014 活動開始

 2月2日金曜日。チーム7がエリアA1で本格的に活動を開始する日がやってきた。

 準備室に集まった一同は、与えられている小銃をできる範囲で点検している。


「そういえば、フレッドたちがチーム12と再会したそうだ」


 各人の点検に問題がないか見終わったナイラが思い出したように告げる。

 チーム12とはナァイカとコリッツィだ。呼び名を考えるのが面倒という理由で、7と8以外もチームと呼称している。


「そのときに得た情報のひとつに、リージョン番号とトークンの関係があった」


 具体的には、ナァイカたちが確認しているかぎりでは、リージョン番号ごとに2のべきでトークンの最大値が上がっていくそうだ。

 リージョン1はトークン1枚当たり2の価値、リージョン2は4、リージョン3は8、以降16・32・64……と続いていく。この法則が全体に当てはまるのなら、リージョン12では4096になる。

 番号が0の転移門はないので、最大値が1というリージョンはないはずだと聞いているそうだ。


「この情報を得るのに100テス使ったらしい」

「あいつら、始めたばかりなのに稼いでるんだな」


 砂田はそう言ったが、考えてみればチーム8は半月近く先んじて活動を開始している。彼らも同じく週に4日の活動なら、およそ8日は差があるのだ。

 リージョン1しか行っていないと仮定しても、最低効率で100体、最大効率で50体のモンスターを倒す時間は十分にあっただろう。


 テスとはトークンの単位だ。

 アルフレッドは、ナァイカたちが何か単位をつけて呼んでいるのに気付いたが、どういう音なのか聞き取ることができなかったそうだ。〈音声言語理解〉のおかげで、それが単位だと理解できたから判明したようなものだ。

 1枚当たりの価値が異なるのなら単位を用意したほうが便利だということで、ICESアイセスが名称を決定した。「超常構造物のトークン」の略で「TES」だ。


「100テスくらい1日で稼げるようになりたいところだ」


 ナイラの言うとおりだ。

 アルフレッドはナァイカたちがリージョン6へ入っていくのを確認している。彼女たちからすれば、100テスの情報料は無料同然だろう。事実、情報としての価値はほとんどないという理由で、その価格で教えてもらえたそうだ。実際にいくつかのリージョンで活動を続けていれば、法則に気付く可能性は高い。何より、A1にいる全チームが知っているという理由もあるようだ。



   *



 足を踏み入れたリージョン1は、建造物型だった。通常のダンジョン、エージェント側は「おもてのダンジョン」と呼ぶが、そのレベルAと同じ構造だ。

 この手の構造は、開放環境型に比べて逃走が難しい。建造物型や洞窟型はルートが制限されるからだ。それに比べると、開放型はルートを選べるのに加えて、荒野があって逃げるスペースには事欠かない。


 近接戦闘に慣れている砂田と、索敵が得意だというパリサの2人が先頭を歩く。続くアジートが戦闘補助ということになっている。最後尾はナイラで、後方の守りを担当する。イクルワはナイラの前だ。

 明確な指揮者はいないが、基本的な指示はリーダーのナイラが出すことになっている。


 曲がり角を見つけたパリサが、先行して角の先を確認している。

 砂田はその様子を見ていて、やはり何らかのアーツを使っていると判断した。先の分からない曲がり角に向かうのに、緊張感が少ないように感じたからだ。

 隠しているのだろうかと考えたが、そもそもリーダーのナイラがアーツについて確認していない。パリサ本人に聞いてみた上で、ナイラに進言したほうがいいかもしれない。

 それにしても索敵系のアーツとは驚きだ。あのアーツのチケットはレベルG以降でしか確認されていないはずだ。攻略隊の隊員か、世界的に見ても非常に数の少ないレベルG採取者チームから流されたものと考えられる。


 表のダンジョンのレベルGは数の力も必要だと言われている。一度エリア56を見た砂田も同意できる話だ。しかし、それを用意するのは採取者では難しいことも知っている。

 大半の採取者チームは多くても10人程度、通常は5人前後で活動している。単純に数だけそろえてもまとまらないのだ。その点が階級構造の軍や防衛組織とは違う。

 こういった事情から、レベルG採取者チームというものは珍しい。日本には存在せず、採協の情報を見るかぎりでは、世界で10チームもいないはずだ。


「右に牛動骨が2体。こっちには気付いてない。左は見える範囲には何もいない」


 丁字路の先を確認したパリサが報告する。今日の初遭遇だ。ここは動骨系のモンスターがメインなのだろうか。

 砂田は牛動骨とは戦ったことがなかった。札幌と東京にはいなかったのだ。ブランド牛が有名な地域ならクラスE以上のダンジョンで見られるそうだが、たちの悪い冗談だとしか思えない。

