019 事後ミーティング
準備室に戻ってきたチーム7の面々は、武器の整備を終えたところだった。
今日は弾丸だけだが、消耗品の確認も行わなくてはならない。細かく調べているわけではなく、補給が必要かどうかの判断基準としての記録だ。
遭遇したモンスターと実行した対処法、そして結果、そういった部分も記録していく。これは
「そういえば、トイレをどうにかしないとな」
ペットボトルのミネラルウォーターから水分補給し、一息ついたところで、砂田が思い出したように言った。
携帯型の使い捨てトイレとトイレットペーパーは物資として置かれているが、準備室で使った者はいない。
それを聞いたナイラが、動いていない転移門を指さす。
「あれが使えるようになれば解決するんじゃないか?」
「俺もそう思ってるんだけど、それまでどうするかって話だよ。携帯トイレはあるから最悪どうにかなるけど」
リージョン探索中は表のダンジョンと同じく、適当な場所で用を足すしかないだろう。初日の建造物型では、部屋の隅を使って小用を済ませていた。
「あのループする部屋は使えるかな?」
話を聞いていたイクルワがアイデアを出した。リージョン1から出られるまでは四捨五入して40秒。すぐに出て入り直せば、隔離された安全な場所が作れる。リージョン1への転移門は出口の転移門からも近い。そういう理屈だった。
「なるほど、いいアイデアだ。だがそれをやるためには、リージョン2を最低基準として活動する必要があるぞ」
「そうだった……」
ナイラに懸念点を示され、肩を落とすイクルワ。砂田はそんな彼の肩に手を置いて慰めた。話し合いで意見を出すのはいいことだ。自身があまり得意ではないことをやった彼を褒めたい。砂田はとっかかりの会話は問題ないが、話し合いの途中に口を挟むのは苦手だ。
「さすがに穴掘ったりは無理だが、ここに小部屋を作っておく。幸いまだスペースはある」
準備室を見回しながらナイラが言った。携帯トイレをそこで使うのだ。消臭スプレーとトイレットペーパーがあればどうにかなるはずだと。水場が使えるようになれば、そこに移すこともできる。
「音はどうにもならないが、そこは分かってるだろ? ……あ、いや、聞いても聞かなかったふりで流してくれってことだ」
具体的に言い直すナイラ。相手が察することを期待しない、つまり、文化や言葉などの差を考慮してのことだろう。そんな彼女に砂田は感謝した。何度かすれ違いがあったが、今後は減るはずだ。自分も気をつけなくてはならない。
確かに、音をどうにかするのは面倒だ。こんな場所まで擬音装置を持ち込むわけにはいかない。
あれを気にするのは日本人だけかと思っていたが、彼女が言及するということは、そうでもなさそうだ。やはり個人差があるのだろう。
「分かった。設置の手伝いは?」
「すぐ終わるから問題ない。本当だ」
そう言って彼女は苦笑した。アジートが物資整理の手伝いをできなかったのを不満に思っていたことは、パリサがそれとなく伝えていた。
そのパリサが会話に混ざる。
「そういうことなら来る前にコーヒーも飲めそう。朝早いのに飲めなくてちょっと困ってたんだよね」
「すまない、そこまで気が回っていなかった」
「わたしも昨日やっと思い出したことだから気にしなくていいよ」
問題が解決したところで、ナイラが報告用とは別のメモ帳を取り出して何かを書き込んでいる。砂田が興味本位で尋ねてみると、個人のTODOリストだという。トイレ用の壁設置には経費を使うが、どちらかといえば個人タスクとのことだ。
トイレの話題が終わって、獲得物の整理を始める。
今日の獲得トークンは82テス。産出物はタブレットとポーションだ。
「もうちょっと粘るべきだったか?」
「産出物回収を抑えたほうがよかったのかもしれない。悪い」
「いや許可を出したのは私だ。謝らなくていい。……スナダはすぐ謝ろうとするが、さすがに多いと思うぞ」
そうなのだろうかと砂田が疑問に思っていると、アジートが「僕もそう思う」とナイラに意見を合わせた。
