50話 「大君島」

 向井さんたち青葉北高との交流会やエチュードをやること数日、ついに僕らは目的の島、大君島に辿り着いた。


 大君島とは、かつて逃げてきた豪族の王が由来となっているらしい。観光業はあまり発展していないが、食材が豊富で、それ目当ての客も多いと聞く。


 人口はほとんどいない限界集落。離島と言えないレベルで本土と離れている距離感。俗世とは離れたのどかな雰囲気。まさに、忙しい現代人が行くにはぴったりの場所ではある。


 ここ最近では、島の内部で起こった争いが記憶に新しい。革新派と保守派による諍いが元で、殺人事件にまで発展してしまった。

 メディアなどで悪い意味では目立っていたが、今はそれを元にツアーまで開催しているから、人間の逞しさを感じずにはいられない。


 ……なんでこんなに詳しいかって? 如月センパイに聞いたからだ。あの人。なぜか島の事にめちゃくちゃ詳しい。もしかしたら移住希望でもあるのかも。


「そろそろ降りるぞ。忘れもん無いか?」


 足利先輩に促され、手元の作業に集中する。昨日は誰が持ち込んだのか、トランプやボードゲームで遊び倒してしまった。何だかんだ、船旅は悪くなかったと思いたい。実際楽しかったし。


 先に花園が降りて、紅葉、桜花、そして僕ら緑葉と青葉北だ。ブラックジャックで決まってしまったのだから、仕方ないと言えば仕方ないが。


 エアコンの聞いた部屋から出て甲板まで行くと、もう夏の日差しが辺り一面を焼き始めてきた。ジリジリと音がしそうな程の暑さ。インドア派の僕にとってはなかなかに厳しい。


「チヒロ? 大丈夫?」


「……あぁ。慣れなくてな」


 心配そうに声を掛けてきた新田にペットボトルの蓋を開けながら答える。中を一口。少し温くなっていたが、この暑さの中ならば天国にも近しいものだ。


「いよいよあたし達の番みたいね。荷物もって」


 いつの間にか一年のまとめ役みたいになっている雨宮が僕らを促す。いつもなら突っかかるのだが、今日は流石に余分な体力を使いたくない。大人しく従う事にしよう。


「おっとっと……」


 これまた慣れないタラップを転けないように慎重に降り、僕は大君島の大地へと降り立った。


「ようこそ、楠くん。僕の故郷へ」


 久々の大地の感触を噛み締めていると、聞き覚えのある声をかけられた。


「こんにちは。今日は車椅子じゃないんですね、秋さん」


「あぁ、あれからリハビリは順調でね。杖があれば歩けるようになってきたよ」


 声の主は如月秋。紅葉高校部長である如月雪尚センパイのお兄さんだ。掴みどころのない人で、穏やかだが底が知れない人でもある。


「故郷って……だから雪尚センパイが詳しかったんですね」


「まぁ、そういう事になるね。今回は私は客として来たから、発表を楽しみにさせて貰うよ」


 そう言って、売店の中へと消えていった。……多分、中には絵里子さんが居るのだろう。足利先輩に聞いたら、カメラマンとして参加してくれるようだ。


「後は、出迎えがいるはずだぞ」


 足利先輩が顎で促す。その先には、二人組の男女が歩いて来ていた。一人は女の子。短い髪とよく日焼けした元気が良さそうな子だ。


 もう一人の男子は制服のボタンを真夏なのに一番上まで止めている。その落ち着いた様子は、以下にも賢そうな印象だ。髪の毛も、整髪料など付けていない。


 ……いや、遠いな。登場タイミングミスっただろこれ。あ、走った。向こうもこの空気のおかしさに気づいたみたいだ。


「はぁ―――はぁ、すみません。お待たせ、しました」


 肩で息をする男の子。近くで見て驚いたが、僕よりも身長が低い。いや、この場の誰よりも低いのだ。少しジロジロ見ていたら、睨まれてしまった。流石に失礼だな。僕は頭を下げ、会釈で謝罪する。