 それはともかく、動骨に銃は有効なのだろうか。都庁前で遭遇する犬や人の動骨は、棒などの長柄武器で叩き潰しているので、射撃の効果は分からない。


「動骨は銃の効果が薄くないか?」

「いや、頭を砕ければ大丈夫なはずだ……一応、スナダはあの武器を出して待機してくれ。接近に備えたい。できるだけ銃で仕留めたいが」


 質問に対して、指示という形でナイラが答えた。少なくとも2発は当てたいという。

 砂田は言われたとおりに〈格納〉から剣を出し、後続に道を譲った。


「合図をしたら全員で飛び出して、構える。そして狙いを付けたら撃つ」


 ナイラはそう言って、位置取りや撃ってはいけない状況について共有した。砂田は突き当りの壁側で待機し、ナイラの指示で近接攻撃をしかけることになった。


 全員がサウンドサプレッサーを装着していることをナイラが確認すると、曲がり角の壁に隠れて機をうかがう。

 ちょうど2体が横に並んだとき「行け!」と号令がかかった。

 砂田も4人に続いて飛び出し、壁の前に到達する。右を見ると、すでにナイラ以外の3人は横並びになって小銃を構えていた。ナイラは後方も見ながらの行動なので攻撃には参加しない。


 減音された、特殊な銃声が響いた。

 砂田は初めて耳にしたが、想像よりも音が大きい。しかし爆発するような音はかなり軽減されているので、ダンジョンでも効果的だと感じた。


 牛動骨はこちらに気付いて走り寄ろうとしたが、それによって頭部を狙われやすくなった。

 そこを3人は撃つ。10発ほどの銃声が聞こえたあと、1体が粒子となって消えた。そして、もう1体の頭骨にも穴が空き始める。


(俺の出番はなさそうだ)


 そう思ったときだった。

 ナイラが後方にモンスターが出現したと声をかけてきた。彼女はそのまま銃を構えて撃ち始める。

 振り返ると、馬型の動骨が軽快な音を響かせながら駆けてくるのが見えた。骨にもかかわらず、足先にはひづめのようなものが付いている。

 モンスターがやってきたほうの通路は先で右折しており、そこまでの距離も長いとは言えない。そのため発見が遅れ、接近を許してしまったのだ。

 ナイラの弾丸は当たっているようだが、馬動骨は止まらない。

 相手の速度はかなりのものだ。このままでは突撃されてしまうと判断した砂田はナイラに告げる。


「もう撃つな! 俺が動きを止める!」


 砂田は剣を両手で構え、馬動骨に正面から向かってゆく。

 接触まで10メートルを切った辺りで、砂田は左側に大きく足を踏み出した。

 石畳を踏みしめた左足に体重を預け、弧を描くように、軽くなった右半身を馬動骨の走路から逃す。同時に、迫りくる馬動骨の膝の高さまで体を沈めた。

 体の回転が止まり、両足が地面からの反発力を十分に得られるようになったちょうどそのとき、水平に振るわれた砂田の剣が馬動骨の脚を叩き割った。

 馬動骨の四脚と胴体が別れて地面に投げ出され、胴体部分が4人のいる場所まで滑っていく。


 振り返ると、牛動骨との戦いはすでに終わっていた。

 それを見た砂田は息を吐く。


「あとは頭を砕けば終わりだ」


 その言葉を聞いたパリサが30cmほどのブロックハンマーを取り出す。彼女の要望で工具店へ案内したときに購入したものだ。

 主力武器もハンマーだそうで、それも購入した。ただし今は手元にない。戦闘用の改造をするために、専門店に預けられている。

 彼女は身長170cmを超えており、鍛えているだろうが、特筆して筋肉量が多いわけではない。その体でどうやって1メートル近いハンマーを使うのか、砂田は興味を持っていた。