ナイラはチームメンバーとの文化などの違いを認識し、苦労しつつも改めようとしている。パリサ、アジート、そしてイクルワは、それまでとは異なる環境に身を移して頑張っている。自分だけが何も変わらないというわけにはいかない。
そう実感した砂田は、今後は謝罪が必要か検討してから口に出すよう努力すると告げた。
「初めてのリージョン2で、しかも特殊環境だったんだし、今回はこれでよかったんじゃないかな。脅威度もFくらいだって分かったし」
パリサが話を戻した。いろいろとA1の新規情報が手に入ったのだから、それを考えれば十分だということだ。
その言葉にナイラも納得した様子だ。
「そうだな。リージョン2で戦えそうなことが分かったのは収穫だった。機獣の出現があるということもだ」
今後はリージョン2から開始でもいいかもしれないとナイラは言った。他の環境でも戦ってみる必要がある。雪原や砂漠などが出たら引き返してリージョン1に行く。そういう計画だった。
そこにアジートが提案を出した。次回以降も、今日のように帰り際に銃の練習をしたいそうだ。転移門近くでならすぐに逃げられるから問題ないだろうということだ。
今回は馬頭鬼に苦戦させられた。生物系で銃が効果的なのにもかかわらず、技量の問題で仕留めるまでに時間がかかってしまった。あの程度の距離での戦闘時間は減らしていきたい。
砂田も同じように感じていた。それに、銃へ慣れるための時間も増やせる。デメリットは帰還時刻が遅くなることだけだ。
「分かった。では次から帰りの転移門前で射撃練習をしよう。ただし全員が無事だったらだ。怪我人や調子の悪い者がいたらすぐ帰る」
「ありがとう、ナイラ」
礼を言うアジートに、ナイラはうなずいた。
「それじゃあ産出物だけど……」
皆の〈格納〉から取り出した薬品類をひとまとめにして、砂田が種類別に分けたものを見せた。
内容は先の2種のタブレットに加え、〈回復ポーション〉と〈治癒ポーション〉だ。それぞれ複数個ずつ入手できた。
「ポーション類はここでも使えるから準備室に残して、使い道がなさそうなタブレット類は売ってもいいと思う」
「そうだスナダ、これってどういう効果なんだ? さっき『あとで』って言ってただろう?」
「あーそうだな。せっかくだから説明するか。知っておいて困るもんでもない。パリサは知ってるよな? ナイラは?」
意外なことにナイラはタブレットの効果を知らなかった。エージェントになってからチケット類を調べているそうだが、その他の産出物については未調査だったようだ。もともとレベルC以下の警備をやっていただけなので、専業採取者のような知識は必要なかったのだろう。
それならば一緒に聞いていてくれと砂田は言って、〈高栄養タブレット〉を手に取った。曇りガラスの瓶にはネジ式の蓋が付いており、文明力の高さがうかがえる作りだ。
「これは名前のとおり、栄養を提供してくれる薬だ。食品と言ってもいいかもしれない。瓶に書いてある説明では『一定期間、体に適切な栄養を提供する』となっているが、採協のサイトには22時間程度と書かれている」
砂田にとって、回復系よりも、このタブレットのほうが不思議だった。見た目は普通のマルチビタミン・ミネラル剤と変わらない。こんな小さなもののどこに栄養を詰め込んでいるのか。
北海道の中島公園ダンジョンでは1瓶だけ世話になったが、まったく食べた気分にならないので、好んで飲みたいものではない。
1粒飲めば、消費したカロリーと栄養を、消費量より少し多めに補給し続けてくれるダンジョン産出物。その間は水分さえ取れれば栄養が足りなくなることはない。
夢のような食品だが、他の薬品と違って、ダンジョン領域の外では効果がない。特に害もないようだが、無駄遣いとなる。
「つまり、1日で帰れる私たちには必要ないということか」
「そういうこと。全体的に不足気味らしいし、クラスH攻略隊のいる国が買ってくれるだろ。俺たちとしても貢献したことになるから、悪い処置じゃないと思う」
