第6話 “共に歩む”の戦い方

「ジャギル、まずは翡翠龍が飛び立たないように翼を攻撃してくれ」

「了解」


 先陣をきったのはジャギルだった。彼は目にも留まらぬ速さで翡翠龍に近づくと、刀で翼膜を切り裂いた。刀は扱い方が非常に難しい代わりに剣以上の切れ味をだすことのできる武器だ。そしてそんな難しい武器を自分の手足のように扱えるのがジャギルの力だった。


「“斬技・枝垂れ桜しだれざくら”」


 翡翠龍は何か違和感を感じ翼膜を見ると、枝垂れ桜のように風に煽られはためいていることに気づいた。彼は自分が攻撃されているとは思ってもいなかった。


「エリーザ、翡翠龍の足を攻撃してくれ」

「分かりました!」


 エリーザはジャギルと比べると少し遅い、しかしとてつもない速さで翡翠龍に近づくと手に持った錫杖でその足を殴った。すると並大抵の攻撃では傷つかない翡翠の鱗がいとも容易く粉砕された。


「“砕き錫杖”」


 エリーザの異名の“進撃の聖女”はこの攻撃が由来となっている。彼女は接近戦になると錫杖を振り回し、相手が遠ざかると魔法で攻撃するという万能な戦闘を得意としていた。


 粉砕された鱗の破片の一部がエリーザの顔をかすめ、うっすらと傷がついた。彼女はそれに気づくと静かに詠唱を唱えた。


「“神の独占愛”」。


 顔の傷は瞬く間に消えた。しかし彼女は他人を回復できなかった。エリーザの回復魔法はなぜか自分にしか効果がなかった。


 翡翠龍はようやく何者かに攻撃されていることに気づいた。しかしいくら周りを見渡しても敵らしき存在を認識することができなかった。


「“泡沫うたかたの夢”」

「相変わらずラクヤの幻想魔法はずるよね。僕たちが見えなくなっているんだもん」

「本当ですよね」


 ラクヤの幻想魔法は相手に幻想を見せるというただそれだけのものだった。しかしそのコントロールは非常に繊細で扱える人物は世界を見ても数人しかいなかった。幻想を見せるというのは逆に存在するものを見えなくさせることもできた。


「ギルダ、エリーザが砕いた鱗の部分だけ回復してくれ、そうしないと換金するときに値段が低くなる。でも中の足の怪我は回復しなくていい」

「オッケー、“痛みの代償”」


 聖女がいるようでいない“共に歩む”の回復役はギルダが担っていた。彼女は矢にあらゆる属性を纏わせ攻撃することができた。そして回復の属性を纏わせた矢が対象に刺さると刺さった傷跡も含めて傷を回復する。


 そのときの矢の刺さる痛みは治す傷の量に比例するので、回復されるたびに痛みと戦うことになる。そんな痛みを気にもとめず戦闘を続けられるのは世界を見渡しても頭のネジが何本も取れている“共に歩む”だけだった。


 しかし余程の敵ではない限り彼らは傷一つつかない。そのため魔物を回復することでその換金額を高めるのが最近の彼女の仕事だった。


「よし、次で決める。魔法を解くぞ」


 突如エリーザとジャギルの魔法が解かれ、翡翠龍は彼らを視認できるようになった。しかしその姿が見えると同時に翡翠龍はとても焦ることになった。エリーザと同じ姿の女性が五人、ジャギルと同じ姿の男性が五人現れたからだ。彼らは同時に翡翠龍のあらゆる場所を攻撃した。足、腹、背中、頭など攻撃されていない箇所の方が分からないほどだった。


「“分身幻想”」


 当然これはエリーザとジャギルが増えたわけではない。ラクヤの幻想だ。彼の幻想魔法の効果には相手が真実だと思った幻想の攻撃を実体化するというものがあった。


 例えば幻想魔法でできたナイフを本物だと信じ、それで刺されれば本当に刺し傷ができるというものだ。それを応用するといくつもの幻想を作ることで、仮にそれが幻だと分かっていても、どれが本物かも分からないので全て真実の攻撃かのように思ってしまう状況を作り出すことができた。


 翡翠龍は意識を失い、自らの死の感覚を味わった。死んでゆくさなか彼が最後に見た光景は自分の鱗だけが生前よりも美しい輝きを取り戻し回復してゆくというものだった。


「翡翠龍の討伐完了!」


 町を一つ滅ぼすとも言われる翡翠龍は5分もかからず討伐された。彼らの前では緑に輝く巨大な龍よりすばしっこい小さなトカゲの方が長生きできた。討伐を終えた彼らの肌には汗一つなかった。


「うっしゃー、解体するぞ」

「速く肝出してくれ」

「鱗は傷つけないでくださいね」

「注文多いな」


 ラクヤは翡翠龍の解体を始めた。討伐した魔物の解体はラクヤの仕事だった。ラクヤは常に腰に剣を携えていた。剣は常に光を放っていた。普段は夜に細やかな明かりを灯す行燈あんどんのような光だが、魔力を込めると月のような奥ゆかしくも眩しい光を放ち、切れ味も増した。彼は戦闘で滅多に剣は使わないので剣はほぼ解体用となっていた。


「んー? 意外と骨多いな」


 難しそうな表情をしているラクヤだが解体はスムーズに進んでいた。彼の解体の手さばきは素晴らしく正確なものだった。ライヤーが馬の求めているところにブラシを添わせることができるように、ラクヤも的確な場所に刃を入れることができた。それは魔物がその部分を切ってほしいと望んでいるかのようにも見えた。


「俺たちの糧になってくれてありがとうな」


 ラクヤは呟いた。その金色の瞳は翡翠龍の鱗よりも輝いていた。後ろで解体を待っているジャギル、エリーザ、ギルダは目を閉じ合掌していた。彼らほど命の重さを知っている人々はいなかった。


 次々と解体され小さくなっていく翡翠龍を前に祈りを捧げる彼らに、風に揺れる木の葉がさらさらと揺れる音や、川が流れる清涼な音が加わり、翡翠龍に対する鎮魂曲を“共に歩む”が奏でているように見えた。


「ジャギル、魔法袋だして」

「はいよ」


 ジャギルは腰から手のひらサイズの巾着のような袋を出した。しかしそれを地面に置くとどんどん膨らみ5メートルほどの大きさになった。


「じゃあ入れてくぞ」


 ラクヤは小さくなった翡翠龍を魔法袋の中に入れた。外から見るとどう考えても内容量に対し入れる物の方が多いが、窮屈さを感じさせることもなく、翡翠龍は魔法袋の暗闇の中に消えていった。


「よーし、ライヤーさんのところに戻るか」

「速く帰りましょう」

「酒、酒……」

「昨日のことまだ後悔してないの?」


 彼らはライヤーの元へ行くと足早にその場を去った。空は茜色に染まりだし、夜になる準備を進めていた。

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