第96話 西の森の確認3 ワーキャットの埋葬




 ワイバーンの巣の外に出ると、既に夕日は森の木々に沈みそうになっている。


 俺たちはマリスさん達が持ってきたスライム皮膜を借りて、池の近くに簡易テントを張った。

 リューズはマリスさんと一緒のテントで過ごす。

 俺とハンスとダイクはエルダーエルフ達とは別のテントで過ごすことになる。

 エルダーエルフ達は森の中にテントを張るようで、俺達の居る池のほとりからは見えない位置に移動していった。


 森の中に移動する前に、リューズが残っていたホットドッグを3つ、俺達に渡しに来てくれた。その時に「ジョアン、ごめんね、お父さんが頑固で」と謝られた。


 「いや、マリスさんの立場ならあれは最大限譲歩してくれた提案だからね、十分だよ。リューズも後でマリスさんのことを責めたりしないでおくれ」


 「ボクもワイバーンの生態とか興味あるから卵を持ち帰るのは賛成なんだけどね。もしワイバーンが暴れるようなことがあったらスライム破ってかけちゃえば良い訳だし。ワイバーンを入れておく檻の上に網で区切ってスライムを入れておけば、何かあった時にスライムを尖った棒で突いて破れば下のワイバーンが溶けちゃうから安心、って言ってみようかな」


 俺は自分が思いついたことだが、スライムに溶かされたワイバーンを見て、けっこうスライムの中身を生物にかけるのに躊躇いがあるんだがリューズはそうじゃないらしい。


 「大丈夫なのかい、リューズ。スライムの中身を生物にかけるなんて残酷だ、みたいなことをキュークスが言ってたじゃないか。あれってエルダーエルフの共通認識なんじゃないの?」


 「共通認識じゃないと思うよ。今までエルダーエルフはそんなこと思いつかなかったってだけで。お父さんは結構感心してたよ。自分たちで出来ることで工夫して撃退したってね。

 キュークスのあれは、多分ジョアンに嫉妬してたんだよ。今日も色々ジョアンに突っかかったのもね」


 「私に嫉妬? やっぱりキュークスはリューズに気があるんだな」


 「違う違う! まあ確かにボクの上の未婚の男ってキュークスになるから、将来ボクと一緒になるのが当然って思ってるみたいだけど。でもボクは全然そんなつもりないし。

 そうじゃなくて、ジョアンのことをお父さんが認めているのが気に食わないんだよ」


 「ええ? 私はマリスさんは好きだけど、愛してる訳じゃないぞ」


 「お父さんだってお母さんのこと愛してるから例えジョアンがお父さんのことを好きになっても敵わぬ恋だから……って、そうじゃないよ!」


 ナイスノリツッコミ。


 「キュークスは最近やっとボクのお父さんに認められて色々と仕事任せてもらえるようになったんだ。

 キュークスのお父さんが変わった人でね、奥さんとキュークスを捨てて森を抜けたんだ。ボクたちがあの場所に移ってきてすぐの頃。ボクはまだ小さかったから覚えてないんだけどね。

 キュークスのお父さんを森で最後に見かけた者が言うには、キュークスのお父さんの髪の色が緑じゃなくなって銀に変わってたらしい。つまり森の外の誰かと色恋の仲になって森を見捨てたってこと。

 だからキュークスは自分のお父さんの分まで他の皆に貢献しなきゃってずっと思ってたみたいなんだ。集落の長であるボクのお父さんに認められたいって強く思ってるし、自分はエルダーエルフだっていう誇りもかなり強いの。

 ボクのお父さんがジョアンのこと褒めてることが多くて、それで嫉妬してるんだよ。

 だからごめんね。キュークスがあんな態度取っちゃって」


 「そっか。そんな事情なら仕方ないな……って、8歳の人間に嫉妬してどうするんだよ、18歳のエルダーエルフがさあ」


 『まあ、本当のジョアンは50過ぎなんだから、何とか許してやって。私もキュークスをなだめておくからさ』


 前世の年も合わせて言うなよ、もう。


 まあそれを知っているのはリューズだけだから仕方ない。そこだけ日本語で言う変な気遣いもしてくれてるし。


 「わかったよ、じゃあキュークスのことは水に流すことにするよ」


 俺がそう言うとリューズはマリスさん達のところへ戻って行った。

 


