018 油断と驕り

 ナイラとパリサがこの廃墟をどうやって探索するか話している途中、砂田は廃墟では産出物を発見できる可能性があるとナイラに伝えた。その上で、屋内もチェックするかと尋ねる。

 彼女は少し迷ったそぶりを見せたあとで答えた。


「少し見て、あったら回収する。細かく探したりはしない」

「もちろん。第一目的はトークン回収だ」


 扇状の陣形を組み、大通りの中央を歩く。空間が広いため、目を増やすことで視界を確保する。

 パリサを中心に、左にアジート、右に砂田で扇形を作っている。そこから少し離れてイクルワ。最後尾にナイラだ。

 崩壊した街は静かだが、どこかにモンスターはいるはずだ。そう思うと気を抜くわけにはいかない。


 門の近くは崩れた建物が多かったが、進むにつれて形を保った建物が増えてきた。砂田はそのうちのひとつに看板のようなものを見つけた。

 書かれているのはダンジョン文字ではない。知っている文字でもないため、読むことはできない。しかし看板があるということは、何らかの商いをしていたと想像できる。産出物を得られる可能性はあるだろう。


「ナイラ、いいか?」


 建物を指さして許可を取った砂田を先頭に、警戒を続けながら建物に近づく。隣に目をやると、パリサはしっかりと屋根の上へも視線を送っていた。

 壁に埋め込まれた看板の脇には扉のない出入り口がある。その直前でパリサが声を潜めて報告する。


「何かいる。大きいトカゲみたいな形だけど、生物系か機獣かまでは分からない」


〈放射走査〉はあくまでも輪郭を把握するだけだ。立体のおおまかな造形が分かっても、それが何なのかまで判別するには経験と想像力がものをいう。近ければ近いほど詳細な輪郭が分かるとパリサは説明していたが、今はその距離ではないのだろう。


 砂田はアジートとパリサに出入り口で待機してもらい、ナイラとイクルワには警戒を頼んだ。〈格納〉から短槍を取り出し、いつでも突けるように、穂先を下げてじりじりと進む。トカゲが相手なら、これが適しているだろうと判断したのだ。


 短槍を使うのは久しぶりだ。普段は例の剣か、採協から借りられる普通の槍か棒を使っている。

 砂田の短槍は、ズールーのシャカが考案したイクルワという刺し槍を元にしたものだ。80cmほどの柄と、笹の葉の形をした30cmほどの幅広の槍頭。柄には革紐を巻きつかせ、滑り止めとしている。

 これを作ったときには、まさかイクルワという名の少年と共にダンジョン探索をすることになるとは想像もできなかった。


 明かり取りのない室内は、出入り口からの光しかなく、薄暗い。部屋の奥にはカウンターと戸棚があり、商店のようにも感じる。

 砂田はカウンターの向こう側で何かが動く音を捉えた。鼓膜に届いたのはかすかな金属音。


(――機獣か)


