007 ナァイカとコリッツィ
ようやくまともなコミュニケーションを取れるようになった砂田は、ナイラから事情を聞いた。要は誰も状況を理解しておらず、8番の転移門から出てきた集団も同様ということだ。
「なあ、もしかしてあのチケットって無限にもらえるのか?」
砂田が思いついたことをそのまま話した。例の引き出しを戻せば補充されるのなら、いくらでも取れることになるはずだ。売れば金になるかもしれない。
それを聞いたナイラが、補充の確認のために取り出しておいた「発行」チケットを装置で折った。
「出ないな」
そうつぶやいた彼女は、取り出した直後でないと駄目なのかもしれないと言って、引き出しから新しいチケットを取り出す。しかし試した結果は同じだった。
「そっちも同じか。どうも6枚目以降は取れないみたいだ」
戻ってきたアルフレッドが8番も同様だと告げた。加えて、5枚目を出したら他の引き出しのロックが解けており、そこには別の「発行」系のチケットが入っていたそうだ。
砂田たちが他の引き出しを確認すると、彼の言うとおりだった。チケットを見せると、内容も同じものだということだ。
「発行対象はどれも聞いたことのないチケットだね。スナダは?」
引き出しの中身を調査したパリサが、この手のものは採取者のほうが詳しいだろうと後付けし、砂田に意見を求めた。
砂田の答えも彼女と同じで、どれも未知のものばかりだ。
そのような話をしていると、アルフレッドが全員を見渡せる位置を取って告げた。
「結論が出ないことを考えてもしょうがない。それよりも帰ることを考えるべきだ。これはこれで謎だが、そもそもダンジョンは謎だらけだ」
これには皆も同意し、いったん自分たちがいた部屋に戻って状況を確認することに決まった。
ちょうどそのときだった。
チェックポイントに当てはめるなら門番側の転移門から誰かが出てきた。数は2人。その人物たちも気付いたようで、まっすぐにこちらに向かってくる。
「フアン、ナイラ、いつでも撃てるように」
アルフレッドが緊張した面持ちで軍人の2人に告げる。フアンはフィリピンの軍人だと先ほど聞いていた。
この場でアルフレッドが指揮を取っているのは階級の問題だろうか。その事情は砂田には判断できなかった。
近づくにつれ、その人物たちの妙な格好が明らかになる。
2人とも女のようで、片方は仮面で顔を隠している。何より目立つのは、膝下まであるスカートを着用していることだ。靴はブーツのようだが、どう考えてもダンジョンに来る格好ではない。一見すると武器は見当たらないが、〈格納〉しているだけかもしれない。
もう1人も別の意味で変わっている。金属と思わしき胸当てや小手を装備し、腰には剣を吊るしている。まるでファンタジーものの創作に出てくる装備だ。しかし砂田はそれよりも髪も肌も異様に白いことが気にかかった。白いどころか、光の反射具合では青くすら見える。
「止まれ!」
アルフレッドが銃を構えて叫ぶ。彼女たちとの距離は10メートル程度。
これが安全な距離なのかどうか砂田には判断がつかない。近接戦闘ならともかく、銃は使ったことがないからだ。
「新しいチームの方たちですよね」両手を上げながら仮面の女が告げる。「お話したいので、それを下げてもらえませんか」
その言動から、彼女たちが見かけによらず銃というものを知っていると砂田は判断した。それにもかかわらず、彼女たちは表情を変えない。話を聞いてもらえると確信しているのだろうか。
(それとも……争っても勝てると考えているからか)
結局、アルフレッドはしばらく考えてから「妙な真似はするな」とだけ告げ、銃口を下げて、ナイラとフアンにも同様にさせた。だが、セレクターをセーフティーにしろとは言わなかった。
対する2人はそれに気付いているのかいないのか。遠くて視線までは追うことができない。
彼女たちが5メートルほどまで近づくと、アルフレッドが停止するように言った。あの剣では、一歩踏み出すだけでは届かない距離だろう。大きく動くなら話は別だろうが、きっと銃のほうが早い。
「帯剣しているんだ、分かるだろ? 今はこの距離が限界だ」
「いいでしょう」
仮面の女がアルフレッドに答えた。
この距離まで来て、彼女の身長が150cm程度だと判断できた。一般的な採取者と比べると、かなり小柄だ。一方、白いほうは170cmを超えているだろう。
