第97話 西の森の確認4 ワイバーンの卵の処遇




 俺たちは池のほとりのスライム皮膜テントに戻った。


 テントを守っていたボスたち3頭にも、森に入って餌を食べてくるように伝えてやったら、ボスたちは喜んで森に入って行った。

 ワイバーンがこの周囲の大型の魔物を貪り尽くしているため、多分獲物はそんなに大型のものは見つからないだろう。

 済まんが頑張って数をこなして腹を満たしてくれ。


 俺たちは火を起こし、野営の準備をした。


 何だかだるいので、何かを食べて体を休ませたい。


 リューズが渡してくれた昼の残りのホットドッグは3個あるが、フェリが増えたので1個足りない。


 とはいえ、多分フェリが一番俺たちの中で飢えてるだろうからな。


 ホットドッグを見るフェリの目は、見たことのない食べ物への好奇心で一杯だ。


 藁に包まれたホットドッグは時間が経って香りは薄れていると俺には思えたが、多分調味料の匂いを始めて嗅ぐであろうフェリにとっては魔法の香りのように鼻を引き付けるらしい。


 「フェリ、これ食べてみてよ」


 俺はホットドッグを包む藁を取ってフェリに差し出した。


 「……いいの?」


 フェリは変わらず小さな声でそう聞き返すが、目はホットドッグに釘付けになっている。


 「どうぞ。あまり急いで食べないで味わってね」


 そう言ってフェリにホットドッグを手渡すと、フェリは大きな口を開けて一口で食べる勢いでかぶりついた。


 勢いよく咀嚼し、飲み込むと残りを一気に口に入れ平らげる。


 あんなに急いで食べたら口の中がパッサパサになるんじゃないかと思い、俺は水筒(湯たんぽともいう)をフェリに差し出すと、フェリは水筒の水も一気に飲んでゴホゴホとむせた。隣にいたダイクがフェリの背中をさする。


 「大丈夫か? そんなに急いで飲み食いしなくても逃げるような食べ物じゃないんだぞ」


 といってダイクはフェリの口の周りを布で拭いている。


 「……うん……ありがとう」


 フェリはダイクに礼を言うと、水筒の水を今度はゆっくりと飲んだ。


 「フェリちゃん、良かったら俺のも食べるかい?」とハンスが自分の分のホットドッグも勧めると「……うん……ありがとう……」と声は小さいものの、遠慮はせずにハンスからホットドッグを貰って食べだした。


 「フェリ、ホットドッグを気に入ったのか?」


 一心不乱にホットドッグにかじりつくフェリを見て、ダイクが聞く。


 「……うん……すごく美味しい……」


 フェリの小さな声の返事を聞いて、ダイクは自分の分も渡した。


 そして、ホットドッグを食べるフェリの背中を落ち着いて食べるようにとゆっくり擦った。


 ダイクは自分の背嚢から塩の入った小瓶を取り出すと「殿下、塩はちゃんと持ってきましたので、私が山芋を調理しましょう」と言って、ハンスが取ってきた山芋に塩を振りかけ、木の棒に刺して焚火で炙り出した。


 「おいおい、皮も剥かずに塩かけて焼いてどうすんだよ? まったくオメーは何でも塩かけて焼けば料理って思い込みを何とかしろよな」


 とハンスに言われたが、ダイクは平気な顔で、むしろ嬉しそうに山芋を焼いている。

 実はダイクは料理好きなのかも知れない。

 最も塩をかけて焼くだけだが。

 でもその感覚はわかるなあ。男の料理だ。


 「殿下、焼けましたよ、どうぞ」


 ダイクに差し出された山芋の素焼き。


 皮に塩が掛かっているので、芋そのものには味が付いていない。

 皮を剥いた手の指に付いた塩を舐めながら山芋を食べる。

 何か前世のビールの友、枝豆を食べる感覚ではある。


 意外にダイクが焼いてくれた山芋1本で腹が満たされた気分になる。


 「殿下、もう一つ如何ですか」


 とダイクが勧めてくれたが、思った以上に満ち足りた俺は「もうお腹いっぱいになったよ。ダイク達も食べて。私の分が余ったならフェリにあげて」と断った。


 フェリはダイクに貰った山芋も無言でモリモリと食べている。随分飢えていたようだ。


 「ねえ、フェリ、ずっと食べ物はどうしてたの?」


 「……ワイバーンの巣の、木の隙間に隠れてて……時々巣に寄ってきたネズミを……食べてた」


 「毎日?」


 「うん……でも……私のいるところをネズミも覚えちゃって……ここ何日かは食べてない……」


 「そうか。何でフェリはワイバーンの巣の木の隙間に隠れてたの? あんな怪物の近くで怖くなかったの?」


 「……怖かった……けど……森の中に……逃げたら……エルフに見つかるかも知れなかったし……あの怪物は自分たちの巣が壊れそうなことはしなかったから……あそこが一番安全だと思ったの……」


 「何でそんなにエルフを怖がるの?」


 「……私たち の 先祖 が……人と一緒にエルフを攻めて……怒りを買って人は全滅して……人に貰ったものを捨てて……ここに逃げて来て……エルフに見つかると……根絶やしにされるってずっと聞かされてた……から」


 大昔の、エイクロイド皇帝の暗き暗き森への侵攻の時期のことかな?


