017 リージョン2へ

 パリサのアーツを知った翌日、準備室に集合した砂田たちは、ナイラから報告を受けた。


「昨日、フレッドがチーム1と接触したようだ」


 彼らは時差解消のために活動休止中と聞いていたが、アルフレッドは物資整理に訪れていたそうだ。

 金曜はチーム8の休日のはずだ。それにもかかわらず作業しに来るとは、リーダーとしての責任感なのだろうかと砂田は思いをはせた。


「彼らはとても気さくだったそうで、いくつか新しい情報を得られた」


 ナァイカから聞いていた、自分たちと似たダンジョンから来ている集団というのは、チーム1のことのようだ。転移装置やチケット、そして門番という仕組みも同じだそうだ。


「最初にチケットを購入すると、引き出しのロックがひとつ解除される」


 その引き出しには、準備室にある使うことのできない転移門を稼働させるチケットが入っているそうだ。門の先は水場らしく、いつでも帰れるチームには要らないかもしれないと言われたとのことだ。

 そのチケットを取得すべきかどうかは、ICESが協議中だ。長期滞在するなら必要になるだろうが、チーム7も8もトークンに余裕はない。取得するとしても先の話だろう。


「ロックが解除される条件はいろいろあるので、毎回チェックしたほうがいいとフレッドはアドバイスされた」


 他には、リージョンは一度入ると、同じ人員が同じ番号を再び利用できるまで時間がかかるという情報もあった。

 これは重要だろう。

 厳しい環境のリージョンで戦うのは無謀だ。表のダンジョンのように、選択肢が存在しない場所ではないのだ。

 具体的な時間は教えてもらえなかったようだが、転移門近くで戦って何度も出入りするという作戦は取れないということだ。それをするには、番号を上げるか下げるかしかない。

 アルフレッドとフアンは先行して調査をしていたが、脅威度の確認が指示だったため、再突入までは検証していなかったそうだ。


「その人たち、ずいぶん教えてくれたんだね」


 パリサが疑問を発した。ナァイカたちは最低限のことを教え、残りは有料だと言った。

 それなのにチーム1はいくつも情報を提供している。


「それは私も不思議に思う。もし会ったらそのことも聞いてみよう」

「……他のチームに会えたフレッドが羨ましい。わたしも早く会いたい」


 本当に残念そうな表情でパリサが言った。彼女は都庁前ダンジョンで雑談しているときにも似たようなことを言っていたが、本気だったようだ。


「私たちはまだ数回目だ。そのうち会えるさ」


 そんな彼女を見たナイラが励ますように言った。



   *



 先頭としてリージョン1の転移門を抜けた砂田は目を覆いたくなる気分だった。足元は白く塗りつぶされており、一歩進むたびに粉を固めるような音が鳴る。

 後ろを付いてきたパリサも雪原を確認したのだろう。つないでいる彼女の手に力がこもるのを感じた。


「どうする、リーダー。雪原エリア経験者としては帰還を勧める」


 最後に入ってきたナイラに砂田が尋ねた。

 彼女の前では、イクルワが感動したような顔で雪原を見つめている。どうやら初めて雪を見たらしい。南アフリカでも積もるほどの降雪はあるそうだが、部屋に閉じ込められていた彼は知らないのかもしれない。


「そうだな、引き返そう。これでは戦いどころか、寒さで死んでしまう」


 そう言ったナイラは、イクルワの手を引いて転移門をくぐっていった。


 現在の地球は2月。北半球は冬だ。しかし、ダンジョン内の気温はエリアやリージョンの環境に依存するため、平温前提の装備しか持ってきていない。

 表のダンジョンならば、エリアの事前情報がある。ないとしても再び同じ場所に訪れることはできる。環境に対する準備は可能なのだ。

 それができないA1のリージョンでは、全ての環境を想定しなくてはならない。だが現在のところ、そのような装備を持ち込むことは難しい。

 戻って別のリージョンに行けば、違う環境になる。無理をする必要はない。何より、表のエリアとは違って、必ず突破しなくてはならない場所でもない。


「スナダ、僕たちも行こう」

「アジートのとこは雪とか降んの?」

「僕は初めて見るかな。寒くて早く帰りたいとしか思えないよ」

「違いない」


 会話を聞いていたパリサと3人で笑い合ったあと、砂田も転移門をくぐった。

 それまで、雪原からモンスターが現れることはなかった。




 戻ってきた共用フロアは、相変わらず閑散としている。

 砂田たちはリージョン2へ行くかどうか話し合っていた。


 ナイラは慎重な姿勢だが、パリサは大丈夫だろうとの意見だ。いつかは行かなくてはならないのだから、偵察のつもりで入っておくのも悪くないとも言った。

 砂田とアジートは静観している。砂田自身は問題ないだろうと思っているが、嫌がるメンバーを連れていくのは良くないという気持ちもある。


「分かった。リージョン2へ行こう。ただその前に、本当にリージョン1に行けないのか試さないか?」


 リージョン番号を上げることに受け入れたナイラだが、そのようなことを言いだした。チーム1の情報が嘘だとは思えないが、自分たちでも確かめるべきだという。

 これにはパリサも反対せず、せっかくの機会なので活用したほうがいいと賛同した。


 チーム7は再度リージョン1の転移門前に並ぶ。順番も前回と同じだ。


「よし、じゃあ入るぞ」


 誰ともなしにつぶやいて、砂田はパリサの手を握る左手に少しだけ力を込める。彼女は返事の代わりに握り返してきた。


 門の先は、レベルAを思わせる石造り建造物型の通路だった。これまで見てきた同型との違いは明るさと狭さだ。薄暗い程度で視界に大きな問題の起きない表のダンジョンと比べると、ここは暗い。光量としては、街の灯が届かない場所での月明かりほどだろうか。物体の形は把握できるが、詳細は難しい。