 機獣相手に刃物は不利だが、狭い場所であの剣を振り回すことは難しい。

 音のリスクはあるが、銃に持ち替えるべきかと迷いが浮かんだ瞬間だった。カウンターの脇からトカゲ型の機獣が駆け寄ってきた。体長は1メートル強。中型だ。

 体の中心から外側に向けて脚が生えているトカゲは体をくねらせて歩く。それを模した機獣も、激しく体を動かしながら急接近してきた。

 砂田は自らの落ち度に気付いた。


 トカゲ型機獣は無装甲型ネイキッドだった。倒すことは難しいが、刃物でも対応可能だ。砂田はトカゲの頭部の中心、ぱかりと半開きになった口を狙って槍を突き出す。

〈空間識向上〉によって、ほぼ完璧な距離感を得た砂田が繰り出した突きは、機獣の口腔に吸い込まれた。

 トカゲ型の機獣はそれを振り払おうと、後退しながら荒々しく頭を振る。

 この程度の大きさの機獣相手ならば、総鋼の槍は折れないはずだ。後退する機獣に合わせて砂田も踏み込む。

 機獣の尾が壁にぶつかった。それを機と見た砂田は一気に前進。機獣は壁沿いに逃げようとするが、その方向を制御して入り口側の壁との角に押しつける。


「アジート!」


 入り口で様子をうかがっているアジートに助力を求める。

 彼はすぐに駆け寄ると、砂田の斜め横に位置を取った。暴れる機獣と、それを押さえつけようとする砂田。激しい動きの中から、最も良いタイミングを見計らっている。


 1人と1体がちょうど壁沿いに並んだ瞬間だった。

 砂田の「今!」という声と同時に、アジートのライフルから弾丸が放たれる。排出された薬莢が堅い土の地面を転がった。

 しかし機獣は、その1発では止まらない。それを見たアジートはすぐさま次の引き金を引いた。




 トカゲ型の機獣が粒子となって消えていく。消費した弾丸は3発。どこに当てれば一撃で倒せるのか分からない相手だ、上出来だろう。


「すまない。今のは俺のミスだ。助かったよ」

「何がミスだったんだ?」

「……俺が最初から銃を出すべきだったんだ」


 アジートは納得していないようだが、砂田にとっては完全なる失態だ。

 ここがレベルF程度であることは分かっていた。そして、パリサから生物系か機獣かは判別できないという情報も得ていた。にもかかわらず、砂田は槍を選んだ。室内であり、相手が低い位置にいるという状況からの判断だ。

 しかしそれは、かつての自分ならこうした、とも言えるものだ。過去の、エージェントになる前の、近接武器しかなかった自分。


 今は手元に銃がある。慣れで槍を選んでしまったのは失策だったと砂田は思う。エージェントは銃での戦いが基本になるだろう。事情がなければ近接武器を主力にするべきではない。

 槍を使うなら、初めから2人で調査すればよかったのだ。いや、何を使っていたとしても、2人でやるべきだった。

 油断と驕り。それを感じていた。


(銃は弓、銃は槍、銃は剣)


 そう思って使わなくてはならない。

 近接武器でレベルFまで攻略した経験が邪魔になってしまっていた。アジートもイクルワも銃を中心に考えている。慣れやこだわりを持つほどの経験をする前に、エージェントになったからだろう。

 活動を続けていれば各種武器を使い分ける必要は出てくるだろうが、そのときが来るより先に、自らの慣れを再構築する必要がある。理由もなく剣や槍を選んではいけない。


 砂田が黙ってしまった時間は短かったが、アジートは彼の様子が変わったことを察したのだろう。雰囲気を変えるように声をかける。


「とりあえず、トークン拾って棚を見てみよう」


 砂田は顔の向きを変えずにうなずく。

 彼が見つめる短槍の先端は欠けていた。




 トカゲ型の機獣が残したトークンは4テス。どうやらこのリージョンの主力のようだ。

 昨日のリージョン1では最大値を落とすモンスターは2種類いたが、ここではどうなのだろうか。銃の練習をした場所では屈み鬼だけだった。もっとも、その日は狭い範囲しか移動しなかったため、他にもいた可能性は捨てられない。チーム8からは、リージョン1では2種類が2テスを落とすと報告されているからだ。

 ここでも最低2種類と考えると、残り1種類も機獣の可能性がある。表のダンジョンでも、ひとつのエリアには同系統のモンスターが出る。それが基本だ。リージョンも似たようなものだろう。

 あくまでも基本であり、例外は多い。しかし思考の開始地点として使うなら基本パターンにしたほうがいいだろう。


 戸棚には2種類の薬品があった。〈高栄養タブレット〉と〈覚醒タブレット〉で、どちらも21錠入りだ。〈高栄養タブレット〉は4つ入手した。


「今のところ使う機会なさそうだな」

「そうなのか?」

「レベルF以降の攻略なら必要かもしれないけど……詳しくは帰ってからな」


 砂田はすでに気持ちを切り替えていた。いつまでも引きずっていてはチームの雰囲気が悪くなる。チームを危険にさらすような可能性を広げるのは避けたい。そうなってしまうのは失態を重ねることと同義だ。

