第15話 自重っておいしいの?

バソの入った袋を運んでもらい。今は小さい子供から食事をさせていた。


「にくが入っているよぉ」

「こんなおいしいの、はじめて食べたぁ」

「ぐがこんなにたくさん……グスッ」


子供たちはスープやパンを美味しそうに食べている。具が多いと子供たちの体に悪いのではとおばさんに尋ねたら、笑いながら獣人だから大丈夫だと言われた。

確かにシャルとミュウも大丈夫だったと思い出した。


私は少し落ち込んでいた。仕事をさせてその対価で食事を出そうと考えたのだ。しかし、キティより小さな子供が一所懸命バソの入った袋を運んでいる姿を見て、小さな子供は除外するべきだったと後になって気付いたのだ。

ミュウやキティまで手伝い始めて、余計に落ち込んでしまった。


「どうしたんだい。今になって惜しくなったのかい?」


おばさんが心配そうに尋ねてきた。


「いや、あれほど小さい子に働かせる必要はなかったのかなと……」


「はははは、大丈夫だよ。あの子達はこれからも自分達で働かないと生きていけないんだ。たったこれだけの仕事で、あんな美味しそうなスープとパンが食べられたんだ。これからも頑張って生きていく気になったさ」


おばさんは優しい顔で子供たちを見ながら話した。このおばさんは『羊のお宿』のメリーさんと同じ匂いがする。


すると10歳ぐらいの獣人の少女が近づいてきて話しかけてきた。


「あ、あの、食事の代わりにあの水をもらえませんか?」


水? 健康ドリンクのことかな?


先程まで涎を垂らしていた数人の子供が、食事しないでこっちを見ている。


「あ、あと、カップも貸してください。すぐに戻って必ず返しますから!」


何か事情があると思い尋ねる。


「なぜあの水が必要なんだい?」


「ほ、他に体調が悪くて来ていない子がいるんです。その子に飲ませたら必ずカップは持ってきます!」


それは先程倒れそうになった子より調子が悪い子がいるということか!?


「す、水筒を私が貸してあげるよ。だから頼むよ、お兄さん!」


おばさんも気付いたようで焦って私に頼んできた。


馬鹿やろぉ!


「断る!」


少女はビクッと怯えた表情になり、一瞬にして周辺が静かになる。


そして私は続けて話した。


「一緒に行く。すぐに案内しろ!」


なぜか驚いた顔を子供もおばさんもしている。おばさんが心配したような顔で話す。


「たぶんこの子たちの住んでいる場所は汚いし、お兄さんだと危険だよ!」


危険!? だ、大丈夫! 俺にはクレアがいるよね?


不安になりながらもクレアを見ると、収納から護身用の武器を出していた。


やっぱり、クレアは最高だ!


ラナも健康ドリンクのウォーターサーバーやテーブルを片付け始めている。


うん、ラナも最高!


それに気付いたおばさんは笑顔を見せる。


「少し待ちな! 私も一緒に行くよ。私が一緒なら変な奴は手を出してこないはずさ!」


やっぱり、この人はメリーさんと同じ匂いがする。


申し訳ないと思ったが、すでに隣の屋台の人に片付けを頼んでいる。


私は声を掛け全て収納して持って行く。おばさんや周りの人が驚いていたが、そんなのは関係ない。


おばさんは、また私の背中を叩きながら話した。


「私はアーニャ、市場で私を知らない者はいないよ。お兄さんは?」


「私はアタルです。エルマイスター領から来ました」


「そうかい、旦那がいなかったらアタルさんに惚れそうだよ! はははは」


おい、おい!


「え~と、妻のクレアとラナです」


クレアとラナを示しながら紹介する。


「中々綺麗な奥さんじゃないかい? 獣人が嫌いじゃなかったら紹介するよ」


いやいや、それはダメでしょ!


