012 打ち合わせ
1月の半ば、砂田のもとにナイラから連絡が届いた。少年を保護してカリフォルニアに帰還したそうだ。ある程度は落ち着いたので、エリアA1の準備室で打ち合わせをしたいということだった。
指定された時刻は日本標準時で午前1時。カリフォルニアは太平洋標準時で前日の午前8時だ。17時間も時差がある。
調べてみると、アジートのいるバングラデシュは前日の午後10時。パリサは所在地を明かしていなかったが、砂田は中東だと仮定した。それによると前日の午後8時くらいだろうだと想定できる。
今後も同様の時間帯で活動すると考えると、ユーラシア勢には厳しいものがある。この問題は相談したいところだ。
*
打ち合わせの当日、チーム7準備室に到着すると、様子が一変していた。壁には銃器や近接武器が立てかけられている。いくつか棚も設置されており、そこにはダンジョン産の薬品やチケットが保管されている。
ナイラが物資について説明し、エリアA1の活動中に使うのは勝手だが横流しはしないよう警告した。
「言ってくれれば部屋の整理くらい手伝ったのに」
黙って聞いていた面々だが、話が終わるとアジートが不満そうに言った。チームで活動する物資の準備だというのに、声をかけられなかったことを気にしているのだろう。
しかしナイラは気付いていないのか、「気にしなくていい」とだけ返した。
前回を含めて、ナイラは単独でやりたがる傾向にあるのかもしれないと砂田は見ている。それが良いことなのかどうかは判断できない。だが、彼女はリーダーに指名されているのだから、共有くらいはしてもいいのではないかと思う。彼女以外は民間人なので遠慮しているのだろうか。
準備室の話が終わったところで、ナイラが少年の背中に手を添えて言う。
「この子の名前はイクルワだ。皆よろしく頼む」
聞くとナイラがつけたという。ズールー語を話していたので、ズールー族に関連する単語からつけたそうだ。
一瞬パリサが何か言いたそうな顔をしたが、すぐに表情を戻して「よろしくね」とイクルワに手を差し出した。砂田とアジートもそれに続く。
「それで、イクルワも戦うのか?」
砂田が心配していたことを尋ねると、ナイラは少し悲しそうな表情を見せた。
「本人にも確認した。助けてもらったのだから、その分はやると言っていた」
「イクルワ、本当にいいのか? 聞いた話では採取者でも危ない場所だぞ」
そう言われたイクルワだが、決意に満ちた目で「大丈夫」と答えた。アメリカでは清潔な家で過ごせるし、ナイラの知り合いは皆いい人で、その暮らしができるのはエージェントになったからだと理由を付けた。
「……これが知られたら
パリサが呆れたように言った。確かに、これではイクルワは少年兵ようなものだろう。詳しくは分からないが10歳か11歳だと言われている。そんな少年を保護しておいて戦地に送り出すのだ。現在ですら秘密主義に対する批判が多いのに、少年兵を使っていると知られたら、批判は厳しさを増すだろう。
「いいんだよ、自分で決めたんだ。やらされるんじゃなくて、自分でやるんだ」
彼女が言いたいのはそういう意味ではないと砂田は返しそうになったが、イクルワの決意は固いようだ。パリサも諦めた様子を見せている。
(俺の目の前では死なれないようにするか……)
そう思うしかなかった。
イクルワの紹介の後は今後の目標のことだった。
チーム7は〈帰還転移門作成所持開始の発行〉チケットの入手を目指すことになった。詳細は分からないが、チケットの効果は基本的に名前どおりだ。「所持開始」は、モンスターが所持するようになると推測されている。
そして「帰還転移門作成」だ。これが重要なのだろう。ICESはこれを、任意の場所からチェックポイントに戻るための転移門を作成する機能だと考えている。もしそうだとしたら、アーツかツールかを問わず、有能なことには間違いない。
攻略隊を悩ませているのは補給だが、それが片道だけ考えれば済むようになればペースも上がるだろう。偵察でも貴重な戦力を失うような事態が減るかもしれない。
そういった理由をナイラは説明した。
ただしその前に〈音声言語理解〉チケットを5枚ほど確保するように言われているそうだ。これは「所持開始」を狙う必要はない。人員が入れ替わったときのためだ。チーム8はすでに1人変更されているが、〈音声言語理解〉を得ていないために不便しているそうだ。そういう場合のための保険として、最低でも5枚を保持することが義務となった。
なお、チーム8は〈1年延長〉を狙うのだが、チーム7より目標が高いために報酬形態が少し違うと伝えられた。砂田もこれについては異存はない。
「それと活動日について――」
「その前にちょっといいか」
ナイラの話を遮り、砂田が言った。途中で止められたナイラは少し不満そうにしているが、砂田は気にすることなく続けた。
「活動日にも関係することだ。現状、時差がありすぎる。今日の集合時間なんて日本だと深夜1時だ。その辺りを決めておきたい」
