第三話 籤の待ち
さて、萬斎さん……いや満済さんは「それでは」と帰って行った。避けられないものであれば、準備万端整えていけばよろし。
足利義政の息子の義尚君は、応仁の乱の後に将軍位を継いで、深酒体質なのに将軍親征を行って、六角征伐で体壊して早死にしたよね。これでまた計算が狂って、足利義視の息子と堀越公方の息子で将軍を争ったりわけの分からないことになる。
俺は、インドア派の将軍なので、暖衣飽食して生きていくつもりだ。
さて、そろそろ籤引将軍の結果が出るはずだ。何? 気にしているのかって?あんまり関係ないな。そもそも、命の危険を感じてまで将軍になりたがるほど困っていないんだ俺は。
なんだっけ、鎌倉公方の足利持氏ってのがこの後、反乱起して散々揉めてから親子ともども時間差で首を刎ねられるが、あの男は何がしたかったんだろう。猶子って、後見制度みたいなもんで、跡継がせるわけじゃないだろ?
そういう人生に転生したなら、大人しく俺は材木座海岸で釣りでもしながら過ごすつもりだよ。材木座海岸には鎌倉幕府の時代に埠頭になっていた石垣っぽいものが船着き場としてあるはずなんだが、津波の影響で消えちゃったんだっけ? 鎌倉大仏も津波で流されてもっと海に近い場所にあったのが今の場所まで流されて、動かせないからある場所に再建したんだっけな。クールな話だ。
とにかく、関東の事も自分で治められない分際で、遠い親戚に過ぎない田舎のおっさんが「俺が将軍を継ぐのにふさわしい」とか言い出しちゃうこと自体に決定的な知能の低さを感じる。なんか、夜中に二十四時間営業の店で赤ん坊連れて騒いでいる若い夫婦の集団を思い出す。いや、お前中心に世界は回ってないから。
そもそも、足利尊氏の四男だかが鎌倉公方になってそこの四代目とかなわけでしょ? 親族としては一色さんとかと変わらんレベルの血の薄さだと思うの。うちの親父である義満さんと、持氏の爺さんが「従兄弟」ってレベルだから、俺と持氏の親父が「又従兄弟」なわけでしょ? 六親等までが親族で、又従兄弟が限界なんだが。お前ら血族だが、ほとんど他人だぞ。
それを「俺は征夷大将軍になる!!」って麦わら帽子被っている子供みたいなこと言われても困るよね。流石、義持兄に討伐されかかるだけのことがある真正のDQNだわ。
とはいえ、俺自身が親征するわけじゃなくって、武田とか今川の家に命じて討伐させるだけの簡単な仕事だから、その前に、色々畿内の事を片付けて、「この将軍のいう事聞いた方がいいよね」ってレベルで周りに認知させないと行けない。
なにしろ、『籤引』で選ばれたくせに、とか『還俗将軍』なんて管領や畿内の守護共に言われないようにするのが先決だな。それで、叡山焼いたり、一揆討伐したりするんだろうな。仕方ないんだよ、反動ってあるからね。
さて、そろそろ籤の結果を知らせに満済殿がやってくる時間だ。これから、俺の手足第一号として頑張って働いてもらいたいのだが、親父の代から三十有余年働き続けているはずなので、大事に使おう。長く使えるように。
既に人事不省となっていた義持兄は昨晩遅く最後まで後継者を指名せずに亡くなった。気持ちは分かるが、後継者くらい決めておけ。息子死んでから三年位たつだろ。王位継承権みたいなのって大事だな。俺の代から決めよう。
十番目くらいまで決めておけばいいな。血統順でいいだろ? 庶子や姻族は除いてだな。庶子は直系卑属が一通り指名されてからにすれば問題ないだろう。一歳の嫡子の孫が五十過ぎの庶子の長男より上とかにすればいい。あれ、母方の実家の政治力込みでの継承権だからね。庶子にはない。
そうすると、関東公方の某のような存在も出てこなくなる。あと、鎌倉公方って宮家出身でもよくない? 鎌倉執権北条氏はそうしていただろ? まあ、あの当時は西国は公家、東国は武家政権で並立していた時代もあったし、反執権派に使嗾されて倒幕に関与する宮様もいたから、成人すると息子の幼児に代替わりさせたりするんだよね。それある、それいける。
どの道、関東管領が差配するんだし、京の幕府に対抗するような奴を手の届かないところに置くのはいくない。それに、帝も坊主にするしかない宮様が関東とはいえ武家の上に立つのは悪くない気持ちもあるだろう。仕送り増えるかもしれないしな。
京で皇統が途絶えても、関東に残れば良いってのもある。足利将軍の変わりはいくらでもいるが、皇統はそうはいかないもんね。
「座主様。三宝院満済様がお目通りを願っております」
「……通せ。それと、茶の用意を」
「はっ!!」
さて、いよいよ将軍デビューに向けの悪だくみが始まるわけだ。確かこの時点でのキーマンは足利義満・義持の時代から持ち越しの管領である畠山満家、斯波義淳、細川持元に……山名持煕の四人の宿老が将軍を支えてきた。ある意味、この四人と義持兄の合議で幕府が運営されて来たわけだ。司会は満済殿って事かな。
なんでわかるかって、日本史が得意だから!!ってわけではなく、同時代の常識は俺の記憶とは別に『知っている』状態にあるみたいでな。なんか分かるんだよ。
「失礼いたします」
外から声が掛かり、数日前に顔を見た柔和な笑顔に疲れを見せた、俺のパシリ一号が部屋に入ってきた。
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