ミュウ「ダメぇ~、アタルは私の運命の人なのよ!」

キティ「ひとなのぉ~」


アーニャさんジト目で睨まないで。誤解だから……。


周囲からケモナーロリコン認定されそうだぁ~。



   ◇   ◇   ◇   ◇



それから子供たちの案内で一緒に住んでいる所に向かう。明らかに汚くなり、疲れ切ったような人が多い。怪我をして満足に歩けない人も居た。


少し怪しい目つきで見てくる者もいたが、アーニャさんが一緒だと気付くと目を逸らして去って行った。


そして子供たちの住んでいる所に着くと唖然とした。


目の前には大きな2階建てだった残骸がある。手前はすでに崩れたのか残骸があるだけだ。そこに子供たちが歩く道のようなものがあり、その奥に僅かに残った1階と2階の壁があった。それも今にも崩れそうで、元は部屋だった場所に木の板が立てかけられている。


子供たちが協力して木の板をどけると入口らしきものがある。子供に続いて中に入る。中は隙間が多いのか真っ暗ではなかった。何ともいえない臭いと干し草のようなものが所々にあり、そこにぼろきれのようなものが乗っているだけだ。


まさか、ここに子供だけで!?


驚いていると子供たちが更に奥に入っていく。奥にも部屋があるようだ。急いで後ろからついて行く。


中に入ると驚きで体が固まり、そして自然と体が震えだす。


そこには2、3歳の子供が3人寝ていた。痩せ細り息の荒い子供と、息が今にも止まりそうな子供、そして、……息をしていない子供が居た。


息をしていない子供の横で先程私に声を掛けてきた少女が泣き崩れている。


さ、先にやることがある!


息の止まりそうな子供に近づくとポーションを出して飲ませようとする。


しかし、子供は飲もうとしない!


すぐにシャルがミュウを助けた時のことを思い出し、口移しで飲ませる。それでも中々飲んでくれずに、口の横から溢れだす。


3回ほど繰り返すと喉がわずかに動いた。すると少しずつ飲み始める!


ポーションを3本与えると目を覚ました。何が起きているか分からない様子だ。


鑑定しても大丈夫そうだった。隣を見ると既に息の荒かった子はクレアがポーションを与えていた。


「あ、ありがとうよ。本当にありがとう!」


なぜかアーニャさんがお礼を言ってくれる。子供たちも嬉しそうに泣いている。


もう大丈夫だよね……。


私はすぐ横で息絶えている子供を抱きかかえる。


「グスッ、ごめんな。もっと早くきてあげられなくてごめんなぁーーー!」


抱きかかえた子供は驚くほど軽かった。綺麗にしたくて洗浄ウォッシュしようとして止める。まさか体ごと消えないと思うが、不安に思ったのだ。


そして何もできなかった自分が悔しくて大泣きしてしまう。


気付くと他の子供たちも私に抱き着いて泣いていた。


「あんたは馬鹿だよ! 関係ない子供のためになんで泣くんだよ! グスッ」


アーニャさん、あなたも泣いてるじゃん!


自分がこれほど無力に感じたことはなかった。そしてこれほど感情的な人間だと初めて知った気がする。


地球では、いや日本ではこんな現実は身近になかった。地球のどこかで同じようなことが起きていたのかもしれない。しかし、それはどこか他人事で自分とは関係ないと思っていた。


しかし、こんなのを目の前で見て我慢できる人がいるのだろうか?


うん、こんなことを放っておく自重なんて必要ない!


頑張って手を広げるだけ広げよう!



   ◇   ◇   ◇   ◇



子供を埋葬しようと話すと少女が涙の顔で頷いた。そして外に埋める場所があると教えてくれた。


埋める場所……。今回だけでないはずだよね……。


みんなで外へ向かおうとすると大きな声が聞こえてくる。


どうやら護衛の兵士と誰かが揉めているようだ。


「旦那様! それはダメです!」


クレアに止められた? 大丈夫、手加減はするつもりだからね。


魔導銃をストレージから出した私は、外に向かおうとする。


「そんなの町中で使ったら、周辺が吹き飛んでしまいます!」


クレアが焦って私を引き止める。


いやいや、自重っておいしいの? こんな自重はおいしくなんかないよ。


悪意を持った相手に自重は必要ない!


するとアーニャさんが青い顔で声を掛けてくるのだった。

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