第13話 この世界の現実……

ハロルド様から解放されて自分達のテク魔車に戻ると、ミュウとキティがしびれを切らして待っていた。


ミュウ「アタルゥ~、おそいよぉ。町を見に行くやくそくぅ!」

キティ「おそい~!」


「ゴメンなぁ、ハロルド様の話が長くて困ったよぉ。すぐに出発しよう。ゆっくり見るために歩いて行くぞぉ!」


ラナとクレアは苦笑している。それでもすでに準備できているようで、すぐに出発する。


我々のテク魔車にも第7部隊から6人ほど護衛についてきている。彼女たちも簡易装備で一緒についてくるようだ。宿舎に残っている兵士たちに挨拶して出かける。


本当に自分でも子連れの気分になっている。


比較的綺麗な区画を抜けると、大きな通りに出る。たくさんの商人や馬車が行き交い、お店もたくさん並んでいる。エルマイスターとは違った雰囲気だ。


時折嫌な目つきで睨んでくる人がいる。理由は分からないし、何かしてくるわけではないので無視して色々な店を見ながら歩いていく。


ミュウ「すごいのぉ~。人がおおいのぉ~」

キティ「おおいのぉ~」


楽しそうに騒ぐ2人を見ると、自分も楽しくなる。


「私もエルマイスター領以外の町は初めてですわ。本当に全く違うのですね」


ラナも嬉しそうに話す。この世界では旅をするのは簡単ではない。商人か冒険者でもなければ旅など基本的にしないのだろう。


「確かに違いますね。でも……、私はエルマイスター領が一番好きです!」


クレアは同意しながらも、複雑な表情をしている。たしかクレアは王都にも護衛任務で行ったこともあると聞いていた。やはり大変なことがたくさんあったのだろうか?


それに、エルマイスター領とは違い、獣人がほとんどいない。


ミュウ「あっ、オレンだぁ~!」

キティ「オレン? しらないのぉ~」


ミュウが指差し、カティが不思議そうに話す。


オレン? オレンジの実か? いや、あれはミカンに見えるなぁ。


野菜や果物がたくさん並べられたお店に、見覚えのある果物があった。


飴やジュースにしても良いし、健康ドリンクに使っても良い。使い勝手は悪くないので買おうと思った。


「触るんじゃねぇ!」


カティがお店の近くに歩いていき、オレンの実を近くで見ようとしていた。それに気付いた店主と思われる男がミュウに大きな声で怒鳴った。


子供が近寄ったくらいで、その言い方はないだろうと思ってムッとした。しかし、それがこの店の方針なら仕方ない。買うのを止めてキティを連れていこうとすると、店主の奥さんみたいな人が焦った表情で謝る。


「も、申し訳ありません! どうかお許しください!?」


怒鳴った男も少し顔色が悪くなっている。どうしてだろうと後ろを見ると、少し離れてついてきていた護衛が、いつの間にかすぐ後ろに居て、武器に手をかけていた。


しかし、クレアが手で必要ないという仕草をすると、すぐに護衛は離れていく。


「ああ、すまないな。私達はエルマイスター領から来た。我々でも問題ない通りを教えてくれないか?」


「チッ」


怒鳴った男は舌打ちし、それを嗜めるように女性が睨む。そして、声を掛けたクレアに女性が答えてくれた。


「す、少し先を右に曲がると、大丈夫だと思います」


女性は申し訳なさそうにするが、男はまだ早くどこかへ行ってくれという感じで睨んでいる。


「そうか、ありがとう」


クレアは普通に答えると私に目で合図して、教えられた方向に向かおうとする。


私は驚いて泣きそうになっているキティを抱き上げると、キティは胸に顔を押し付けてくる。横でミュウは悲しそうな表情をしていた。


ラナがミュウの手を握り締め一緒に歩き出す。私は歩きながら、これがこの世界の現実なのかと認識するのだった。



   ◇   ◇   ◇   ◇



先程の女性に教えられたとおりに右に曲がると、明らかに雰囲気が変わった。表の綺麗な大通りとは違い、少し汚れている。少し先に店もあるようだ。


これがこの世界の現実なのだろう……。


地球にいた時に、種族や性別による差別をそれほど意識したことはない。たまにニュースやネットで騒いでいるのを見ても、特に気にせず能力や実力で判断すれば良いのではと思った程度だった。