 リューズが立ち去った後、もらったホットドッグだけだと何となく腹が心許ない気がしたので、何か食べる物を他に見つけた方がいいかな、とハンスに相談したら、「そうですねえ、夜はもう少ししっかり食べといた方がいいですね。何か森で探してきますから、殿下は火を起こす用意をしといて下さい」と言ってハンスは森の中に食べる物を探しに行った。


 俺は夜の間焚く焚き木を拾い集めた。焚き木はワイバーンが巣を作るためにこの周辺の木を倒しまくったおかげで、細かい乾燥した枝などがジャイアントボアの骨の間に結構落ちているので、集めるのに苦労はそれ程無かった。


 そういえば、謎の動物を追っかけて行ったダイクがまだ戻ってきていない。


 あの動物も、ワイバーンの巣なんてところに潜むくらいだから頭が良いのかも知れない。

 ダイクが野生動物に後れを取るなんてことはないだろうと思うが、雪狼たちに探しに行かせた方が良いかも知れないな。


 そう考えていると、ハンスが山芋を抱えて戻ってきた。


 適当に掘ってるので芋が途中で折れているが、別に売るわけでは無いのでこれはこれで有難い。


 「いやー、ジャイアントボアがこの辺りからは姿を消してますから、山芋とか、山の恵みは豊作ですよ」


 ハンスは努めて明るく声を出す。こういうさりげない気配りがハンスの持ち味だ。


 「ダイクがまだ戻って来てないんだけど、どうしよう、探しに行った方がいいかな」


 「俺たちじゃアイツ以上に森の中探すなんて出来ませんよ。暗くなってからじゃ土地勘も無い森の中だと二重遭難してえらいことになっちまいます。こんな時はダイクの奴を信頼するしかありません。ドーンと構えておきましょう。

 あ、雪狼たちには自分たちでメシ取らせてやらないといけませんから、ついでにダイク探してこいってのもアリかも知れませんね。何頭か代わりばんこにね」


 そう言ってハンスは山芋に着いた土を洗いに池に行った。


 俺は雪狼たちに声を掛け、森に行って何か自分で獲物を狩って食べるように言った。

 ワイバーンの巣に忍び込みそうなネズミなどの小動物を全て狩ってくれるといいが、そんなことまでは出来ないだろうな。


 ボスをはじめ3頭の雪狼だけが俺たちの傍に残り、他の雪狼たちは森の中に入って行った。


 雪狼たちの殆どが、何となくネーレピア共通語の簡単な単語を理解できるようになっている。これも全てダイクのおかげだ。


 思えば、リューズに初めて出会った時にボス、バロン、フデのハグレ雪狼の群れに襲われ、その時にダイクが3頭に勝ち、配下に置いた。


 それから森の中の他の雪狼たちをダイクとボス、バロンで次々と下して配下にしていった。


 ダイクは雪狼たちに狼たちの鳴き声でコミュニケーションを取り、簡単なネーレピア共通語も教えていった。その結果俺達も簡単なネーレピア共通語で雪狼に指示できるし、乗ったりすることもできる。


 ダイクが今までやってきてくれたことって大変なことだ。


 もし仮にダイクが居なくなったとしたら、雪狼たちはどうするだろうか?


 ダイクが居なくなっても、雪狼たちは俺たちの指示を聞くのだろうか?