 アレイエム王国の成立以前からフェリたち山猫人間ワ―キャットはここに住んでいたってことか。


 「じゃあ私たちのこともエルフと勘違いして逃げ出したのかい?」


 「うん……人は滅多に来ないって言われてたから……」


 エイクロイド帝国の暗き暗き森侵攻時に10万の兵が全て返り討ちにあった、と聞いていたが、実際生き残った山猫人間ワ―キャットが子々孫々に至るまでのトラウマを残す程の殺戮劇だったんだろうな。


 こわっ。


 「それで、フェリにとっては思い出したくない事かも知れないけど、ここが襲われた時のことを教えてくれないかな?」


 「……」


 俺がそう聞くとフェリは黙って俯いた。


 「フェリちゃん、思い出したくないなら無理にとは言わないよ。フェリちゃんが落ち着いて、話す気になってくれたらでいいから。ね、殿下? ゆっくり腹を満たしてくれていいよ」


 ハンスがそう言って焼いた山芋の残りを渡すと、フェリはこれまでと違ってしずしずと口に運んだ。


 「ああ、そうだ、ダイクにはまだワイバーンの巣のこと 話してなかったね」


 俺とハンスは俺達がワイバーンの巣の中に入って見たことをダイクに話した。


 雌のワイバーンが居たが飲み食いしていなかったようで衰弱していたこと。

 雌ワイバーンが産んだ卵があり、雌ワイバーンは卵を守るような姿勢でマリスさんに止めを刺されたこと。

 ワイバーンの卵の大半はネズミに食われていたこと。

 そしてワイバーンの卵を持ち帰って研究しようと思ったがエルダーエルフ達に反対され、明日の朝までネズミに食われず残っていたら持ち帰る約束になったことなどだ。

 俺がワイバーンの卵を持ち帰ろうと思った理由の一つとして、雌ワイバーンの卵を守ろうと言う必死さが哀れに思えたことなども話した。



 「なんで! ……みんなを食べちゃった、あんな奴に……情けをかけるなんて……おかしいよ!」


 突然フェリが大声で叫んだ。


 それまでの蚊の鳴くような小さな声とは違う。突然のことに俺は面食らってしまった。


 フェリはそう叫ぶと同時に、俺達人間が『瞬足』を使わないと一瞬で見えなくなる程の山猫人間ワ―キャットの瞬発力で、俺達の前から消えた。


 「待てフェリ!」


 ダイクがフェリに声をかけ静止しようとしたが、その声を無視して暗闇にフェリは消えた。


 「追っかけましょう、殿下! フェリはワイバーンの巣穴の卵を潰すつもりかもしれません!」


 ダイクがそう言って急いで追っかける。


 俺とハンスも急いでワイバーンの巣に向かった。


 まだ雪狼たちの殆ど、特に最後に森に自分たちの食べる獲物を取りに行ったボスは戻って来ていない。俺はボスが戻ってきたらワイバーンの巣穴の入り口の見張りを頼もうと思っていたので、まだ巣穴の入り口はどの雪狼も警戒していない。


 フェリが中に入ろうと思えば何の障害もなく入ることが出来る。


 俺とハンスも月明かりの中をワイバーンの巣に急ぐ。月明かりに照らし出され小山のような影になっているワイバーンの巣に着き、巣穴の中を見る。


 巣穴の中は月明かりも届かず真っ暗だ。


 山猫人間ワ―キャットのフェリと狼人間ワーウルフのダイクは夜目が利くようだが、俺達は暗くて何も見えない。


 ハンスがまた巣穴に使われている木の枝を一本取り、松明代わりに火をつけると火の明かりが5m程の範囲を照らし出す。その明かりを頼りに俺たちは巣穴の中に入った。


 まず雌ワイバーンの死骸が見えた。


 丸まった雌ワイバーンの死骸は、卵を守る姿勢は変わらないが、俺達が巣穴を立ち去った時よりも少し丸まり方が縮んだように思える。尻尾の先よりも頭部が中に入って卵に近くなっている気がする。


 死後硬直のような反応だろうか。


 或いは雄ワイバーンが頭部が溶けても暫く飛行を続けていたように、意図的な行動は出来ないものの体全体が死を迎えるのは時間が掛かったのかも知れない。


 フェリとダイクは、雌ワイバーンが卵を空間の中で向き合っていた。


 フェリの足元には大き目の石と、割られたワイバーンの卵の殻と流れ出た中身が作った地面のシミが見える。


 既にコトは終わってしまった後だ。


 割られたワイバーンの卵を前に立って俯いていたフェリは、やはり大きな声で絞り出すように叫んだ。


 「お父さんやお母さんを殺しておいて 自分達は生き延びようだなんて、そんなのって許せない!

 お父さんやお母さん、小さかった弟、助け合ってささやかに暮らしてたみんな、そんなみんなの敵を私は討ったんだよ!  