 イクルワがモンスターへのとどめをやりたいと言い出したので、パリサはハンマーを彼に手渡した。

 馬動骨は脚を失ってなお、首だけを動かしてもがいている。正面から近づくのは危険だろう。


「頭の後ろから近づいて、そのまま後頭部を殴れ」


 砂田のアドバイスに、イクルワはうなずく。

 ナイラが見守る中、彼は問題なく馬動骨を粒子へと変えることができた。

 周囲を警戒していたアジートが振り向いて何か声をかけている。イクルワは笑顔で返事をしていた。


 この戦いで得たトークンは6テス。産出物はなし。

 砂田は苦労に合わないと感じていた。無料で借りている銃がなければやっていられない。


「ねえ、こいつらってチケット持ってないのかな」


 パリサが尋ねた。

 動骨系で一定サイズ以上のモンスターは、チケットを持っている確率が高いとされる。5体倒して出ないのは珍しいと思える頻度だ。その他のアイテムも持っていないわけではないが、薬品類は生物系や機獣から得られることのほうが多い。

 少し考えた砂田は、コリッツィの言葉を思い出した。


「表のダンジョンの仕組みが違うみたいなことをコリッツィが言っていたし、どのチームでも使えるものしか出ないようになってるんじゃないか?」

「あーなるほどねえ……。チケット売ってもいいって言われたから、ちょっと期待してたんだけど」

「俺も。まあしょうがない。給料だけで我慢しとこう」


 この会話を聞いていたアジートが「あんなにもらえるのに足りないのか?」と聞いてきたが、2人は金ならいくらあってもいいと意見を合わせた。



   *



 どうやらこのリージョンの主力は馬と牛の動骨のようで、あれから何度も遭遇した。どちらも人間より大きな骨格だ。その威圧感は冷や汗ものだ。

 人間以上の体格を持つモンスターと何度も戦ってきた砂田だが、こればかりは慣れないものだと思った。


 近代まで騎兵突撃が実行されていたというが、骨だけでもあれほどの圧力があるのだ。肉体を持ち、さらに槍や銃を持つ人間が乗っていたと考えると、向き合う歩兵は生きた心地がしなかっただだろう。

 そんな感想をパリサとアジートに話しながら、中型の犬動骨を蹴飛ばす。このサイズは簡単に倒せるが、大きさや強さに関係なく1テスを落とした。一定水準未満は1テスで統一されているようだ。


「少し休んだら引き返そう。もう3時間半は進んでいる」


 最後尾のナイラから声がかかる。その決定に反対するものはいなかった。

 5人は近くの部屋に入ると、それぞれ水分を補給した。交代で座り、脚を休める。

 戦闘があり、警戒しながらの進行なので、距離自体は7kmも歩いていないはずだ。そう思ってみても、疲労は消えてくれない。慣れない銃を提げての行動という理由もあるだろう。


 砂田とパリサは部屋の出入り口を見張りながら立っていた。後ろでは残りの3人が座っている。

 アジートはここまでの道順をメモした紙をナイラに見せながら、帰りのルートを相談しているようだ。イクルワはトークンを並べて、いくつあるのか計算している。算数の練習を兼ねているのかもしれない。

 それを一瞥いちべつした砂田はパリサに話しかける。


「40テスくらい?」

「ちゃんと数えてないけど、たぶん」

「稼げないねえ……」


 帰り道をどうするにせよ、行きよりモンスターとの遭遇は減るはずだ。合わせたら2倍ということにはならず、良くても60テス程度ではないだろうか。

 エリアA1のリージョンではモンスターの復帰ペースが早いというのならば話は別だろうが、それは未確認だ。表のダンジョンと同じ程度だと考えておいたほうがいいだろう。


 最初に入手しなければならない〈音声言語理解の発行〉は256テス。それが5枚。このペースでは60テスで見積もっても20日ほどかかる。しかもそれが最低価格のチケットだという事実に気が遠くなりそうだ。

 開放環境型のリージョンなら、もう少し稼げるかもしれないと考えてみる。しかし、そこはそこで全周を警戒しなくてはならない。肉体的、そして精神的にも疲労は増し、進行度は下がることが予想される。稼げるトークンの価値に大きな違いはない可能性が高い。

 やはりリージョン番号を上げて、獲得トークンの最大値を上げる必要があるだろう。リージョン1では1円玉を拾い続けているようなものだ。稼ぐのなら、最低でもリージョン3まで行きたいところだと砂田は思った。




 およそ2時間後、チーム7は共用フロアに帰ってきた。右には準備室の転移門、左にはリージョンの転移門が並んでいる。

 リージョンの転移門を出口として使うと、チェックポイントでは門番側に当たる転移門から出されるようだ。


 休憩中に考えたとおり、帰り道はモンスターとの戦闘はほとんど発生しなかった。まったく稼げていない。

 準備室に戻って皆で数え直すと、今日の合計は52テスだった。

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