 もし、このままダイクが戻って来なかったら……


 うん、怖い想像をしてしまった。


 実際ダイクが簡単に森の魔物や野生動物に負けるはずがない。

 しばらくしたら元気に戻って来ると思う。


 そうしたら、最近俺の前でも出すようになった素の喋りを聞きながら、色々と話をしよう。

 野営なんて初めてだからな。この機会に色々と聞こう。



 ダイクの心配ばかりしていても仕方がない。気になっていたことを、まだ日が残っているうちにやってしまおう、と俺は思った。


 ハンスが山芋を洗って戻ってきたので、手伝いをお願いする。


 「ハンス、ちょっと手伝って欲しいことがあるんだけど、いいかな?」


 「いいも何も、殿下の頼みとあらば当然引き受けますよ。山芋の皮を剥くくらいしかやることないですし。最悪皮なんざ剥かずに焼いたっていいですし」


 「ここに来た時に見つけた、山猫人間ワーキャットたちの骨を埋葬してあげたいんだ。野ざらしにしておくのが何と言うか、忍びなくて」


 「そうですね、死者は弔ってやりたいですね。でもどうします? 今日はシャベルは持って来ていませんよ」


 「私が土魔法で穴を掘るよ。材質変化とかさせる必要ないから、単純に穴を掘って埋めるだけならそんなに体力は使わないと思うから」


 「了解です。私も拙いながら、魔法で穴掘りをお手伝いしますよ。

 本当はこういうのはドノバン先生が適任なんでしょうけどね。戻ってこの話をしたら、ドノバン先生は大袈裟に嘆きそうな気がしますね」


 俺とハンスは山猫人間ワーキャットたちの骨が積み重なっていたところまで移動した。


 その周辺で骨を埋葬できそうな場所を探す。森の縁の近くにある程度開けて他の魔物や動物の骨が散らばっていない場所がある。ここなら埋葬場所としていいだろう。


 もう山猫人間ワーキャットたちは完全に白骨化しているので、野生動物などが掘り返す恐れはないが、一応穴の深さは1m程にし、2m×2mの穴をハンスと共に魔法で掘った。


 本当は一人一人別々に埋葬してやりたいのだが、山猫人間ワーキャットたちの骨は全て入り混じってしまい判別できない。人数が解るのは頭蓋骨の数でだ。


 大小15個の頭蓋骨。4家族分くらいだろうか。人間の頭蓋骨に似ているが、口の周りと顎が少し膨らみ気味に突き出し、顎と部骸骨の接合部の上ではなく、側頭部の左右に1cm程の穴があり、これが耳孔だろう。歯の形状も、特に前歯は尖っている。


 俺とハンスは骨の山の中から、山猫人間ワーキャットのものだと思われる骨を拾い集め、掘った穴に丁寧に収めて行った。


 どの骨が誰という区別はつかないため、一人一人の骨格通りに並べるなんてことは当然できない。


 俺が穴の中に入り、ハンスが穴の外から手渡してくれる骨をただ精一杯骨同士が雑に重ならないように丁寧に穴の底へ置いて行く。



 そのうちに日が落ち、手元が見づらくなってきた。


 やや欠けだした月が空に昇っているが、月明かりだけだと手元が見づらい。

 でも、何とか納骨作業は終わらせておきたいと思っていると、ハンスが枯れ枝を拾ってきて火を付け、明かりにして穴の中の俺の手元が見えるようにしてくれた。

 本当にハンスの気配りは痒いところに手が届く、という表現がぴったりだ。


 穴の中で骨を並べていると、穴の外のハンスが 「よう、遅かったな」と誰かに声を掛けたのが聞こえたので、ハンスの方を振り向くと、ハンスの持つ松明替わりの枯れ枝の火に照らされてダイクが立っていた。


 まったく、遅いよ!


 俺は穴から出るとダイクの前に立ち、何て言おうかとあれこれ考えているとダイクの方が先に頭を下げ


 「殿下、戻るのが遅くなり申し訳ありませんでした」


 と謝られてしまった。


 「……何だろう、立派な主ならご苦労、とか言って労うのかな。私も立派な主として振る舞いたいって見栄は凄くあるから、本当だったらそう言って平然としなきゃいけないんだろうな……

 でも正直に言うと、ダイクが戻って来なかったらどうしようかって、凄く心配したんだぞ! 

 何も言わずに雪狼も連れずに突然動物追っかけて行って戻って来ないんだからさ!

 知らない場所で、知らない魔物に不意を突かれてるんじゃないかとかさ……ダイクが何かに負ける訳ないって思ってても、やっぱり心配になるんだよ!」


 言ってから、我ながら子供っぽいと思ったが、俺の正直な気持ちはそんなところだ。

 言ってから恥ずかしくなって、ダイクの顔が見られず、俺はダイクの足元に目をやった。


 ダイクの足元の後ろに、誰かの小さな足が見える。

 靴やサンダルを履いていない裸足の足だが、人間の足ではなく、猫科の動物の足だ。


 「ダイク、何か連れてきたの?」


 俺はその足を見ながらダイクに聞いた。


 「はい。こいつを見つけたので保護しようと思って急いでしまったんです。思った以上に速くて、殿下達に一言でも状況を伝えることができずにあの場を離れてしまい、申し訳ありませんでした」


