宿り宿られ

鈴ノ木 鈴ノ子

宿り宿られ

 八百万の神々の宿る日本。


地域地区それぞれに、神社や仏閣があり、日々、住まう人々をお見守りになられている。


 大木のある小さな社の地区にも神様が宿る。

 

 高齢者ばかりの地区だ。最後の学生が旅だってから行く年月が流れただろう。


 ふと、その社の長い階段の前にある駐車場に車が止まった。中から地区に似合わないスーツ姿の女性と、小さい頃から見知ったネクタイ男が降りてきた。


 この土地なら良いかと思いますが。


 あの男は寂れた街中で不動産屋の3代目を継いだ子だ。優しい男の子であったが、今は金の亡者となっている。


 そうね。調べた限り、理解はあるし、人口は少ないし、過激な人もいない。村役場は税収に驚いていたし、そうしようかしら。


 スーツの女は、すらりとした若木のような華奢な容姿だ。


 あの神社は大丈夫なの?


 ええ。寂れてほとんど来やしませんよ。


 男は商売笑いを浮かべて気にしなくてよい、と言い放つ。妻との仲を取り持ったのは神様であったのだか…。


 そう。好都合ね。少しあたりを観て回るから、貴方は車内で待っていてくれるかしら?


 は、はい。


 そう言った女がこちらへとヒールを鳴らして、苔むした石段を登り始めた。一歩、一歩と踏みしめるかのように長い長い階段を登り切ると、朽ち果てた手水場を通り過ぎて、真っ直ぐ少し傾いた社の前へと立った。


 美しい顔の作りであったが、目つきが頂けない。眼鏡を掛けているのに、鋭く厳しい眼光には、長いこと人を見てきた神様でさえ驚かされた。


 お許しください。


 女は物悲しい声でそう言うと、深々と首を垂れた。


 このようなことをしたくはないのですが、お許しください。


 下がる首の上に小さな白い神様が乗っていた。長い長い着物の裾が女の顔の前まで垂れ下がり、目や口元を覆い尽くしている。


 高貴なるお方とお見受けいたします。


 神様は神様に問うた。


 なんじゃ?


 社の神様より年長者の神様が応えた。


 なにをなされておられるのですか?


 女に罰を与えておる。


 なに言えに?


 この者が魂の宿るものを殺しておるからじゃ


 火色に色を変えた神様の怒りは強く、それに伴って女が両手で頭を抱えてしゃがみ込んだ。唇を強く噛み、鬼のような形相であった。


 社の神様はそれが不憫に思えてならなくなった。


 許してはくださらぬか?


 お主には関係ないことじゃ…。


 教えて頂きたいのです。なにがあったのですか?


 我が社は深い山の中であったが、水で流され、谷へと落ちた。その場には魂の宿るものが数多く打ち捨てられておった。

 それらが言うには集められ、ここに打ち捨てられた。あの女の所為じゃと言う。妾はそれを聞き、此奴を懲らしめようと思うたのじゃ。


 なんと…。ですが、それを言うた者はどのようなものでありましたか?


 年長者の神様よりは、幾分か世俗を知る社の神様は問いかけた。


 あれに似たような者じゃ。


 少し下った所に焼け焦げたブラウン管テレビが転がっていた。


 あれは、信じてはなりませぬ。


 嫌悪した声で社の神様は言う。


 あれは嘘ばかり吐きまする。暗き話ばかり、悪しき事ばかり、言うが故に、私が雷を落としたのです。


 なんと?誠か?


 あれの系譜に連なるならば、その言葉はまやかしでありましょう。

 

 神様の怒りは余程でなければ落ちない。年長者の神も数多くの魂の宿る者に焦がれてほだされたのだろう。


 しかし魂が宿るからには…。


 近頃の者は、あまりにも短命で、大切にはされておらんようです。壊れれば直しの手当てもされず、新しきを求めてはまた捨てる。寵愛なき者には、優しき魂は宿りませぬ。


 山のではそのようなことは見かけなんだが…。


 俗世はそのような話で溢れております。


 ならば、この女は悪くはないの。


 ええ、私からも伏して許しをお願い致します。


 年長者の神様はするりとその場から離れると、近くの岩へと腰を下ろした。


 女は急に消えた頭痛に驚きつつも、立ち上がり身体の調子を確認すると、一心不乱に社へと感謝の言葉を祈り始めた。


 しばらく、それを見届けながら、年長者の神様と語らい続け、かの神様は社で一緒に住むこととなった。


 数年して地域に大きな工場が立ち創業を始めた。

 神社は取り壊されず、移転もされず、あり続ける。

 朽ちたテレビは工場の人間によって土地から消え、女は参拝を欠かさずにしてくれる。工場の人間によって小さいながらも祭りも復活した。


 ときおり工場からは集められた、魂の宿た者の怨嗟の声が聞こえてくるが、年長者の神様と社の神様はそれを諭して穏やかに見送る役目を手伝う。

 あの女は見目麗しい姿に戻ったが、机で仕事をよしとせず、朝から晩まで防護メガネをして父親と同じように優しい手つきで仕事をしている。


 地域にできたリサイクル工場は、今日も魂の宿る者を助け続ける。


 

 

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

宿り宿られ 鈴ノ木 鈴ノ子 @suzunokisuzunoki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