それよりも、白い女の顔だ。
「まずは自己紹介を。わたしはナァイカ・サフィイダシュリット・プルフヴァン゠セといいます。ナァイカと呼んでください。隣の彼女はコリッツィです。わたしたちが使っているのは12番の扉です」
白い女が口を開いた。
それに対し、アルフレッドが警戒するように答える。
「……アルフレッドだ。あんたたちも同じだということか?」
「はい。他にもいますよ。人数からすると、あなたたちは2つの扉を使っているでしょうから……現在は7つの扉が稼働しているはずです」
つまりこの場にいない4つの集団が存在するということだ。
アルフレッドがナイラを一瞥すると、彼女は口には出さず首肯のみで返した。
何のやりとりなのか砂田には分からなかったが、会話を続けるかどうかの確認だろうと推測した。
「なるほどな。では先人に尋ねたいんだが、ここは何なんだ?」
「ここが何なのか、ですか。わたしたちにも分かりません。ですが、ここで何ができるのかは知っています」
「それは頼めば教えてくれるのか?」
「決め事がありますので、何でもとはいきませんが」
聞くと、新入りを見かけたら最低限のことは教えるように共有されているという。誰が決めたのかは分からないそうだ。ただ、そう伝わっていると。
「ここから先はコリッツィが説明します。わたしは装備を外したいので、少し下がります」
ナァイカはそう言って数歩ほど下がり、吊るしていた剣を置いた。そのまま床に座ると、脛当てのベルトを外し始める。
ここの床はチェックポイントの石畳とは違って、継ぎ目がなく滑らかなことに今更ながら砂田は気が付いた。
「まず、最初に聞いておきたいのですが、わたしたちの言葉を理解できているということは〈音声言語理解〉を発行したのでしょう? 人数の分だけ発行しましたか?」
仮面のコリッツィが尋ねる。
アルフレッドはうなずいて「全員分だ」と答えた。
「それがここを使うための前提です。原理は知りませんので聞かないでください。条件を満たしたのでしたら、引き出しのいくつかのロックが外れ、部屋の機能も使えるようになっているはずです」
そう言われたら調べるしかない。アルフレッドがナイラとフアンに頼んで部屋を確認してもらったところ、確かに転移装置は動いているということだ。
その言葉に安堵の雰囲気が流れた。
「助かったよ。帰れないかと思っていた」
「ああ、あなたたちは行き来しても問題ないタイプなんですね」
「……どういうことだ?」
「あなたたちがどう呼んでいるかは知りませんが、ここには迷宮の最奥の扉から来ている人たちもいます。そういう人たちは気軽に帰れません」
どうも話がおかしいと砂田は考えた。コリッツィのいう迷宮とはダンジョンのことだろうが、自分たちが知っているものとは違う気がする。ダンジョンの最終チェックポイントには転移装置がある。いつでも帰れるはずだ。
アルフレッドも同じ考えだったようで、質問をしたがコリッツィは答えなかった。
「それは別の話ですので。まずは、これを」
そう言ってコリッツィは腰のポーチから何かを取り出し、アルフレッドに投げ渡した。
「部屋の反対側にある扉から行ける場所で、敵を倒すとこれが得られます」
「……コイン?」
「呼び名は何でもいいですが、用途としては貨幣です。渡したものには1の価値があります」
コリッツィは説明を続ける。
部屋の転移門の対面側にある転移門の先は、通常のダンジョンのエリアのようになっており、モンスターを倒せば貨幣を得られる。転移門には番号があり、その数値が大きいほど、得られる貨幣の最大値が上がっていく。
この貨幣の使い道が、チケット発行装置なのだと。
台の天板下の隙間に入れて、引き出しにあるチケットを折ると目的のものが発行されるのだそうだ。
(要は自動販売機か)
砂田はそう思った。他にも同じ発想をした者がいたようで、誰かのつぶやきが聞こえた。
「わたしたちとあなたたちでは内容に違いがあるなずなので、どれがいくらとは言えません。同じなのは〈音声言語理解〉と〈アクセス権破棄〉くらいでしょう。必要な価格は書いてあるはずですが……」
そういえば、チケットの裏面には何の意味があるのか分からない数字が書かれていたと砂田は思い出した。あれが価格なのだ。