 それの何が……何が悪いの!」


 フェリは俯いてそう叫びながら、目から大粒の涙を流していた。


 ダイクはフェリに近づき フェリの小さな体を抱きしめた。

 フェリは抵抗も逃げもせず、ダイクに抱きしめられながら泣いている。


 俺はさっきフェリに聞こえる場所で、ワイバーンの巣のことをダイクに話したことを後悔した。

 自分の集落の家族、知り合いをワイバーンに食べられた娘の前でしていい話ではなく、そんな配慮すらできない自分が情けなかった。尚且つ自分達を餌にした生き物の卵を持ち帰って生かすなど、到底フェリにとっては許せることではない。


 ダイクにワイバーンの巣のことを伝えるにしても、フェリがいる時ではなく、フェリがリューズに連れられて池に体を洗いに行っている時に伝えておけば良かったのだ。


 体がだるかったとは言え、それくらいの配慮をすることに気づかない俺は何て迂闊なんだ……


 「殿下のせいじゃありませんよ。私が埋葬してる時、ダイクに伝えれば良かっただけの話ですから」


 ハンスが俺の考えがわかっているかのようにそう言葉をかけ、俺の肩に手を置いた。


 ハンスの気遣いが痛い。


 「でも、私があるじなんだから、ダイクにしっかり伝えるのも私の役割だろ」


 「いえ、私は殿下の配下ですが、殿下のためなら自分で判断する裁量はいただいてるんです。同僚に適切な折を見て必要な報告をする、その判断ができなかったのは私の責任です。野営時に殿下がダイクに話すのをお止めしなかったことも、そして卵の保護を後回しにしたことも、です」


 そう言ってハンスは俺の肩に置いた手に力を込めた。ハンス自身が自分の不甲斐なさを悔いているのが俺の肩に置いた手から伝わって来る。


 ハンスの言葉で、俺はマリスさんとの約束を頭の中でなぞる。


 明日の朝まで卵を置いておき、ネズミなどに食べられていなければ持ち帰ってもいい。その間エルダーエルフはワイバーンの巣に近づかない。誰も巣の中に入らないように(意図的に卵を如何にかしないように)雪狼を一頭、入り口の警戒に当たらせても良い。


 思い返すと俺達が中に入ることを禁止してはいない。


 もしかしたらマリスさんは、俺達が夜のうちにワイバーンの卵を巣から持ち出し、一晩卵を安全に保管して、翌朝マリスさん達が来る前に戻しておくことを黙認してくれたのかも知れない。


 俺はマリスさんのその言外の意図に気づいていなかったが、ハンスは気づいていて、夜、俺が眠った頃に卵を保護しようと考えていたのだろう。


 ハンスは気づけたのに、俺は気づけなかった。


 何て不甲斐ない。

 俺自身の至らなさが、周りを傷つけてる。

 結局俺は何もできない、情けない男なのか……


 「フェリ、一族を殺した者を憎む気持ちはよくわかる。お前の行動を責めようなんて思っちゃいない」


 気が付くとダイクがフェリを抱きしめながら、ゆっくりと話しかけている。


 魂の傷が開きかけた俺を、ダイクの落ち着いたフェリへの話しかけが引き戻す。


 「俺はな、祖父じいさんの代の頃、人族に征服された一族の出なんだ。俺の祖父じいさんの集落を人族が突然襲ってきてな、一族の殆どは皆殺しにされたそうだ。俺の祖父じいさんは一族の長でな、一族の殆どが皆殺しにされた上に人族に捕らえられて、服従を迫られたそうだ。服従しなければ小さかった親父の命を奪うって言われてな。それで嫌々ながら降ったそうだ」


 「……」


 フェリは黙って涙を流しながら、ダイクの話に耳を傾けているようだ。


 「祖父じいさんは奴隷身分でこき使われることになった。祖父じいさんの持ち主は俺達の集落を襲った伯爵様だった。降ってからの祖父じいさんは持ち主の伯爵様に対して従順に働くようになった。何でかっていうと、親父を人質に取られてたからな。祖父じいさんは戦で常に先陣を切らされた。狼人間だからな、常に危険な場所で使われた。祖父じいさんの働きもあって、その伯爵様の軍は王国でも強いと言われていたよ。だけど祖父じいさんだって無敵じゃない。ある戦いで鉄砲を揃えた敵陣が抜けず、祖父じいさんに突撃して斬り込めって命令が下された。祖父じいさんは突撃して、そんで撃たれておっ死んだ。いくら狼人間でも、鉄砲の一斉弾幕はかわせなかったんだ」


 「……」


 黙って聞いているフェリと同様、俺もダイクの話に黙って集中する。


 「祖父じいさんが死んだ時、俺の親父は10歳だったそうだ。人質として伯爵さまの手元に置かれてる状態ってなずーっと地下牢の中だったって話だ。1日1食の飯は与えられたらしいがな、残飯みてーなもんで量も少ない。体も小さくて毛並みもボロボロ、体中しらみやらが湧いて狼人間らしい強さ何て全く無かったんだってよ。祖父じいさんが死んだら貧相な親父なんて用無しだ。奴隷兵士としても使えねえって伯爵様は判断してしようとしたらしいが、伯爵さまのボンクラ息子がせっかくの奴隷だから使い潰さないと勿体ないって言い出してな。それこそ家畜のように、クソ捨てだのドブ攫いだの、人が嫌がる仕事にこき使われたらしい。当然寝るとこは地下牢、飯は変わらず残飯のままさ。

