第8章

第1話 新たなる旅立ち

孤児院の敷地では旅立ち前のお別れをしていた。

この場所に集まって旅に出立することにしたのは、大賢者の屋敷の正面にあり、入れる人が限られているからである。


私の周りには沢山の子供たちが囲んでいる。子供たちが別れを惜しむ言葉を掛けてくれるが、私はラナの正面に立って話しかける。


「ラナ、私が留守中の事は頼むよ……」


話したいことはたくさんあるが、口から出たのはそれだけだった。


「はい、旦那様の留守中に、家を守るのは妻の務めです」


今回の旅は、ラナは一緒には行かないことになった。私は一緒に行きたかったが、ラナは今回の旅では役に立たないから、エルマイスターに残ると言い張ったのだ。


一緒に居るだけでいいのに……。


そばにいてくれるだけで心強い。何度そう話しても同じような事はこれからもあると言われてしまった。ラナは妻としての務めだと何度も話してきた。


私は昨晩の事を思い出しながら、妻のもう一つの務めも思い出して欲しいと心の中で呟いていた。

ケモミミ新魔エッチをする時のラナは、素晴らしい妻の務めを果たしてくれるのだ。


獣人になり切った語尾とあの時の、ゲフン……ともかく素晴らしいのだぁ!


私がラナとの別れで泣きそうな表情をしていると、子供たちが騒ぎ始める。


ミュウ「やっぱりミュウも一緒にくぉ~」

キティ「キティもぉ」

カティ「それなら今度は私よ!」

フォミ「それなら私も!」

シア「浮気の監視に私も行く!」


いやいや、浮気なんかしないから~!


心の中でだが、なんで私が言い訳しないといけないのか疑問に思う。


「アタル様、無事にお戻りになるのを神殿でお待ちしています」


ミルファが礼儀正しく見送りの言葉を私に言ってくれた。


「ああ、ありがとう」


私はミルファにお礼の言葉を返した。

ミルファの後ろには、同じ制服姿の少女が3人ほど一緒にいる。彼女たちも神殿の見習い仲間である。3人はグラスニカから一緒にきた少女達だ。

彼女たちを中心とした神殿見習いグループは、神恩の礼宴で歌と踊りを披露するために日々練習に励んでいる。


神殿アイドルグループになりつつあるなぁ……。


そんなつもりは私にはなかったのだが、権能の神様に嵌められた気がする。


シャル「やっぱり浮気の監視は必要!」

シア「私達も負けられないわ!」


何を負けられないのかよく分からない……。


シアを中心とした自称アタル本家グループと、シャルを中心とした孤児院の子供たちグループも神恩の礼宴で歌と踊りを披露するために日々練習に励んでいる


何かアイドルグループの戦いみたいになってきた……。


まあ、険悪な雰囲気というわけではなく、ライバル関係のような感じで、お互いに競い合って頑張っているので問題はないのだが……。


浮気をするような言われかたは心外だぁーーー!



   ◇   ◇   ◇   ◇



他にも別れを惜しんでいる集団が幾つもある。


王子夫妻の所は吐き気のするぐらい甘ったるい雰囲気を醸している。


「すぐにエルマイスター戻ってくるから、絶対に無理はしないでくれ」


ジョルジュ様がメリンダ様の手を握り、お互いに見つめ合いながら話している。

テク魔車で移動すれば大丈夫だと私は思ったが、さすがにもう少し安定するまではダメだと女性陣が主張した。だからメリンダ様はエルマイスターに残ることになったのだ。


「はい、でも心配しなくても大丈夫です。王都に戻れば歓迎もされますが、嫌味を言う連中もいます。エルマイスターなら安心してこの子を産むことができそうです」


メリンダ様がお腹を擦りながらそう話した。


おいおい、エルマイスターで産むつもりなのぉ!


ジョルジュ様はメリンダ様の手に自分の手を重ねて、お腹を擦りながら話す。


「ああ、パパは早めにお仕事を片付けて戻ってくるよ。それまで待っててくだちゃいねぇ~」


赤ちゃん言葉を話す王子がいて、この国は大丈夫なのか?


