第5話 縁の下の力持ち

「なあ、ライヤーさん、正式に俺たちのメンバーにならないか?」


 翡翠龍の討伐へ向かう道中、ラクヤは馭者のライヤーを“共に歩む”のメンバーに誘っていた。

 ことあるごとにライヤーのことを誘うのは彼らにとっていつもの光景だった。


「いつも言っているでしょう、ラクヤさん。自分はどんな場所にも身をおかず自由にやっていくのがあっているんです。“共に歩む”は大好きですけどね」


 ライヤーは馭者としてまだ30代にも関わらず、卓越した技術を持っていた。彼に手懐けられた馬たちはライヤーのためになることを全力でする。そしてライヤーも彼らに感謝して、商売を続ける。それだけのことなのに、往復で2日はかかる道も日帰りで行けるようになるのだ。“共に歩む”がS級になった理由の一端にライヤーの存在があると言っても過言ではなかった。


「あと2時間ほどで着きます。ですが昨日夜通し歩いたせいで馬たちも疲れているみたいなので、少し休憩をもらっても良いですか」

「もちろんです」


 ライヤーは馬車を止めると、馬たちの手綱を離した。馬たちはいつでもどこでも行ける状態になっているのにも関わらず、決して彼の側を離れようとしなかった。


 ライヤーはブラシを取るとそれで馬の毛並みを整え始めた。ブラッシングは女性の髪を触れるかのように優しく、しかし赤子を抱きかかえるときのように力強く行われた。馬たちは目を細めて、その感覚を堪能した。柔らかくなった馬の焦げ茶色のたてがみは和やかな風によってなびいた。そして馬と同じ色のライヤーの髪も揺れた。


「どうだ、気持ち良いか?」


 ライヤーが微笑みと共に馬に話しかけた。そんな風景を見ることが“共に歩む”のメンバーは大好きだった。尾を軽快なリズムをたてて動かす馬たちや、それをみて微笑んでいるライヤーは、最強と呼ばれるS級パーティーでも手に入れられないものを持っていた。それは平穏や平和と言った、形はないが確かにそこに存在するものだった。


 ライヤーを仲間にすることができれば、“共に歩む”が手にすることのできない平和を一欠片でも味わえるのではないかとラクヤは考えていた。


「すいません、待たせました。それじゃあ出発しましょう」


 彼らは再び馬車へと乗り込んだ。馬車は先程よりも速く軽快に進んだ。結果として、休憩をしたのにも関わらず一時間半で翡翠龍の生息する風の峡谷へと着いた。馬たちは休息したことでより速く馬車をすすめることができた。それを可能にしたのは馬の力とライヤーの手腕によるものだった。


「じゃあライヤーさん、いつもどおり魔法かけときますね」

「よろしく頼みます」


 ラクヤはライヤーや馬たちに魔法をかけた。彼の使う幻想魔法により彼らの姿は見えなくなった。そこに違和感なかったが、耳をすませばかすかに馬たちの吐息が聞こえた。


「うっし、じゃあ翡翠龍の討伐行くかー」

「速く換金しましょう」

「翡翠龍かー、確かに金にはなりそうだけど、弱そうだしやる気でないなー」

「翡翠龍の肝を酒に30分つけるだけで美味しい酒ができるんだってよ」

「どこだ! 翡翠龍は! 速く倒すぞ!」


 20分ほどすると翡翠龍の姿を捉えることができた。翡翠龍は名前の通り全身が翡翠のように緑色に輝く龍のことだ。星のように輝き、遠くからでも視認できるほどの巨体で10メートルはゆうに超え、目立つのにも関わらず、上位の魔物が多く生息する風の峡谷で傷一つないという事実が翡翠龍の強さを表していた。

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