 そうやってあらゆる最低の雑用をやらされてる時に、そんな貧相な親父を欲しいって奇特な人が現れてな。相場の2倍払って親父を買ってくれたそうだ。それがそこのハンスの祖父じいさんだ。

 ハンスの祖父じいさんは俺の祖父じいさんの活躍を戦場で見てたらしくってな、その息子ならきっちり色々仕込めば強くなって役立つんじゃないかって思ったらしいな。

 ハンスの家に買われた親父は、奴隷身分は変わらないが、随分と待遇は変わって感激したそうだ。地下牢じゃなく明かりの入る部屋で、食事もまともな物が2食。水浴びだってできる。ハンスの父親のゲオルグ様の近習として一緒に勉学と修練もさせて貰えてな。奴隷とはいえ技能は騎士と同等のものを身に付けられたんだ」


 そうか、ハンスとダイクは昔から繋がりがあったのか。

 それでダイクはハンスには素で喋ってたんだな。

 ハンスもダイクとは最初から気心が知れているようだった。


 「ハンスの家リーベルト家も武門の家って名を売ってて、参陣すりゃあ必ず武功は上げるって評判の家だったさ。成長した俺の親父もいっぱしの、名乗らせてもらった訳じゃないが騎士と同等の働きをさせてもらってた。まともな待遇だったおかげで体もしっかり成長して、リーベルト家中の剛の者として何番目かには名前が挙がるってくらいにはなってたんだ。それで結構報奨金も稼いで、自分の身分も買い戻せた。俺が産まれたのは親父が平民身分になって、親父が同僚の娘だった母さんと結婚してからだ。

 で、12年前、親父は祖父じいさんと自分自身の敵を取る機会が巡ってきたんだ。

 テルプ騒乱ってやつだ。戦自体は王の頓死でうちの王国が兵を引く形で終わったが、リーベルト家は相手のツェルナー家側に付いた元所有主の伯爵様の領地の攻略を任された。

 随分と激戦で、リーベルト家の被害も甚大だったが、何とか相手の城を攻略できてな。相手の伯爵様は落ち延びようとしたが、俺の親父が討ち取った。同行してた伯爵様のボンクラ息子も一緒にな。

 まあ言って見りゃ今のフェリと同じさ。

 それまでは大変だったが、巡ってきた敵が討てる機会を俺の親父は逃さなかったって、それだけだ」


 『ハンスはダイクと以前から知り合いだったの?』

 俺はハンスに小声で尋ねた。

 『ええ、アイツの方が年上ですが、私の近習みたいな立場でね。小さい頃はアイツに色々と教わったりしてましたよ。勉強以外のことですけどね、アイツは直情、直観の男ですから』


 「俺はテルプ騒乱が初陣でな。親父にくっついて出征していた。だから親父が自分の敵を討ったとこも見てた。

 森の中を馬で逃げる元所有者の伯爵様の一団を、俺と親父で森をかき分けて先回りしてな。途中で見つけた狼どもを手下にして、狼共も使って包囲して。狼人間の面目躍如ってもんだった。

 本来なら捕らえるべき場面さ。近習たちは俺と親父の二人で斬っちまったし、後に残ったのは伯爵様といい年こいたボンクラ息子の2人だけ。

 その伯爵様も俺の祖父じいさんが生きてた頃はまだ若く武闘派で鳴らしてたが、寄る年波にゃ勝てん。そのボンクラ息子はちょいとお貴族様の生活に浸かってて、使えたもんじゃない。俺と親父の敵じゃなかった。

 二人は命乞いしたよ。助けてくれってな。

 親父は伯爵様は一刀で斬り捨てた。で、ボンクラ息子の方には自分が誰だかわかるかって聞いてな。

 ボンクラってどうしてあんなにボンクラなんだろうな。自分の領地を攻めてる相手も知らなかったのか、それともボンクラ息子にとっちゃあまりに些細なことで忘れてたのか、親父のことがわからなかったんだ。

 親父のことを思い出せなかったボンクラ息子に対して親父はニヤッと笑ってな、見逃してやるって言ったんだ。

 俺は祖父じいさんと親父の話は親父自身から随分と聞かされてたから、親父はかたきの伯爵様を討ち取って満足したんじゃないかって思ったよ。

 親父は、見逃してやるが馬は用意できないから走って逃げろ、重い甲冑は俺達の戦利品として置いてけ、って言ったんだ。

 ボンクラ息子さんは恩に着るって言って嬉々として甲冑を脱いで走って逃げだしたよ。

 親父は俺に、後続の本隊に報告に行けって命令してな、俺は伯爵さまとボンクラ息子の甲冑の一部を持って本隊まで報告に走った。

 それで本隊の一部と一緒に伯爵様を討ち取った現場に戻ったら、親父がな、ボンクラ息子の方は甲冑を置いて逃げたが、落ち延びる途中で野生動物に嚙み殺されてたので死体を持ってきたって言うんだよ。