 自分だけの失敗なら反省と修正ができるが、誰かが命を落としてしまったら、砂田は立ち直れる自信がなかった。そして、自分が死んでしまった場合は反省すらできないのだ。


 家屋跡を出た砂田にナイラが話しかけてくる。


「どうだった?」

「ああ、薬品を少し見つけた。モンスターはトカゲ型の機獣が1体で、4テスだ」

「怪我はないか聞いたつもりだったんだが、大丈夫なようだな」


 どうも〈音声言語理解〉による翻訳は、微妙なニュアンスまでは認識できないようだ。ナイラは苦笑いを浮かべていた。次からは聞きたいとおりに尋ねるそうだ。


 機獣の行動の話を聞いたナイラは、散弾が有効かもしれないと言った。今のところ、それは彼女しか持っていない。使うかもしれないから、そのときは気にせず対処を続けてほしいと全員に伝えられた。




 その後も大通り沿いにある店舗跡のような家屋を探索し、タブレットとポーションの数種類を手に入れた。屋内には例の機獣と、まれに屈み子鬼がいたが、各人とも問題なく対処できた。屈み子鬼のトークンは1テスだった。


 一行は城門代わりの転移門と城の中間にさしかかる。直線距離で1kmほど進んだだろうか。アジートが「左前だ!」と叫んだ。

 形を残している大きな建物の陰から2体のモンスターが飛び出してくる。距離は40メートル弱。

 前方3人は即座に攻撃を開始するが、いまだ初心者の域を出ない射撃の精度は低い。離れた、それも動く相手にはなかなか命中しない。


 相手は馬頭鬼ばとうき。馬のような頭部と、人間と同じような体を持つ。一見すると馬の頭だが、目がやや前向きに付いており、ひたいにはこぶのような角がまばらに生えている。

 雌雄それぞれ1体の、2体1組で行動するのが基本のモンスターだ。

 どちらも似た体格をしているが、雌型は腰幅が広く、下半身が発達している傾向がある。人間と同じく胸部には乳房を持つ。

 逆に雄は上半身のほうが逞しい。そして、長大な陰茎を持っている。先端は膝まで届きそうで、まるで前腕部を股間にくっつけたような大きさだ。


 2体のモンスターは崩壊した家屋から瓦礫を拾い、乳房と陰茎を振り回しながら投げつけてくる。

 身長は2メートルほどあり、的としては小さくない。しかし砂田たちが放つ弾丸は、いくつかは命中したものの、致命傷になることはなかった。敵の動きは激しい。投石をかわしながらということもあり、さらに命中率は下がっている。


 そのとき、後ろから銃声が聞こえた。砂田たちが扱っている小銃とは違う音だ。


「イクルワは前を! 機獣どもは私が相手をする!」


 ナイラの声が遠ざかる。あの金属製のトカゲがいる。それも複数。

 振り向きたい気持ちを抑えながら、砂田は必死に馬頭鬼を狙った。そしてもうひとつの衝動が体の奥底から湧き上がってくる。


(くそ、近付いて剣でぶん殴りてえ)


 そうすれば、この場を切り抜けることはできるはずだ。しかしそれをやってしまえば、また驕りが生まれる。自分が飛び出して単独で始末すればいいのだと。そしていつか、チームを危険な状態に追い込むのだろう。その前に信頼を失うかもしれない。

 今は突破口が自分の特攻しかないという状況ではない。これからのことを考えれば、チームで戦うことが最善だ。


〈空間識向上〉を活かして飛んでくる瓦礫をかわし、銃口を雌型に向ける。

 砂田の放った5.56mm弾は馬頭鬼の胸を貫き、その脅威の排除に成功した。


(――今のはうまくいった。〈空間識向上〉は射撃に効果があるのか?)