「私は、今回の合宿のサポートをします。大君島高等学校一年、演劇部部長の潮美月うしおみづきです」


「同じく一年、副部長の雨之森勇将あめのもりゆうしょうです」


 二人が自己紹介し、僕も緑葉一年の楠千尋です。と挨拶した。……名前を聞いた瞬間、少し眉をひそめたのを見逃さない。


 多分、女装した動画のことを思い出しているのだろう。……あれから結構時間は経ったが、まだ無くならねぇみてぇだ。


 ―――人の噂も七十五日とはどこへ行ったのか。


「二人はこの島の高校の演劇部だ。今回はグランプリの実行委員と、勉強で参加している」


 足利先輩の説明を噛み砕くと、グランプリと合宿には参加しないけど、運営のサポートをするみたいだ。


 大君島高校の演劇部は出来たばかりか。初々しいとは思ったが、別に僕もまだ経験は数ヶ月の素人だ。大きな舞台に立ったこともない。


 これから僕らがやる台本も、べらぼうに難しいヤツだし。


「千尋、先にホテルへ向かっててくれ。俺はともかく、お前は発表に遅れる訳にはいかない」


「発表? なんのことですか?」


 グランプリはまだ先のはず。この大君島の地で何日か練習して、それからグランプリを迎えるはずだ。もしかしたら、上演する順番なのかもしれない。


「それは着いてからのお楽しみだ。メインイベントその二ってとこだな」


 よく分からなかったが、何かあるのだろう。僕はさして警戒もせずにホテルへと向かった。後の三人は、売店で何か話している。きっと、運営の事とかの打ち合わせだ。


 思い返してみれば、足利先輩は最近ずっと忙しそうだったじゃないか。


 勝手に納得しながら、ホテルの方へと足を向ける。すると、後ろから声をかけられた。


「楠くん、君もホテルへ向かうのかい?」


「丁度いい! 一緒に行きましょ!」


 声の主は、如月秋さんと絵里子さんだ。三人と売店で入れ違いになったみたいだ。


 ……話した過去を思い出すから、できれば一人が良かったが、そうはいかないみたいだ。



 *


「え、じゃあ白峰さんも高校演劇やってたんですか?」


「そうなのよ! 本番直前でやらかしちゃったけどね」


 ホテルへ向かう道すがら、せっかくだからと絵里子さんの過去を聞いていたら、驚きの情報だ。昔、高校演劇をやっていたとは。


「だから私も秋くんも、尚くんが演劇やってくれるのは嬉しいんだ」


「そうだね。やりたい事が見つかってくれて良かったよ」


 だから演劇に興味があったのか。結構グイグイ聞いてくるのは、そんな訳が。


 ……僕は一つ気になったことを質問した。


「本番直前でやらかした、とは?」


 絵里子さんは、昔を懐かしむように話す。


「絶対勝ちたいって思ってて、めちゃくちゃ練習したんだけどさ、オーバーワークが祟ってぶっ倒れちゃったの。入院よ入院」


「え……」


「身体の方は全然大したことは無かったんだけどね。責任取らされて出場辞退よ」


 思い出しても腹立つなー。と拳を握って怒りを露わにする絵里子さん。だが、僕にはそれも懐かしいように見えている。


「私としては今も無理はして欲しくないんだがね」


「秋くんが言えることじゃないでしょ」


 はっはっはと豪快に笑う如月秋さん。そういえば、この人はこの人でなんで歩くのに支障が出る怪我をしているのだろう。


「ん、この怪我かい? ……そうだね、端的に言うなら、この島の殺人事件に首を突っ込んだから。だね」


 ――――頭を金属で殴られたような衝撃が走った。ガツンと大きな音がして、世界がひっくり返る。平衡感覚をなんとか保って、荒く深呼吸して、僕は我に返った。


「そうだったん……ですか」


「ほとんど精神的な物なんだがね。まぁ、今となってはそれにも感謝さ」


 いや、普通の人は殺人事件に関わって、歩けなくなるダメージを受けて感謝はできないだろう。


「その時間で自分を見つめ直すことができたんだよ。何が大切で、何を選ばなきゃいけないのか。こんな状況に陥ってようやく理解出来た。――――だから私は感謝してるんだよ」


 如月秋さんは、ゆっくりと内省するかのように語った。それは僕に向けて言うのと同時に、過去の、まだ自分を見ることが出来ていなかった自分に向けているようだった。


 ホテルは、もう目の前だった。……もう少し時間があれば、どんな事件だったのか聞いてみるのもいいのかもしれない。

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