 ボンクラ息子の死体は複数の野生動物に噛み裂かれてて惨いもんだった。

 ああゆう噛み傷ってのは狼が襲うと着くもんだ。

 それで、暗くて本隊の人族の目じゃわからなかったみたいだが、俺の目には見えたんだ。親父の牙に血が着いてるのを。

 逃がすと言って甲冑を脱いで走る人間を、手下にした狼共と一緒に襲って噛み殺したんじゃないかって俺はすぐに気づいた。

 ボンクラ息子のせいで、死んだ方がマシっていう辛酸を舐めさせられた親父にとっては伯爵様よりもボンクラ息子の方が憎い相手だったんだ、ってな。

 はっきり言うと戦場で死体の扱いなんざ雑もいいとこで、人間の尊厳なんてありゃしない。

 でも、戦で本当に相手が憎くて戦うなんてことはそうはない。

 あえて惨い殺し方をする、そんなことを目にするなんて滅多にあることじゃない。

 それを、自分の親父がやったってことが俺はショックだった。

 その場じゃあ戦で親父も気が立ってるから何も聞けなかった。本隊も親父の報告をそのまま受けてお咎めなしだ。

 戦が終わって、リーベルト領に戻ってもやっぱり俺はその時の話を親父に聞けなかった。怖かったんだ。俺の知ってる親父ってのは、厳しいけど筋が通ってて、時に優しい。そんな親父があの時だけは人が変わったようだった。狼でもない。狼ってのは食う分の狩りと、仲間を守るための積極的な防衛行動としての攻撃はするが、意味のない狩りはしないからな。

 あの時の親父は人でもなく狼でもなく、別の何か恐ろしいモノだったんだ」


 『ゲオルグ先生は、この顛末は知ってたの?』

 『親父は伯爵の息子の方は野生動物に噛み殺されたって報告を公式のものにして王家に届けてますが、薄々は気づいてたんでしょうね。時々ダイクの親父さんとサシ飲みして、色々話してましたから』


 「8年前に親父は死んだ。まあ普通に大往生だろうな。親父が死ぬ間際、俺を枕元に呼んで話したのは、あの時のことだ。

 親父が弱々しい声で言うには、伯爵を斬り捨て敵討ちが出来て、胸のつかえがすっとした。そう思ったら、胸のつかえがあったところに別の何かが入り込んで、その別の何かがもっともっとと叫んだらしい。それでボンクラ息子を噛み殺したら、胸の中の別の何かがとんでもなくほの暗い甘美な喜びを与えてくれたんだそうだ。ずっと浸っていたいって程のものだったって言ってたな。

 それで、そのほの暗い甘美な喜びが薄れてきて、胸の中の別の何かが時間と共に消えていくと、そこはぽっかりと虚ろな空間が残って、代わりに自分のやった凄惨なことが自分を追っかけてくるようになったんだってよ。親父にとっては残りの人生、残虐な自分からただ逃げ続けるだけで終わったんだそうだ。

 だから俺には過去に捉われるな、だってよ。あんだけ祖父じいさんと親父の悲惨な話をしてたってのにな。

 そんで、俺に許してくれって言うんだ。許すも何もない。俺にとっては親父はどうなったって親父なんだからさ。でもよ、ずっと執拗に許してくれって言うんだ。罪悪感が親父の中で膨れ上がってたんだろうな。

 だから言ったよ、親父のことはずっと許してるって。 

 それでも親父は全然満足しなかった。

 意識が無くなってもうわごとみてーにずっと許してくれって言い続けて……

 母さんが手を握って、許すって何度も言ってたら最後に意識が戻ってな、ありがとうって言って亡くなったよ。 

 でもよ、多分親父が言ってた通りなんだと思う。テルプ騒乱以降の親父は急にガタが来たみたいになった。覇気がないって言うのか……テルプ騒乱から死ぬまでの4年間、ずっと考えこんで上の空ってことが多かったからな……

 だからな、フェリ。

 家族や知人の敵を討ちたいってお前の気持ちは多少だけれどわかるんだ。

 俺の親父がそうだったからな。

 ただな、敵を討ってもスッキリするのは一瞬だけなんだ。

 後になって、自分のやったことが虚しくなってくる。そんなことをした自分を自分が許せなくなっちまって罪悪感に苛まれるってのは、俺の親父の死に際を見てて俺が感じたことなんだ」


 「わかってるよ! 私はただ自分が八つ当たりしただけだって! 何もできない卵を潰したってお母さんたちは帰って来ないって、わかってる……

 でも、私たちを殺したこいつを生かしておいてやるなんて、そんなことを言うのが許せなかったの!

