第14話 手の届く範囲
さらに進んで行くと、今度は市場のようなところに出た。ここは獣人が多い市場のようだ。イマイチ活気が足りない気もする。
我々が市場内に入っていくと、最初は警戒する視線で見られた。しかし、すぐにミュウやキティと一緒だと気付くと、警戒を解いて普通に買い物を続けている。
野菜や果物の形は不揃いだが、新鮮な感じのするものが多い。
ゆっくりと歩きながら見ていく。エルマイスターと品揃えが違うように感じる。しかし、最近は市場に行くこともなかったので、季節柄の違いのような気もする。
「あっ!」
思わず声が出てしまった。勘違いかと思いながら、見つけた商品に近づいて確認する。
「お兄さん、バソに興味があるのかい?」
店主と思われる牛獣人のおばさんに尋ねられた。
「バソ?」
気になった商品を私は
うん、間違いなく蕎麦の実だ!
蕎麦が食べたくなるが、そばつゆが作れるとは思えない。蕎麦がきやパスタ、雑炊っぽくスープに入れるのも良いかもしれない。
「これってどうやって食べるの?」
念のためこの世界の料理法を聞いて参考にしたい。
「スープに入れるんだよ。パンより安く腹が膨れるからね」
やはり雑炊のように食べるようだ。
よし、確保しよう!
「バソはここにあるだけですか?」
「ハハハッ、あそこに山済みになっているよ。今年の収穫分が入り始めたからね!」
店のおばさんが親指で示した先には、数十の袋が積まれていた荷車があった。
「買ったぁ! 全部買わせてもらう!」
思わず声を上げるとおばさんは驚いた顔をした後に、苦笑しながら答えてくれた。
「それじゃあ、他の客が買えなくなっちまうよ。3袋は残して後は売ってあげる。それで勘弁しておくれ」
「はい!」
即答すると、おばさんは嬉しそうに笑顔を見せ、手を出してきた。私は頷きながらおばさんの手を握り固く握手する。
「違うよ! 先に金を払っておくれ」
周りで見ていた人やミュウ達が笑い出し、ラナやクレア達は苦笑していた。私は恥ずかしくなり頬が熱くなる。
「ラナ、支払いをお願い……」
ラナが返事しておばさんと支払について話し始めた。私は照れ隠しでミュウやキティの相手をするのだった。
◇ ◇ ◇ ◇
ミュウとキティと遊んでいると、ラナがおばさんを連れて近づいてくる。
「旦那様、支払いは済みましたが、あれをどうやって運びましょうか?」
そう聞かれて、そのことを考えていなかったことに気が付く。エルマイスター領では収納を隠すことはほとんどなくなっていた。ハロルド様も最近は諦めたようで、何か言われることはなかったのである。
しかし、他領となると簡単な話ではない。ハロルド様に自重しろと念を押されていたのである。
「荷車を貸すから、配達をあの子達に頼んでくれないかい?」
おばさんがそう話すと、すでに荷車の横に獣人の子供たちが何人も集まっていた。
私は言葉を失ってしまう。孤児院の子供たちに初めて会った時のことを思い出す。いや、それ以上の衝撃であった。
シア達より痩せている……。
シア達も最初は痩せていたが、それでもこれほどではなかった!
