第2話 名前を呼ぶなら、尻尾を触らせて!
グラスニカには昼前には到着する。
テク魔車4台、ウマーレム騎馬20騎の一行だが、1日半でエルマイスターからグラスニカまで到着してしまった。
駅馬車の運航を始めたことで、道中の魔物の討伐が進んでいるのも早く到着している理由だろう。それにエルマイスター領内は、道が荒れていてスピードが出せなかった。しかし公的ギルドが駅馬車事業のために道の整備を進めてきた効果もある。
私はテク魔車の中でお茶を用意するイーナさんに声を掛ける。
「そんなに気を遣わなくて大丈夫だよ。一緒にお茶を飲もう」
「で、でも……」
建前としてイーナさんには仕事を与えられたが、彼女は真面目に頑張り過ぎる。もっと気楽にしてほしい。それと……。
目の前で動き回られると、ケモシッポに視線が……。
落ち着かないから座ってくれぇ~!
クレアが何もかも見通すような微笑みを見せているのも気になるぅ~。
そこにノックをしてルーナさんが入ってきた。
「隊長、昼前にはグラスニカに到着します。周辺には魔物の姿はありません!」
ルーナさんは騎士団として初めての本格任務ということで、気合が入っているようだ。
「わかった。だが、それほど警戒する必要はない。周辺の警戒と護衛は王子の親衛隊に任されている」
護衛任務は王子の親衛隊が担っている。油断しすぎてはダメだが、何かあっても要請が無ければ、ルーナさん達の出番はないのだ。
ルーナさんもそれは分かっているのだが、どうしても気合が入ってしまうのだろう。
「ルーナさん、一緒にお茶を飲みませんか? 少し聞きたいこともあります」
「えっ、いや……」
私がお茶に誘うと、ルーナさんは少し戸惑っている。
「悪いが付き合ってくれないか? ちょうどイーナさんもお茶に誘ったところだ」
クレアは微笑みながらルーナさんにお願いしてくれた。
「は、はい!」
命令ではないが、ルーナさんは緊張して固い返事をした。
ルーナさんが了承したので、イーナさんも断れず、一緒にお茶を飲むことになった。
◇ ◇ ◇ ◇
クレアが私の隣に移動して、正面にルーナさんとイーナさんが座った。
「獣人族の部隊編制は順調に進んでいますか?」
私は本当に聞きたかったことを率直に尋ねた。
エルマイスターでは獣人族に対する偏見は少ないが、それでも騎士団に獣人族を入れたことはなかった。
私は疑問に感じてハロルド様に尋ねたが、ハロルド様もなぜそうなっているのか明確な理由はなく、慣習というかすでに常識になっているようだ。
私は獣人族の特性をうまく生かすことを含めて、獣人族の騎士団での採用を提案してきた。しかし、差別意識の少ないハロルド様でも進めようとしなかった。
私がなぜなのか尋ねると、ハロルド様は丁寧に理由を説明してくれた。
騎士団は使命感が強く、やる気も非常に高いが、プライドも高いのだ。女性兵士の事でもあれほど抵抗感が強かったのである。採用しても最初は少人数になる。目を光らせて監視しても少数の獣人族が辛い思いをする可能性がある。
ハロルド様の説明を聞いてなるほどと思った。
常識に近いことを強引に進めても、別に悪意がなくとも抵抗感は出るだろう。やはり時間必要だと思った。
しかし、それならクレアの女性部隊で採用を勧めたのである。
女性部隊は次々と改革を進めている最中である。男性部隊の仕事を次々と引継ぎ、新たな隊員の採用や訓練、そしてダンジョン内で公的ギルドとの協力。すべてが常識を変えるような改革ともいえる。
特にダンジョン内の公的ギルドとの協力は、女性冒険者、それも獣人族の冒険者を公的ギルドで採用して一緒に活動しているのである。
公的ギルドの職員は受付の業務をすることになるのだが、実際には危険な場所へ移動するので戦力的にもそれなりにある。そして、職員も元々は冒険者だから、休憩時間に一緒に狩りに行ったりして、任務以外ではお互いに協力していたのである。