バングラデシュも夜だろうとアジートに確認する。
彼は
この問題にナイラが悩む様子を見せたところで、パリサが小さく手を挙げた。
「そのことなんだけど、わたしは日本に行こうと思う。滞在費出るし。
それで――アジートも一緒に行かない? わたしタンザニアから向かうから途中で寄れるし。パスポートある?」
「パスポートはあるけど……家で相談したい。僕は次男だから大丈夫だと思うけど、勝手に決めたくはない」
「OK。それじゃ、後で連絡するね。スナダにも」
パリサの提案を砂田は受け入れた。前回の雑談中に旅人だと言っていたが、アフリカにいるとは思わなかった。
ICESに言って便宜を図ってもらうと彼女は話している。自分たちはICES直属のエージェントで、滞在費まで出してくれるのだから、移動のサポートも想定しているだろうということだ。
その後の話し合いで、集合時間は太平洋標準時で午後1時、日本の午前6時に決まった。
各リージョンでどのくらい活動できるか分からないため、あくまでも暫定的なものだが、ひとまず時差の問題は解決したと言える。
「週の半分ということだが、とりあえず4日でいこうと思う」
「いいんじゃない?」
「僕も大丈夫」
砂田も特に反対する内容ではないと思った。個人の採取活動やガイドの予約案件は難しいかもしれないが、日帰りガイドのサポートならできそうだ。普段の生活を続ける最低限の余裕はあるだろう。
曜日はアメリカの月火木金に決まった。日本では1日先にずれて週末にかぶってしまうが、そこは妥協の範囲内だ。
アジートから状況によっては稼働日を減らして休息を取ろうという提案が出され、ナイラも了承した。当然、逆の可能性にも言及された。
「それで、銃なんだが……経験は?」
ナイラの言葉に、誰も手を挙げなかった。
これについては彼女も予想していたようで、簡単にレクチャーが行われることになった。撃つわけにはいかないので、あくまでも使い方の練習だ。
イクルワを除く3人に小銃が配られた。ナイラも同じものを持っている。イクルワが提げているものはかなり銃身が短いが、それ以外は違わないそうだ。
拳銃も渡され、銃器は基本的にこれらを使うと説明される。
知識のない砂田には銃の名前が分からなかったが、アメリカ陸軍でも使われているものだと教えられた。
準備室には他の銃や無反動砲、手榴弾なども置いてあるが、それらにはロックがかかっていた。使用の判断はナイラが行うそうだ。
「実際に撃って練習したほうがいいんだが……」
「そうは言ってもな。日本のダンジョンに銃を持ってくるなと言われてるんだ」
「アメリカに来るか? エージェントなら場所を借りられるはずだ」
銃を使うためにアメリカへ行くことを考えてみるが、行ったら帰してくれない気がする。チームの人員は集まっていたほうがいいからだ。一般的に考えればそうなるだろう。
日本での日々を捨てる気はない。利己的で甘い考えなのは分かっている。だが、砂田にとっては大事なことだった。
「練習したら実際に試して覚えていくことにするか。それでいいか?」
「ああ、すまない。ありがとう」
砂田が礼を言うと、ナイラは「謝らなくていい」と返事をした。
実際のところ、ダンジョン内で銃を使うと音に反応するモンスターが集まってしまう。そして大抵のモンスターは音を察知する。
軍は人数と弾丸の物量でそれを押し切っている。一方、偵察するチームは逆だ。なるべく見つからないように進み、仮に戦闘になっても終了後は素早く立ち去る。
採取よりも攻略を目指す採取者も基本的には同じ行動を取る。力か数、またはその双方で蹴散らすか、ひそかに進むかだ。
銃を持たない採取者は、戦闘時にモンスターを引き寄せる範囲が狭いと言われる。銃ほど大きな音を出すことが少ないからだ。それでもモンスターの無力化に必要な時間と戦闘距離を考えると、その危険性は銃とは異なる。どちらの攻略能力が高いかと問われれば銃を使えるほうになるだろう。それを覆すには一撃でモンスターを無力化する実力が求められる。
砂田たちはナイラから銃撃のような攻撃方法を持つモンスターの存在を知らされた。レベルHに出現する機獣の一種で、米軍ダンジョン攻略隊が遭遇したそうだ。
まだ一般には公開されていない情報だが、エージェントたちにも同様の危険があるため、各リーダーに通達されているとのことだ。
そのような相手に近接武器だけでは不安しかない。戦うにしろ、逃げるにしろ、銃は持っておきたい。
その後しばらく、拳銃と小銃の基本中の基本を習うことに時間を費やした。
整備はどうするのかと尋ねると、別で教えるから今は気にするなとナイラは告げた。
*
数時間ほど練習をしたあと、リージョン1に行ってみるかという話になった。脅威度の確認と銃の試射のためだ。
チーム8の偵察によるとレベルEからF程度だということだが、入ってみなければ分からない。