 誰にも知られずひっそり生きてた私たちって、こいつに食べられるためにずっとここに居たみたいだって思っちゃったの! 私たちよりもこいつの方が価値がある、って言われてるみたいで! だから、だからそんなアンタたちへの腹いせで……」


 フェリはそう言って尚も泣き続けた。


 ダイクはフェリの頭をゆっくりと撫で、フェリが落ち着くのを待っている。


 フェリが泣き疲れてきた時に、ダイクは頭を撫でるのは続けながら優しくフェリに聞いた。


 「フェリも本当はわかってるだろう? 殿下たちがフェリ達をどうでもいいなんて思ってないってこと。

 どうでもいいって思ってたなら、わざわざ墓を作って埋葬しようなんて思わないさ。あれだけ丁寧に遺骨を扱ってくれてたのはフェリだって見てるだろう」


 「……」


 「フェリ、さっき食べたホットドッグ、美味かったか?」


 「……うん……」


 「人族ってのは、工夫をすることに長けてる存在なんだ。さっき食べたホットドッグとか、ただ生きるためだけじゃなくて、生きることをより楽しめるように頭を使って、いろいろと美味い物の食べ方を考えてきたんだ。工夫は料理だけじゃなく、外敵から自分を守るためにどうしたらいいのかってことについてもそうだ。そのためにも外敵を知ろうって考えるんだ。殿下がワイバーンの卵を持ち帰ろうとしたのも、ワイバーンを知ることで、フェリ達のようにワイバーンの被害に遭う者を無くそうって思いがまずあるんだよ」


 「……うん……」


 「だから、殿下たちを恨むのは、勘弁してくれないか」


 「……うん……」


 ダイクが俺達を手招きするので、俺とハンスは二人に近づいた。


 ダイクはフェリから離れるが、背中に手は回してフェリを落ち着かせている。


 「殿下、フェリが失礼なこと、そして研究対象を台無しにしたこと、これを仕出かしたのを許していただけませんか」


 そう言ってダイクが頭を下げる。 


 それを見ていたフェリが慌てる。


 「……ううん……私、が悪かったの……カッとなっちゃって……あなた達が皆を丁寧に弔ってくれてたこと……忘れた訳じゃないのに……」


 フェリはまた少し泣き出しながら、蚊の鳴くような小さな声で、俺達に謝る。


 その様子を見て、ダイクはフェリの頭を撫でながら、


 「よし、フェリ、よく言えたぞ。意地を張ったままだと、俺の親父の様に後悔やら罪悪感やらに追っかけられる羽目になったと思うからな。互いに許し、許され、人と人ってのはそういうもんだ」


 とフェリを褒めた。


 「俺もフェリちゃんにもう少し気を使うべきだった。殿下をお諫めするのも俺の務めだから、恨むなら俺を恨んでくれ」


 ハンスもそう言ってフェリに頭を下げた。


 ハンスの言葉は本心だろう。


 俺もフェリには謝らないといけない。

 少なくとも自分の言葉で伝えなければ。


 「フェリ、済まなかった。山猫人間ワ―キャットを蔑ろにしたつもりはなかったんだけど、フェリにそう思わせるようなことを言ってしまって、申し訳なかった。

 ここにあったワイバーンの卵のことは仕方ないよ。これも、結局自然の摂理に任せた結果だったってことになるんだと思う。フェリのせいじゃない。フェリにそう思わせた私たちの起こしたことだ。フェリの手が私の愚かさを自然の摂理として形にした、その結果なんだ」


 そういうことだ。

 必死だった雌ワイバーンには悪いがこうなる帰結だったのだ。


 フェリの足元で潰れているワイバーンの卵は2個だけのようだ。残っていた卵は4個だったと思うが、見当たらないということは、少し大型のげっ歯類が自分の巣にでも持ち帰って食べてしまったのだろう。


 「とりあえず、テントに戻って休もう。フェリも今日は色々とあったことだし、少しゆっくり休んだ方がいいよ」


 俺がそう声を掛けると、ダイクが俯くフェリの手を引きながら雌ワイバーンの尻尾をまたぎ、巣から出て行く。


 俺とハンスもワイバーンの巣穴を後にした。

 体と気分の重さはずっと感じているだるさのせいだけではないだろう。




 「殿下、私とダイクが交互に不寝番を務めますので、殿下はゆっくりお休みください」


 テントに戻ると、ハンスがそう言って俺に寝るように勧める。俺はそれに甘えることにした。

 何だかだるいのが抜けない。野外なのでゆっくり眠れるかはわからないが、起きているのもつらい。


 「ハンス、ダイク、後は二人に任せて私は寝かせてもらうよ。何かあったら起こしてね」


 俺は二人にそう言って先に横になった。


 フェリは火の番をしているダイクの横で、既に泣き疲れたのか横になっている。


 テントに戻った後、フェリとダイクがポツポツと話しているのをそれとなく聞いていたら山猫人間ワ―キャットは本来夜行性ということらしいが、これまで集落が襲われてからゆっくりと眠れていなかったこともあってか、今は安心したように眠っている。