 そう思ったものの、勘違いの可能性が高い。単に運が良かっただけかもしれない。

 どちらにせよ、この機を無駄にはできない。すぐに雄型への射撃を開始した。


 4人がかりの射撃は、命中率の低さを補うだけの物量があった。雌型の撃破から間を置かずに雄型も倒した。馬頭鬼はどちらかが死ぬと、残った側は一切合財を無視して突撃してくる。それをさせなかった。


 前方を見渡すと、他にモンスターは見当たらない。

 馬頭鬼が現れた場所の近くまでパリサが走り、問題ないと伝えてきた。彼女はそのままトークンと産出物を回収する。

 弾倉を入れ替えつつパリサの周囲を見ていた砂田は、アジートに彼女と合流するように言って、自身はイクルワと共にナイラのもとへ向かった。


 ナイラはトカゲ型機獣3体にショットガンを向けていた。

 それを狙おうと、左右の小道から屈み子鬼が駆け出ようとしている。そこは瓦礫の陰で、ナイラにとっては背後に位置するため、彼女が気付いている様子はない。


「イクルワ、右のやつを狙え! ナイラを助ける!」


 大通りの真ん中を走っていた2人は立ち止まって銃を構え、脇道に向けて弾丸を放った。中央付近で戦っているナイラに誤射する心配はない。

 屈み子鬼たちは砂田たちに目を向けたが、無視してナイラに向かおうとする。そこを撃つ。必殺でなくとも、動けなくすればいい。セレクターをフルオートにし、小刻みに引き金を引く。


「倒した!」


 イクルワが叫び、屈み子鬼が出てきた小道を確認しに走った。彼は砂田よりも射撃がうまい。アメリカに移住してからは頻繁に訓練しているそうだ。その成果が出たのだろう。


 それに遅れて砂田がモンスターを排除したころ、パリサとアジートが追いついた。彼らはそのままナイラの補助に向かう。砂田はイクルワと同じように、小道のチェックに向かった。


 瓦礫の陰になったそこを覗くと、目の前にいた屈み子鬼と視線がぶつかった。相手も驚いたのか、硬直している。

 動きの止まった両者だが、それは一瞬のことだった。砂田はすぐに意識を取り戻し、子鬼に向けて突き放すように前蹴りを繰り出す。さすがに相手が近すぎた。

 屈み子鬼はそのまま吹き飛ぶ。いくら発達した下半身を持つとはいえ、直立しても130cm程度の鬼型モンスター。格闘になれば体格も体重も上回る砂田が有利だ。

 転がったモンスターが立ち上がる前に、砂田は銃を構えて引き金を引く。5メートルも離れていない。今回はあっさりと命中した。




 大通りへ戻ると、戦闘は終了していた。4人はトークンを回収している。砂田も自分が倒したモンスターの消失地点からトークンを拾ってチームと合流した。

 話を聞くと、ナイラは6体の機獣を倒したらしい。散弾はトカゲ型に効果的だったようだ。しかし、装甲型アーマードや大型の機獣が相手では通用しないだろうという。


「武器の使い方も考えないとな……」


 彼女は悩んでいるようだ。

 砂田も同じ思いだ。それを実感するのに十分なリージョンだった。

 さらに、ナイラが考えているように、銃は銃で使い分けが要るのかもしれない。


「そんなに時間は経っていないが、戦闘間隔が短い。今日は帰ろうと思う」


 ナイラは全員を顔を見て、少し考えてから提案した。疲労を確認したのだろう。

 時計を見ると、リージョン2に来てから2時間半を過ぎたところだった。これまで家屋を探索しながら進んできたが、大通りを直進するだけなら1時間ほどで帰れるはずだ。


 ここまで来るときには、家屋跡以外ではほとんどモンスターと出会わなかったが、つい先ほど背後から襲われたばかりだ。帰路でも気を抜かずに歩く。


 予想どおり数度の戦闘が発生したが、トカゲ型の機獣ばかりだった。

 ナイラが周囲の警戒を買って出たため、モンスターは他4人の射撃練習の的となった。

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