第二話 坂道を転がって

 足利将軍というのは、徳川将軍家と比べるととっても脆弱な政治基盤しか持たなかったと思われる。徳川幕府は八百万石の超巨大大名だし、金山・銀山に主な大都市である江戸・大阪・京・名古屋を直轄地として持っていたわけだから、そりゃ強力だったろうね。出島もあるがね。


 足利幕府って、建武中興があまりに無謀な天皇親政の公家中心ばら撒き政治だったから、その反動勢力が足利家を担ぎあげて新しい武家の政治体制を作ったという泥縄的存在でもある。


 この時代に至っても、まだ南朝の系統が活動しているし、そのまま応仁の乱に突入し、益々全国的に政治は大荒れの模様になっていくんだよね。


 さて、義円……ギレンなら『無能なる者共に裁きの鉄槌を!!』とか叫んで親父ごと敵艦隊を殲滅していればOK!! なんだが、そうはいかない。


 そうです、俺は『籤引将軍』『元祖第六天魔王』と呼ばれ、赤松何たらって奴に最後暗殺されて『本能寺の変』よろしく高ころびにあをのけにころばれ候ずる足利義教さんじゃありませんか。


 いやー 頭がスースー……いや首筋がスースーするね。


「今年は何年だったかな」

「……応永三十五年にございますな」

「鹿苑院様が亡くなって……」

「二十年に……なりますな。早いものです」


 つまり、俺も坊主生活二十年って事か。悪くない、魔法使いにだってなれるはずだから☆ 応仁の乱の多少の一人細川政元とか上杉謙信は飯綱の法を身に着けるために女犯戒を己に課していたから、子供いないんだよね。一生童貞だと空も飛べるはずらしい。スピッツか。


 兄貴は尻にできものができて、腫れて破れて膿が出て高熱を出して苦しんでいるらしい。親父と弟毒殺した罰が返ってきたんだろうか。まあ、憶測だから知らんぷりだけどね。


「公方様は誰をご指名か」

「……神意に委ねると……」


 なんだよそれと言わないでほしい。溺愛した息子が自分より早く死んでしまってどうでも良くなったんだろうね。親父の政治姿勢に対する反動で、二十年間、将軍を務めてきて後は息子に継がせるだけの状態まで持ってきて、将軍にしたとたん日を置かずに死んじゃうんだもん。まあ、『神意』に委ねたくなる気持ちも分からないでもない。


「それでは、神前で籤でも引いて決めることになるのでしょう」

「……貴方様までそのようなことを……確かに人知の及ばぬことは数多くございますが、まつりごとを行うのに適している人柄という物がございます。公方様のお身内で、あなた様が最もふさわしい方にございましょう」


 え、嫌だよ。散々時間をかけて色々改革を進めて、これからって時に暗殺されて。長男は十歳かそこらで死んで、その後、次男はあの足利義政君だよ。銀箔がないのに銀閣って言い張っちゃう道楽息子だよ。駄目だよそんなの。


 確か、他にも何人かいたよね。俺は天台座主のまんまが良いな。まあ、子供が作れないのは少々寂しいが、自分の首をかけるまでではない。三管領だ四職だって、足利の分家や執事の家の当主が偉そうに将軍に盾付くのも腹が立つ。


 もし、俺が将軍になるんなら、五畿内と近江は俺の直轄領にする。堺と敦賀と小浜も直轄。金山銀山も直轄領にする。逆らう奴は皆殺し……だな。あと、一揆をあおるような国人共は根切にする。借りた金は返そうな。


 一向宗は布教を認めず、禁忌にする。隠れ一向宗なんかは皆殺し。手紙魔の色欲坊主も早々に駆除する。手書きならいいってもんじゃない。薄い本回し読みするような布教活動は許さん。


 あーでも、この時代だと下克上もまだだし、楽市楽座? 街道整備? 鉄砲? 無理だわ。南蛮人がやって来るの百五十年後だもん。内政チートとかどうすんだよ。東山文化だってもっと先の話じゃん。まあ、いまだ影も形もない俺の息子発信なんだけどな。


 でも何とかしないと、ここも京の外れにあるから、戦乱でも都で起これば多少の僧兵なんかじゃ対応できない。日枝神社の神輿担いで強訴って、非武装相手のテロだから。武装した軍隊相手には無力だからね。


 やっぱそう考えると、自分の幸せの為には将軍職を継いで、俺の周りにある程度頼れる人間を集めて、敵を排除していかないとだめってことかも知れんね。


「香厳院様は庶子ですので、今回もまずは外れて頂きます。あなた様の他には妙法院様、永隆様、梶井義承様になるでしょう」


 妙法院ってのは、義昭ぎしょうと呼ばれる男だな。確か、義教から逃げて九州で担ぎあげられて島津某に討ち取られるんじゃないかな。他の二人は義昭のようにならないように監禁されちゃうんだよね確か。


「満済殿の裁量一つでしょう。少なくとも、明との交流は再開すべきと考えますし、鎌倉公方の暴走も許すつもりはありません。政が安定しなければ、国は大いに乱れ、未だ燻ぶる南朝側の勢力も勢いを取り戻しかねません。将軍家を中心に、帝の御心を安らげる為の政を行わねばなりますまい。

その為に、ご協力いただけますでしょうか」


 満済の顔は相変わらずの薄い笑顔のままではあるが、「何卒よしなに」と頭を下げる。さて、俺の無茶ぶりを受けるのは君に決定だ。周りとうまく調整をしてくれ給え。俺は、言いたいことを言い、やりたいことを遠慮なくやらせてもらおう。何をすべきか、とりあえず、応仁の乱を招かない為に

色々考えなきゃならないんだよ。

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