エルマイスター領での女性差別も、深く考えずに能力を正当に評価すべしと思っただけである。


小さなキティを抱きしめながら、気持ちを整理する。


地球だって差別が騒がれたのは、数十年や百年単位で考えると最近だと考えられる。間違いなく差別はあったし、奴隷制度がなくなったのもそれほど昔の話ではない。


この世界の文明レベルは百年単位で、地球より遅れていると私には思える。だとするとこの現実は仕方ないと思うが、それ以上に悲しくなる。


「旦那様、国に法で種族による差別は禁じられています。しかし、現実では先程のことなどよくあることなのです。

客は獣人が出入りするとその店にこなくなる。だから、店は獣人に厳しい対応をするのです」


何となく分かる気がする。結局、そういったことが益々差別につながるのだろう。


悲しいことだが、自分にそれを変えることができるわけでもない。騒いで相手に文句を言っても、何も始まらないだろう。


ただ、その事実が悲しい。


「うん、わかっている……」


そう答えて、余計に悲しくなる。こんな事実を受け入れないといけないことが……。


ミュウも悲しそうな表情をしてラナの手を強く握りしめている。それでも諦めた表情を見せている。同じようなことが過去にもあったのだろう。


私の腕の中に居るキティは、エルマイスターの孤児院で出会っている。エルマイスター領でも多少の差別はあったが、あれほど露骨じゃなかっただろう。


少し歩くと、小さいお店だがオレンの実を売っている店があった。人族の女性が店主らしい雰囲気だが、獣人の女の子が働いている。


店の商品は量や種類は少なく、品質もあまり良くない。それでも3個ほどオレンの実を買った。


私が抱えるキティを気にした様子もなく普通にオレンを売って渡してくれる。


うん、すべての人が差別するわけじゃないんだ!


何となく救われた気がする。


店を離れて少し歩くと、未だに胸に顔を埋めるキティに話しかける。


「キティが初めてオレンを食べる顔がみたいなぁ」


そう話すとキティがおずおずと顔を上げる。


「ほんとぉ?」


店で買い物している時も、キティがオレンのことを気にしていることは気付いていた。


「本当だよ。ほら、お兄ちゃんが剥いてあげよう!」


キティを抱いていたので、剥きにくそうにしていると、キティは肩まで移動してくれる。すぐにオレンを剥き終わると、一房キティに差し出す。


キティは受け取ってくれたが、肩で表情が見えない。


「キティ、そこだと食べる顔が見えないよ?」


そう話すと、キティはすぐに胸元まで下りてきた。キティは手に持つオレンをキラキラとした目で見てる。その顔が微笑ましくて、自分も微笑んでしまう。


「食べてみて」


そう言うと、キティは嬉しそうにオレンの実を口に入れる。


「おいひぃ~!」


キティは頬に両手をあて、満面の笑みで言った。


うん、国や世界など関係ない! 自分の手の届く範囲だけでも差別はなくしたいなぁ。


キティの笑顔を見てそう心に決める。


「キティだけずるい~、ミュウもアタルにむいてほしいのぉ~」


ミュウの分はラナにお願いしたが、嬉しいことを言ってくれる。ラナは少し苦笑している。


「ほれ、ミュウにも上げよう!」


そう言って、一房渡すとミュウはすぐに口に入れた。


「おいひぃ~!」


ミュウもキティと同じリアクションで喜ぶ。


それからは交互にオレンを2人に渡して、同じようなことをオレンがなくなるまで続けるのであった。

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