 俺も明日に備えて眠りについた。





 何かが焼ける香ばしい匂いが俺を眠りの無意識の中から現実に引き戻した。


 辺りはうっすらと明るくなっている。もうすぐ夜明けのようだ。


 「殿下、おはようございます」


 俺の隣に座っていたハンスがそういって伸びをした。


 「いい匂いがするけど、何か焼いてるの?」


 「ダイクとフェリちゃんがさっき池で魚を取って来たんですよ。大したもんで、水に入って手を動かすと魚が陸に飛ばされるって感じでね。フェリちゃんがやってるのをダイクが見て真似してたんですが、ダイクが1匹取る間にフェリちゃんは3匹取ってましたよ」


 「そりゃ凄いな。それじゃ魚を焼いてる匂いなのか」


 「そうですよ。ダイク得意の塩をかけて焼く、です。まあ山芋に塩をかけて焼くよりは美味いでしょう」


 俺とハンスが焚火のところに行くと、ダイクとフェリが木の串に刺した魚を20匹ばかり焚火の周りに刺して焼いていた。魚の大きさはそれ程大きくはなく、15cmくらいの、ニジマスかハヤのようだ。


 「おはよう、ダイク、フェリ。フェリは良く眠れたかい?」


 「うん、あんなに安心して眠れたのは集落がやられてから初めて……ありがとう。それで昨日はごめんなさい……」


 フェリはまた謝罪を口にする。


 「いいんだよ、気にしないで。もう済んだことだから。ダイクもご苦労様。魚取りは流石のダイクもフェリには敵わなかったみたいだね」


 「おはようございます、殿下。ここに住んでいた山猫人間ワ―キャットは主に魚と森の草食の獣を狩って暮らしていたようですから、年季の入った技にはそう簡単には追いつけませんよ」


 そう会話していても、昨夜からのだるさが抜けていない。野宿で眠りが浅かったせいかも知れない。

 焼いた魚の匂いで目を覚ましたのに、いざ目の前にするとあまり食欲がわかず、1匹で十分だった。何か味が体に染みこむ感じがしないのだ。


 「じゃあ、私とハンスはまたワイバーンの巣に行って来るよ。ダイクとフェリは余った魚を、山猫人間ワ―キャットの埋葬場所にお供えしてきたら?」


 食後、ダイクとフェリにそう伝えると、俺はハンスと一緒にワイバーンの巣へ向かった。




 ワイバーンの巣の前では、マリスさんとリューズが既に来て俺達を待っていた。


 俺は2人に、昨夜ここに住んでいた山猫人間ワ―キャットの生き残りのフェリが、巣の中に入ってワイバーンの卵を割ってしまったことを包み隠さずマリスさんに話した。


 俺達の話を聞いてもマリスさんは至って冷静な態度のままだった。俺達が夜巣穴に入ったことを咎めることもない。やはりハンスが言っていたように俺達が卵を保護に来るのを黙認してくれるつもりだったようだ。


 リューズはフェリの気持ちがわかった上で、ワイバーンを観察する機会が失われたことに落胆した表情を見せた。 


 「それは殿下がご自分で言われたように、自然の摂理の結果です。ワイバーンは他の生き物を食らって生きる魔物ですが、そのさが故にそのような目に遭った、としか言いようがありません。でも一応念のため、中を確認して見ましょう。見当たらなくなった卵も、もしかしたら動かされただけで巣穴のどこかにあるのかも知れませんしね」


 マリスさんはそう言うと、木の枝を松明替わりに火を付け、中に入って行った。俺達も一人1本づつ木の枝に火を付けて中に入る。巣の中の空間全て隅から隅まで探すなら、明かりは多い方が良いからだ。


 巣穴の中は、昨夜の様子と全く変化はなかった。


 俺たちは雌ワイバーンから離れた巣の壁際などもくまなく見て回ったが卵は見つからない。壁代わりに積まれている木の枝の陰なども見たが、小さなネズミが逃げ出すくらいで、卵も殻もなかった。


 「残念ながら、どこにも見当たりませんね……」とハンスがやや落胆した声でつぶやく。


 「仕方ないよ。生き残ってたらめっけものだから……」俺は諦めがついていた。


 俺達は何となく雌ワイバーンのところにまた集まると、今後のことを話し合った。


 「この様子を見ると、西の森の異変は2匹のワイバーンが原因だったと考えて間違いなさそうですね。この雌のワイバーンの死骸に関しては、やっぱり私たち人族の手には余りますので、マリスさん達で使って下さい」


 「そうですね。この間の畑に比べてここは私たちの集落から遠すぎますので、ワイバーンの肉などは残念ながらどうしようもありません。でも鱗など使えそうなものはここで下処理して集落に持ち帰ることにします。リューズも手伝ってくれるかい?」 kyuuuu…… 


 「お父さん、本当にゴメンね。私、ここの生き残りのフェリって子に一緒について戻った方がいいと思うんだ。何かフェリって子、凄くエルダーエルフを怖がっててね。多分今はお父さん達はフェリって子の前に姿を表わさない方が良いと思うんだ。でも少しづつ怖がってる原因を取り除いてあげたいし」


