第3話 いつも待っている機関車

「はい、旅行の支度おわり」


 レミリがリビングから出て行ったかと思ったら、すぐに戻ってきてこう言った。

 旅行鞄を持っている。

 もう準備してきやがったのか、とフーリャはあきれた。

 実は割と乗り気だったのかもしれない。


「もう済ませたのか」

「ええ《ちょうどいい準備をしてくれる旅行鞄》に入れたからすぐだったわ」


 家事全般をぜんぶこういう道具に任せて生活しているレミリであった。


「あんたたちもさっさと支度しなさいよ」

「ちょっと待てや。お前と違ってそんな便利なもんに頼ってねえんだよ」

「なによ、誘っておいて鈍いのね」


 そっちが異常なんだよ、とフーリャもクロンも言わなかった。

 それから急いで各自の家に戻り準備を済ませた。

 フーリャとクロンはげっそりしている。


 クロンがフーリャにそっと話しかける。


「だから僕はレミリを誘うの反対だったんだ……」

「男だけの二人旅ってのも華がないだろ?」

「彼女が華だとは、ぼくには思えないんだけど」

「なんでだ? 美人のほうに入るんじゃね? レミリはよ」

「いや、性格……」


 フーリャはレミリを美人の女性として高く評価しているが、クロンは性格に難ありとして避けていた。

 二人の会話が噛み合わないのも無理はない。


「ふたりとも、なにをこそこそ話してるの!」


 レミリにしかられてしまった。

 は、早く準備してこなければ……、と二人は思った。


「わたしを待たせるんじゃないわよ!」

「へーいへい」

「フーリャ、ふざけてるのかしら?」

「んなこたあねえよ」

「ふん、それで。どうやってどこに行くつもりなのよ?」


 フーリャは後ろを振り返ってクロンを見た。

 彼も準備はできているようだ。

 再びレミリを見ると、要点を述べる。


「《いつも待っている機関車》を使って、彦星と織り姫ゆかりのところを回れたらと思ってな」

「え、あれって成人してないと乗れないんじゃなかったかしら?」

「そうだな」

「その自信に満ちあふれた表情……まさか子どもを卒業したの!?」

「んなわきゃない」

「ならどうするのよ……乗れないじゃないの……。まさか密航?」

「ちゃんと正規の手続きだ。成人の保護者がついてくる」

「どこに?」


 首をかしげるレミリに対して、フーリャはくいっと首を回して戻す。

 後ろを見ろという合図だった。


 フーリャの後ろには頑なにレミリと目を合わせようとしないクロンの姿がある。


「……」

「……」


 ふと、レミリとクロンの視線が合った。

 そしてレミリがフーリャに不思議に思った顔で尋ねてくる。


「まさか」

「おう、クロンはもう20歳になったそうだ」

「うそでしょ!? 子どもでいたほうが絶対にお得じゃないの! おとなは働かなきゃいけないのよ!」

「早く社会にでて働きたいんだってさ。な、クロン?」


 フーリャが振り向くと、クロンはこくりと首を縦に振った。

 どうでもいいが、そろそろ一列に並んでいる状況をどうにかしてほしいフーリャである。なにかと振り向いたり戻ったりと忙しい。まあクロンがレミリと目を合わせたくないというのは、わかっているのだが。


「ふーん。相変わらず変わってるのね。わたしはずっと正月でいたいのに」

「そりゃさすがに極端だな」

「あら、フーリャ。あんただって似たようなもんでしょう?」

「おれは七夕にあやかって旅行をするくらいの積極性はあるからな」

「はいはい。じゃあさっさと列車の待っている駅に向かいましょうね」


 旅行鞄を引きずって、すたすたと進むレミリの後を、二人の男が追うのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る