第4話 新人と“共に歩む”の絶望的距離

 二人は迷いなく依頼紙の方へ歩くと、S級の依頼を探し始めた。依頼の難易度はD、C、B、A、Sの順番で難しくなっていく。彼らはS級パーティーなのでS級の依頼を受けることができた。


「この“錆さび付きゴーレム”の討伐なんてどうかな」


 “錆付きゴーレム”は文字通り長い年月がたち、風化したゴーレムのことだ。老朽化し弱そうに思える名前とは裏腹に、魔法をふんだんに使い、サティアラ王国の中でも討伐できるパーティーは数個しかないほど討伐が難しいことで知られていた。


「嫌です。錆つきゴーレムなんて私達なら個人で討伐できますし、錆びついているから素材も取れなくて報酬額も少ないじゃないですか」

「お、流石お金が好きだけあるねー。ま、僕も好きだけど」

「じゃあそんなふうにいじらないで下さい!」


 結局のところ依頼を決めるのはリーダーのラクヤなので、焦らなくても良いかと二人は駄弁っていた。しかしすぐにラクヤではない声で二人の会話は遮られた。


「おう、勇者パーティーをクビになった“共に歩む”の皆さんじゃないか」


 そう告げた人物は酔っぱらいの冒険者だった。彼は新参者で二人の実力も知らず、勇者パーティーをクビ、つまりは弱いのだろうという短慮な思考によって彼らに話しかけた。ある程度冒険者やっている人々は勇者パーティーをクビになったとはいえ、“共に歩む”の実力を知っているので、馬鹿にする人はいなかった。


「勇者パーティーといえば天下を獲ったとも言っても過言でもないのにそれを辞めさせられた気分はどうだ? さぞかし憂鬱な気分だろうなあ?」


 冒険者は二人を馬鹿にしていた。彼らが怒っても俺が止められるという新参者特有の根拠のない自信が彼の頭にはあった。


「いえ、憂鬱じゃなくて最高でしたよ。とはいえ、たまにやりがいのある仕事もくれたのでそれが出来なくなるのは残念ですね。全部あなたには務まらないようなお仕事でしたよ?」

「え、酔っぱらい相手にめっちゃ煽るじゃん」


 エリーザは今は冒険者をしているが、貴族の生まれということもあり煽られると反抗する性格だった。それはしおらしく、清楚である普段の彼女からすると意外な側面だった。一方ジャギルも元貴族だった。しかしエリーザと違い我慢を強いられることの方が多いような貴族だったので、そのようなことがあっても反抗することは少なかった。


「ちっ、可愛くねえな。お前らも弱そうだし、お前たちのリーダーもさぞかし下らないやつなんだろうなっっっ!」


 冒険者の言葉は最後まで言い切ることはできなかった。首筋に刀が当てられていたからだ。刀は白い光沢を放ち、あまりの美しさに側面は鏡面となっており、酔っ払った冒険者の浮腫むくんで赤くなった顔を映し出していた。その美しい刀を握っていたのはジャギルだった。


「僕たちは優しいから自分に言われた悪口はあまり気にしない。でも仲間の悪口は許さないぞ」


 いつの間にか雑音が消え、周りの冒険者は彼らを見ていた。一触触発の雰囲気に誰も何も言うことができなかった。何か少しでも間違いが起きれば本当にジャギルが酔っぱらいの首を切ることになることを誰もが承知していた。


 静寂が包む中、突然無遠慮で浅ましそうな声が聞こえた。


「あらら、どうしちゃったの。ジャギルめちゃくちゃ怒ってるじゃん」


 その声の主は渦中の人物である“共に歩む”リーダーのラクヤだった。彼は相変わらず見るもの全てを引き込むような金色の瞳を光らせていた。


「この酔っぱらいがラクヤの事を馬鹿にしたんだよ」

「そんなこと気にすんなって、いつものことだろ。とりあえず刀をしまえ」


 ラクヤに言われジャギルは渋々刀を鞘へ収めた。そのことであたりを支配していた緊張した雰囲気がいくらか和らいだ気がした。


「あー、新人冒険者くん、一応S級パーティーのリーダーとして言っておく。喧嘩売るなら相手の実力を理解してからの方が良いぞ。少なくともジャギルにはお前が千人いても勝てないし、エリーザにも千人いても勝てない」


 そう告げられた冒険者はとても傷ついたが何も言えなかった。プライドを破壊されたのにも関わらず先程のジャギルの剣閃が一切見えないという事実で実力が離れていたのが分かったのだ。


「お、この翡翠龍の討伐なんて言いじゃん。場所もライヤーさんの馬車なら今日中に行って帰ってこれる」

「翡翠龍の鱗って高いですもんね」


 ラクヤは一枚の依頼紙を手に取ると、ジャギルとエリーザを連れて受付へと向かった。その様子を見ていた酔っ払った冒険者は自分に一瞥いちべつする価値もないと言われたような気がして腹がたった。


 ラクヤたちが出口から出ていくとき、その冒険者は背後から彼らに殴りかかった。確かにその拳はラクヤに当たったと思ったが、そのラクヤは靄となって消えてしまった。冒険者の手には霧を殴ったような手応えのなさと冷たさが残った。気づけば跡形もなく“共に歩む”のメンバーは居なくなっていた。


「はあ!? どういうことだよ!?」


 冒険者が見ていたのは幻想だった。そのとき冒険者は思い出した。“共に歩む”のリーダーの異名は“幻想”だった。


 一体何が起きたのか、狐につままれた気分に冒険者は思ったが、たしかに感じることができたのはS級の頂点とも言われる人物と自分との途方も無い距離だった。


「おい、新人。あんまりラクヤさんたちに迷惑かけるなよ」

「そうだ俺たちは皆あの人たちを尊敬しているんだ」


 周りの冒険者たちは新人冒険者を責めたが、決して暴力は振るわなかった。なぜなら彼らも“共に歩む”を馬鹿にしていたこともあったからだ。しかし小さな町の割に強力な魔物が現れるこの場所を救ってくれる彼らをだんだんと尊敬するようになったのだ。


「久々に私達に絡んでくる冒険者見ましたね」

「まあ、血気盛んなのは冒険者として悪いわけじゃないだろ」

「そういえばラクヤは午前中何していたの?」

「買い出しとチェスクラブに行ったぞ。いやー、あの最後のルークをc2へ動かしたときの美しさを見てほしかったね。そもそも序盤は……」

「うわ、また始まっちゃった。あと2時間はかかりそうだな」


 ラクヤはチェスが大好きで、その話をしだすと止まらないことを皆知っていた。意気揚々と話し出すラクヤに適当に相槌を打ちながら、彼らは馬車へと向かった。太陽は燦々と彼らを照らし、市場のざわめきと屋台の匂いが彼らを包んだ。そこにはこれから町を一つ滅ぼせる力を持つ翡翠龍の討伐をするという緊張感はなかった。


「おう、おかえりー。だいぶ酔いが覚めたわ。私も依頼一緒に行く」

「オッケー。じゃあライヤーさん、風の峡谷までお願いします」

「結構遠いな、でもすぐに行ってみせよう!」


 先程まで寝込んでいたギルダは回復していた。彼らは学生が遠足へ行くように意気揚々と翡翠龍の討伐へ向かった。

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