馬鹿らしくなり、隣の集団に目をやる。

そこにはイーナさんとルーナさんを中心に、一緒にエルマイスターに来た冒険者たちがいた。


「かならず王都の子供たちを、無事に連れてくる! みんなは安心して新たな故郷であるエルマイスターで待っていてくれ」


ルーナさんが仲間たちに声を掛けていた。それを聞いてすでに涙を流している人もいる。


ルーナさんは正式にエルマイスター家の騎士団に入ることになった。今ではクレアの側近になり、副隊長になる勉強をしている。今回も私の護衛として一緒に旅をすることになった。


「メリーお母さん、子供たちを連れてきたら紹介します」


イーナさんがメリーさんに話しかける。メリーさんも子供を連れて見送りに来ていた。


「ああ、このエルマイスターの子供たちは、みんな私の子供だよ。あんた達が連れてきた子供達も。あんた達と同じように歓迎するよ。任せときな!」


「「「おかあさーーーん!」」」


うんうん、こっちは心温まる光景である。


ルーナさんだけでなく、イーナさんも子供たちを迎えに一緒に行くことになった。正確には私の目的地であるダンジョン付近で、王都から来る子供たちと合流することになっている。


レベッカ夫人と話を進めてきたイーナさんが、どうしても一緒に迎えに行きたいと言ったからだ。


涙ながら頼むイーナさんを見て、私が許可してしまった。

その後、私の知らない所で話し合いがされ、ラナの代わりに私の身の回りの世話をイーナさんに任せれた。

私は妻やレベッカ夫人に身の回りの面倒は必要ないと言ったのだが、聞き入れてもらえなかった。


ケモシッポが身近にあるのは危険だぁ~!


悪魔ケモナーが活性化しそうで怖い。


イーナさんの集団はケモシッポが多いので、視線を別の集団に向けるのであった。



   ◇   ◇   ◇   ◇



隣はエルマイスター家の集団であった。ハロルド様は珍しく辛そうな表情を見せて、レベッカ夫人とアリスお嬢様の別れを見つめている。


「貴族の令嬢が人前で涙を見せるものではありませんよ」


レベッカ夫人は娘のアリスお嬢様に、包み込むような微笑みを見せながら、優しく話しかけている。


「お、お母さま……、グスッ」


アリスお嬢様はポロポロと涙を零している。


「アリス、暫く会えなくなるのです。素敵な淑女レディーになりあなたが戻ってくるまで、私は泣いたあなたの顔を思い出し続けるのは嫌だわ。最後に笑顔を見せて」


「はい、お母さま!」


アリスお嬢様は涙を零しながらも、必死に笑顔を作って母親のレベッカ夫人に見せる。普段の笑顔と比べると、泣いているせいで変な感じだが、なぜかとても素敵な笑顔に見える。


レベッカ夫人も一瞬だけ泣きそうな表情になりかけたが、笑顔を絶やさずアリスお嬢様に話しかける。


「貴族家に生まれて、貴族家に嫁げば辛く悲しいこともあります。ですが、伝統ある貴族家を守るために、それを人には見せないようにしなさい」


レベッカ夫人は厳しくも優しい語り口でアリスお嬢様に話していた。


「は、はい、お母さま……」


私はそれを見て、また泣きそうになる。


旅立つことが決まってから、一緒に行かないことになったラナと、ハロルド様の代わりに領地の事を任されたレベッカ夫人と、交代で夜を過ごしてきた。


レベッカ夫人は夜に2人だけになると、最近はいつも泣き崩れていた。エルマイスター家に嫁いできた彼女の立場と、アリスお嬢様と別れる悲しさを、私は聞いてあげていたのだ。

彼女の不満や諦め、そして責任感の強さといった複雑な思いを、ただ頷いて聞いてあげることしかできなかった。


そして、その複雑な気持ちを紛らそうとするように私を求めて……。


これまでと違った流れに盛り上がって、ゲフン……頑張ってしまったのである。


それはともかく、貴族家の嫁としてエルマイスター家の次期当主の正妻として、彼女が自分の気持ちを抑え込み、この別れの場でも涙を見せずにいるのを見ると複雑な気持ちになる。


ちょっと暴走気味なサキュバスになるのは私の前だけであり、それ以外は全て貴族家の責任感なのだろう。


時にはおせっかいをすることもある。イーナさんの事もそうである。でも、それは私を家族やエルマイスターの一員として認めて、最善の方法と思っての行動だと知っている。


おせっかいすぎるが……。


ただ、彼女がエルマイスターに住む人の幸せを考えて、行動しているのは間違いないと思うのであった。



   ◇   ◇   ◇   ◇



全員が別れを終えると、テク魔車に乗り込み出発する。


……よく考えてみると、私はちょっとした短期出張でしかない。


なんで私まで、こんなに大げさな別れをしているのか、不思議に思うのであった。

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