「〈アクセス権破棄の発行〉はいつでも無料ですが、実行できるかどうかは別です。あたなたちの条件は知りませんが、時間の制限があります」
「……アクセス権とは?」
「ここに来られる権限です。各部屋5人が権限を持ちます」
「全員破棄したらどうなるんだ?」
「その扉のアクセス権がなくなると言われています」
そうして、話は終わりだとコリッツィが告げる。
だがまだ聞くことは残っている。砂田はナイラに小声で質問内容を伝えた。彼女はそれをアルフレッドに耳打ちする。
「待て、まだ話は終わっていない。さっき聞けなかったことを教えてもらおう。
――あんたたちや、他のチームというのは何なんだ?」
いつの間にか防具を脱いでコリッツィの隣に立っていたナァイカがアルフレッドを見据える。
5メートルという距離でははっきりとしないが、恐ろしいまでの美しさを感じる表情だ。
「そうですね、あなたたちからすれば異世界人というべきでしょう。あなたたちも、わたしたちからすれば異世界人です」
*
あれからナァイカは少しの質問に答えたあと、コリッツィと共に12番の転移門に消えた。
ここのことをどう扱うべきかは軍人3人が話し合っている最中だ。やることのない砂田たちは雑談をしていた。
「日本にはダンジョンの観光ガイドなんて仕事があるんだね」
パリサに採取者なのかと尋ねられた砂田は、兼業でガイドをやっていると答えた。それに対する彼女の感想だった。
そこにアジートが混ざって、砂田に尋ねる。
「ダンジョンの観光ガイドは火ばさみを持ち歩いているものなのか? 持ってたのをすぐしまっただろう」
「あー、見られてたのか。ダンジョンのゴミ拾いしてたんだよ。掃除すると採協が金をくれるんだ」
「それはすごい。裕福な国だと採協にも金があるんだなあ」
「……そんな答えづらいこと言わないでくれ」
苦笑した砂田を見て、アジートは気にするなと笑った。
バングラデシュはアジア最貧国と言われることもある。砂田はそれを知っていたため、うまく答えることができなかった。アジートはその気持ちを読み取ってうまく流してくれたのだろう。
今の日本が裕福なのかということについても砂田は答えづらいと思ったのだが、相対的には裕福なのだろうと考えて、ごまかすしかなかった。
砂田がアジートに英語について尋ねると、バングラデシュでは小さな頃から学校で英語を習うと言われた。しかし彼は苦手だという。それでも最近まで学校に通っていたため、語学力は砂田ほど錆びついていなかったのだろう。
「スナダだって話していただろ」と言われたものの、あれは話せたとは言えないんじゃないかと思った。
砂田は南アフリカの子供をどうするつもりか相談したかったのだが、肝心のナイラは相談を続けている。
子供のほうを見ると、さすがに疲れた様子だ。こんな状況に放り込まれて、異世界人だとかそんな話を聞き続けていたのだ。しかたのないことだろう。
砂田は少しでも癒しになればと、今度はチョコレートバー以外の菓子でもあげようかとバックパックを開いた。ダンジョンで持ち歩いている菓子の種類は多くない。とりあえず「田舎のお母さんの手作りクッキー」として有名なクッキーを3枚ほど差し出した。一緒にミネラルウォーターも渡す。
砂田はこの機会に少年の話を聞くことにした。
彼の話によると、普段は家屋の一室に閉じ込められており、その家には不特定の大人たちがいる。大人たちは顔の中心に線が入っているそうだ。同室には似たような境遇の子どもが2人。大人たちは少年たちをダンジョンに放り込んで産出物を集めさせているとのことだ。
その大人たちはダンジョン内で子供たちに暴力を振るって烙印を受けたのだろうと砂田は想像した。
採協の親組織である
そう少年に伝え、自分の意思で始めたことなのかと問うと、そうではないという。つまり違法な採取活動をさせられているのだ。
少年がつらそうな表情をして、違う話をしたいと言いだした。あの場所から離れている間くらいは、命令以外を聞きたいと。
砂田は少し配慮が足りなかったかもしれないと反省した。
その後は子供に日本の話を求められたのをきっかけに、8番転移門の3人も混ざって、それぞれの国の話で盛り上がった。
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