「旦那様、彼らでは宿舎まで入れないと思います……」
クレアが申し訳なさそうに話した。
子供たちは痩せているが、仕事をもらうためなのか身ぎれいにしていた。それでも服はボロボロで貧相に見える。確かにあの姿では兵士に止められる可能性がある。
クレアがおばさんに話をしている。おばさんは落胆した表情になり、子供たちに何か伝える。子供たちは少し涙を堪えているようだったが、黙って去ろうとしている。
私は太腿の辺りが引っ張られるような感触がして太腿付近を見る。ミュウが子供たちを見つめながら、私のズボンを強く握りしめていたのだ。
あぁ、そうなんだよなぁ。ミュウも同じような状況だったかもしれないのかぁ。
シャルの話を聞いた感じでは、2人はこの領の村の出身だと思われる。そして村を逃げ出して、この町に来るかエルマイスターに来るか考えて、エルマイスターに向かい私と会ったのである。
今回の旅でエルマイスターに子供が向かうのは命がけであったと分かる。グラスニカには魔物がそれほど居ないので、比較的安全にこの町までこれたはずである。
それでもシャルは獣人に過ごしやすいエルマイスターに向かったのであろう。
私はミュウの頭を撫でると、ミュウは涙を溜めた目で俺を見つめる。
私は優しく微笑むと子供たちの方に向かって歩き出した。
うん、自重なんかしている場合じゃない!
◇ ◇ ◇ ◇
おばさんに近づくと話しかける。
「おばさん、あの子達に配達を頼むよ」
私がそう話すと聞こえていたのか子供たちが振り返って目を輝かせている。対照的におばさんは悲しそうな顔をして答える。
「ありがとうよ。でも、この子達ではお兄さんの住んでいる所に配達は無理なんだよ……」
それを聞いて子供たちはまた落胆している。私はストレージからテーブルを出して話を続ける。
「私は収納持ちです。子供たちには荷車からここまで荷物を運んでもらいます。さすがに大した報酬は出せませんが、食事を提供します!」
ラナとクレアが苦笑している。そしてミュウが俺の足に抱き着いて言った。
ミュウ「だから、アタル大好き!」
キティ「キティもだいすきぃ~!」
はい、大好きいただきましたぁーーー!
「おい、お前達! そっちに居る小さな子にも手伝わせろよ。その子たちにも報酬はだす」
そう声を掛けると、子供たちは建物の壁にもたれて固まっていた、小さな子供たちの方に走っていった。どこか虚ろな目をした小さな子供たちに話しかけ、立ち上がらせると一緒に荷車に向かう。
「まて、仕事をする子は先にこれを飲め!」
健康ドリンクを取り出すと、テーブルの上に置く。子供たちやおばさん、いつの間にか集まった人々はわけがわからない表情をしていた。
その時、立ち上がって歩いてきた小さな子供が、貧血みたいに体をふらつかせ倒れそうになる。自分でも驚く速度でその子に近づいて倒れる前に抱きかかえた。そして収納から健康ドリンクの入ったカップを取り出す。
「これを飲みなさい」
少し虚ろな表情の子供の口に持って行くと、子供は無意識で飲み始める。飲み終わると少し顔色が良くなり、目に意識が戻ってきたのが分かった。そして、子供が呟く。
「お腹が温かいの……」
「そうか、もう少し飲もうか?」
そう言ってカップの中に健康ドリンクを追加して飲ませる。今度は自分の意思で健康ドリンクを飲んだ。飲み終わって立たせると、子供は普通に立てるようだった。
「ラナ、子供たちに健康ドリンクを飲ませてくれ。ミュウとキティも手伝ってくれ!」
ラナは頷くと健康ドリンクサーバーを出す。ミュウやキティは他の子供たちに説明しながら飲むように声を掛け始めた。
クレアと護衛達は健康ドリンクに興味を持った人たちが、近づかないように警戒を始めた。
「お兄さん、最高だよ!」
バン、バン、バン!
おばさんはそう言うと私の背中を何度も叩いてくる。身体強化を常時使っているので問題ないが、そうでなければ今頃吹き飛んでいたほどの力だった。
そしてクレアが近づいてきた。
「ハロルド様に叱られる覚悟はしてくださいよ」
呟くように言われてしまった。
「はい……」
叱られても問題ない! ……でも、優しく叱って欲しい。
そして考える。
自重って何ですか? 子供たちを救うのに自重は必要ですか!?
そして決意する。
自分の手の届く範囲の差別だけでなく、子供たちを救うべきだと。
綺麗ごと結構! 私の手の届く範囲はもっと広く、大きいはずだ!
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