 「そうか、リューズとはここで一旦お別れか……寂しいな」 kyuuuu……


 「また5日経ったら集落にジョアンと一緒に戻るからさ、心配しないで」 kyuuuu…… 


 「じゃあ、私たちはこの後このまま戻ることにします」 kyuuuu……


 「ん?」  kyuuuu……


 「何か聞こえませんか?」 kyuuuu……

 kyuuuu……


 「……聞こえますね」

 kyuuuu……     kyuuuu……


 「ワイバーンの口の中から聞こえませんか?」

 kyuuuu……


 「嘘、まだこのワイバーン生きてるってことなの!」  kyuuuu……

 kyuuuu……


 「いや、流石にそれはないでしょう」kyuuuu……

 kyuuuu……


 「……確認してみるしかないですね」


 マリスさんはそう言うと、ワイバーンの口に剣を突っ込み、てこの原理を使ってワイバーンの大きな口を開けた。


 ハンスが太めの木の枝を拾い、ワイバーンの口が閉じないようにつっかえ棒代わりにした。


 ワイバーンの口の中はすっかり乾燥し乾ききっていた。


 赤い舌もすっかり黒く変色し、縮こまっているが、その舌の上に40㎝程の体長のトカゲがおり、kyuuuu……kyuuuu……と鳴き声を上げている。


 トカゲの傍らには、割れたワイバーンの卵の殻と、無傷のままのワイバーンの卵が1個。


 「こいつ、もしかしてワイバーンの幼体……?」


 ハンスが驚いたように言葉を漏らす。


 「何で口の中に……」


 俺も思わずそうつぶやいた。


 昨日の夕方の様子では、この雌ワイバーンはもう動きそうになかった。


 「子を残したいって言う必死な思いが執念で体を動かしたのかな……」


 リューズもそうつぶやく。


 ワイバーン自体、そう簡単に全身の生命活動は止まらないのだろうが、少なくとも神経毒で体の痺れがあって動けないはずだったのに……


 「理由や原因は解りませんが、とにかくこのワイバーンが自分の子を残すために必死で動いて、最も安全だと思われる自分の口の中に卵を隠した、ってことなんでしょう。

 ジョアン殿下、約束の通り一晩経って無事だった卵は持ち帰っていただいてよろしいですよ。

 まさか孵化するとは思いませんでしたが……この幼体も、自然の摂理に則って生き残った、ということですから……」 


 マリスさんは俺達が卵と幼体を持ち帰るのを認めてくれた。


 「ありがとうお父さん、だからお父さん大好き!」


 リューズはそう言ってマリスさんに抱き着いた。

 あざとい。


 「……まあ昨夜リューズが自分で言ってたように、危険になったらいつでも対処できるようにして観察するのならいいと思うよ。ただし、何度も言うように、くれぐれも森を危険に晒さないようにね」


 マリスさんはリューズの頭を撫でてそう諭した。


 昨日俺にも言っていた、何かあったらすぐにスライムで溶かせる檻みたいな話をリューズはマリスさんにも話したのだろう。


 リューズとハンスはワイバーンの幼体と卵をそれぞれ背負っていた背嚢に入れた。


 卵の方はいいとして、幼体の方は何か餌が必要かも知れない。


 俺がそう言うとリューズは喜々として幼体を連れて餌になる動物を探しに行った。


 俺達もワイバーンの巣を後にする。


 巣穴から外に出たところで、マリスさんは俺だけを呼び止めたので、ハンスには先にテントまで戻って貰う。流石に歩いて5分の距離なのでハンスも従った。


 「何でしょうマリスさん」


 「ジョアン殿下の不思議な力についてなんですが、少しお伝えしておきたいことがあるのです。

 ジョアン殿下の不思議な力、トレントや木などにも伝わるようですから、ワイバーンにも伝わる可能性は高いと思います。ですから、あなたが中心となって観察すれば、今までにないことですがワイバーンが懐く可能性があります」


 そりゃ、凄い。

 もしそうなればワイバーンといいう魔物の生態の解明が大きく捗る。


 「ただ、ジョアン殿下の不思議な力というのは、殿下が考えていることが何となく伝わる、というものです。トレントの時は殿下の気持ちが伝わったトレントはそれに応えてくれました。

 ですが、それは他の存在にジョアン殿下の考えや気持ちを何となく伝えられる、というだけです。伝わった相手がジョアン殿下の気持ちに応えるかどうかは相手次第で、必ずジョアン殿下の思いが伝われば相手が応えてくれる、ということを保証しないということは覚えていてほしいのです。

 言うなれば、最初からジョアン殿下達に悪意を持って接する存在であったり、或いは食欲が全てに勝ると言う存在に対しては、気持ちが伝わったとしてもどうしようもないことがある、ということです」 


 なるほどな。確かにそうだ。決して万能の能力なんかではない。


 チート能力なんかと一緒だって勘違いしていると、思わぬ落とし穴に嵌って一巻の終わり、ということも十分ある。


 「教えて頂きありがとうございます、マリスさん。決して過信しすぎないようにします」


 俺は体のだるさに耐えながらマリスさんにそう答えた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る