づいていた。正直に言って冒険者たちは“共に歩む”が勇者パーティーをクビにされることには納得だった。彼らはそんな称号で収まるような存在ではないからだ。しかし国から追放というのは明らかに私怨が乗っているし、国益を損じることになるのは自明の理だった。
この楽しい空間にしばらくありつけなくなるという冒険者たちの恨みは強く、後にサティアラ王国は“共に歩む”の追放を後悔することになる。一方王国の暗い未来とは対称的に“共に歩む”はギルドの明かりに照らされ、彼らを中心として人々が歌い、幸福がばらまかれていた。宴は夜が明けるまで続いた。
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