他のリージョンも気になるが、それらはアルフレッドがナァイカたちから情報を得ようとしているらしい。チーム7が入るのはその結果が出てからだ。
ナイラは偵察に行かなかったのかと砂田が聞くと、あれから共用フロア、つまり準備室とリージョンをつなぐ部屋には入っていないという。偵察期間はイクルワの保護で忙しかったのと、物資運搬の際には、1人で入らないようにICESから言われていたそうだ。
確かに、ここは得体の知れない場所だ。様子が分かるまでは複数人で行動したほうがいいだろう。
砂田が4人にダンジョン到達レベルを聞くと、パリサがFの半ば、ナイラがC攻略済み、アジートはC半ばといったものだった。イクルワのいたダンジョンはBまでしかなかったようだが、エリア8までは行ったことがあるそうだ。
パリサは想像以上だった。個人でもD後半まで行けるという。本人の実力もあるだろうが、何か特殊なアーツを所持しているかもしれない。
ナイラは警備の都合上行く必要があっただけなので、真面目に攻略はしていないという。しかしレベルC程度なら銃は必要ないそうだ。
アジートはそもそも専業採取者ではないのでしかたがない。ダンジョンへ行く頻度で言えば、レジャー採取者に近いだろう。
共用フロアのリージョン1への転移門前。入るたびに行き先が違うと聞いているが、基本的な仕組みは門番前のものと同じだそうだ。
前に入った者から途切れずに、常に誰かの体が転移膜に触れていれば、行き先が変わることはない。
ナイラを先頭、砂田が最後尾で転移門をくぐる。問題なく全員通り抜けることができた。
着いた先は石造りの街の廃墟だった。家屋は樹木に侵食され、アンコールワットのような雰囲気を漂わせている。
リージョン入り口の門は、その一部に設置されていた。
5人が周囲をうかがっていると、1体のモンスターが木々の合間に見えた。
砂田はそのモンスターを知っていた。
屈み鬼だ。
常に中腰で歩いており、そのおかげか発達した下半身を持つ。それに加えて肩関節外転角度の狭さが特徴の鬼型モンスター。目の前にいるのは武器を持っていないが、たまたまだろう。砂田の経験では武器持ちのほうが多かった。
「あいつとは戦ったことがある。近接攻撃でも単独で倒せるが、どうする?」
「大丈夫?」
パリサが心配そうに言った。彼女も遭遇したことがあるのだろう。
普段ならレベルEから先で見かけるようなモンスターだ。
「問題ない。リーダーはどうだ?」
「本当に大丈夫なのか?」
「こんなところで嘘ついてどうすんだ。俺だって死にたくはない。……念のため〈情報リクエスト〉使っておくか?」
「ああ、頼む。ちゃんと判定しておけば報告も楽だ」
砂田が確認すると、やはり屈み鬼だった。都庁前ダンジョンでの採取活動中にも見かけたことがある。
それならば大丈夫だろう。
「〈情報リクエスト〉のレスポンスが同じで、実は違うモンスターってのは機獣くらいしか聞いたことがないが……もしそういう相手だったら逃げるから援護してくれ」
そう言って砂田は武器を取り出した。
主力武器はブロードソードと長巻を合体させたような打撃武器だ。刀身とほぼ同じ長さの柄に、ブロードソードの刃を潰して分厚くした武器。突き刺すこともできるが、主な用途は打撃だ。
名前はない。単に「
砂田は中島公園ダンジョンのレベルFで機獣と遭遇してから、刃物を主力武器にするのをやめていた。機獣も生物系も、金属の塊で殴れば効くのだ。切り裂く必要はない。そう考えてのことだ。
だが総重量は4kgを超える。体格のいい砂田とはいえ軽くはない。扱えるようになるまで苦労したものだ。
砂田は身を隠しながら屈み鬼に接近した。地面は柔らかな土で足音はしない。
数メートルまで距離を詰めたところで、崩れかけた家屋の壁で視界を遮りながら舌打ちをした。
屈み鬼が音に反応し、音の源を探しに近づいてくる。
屈み鬼が角を曲がろうとしたときだった。屈み鬼の膝に向けて剣を振るった。
膝を砕かれた鬼は地面に転がる。こうなってしまえば自慢の下半身も無力だ。
砂田は転がる鬼の頭を冷静に打ち砕いた。
屈み鬼は崩壊し、そこにはトークンが残される。その数字は2。
そしてポーションも得られた。手に取ると〈回復ポーション〉だった。鬼系統からよく取れる産出物だ。
4人が待つ場所に戻るとねぎらいの声をかけられた。それに礼をしつつ、このモンスターはレベルEやFで見かけるものと同じだと話す。チーム8の脅威度判定に間違いはなさそうだ。
他の場所に出たときにも脅威度の確認は必要だと話し合い、その後は予定通り銃の練習をした。屈み鬼と、その小型とされる屈み子鬼が何度か現れたが、全て銃で撃ち殺した。
(やっぱり離れた場所から倒せるのは大きい。スムーズに撃てるようになるのを目標にするか)
この日に得られたトークンは7枚。数字は2と1が混ざっていた。
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