枕返しが出るんですよ~


「あのー、この焦げてるの、我々が泊まる予定だったビジネスホテルでは……」

と白かったはずの外壁と一階の窓辺りが黒くなっている建物を見上げ、壱花は言った。


 前の道路には消防車とパトカーがとまっていて、宿泊客と野次馬たちが狭い歩道に溢れている。


 使える秘書、冨樫が近くにいた警官に、サッと話を聞いてきてくれた。


「ホテルがボヤを出したようです。

 水浸しで、今日は泊まれないみたいです」


「……何処か違うホテルに振りかえてもらえないんですかね?」

と呟いたとき、壱花は気づいた。


 ポロシャツが似合う小太りなおじさんがひょいひょいとホテルの方を覗き、外に出ていた支配人らしき人と話しているのを。


「西崎さん」

と壱花は支配人から離れて歩き出したおじさんに声をかける。


「おや、昼間のお嬢さん」

と西崎が笑顔を見せ、やってきた。


 昼間空いた時間に、ちょっと観光をした。


 足湯だの、手湯だのが街のあちこちにあるというので、観光案内所を訪ねてみたら、ちょうど地元観光協会の会長だというこの西崎が法被はっぴを着て現れたのだ。


「西崎さん、今日、このホテルに泊まる予定だったんですけど。

 何処かにいい宿ないですかね~?」


「近くの宿を手配してもらえると思いますが……」

と言いかけ、西崎はニンマリ笑う。


「そうそう。

 いい宿があるんですよ。


 竹林に囲まれた古い旅館なんですけどね。


 最近のほら、ネットで動画とか配信してる人たちが泊まりたがる離れがあるんですけど。


 ちょうどキャンセルが出て、今、空いてるみたいなんですよ」


「……待ってください。

 どんな部屋なんですか」

と壱花が言い、倫太郎が、


「座敷童の出る部屋とかですか?」

と訊く。


「いや、座敷童じゃないんですけどね~。

 あやかしが出るという伝承があるんですよ」


 あ、あやかし、もうお腹いっぱいなんですけど、と壱花は思ったが、倫太郎は、

「なにか座敷童的ないいあやかしとか?」

と訊いている。


 いや、いいあやかしとか、悪いあやかしってあるのか。


 っていうか、いいあやかしはともかく、悪いあやかしってなんだ?


 あまり遭遇したことがないんだが。


 この間みたいに中華包丁フリフリやってくる鬼とか?

と壱花は思ったが、西崎は、


「いや~、いいか悪いかはわからないんですけどね。

 枕返しが出るんですよ~」

と素晴らしい笑顔で言う。


 枕を返されるのに笑顔でいいんでしょうか。


 寝てるのに、枕を返されるとひっくり返りますよね?


 目が覚めるじゃないですか、と壱花は思ったのだが。


「あ、でもまあ、私、枕使わないんで……」

と気づく。


 横でなにか考えてる風な冨樫に壱花は訊いた。


「どうしたんですか? 冨樫さん」


「いや。

 その部屋で社長が腕枕してたらどうなるのかなと」


「冨樫さんにですか?」


「……なんでだ」


「木村さんとか喜びそうです」


「……木村はそういう世界の人だったのか」

と冨樫が呟く。




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