そして次に〈覚醒タブレット〉を皆に見せる。
「こんな名前だけど、いわゆる覚醒剤とは違うものだ。依存性も確認されていない。むしろもう飲みたくないと言われるらしい」
効果は、約3日ほど眠くならないというものだ。〈高栄養タブレット〉の3倍の時間というほうが正しいようだ。覚醒剤のように心身が活発になったりはしない。
当然、効果が切れたあとは睡眠を取らなくてはならない。睡眠不足と蓄積した疲労がまとめて襲ってくるため、1日ほど目を覚まさなくなる。
通常使用の範囲でも危険な薬品なので、手に入れた採取者は使用や持ち帰りをせず、採協に売却するよう推奨されている。連続使用は死の可能性もある。
もっとも、これが見つかるのはレベルG以上だ。まれにFでも見つかるが、めったにないことで、一般的な採取者が目にすることはない。実物は砂田も初めて見た。
攻略隊の一部で使用されているとの噂があるが、彼らにとっては必要なのかもしれない。その賛否は砂田には分からない。
「俺たちには要らないってことだ。リージョンに数日こもって寝ずに戦うなら話は別だけど」
ナイラは2つの薬品の効果を聞いて、何か悩んでいるようだ。
アジートはリージョン2で必要ないと言われたことを納得したような顔で砂田を見ている。
「とりあえず〈覚醒タブレット〉は全部売ろう。本音を言うと1瓶だけ残したいところだが、変な可能性は消していたほうが安心だろう。〈高栄養タブレット〉はいくつか残しておきたい。今は要らないとしても、そのうち必要になるかもしれない」
妥当な判断だと砂田は思った。日をまたいだ活動であっても、2日や3日で必要になるとは思えないが、保険として所持しておくのは悪くない。
売却はICESアメリカ支部を通して
採取活動の結果が月払いというのは不思議な感覚だが、A1での結果をそのたびに等分するのは面倒だろう。問題ない方法と言える。
「この〈治癒ポーション〉って何だ? 〈回復ポーション〉とは違うのか?」
話は済んだと思ったところでナイラが質問した。
確かに、この2つの違いは名前からは分かりづらい。
「回復は普通に体力とかの回復だよ。免疫機能を向上させて、栄養効率を最適化するらしい。
治癒のほうは、怪我全般の回復促進。ローションみたいな即効性はないけど、持続性がある」
〈治癒ポーション〉は〈
〈治癒ポーション〉は損傷した部分の回復を手助けする効果がある。たとえば切り傷に〈創傷ローション〉と併用した場合、ローションで塞がった傷口が再び開かないようになるまでの時間が短くなる、といった具合だ。
ポーション全般に言えることだが、その効果は体内のカロリーと水分を消費する。脱水症状が深刻な状態で使えば、逆に命を危険に晒すことになる。極度の飢餓状態でも同じだ。
そのような状態をダンジョン産出物だけで乗り切るなら、〈成水〉と〈高栄養タブレット〉、さらに〈治癒ポーション〉に加えて〈回復ポーション〉を併用することになるだろう。
ダンジョン内で飢餓と脱水、そして怪我という状態になってしまうのは無謀なことをしないかぎりは発生しないだろう。現に、そのような状況に陥った者の話は聞いたことがない。
「それならポーション類は残しておこう。事前に渡されていたポーションは回復だけだったからな」
全員が賛成したところで、ナイラは獲得物に関するメモを取り始めた。この記録は準備室にも残すことになる。
どの番号の、どんなリージョンで、どんな状況から得られたのか。判明しているだけのことを書き残すのだ。未来のチーム7、そしてチーム8に向けてのものだ。
「よし、ミーティングも終わったし、今日はここまで。2日休んだら2週目開始だ」
ナイラの締めの言葉で、この日は解散することになった。
砂田にとって、エージェントとして最初の週は実りあるものだった。
俺たちは英雄になれない あとりえむ @atori_m
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