クレアも獣人族の採用にはそれほど抵抗感はなかった。念のために他の女性騎士にも話を聞くと、人手が増えるならなんでも良いと言われたのである。まあ、次々増える仕事に人手が足りないので、種族がどうのとか無かったらしい。
それならと騎士に採用する予定だった、片親が獣人族で獣人の妹を持つルーナさんに、採用した獣人族の橋渡し役をお願いしたのである。
「……まだ、難しいと思います」
ルーナさんは少し考えてから答えてくれた。私が心配そうな顔でルーナさんを見ていると、彼女はそれに気付いて説明をしてくれた。
「いえ、別に差別はありません。どちらかと言うと気に入られているというか、可愛がられています。ですがま、まだ実力が伴っていないので、本格的にはという意味です」
さらに詳しく話を聞くと、ルーナさんと一緒に来た冒険者2名も騎士団に入ったのだが、それ以外の獣人族は、スキルが戦闘向きということで採用された新人ばかりである。
まだ訓練途中で実戦は難しいという話だった。それでもすぐには無理だが、種族特性で素早さや気配察知など、すぐにでも活用したいぐらい期待はされているようだ。
そして採用された獣人族は若く可愛かったので、それこそマスコット的に可愛がられているらしい。これについては私も一緒に可愛がりたいと思っている。
そんなことは絶対にできないだろうが……。
「まるでアタル様みたいに耳や尻尾をみんなで触るので、注意しています!」
いやいや、最近は自重しているよ!
「あっ、それは私も聞きました。同性なのでそれほど嫌じゃないけど、普通に人族に仲間として可愛がられて、友達として触らせて欲しいと言ってくるので、なんか照れくさいみたいです」
なんだ、私と同じケモナーがたくさんいるじゃないか!
仲間ができたようで嬉しくなる。
「だからといって旦那様が触るのは絶対にダメですよ!」
クレアに釘を刺されたぁ~!
表情に出てしまったのかもしれない。
ルーナさんは少し呆れたように私を見ているが、イーナさんは嬉しそうに微笑んでみている。
「イーナ、アタル様と結婚したら苦労するぞ?」
そういうことは遠慮して話せぇーーー!
イーナさんは顔を真っ赤にして、ルーナさんをポカポカ叩いている。
私も色々な意味で頬が熱くなる。今さらだがケモナーと指摘され、意識しないようにしていたイーナさんとの結婚の話だったからだ。
「苦労も多いが、それ以上に幸せにしてくれるぞ」
クレアさんが堂々と言ってくれた。
苦労については申し訳ない気持ちになるが、幸せにしてくれると言われるのは、
イーナさんはクレアの発言を聞くと、叩くのを止めて、更に顔を真っ赤にして俯くのであった。
◇ ◇ ◇ ◇
話が変な方向に流れ始めたが、ちょうどグラスニカの領都が見えてきた。
ルーナさんが護衛に戻り、イーナさんがお茶の片付けを始めたので話はそこまでとなった。
今回は王族が一緒だから門で止められることはない。
領都に入ると明らかに町の様子が変わったと感じた。人の数も増え、活気に満ちたのもある。だが一番の違いは、普通に獣人族が町中で歩いているのを、町に入ってすぐに見かけたのだ。
前回この町に訪れた時は、獣人族を表通りでは見かけなかったのである。隠れるように生活をしていた獣人族が、普通の生活を取り戻したようで嬉しくなる。
そしてウマーレムやテク魔車に気付いた人々が歓声を上げて集まってくる。
前回もハロルド様やグラスニカ侯爵のエドワルド様がウマーレムに乗って行進して大騒ぎなった。しかし、前回は人族だけだったが、今回は獣人族も一緒のため規模も大きくなっていた。
そして恥ずかしいことに、私の名前を叫んでいる獣人族がたくさんいた。
名前を呼ぶなら、尻尾を触らせてくれぇ~!
自分でも訳の分からない心の叫びをあげるのであった。
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