 通路の幅も狭く、武器を振り回すのには向いていないだろう。


「転移門自体は使えるのか……。それにしても暗いな」


 砂田は続いて入ってきたメンバーに気をつけるように声をかけ、目を慣らすことに集中した。

 通路は短く、入り口から10メートルほど先で左折している。


「パリサ、頼む」


 後ろからナイラが指示を出した。〈放射走査〉のことは共有済みだ。

 どの程度の範囲を走査できるのかは深度によるとアーツ一覧の解説には載っていたが、具体的な情報はなかった。パリサ自身も正確な数値は把握していないそうだ。半径10メートル程度ではないかと話していた。


 パリサは曲がり角に近づくと、そのまま進んでいった。いつアーツを発動したのかまったく分からない。

 しかし彼女は途中から気楽な様子になったので、何事もなさそうだと判断したのだろう。顔だけを出して角の先を覗いたかと思うと、すぐに振り返って手招きをした。


「たぶんだけど、1周して戻されると思う」


 パリサの指す先は、またも20メートルほど先で左折している。

 そして彼女の言うとおり、4つ目の角の向こうには転移門があった。




 5人は再び共用フロアに戻ってきた。時間が変わっても誰もおらず、寒々しい部屋だ。

 ナイラが報告用にメモを取っている。役に立つかどうかはともかく、新規情報は共有される。

 彼女がメモ帳を閉じたのを確認したところで、砂田が尋ねる。


「リージョン2も厳しい環境だったらどうする?」

「……今日は諦める。誰か意見は?」


 周囲を見ると、全員が賛成のようだ。砂田もそれでいいと伝えた。

 無理してリージョン3へ行く必要はない。モンスターの危険性がどのくらい上がるのかも分からないのだ。

 転移門の制限が門番の部屋と同じなら、番号を上げた場合は帰還可能になるまでの時間が増えるはずだ。入場時の行き先決定の仕組みが同じなのだから、可能性はある。

 その増えた時間は、そのまま危険な時間の増加になる。

 まずは番号を1つだけ上げて、脅威度がどのくらい増加するかを知っておくべきだろう。



   *



「このタイプは初めてだな……」


 リージョン2に入った砂田は思わず口に出した。


 目の前にあるのは古代や中世のような城郭都市の廃墟だ。街には崩れた家屋が見られる。しかし城壁だけは無傷で、街を囲んでいる。この壁は守るためなのか、閉じこめるためなのか。

 転移門は城壁の門として配置されていた。


「解放環境型なのに荒野に出られないパターンってあるんだね」


 パリサも驚いているようだ。

 城壁の上に登れるような階段は見当たらない。この壁の内側だけが行動範囲だ。

 門の前は大通りになっており、道幅が広い。一直線の道の先には城のような建物も見える。

 まだモンスターの姿は見えない。


「このくらいの壊れ具合なら、何か産出物があるかもしれないな」

「それってレベルGからの話じゃないの?」

「いやFでも見つかるらしい」


 それなりに形を保っている、ある程度の規模がある街の廃墟の場合、家屋跡で薬品などが発見されることがある。高レベル帯に限るが、攻略隊からの発見報告がICESアイセスと採協のウェブサイトに掲載されている。なお、レベルFでの発見報告は民間からだ。

 もっとも、日本にはレベルG以降にしかそのようなエリアは存在しないため、砂田自身は未体験だ。


「60」


 ナイラが突入からの経過時間を告げた。リージョン1の帰還可能時間はチーム8が計測済みなので、初突入のリージョン2はチーム7が行うことにしたのだ。リージョン1は約39秒で、エリア2門番部屋と同じ時間だったそうだ。


 墨流しの止まった転移膜に触れているナイラの手が、再び転移膜を通るまでの時間を計る。墨流しの動きでも分かるが、目で転移膜と時計を同時に見ることは難しいので、視覚と触覚を使う。計測者は60秒ごとに報告し、聞いている者が分として数える。

 これは門番の部屋に入るための転移門が再使用できるまで、つまり逃走できるまでにかかる時間の計測に使われた方法だ。


「18。……だいたい1分18秒か」

「リージョン1の2倍だね」


 パリサが予測を語り始めた。

 エリア4に門番はいないが、リージョン3がエリア8と同じ時間なら、門番の部屋の転移門の計算式を流用できる。その計算式の変数にはエリア番号を使うが、そこに獲得可能トークン最大値を当てはめればいい。リージョン1がエリア2と同じなのだから、リージョン3がエリア8と同じ場合は正解だろう。


「なるほどな。エリア55が18分弱だから……リージョン5まではそれ以内か」

「そうだね。でもトークン最大値は2の累乗だから、それから先の増え方は危険かも」


 仮にこの予測が当たっている場合、リージョン番号を上げるときには環境への対策も考えておかなければならない。サバイバルにおける3の法則では、過酷な環境に置かれた場合、適切な体温を維持できなければ3時間で死に至ると言われる。

 生還後もエージェントとして活動することを考えると、体温が異常な数値まで変動する前に対処する必要があるだろう。


 あれこれと計算しそうになった彼女をナイラが止めた。リージョン3に行くまでは分からないことを考えてもしかたがないと。

 そう言われたパリサも、失敗したという表情で同意した。


「ちょっと悪い癖かも。気をつける」

「余裕のある場面なら頼もしいんだ。そのときは頼む」


 そう言ってフォローするナイラ。

 パリサも短く礼を言って、この廃墟の進め方を話し合い始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る