 そう言うとダイクは自分の後ろに隠れるように立っていた存在の肩に手を回し、松明の明かりが当たるところに押し出した。


 ダイクの横に服を着ていない山猫人間ワーキャットが立っている。

 身長140cmくらいの、まだ小さな山猫人間ワーキャットだ。


 俺は山猫人間ワーキャットを初めて見たが、服を着ていないので全身が良く見える。


 真っ先に目が股間に行くのは許して欲しい。まだ山猫人間ワーキャットが幼いから、性別がわからないのだ。


 股間は毛に覆われていてはっきりわからないが、ついていないと思う。


 女の子か!


 俺は急いで目を逸らしてダイクの顔を見た。


 「ダイク、この子は、この集落の生き残りなの?」


 「そうだと思われます。ワイバーンの巣から4足歩行で逃げ出したので、急いで追っかけたんです。山猫人間ワーキャットは瞬発力や跳躍力が私たち狼人間ワーウルフよりも高いので、こっちも全力で追っかけないと見失ってしまうと思いまして、結果的に殿下達には何も伝えずにご心配をおかけしてしまいました。

 ネーレピア共通語は話せるようです。名前はフェリと言うようですが、詳しい話はまだ聞けていません」


 「そうなんだ。フェリ、私はジョアン=ニールセンというんだ。こっちはハンス。よろしくね」


 俺はフェリという山猫人間ワ―キャットの女の子の、目を見ながら挨拶した。


 フェリは俺よりもほんの少し背が高いので、うっかり視線を下げないように注意しながらだ。


 「……」


 俺が挨拶したフェリは、俺から視線を外し下を向いて黙ったままだ。


 ひっそりと同族同士で生活を営む集落に暮らしていたのなら、人族を見るのも初めてなんだろう。


 「ダイク、こちらのお客様に何か服を持って来てやんなよ。エルダーエルフの方々は何か予備の服持って来てるかも知れないから、池向こうの森で野営してるエルダーエルフのところにひとっ走り行って貰って来いよ」とハンスがダイクに伝える。


 「おお。これはうっかりしてた。殿下、エルダーエルフのところに行って着る物を借りて来ます」


 そう言ってダイクはエルダーエルフ達が野営している森の中に走って行った。ダイクの速さならそれほど時間は掛からないだろう。


 「大丈夫? お腹減ってない?」


 俺はフェリに何を話しかければいいのか思いつかず、そんなことを聞いた。


 「……」


 フェリは黙って頷く。


 まあそりゃ一人でずっと生き延びてたんだから、腹が満たされていないのは当たり前か。我ながら当たり前すぎることを聞いてしまったが、その後何を話しかけたら良いのかさっぱり思いつかない。


 ここで何が、いつあったのか、色々と聞きたいことはあるが、初めて見る人族にいきなり色々と聞かれるのは抵抗があるだろうしなあ。


 「それ……」


 ん?


 「それ……お母さん達?」


 フェリは俺達の掘った穴に納められた山猫人間ワ―キャットの骨を見ながら小さな声でそう尋ねた。


 「あ、うん、勝手に動かしたりして気に障ったかい? 野ざらしにしとくのは何か悼ましい気がしてさ……せめて出来る弔いをしようかと思ってね。フェリが嫌なんだったらまた元に戻すけど」


 山猫人間ワ―キャットの習慣とか全く知らないから、もしかしたら死者の弔い方も俺達とは違っている可能性もある。


 勝手に親しい人たちの亡骸をいじくりまわされて、気分が良くないのかも知れないな、と一瞬思ったのだが、


 「ううん……弔ってくれてありがとう」


 とまた小さな声だけれどはっきり言ってくれたので、俺はホッとした。


 「私たちがわかる範囲で山猫人間ワ―キャットの人たちの骨は集めたつもりなんだ。あとはここの穴の外に置いてある骨を全部納めたら埋めて墓標替わりに何か立てようと思ってたんだけど」


 「私も……手伝っていい?」


 「フェリが辛くないんだったらいいよ。大丈夫かい?」


 「本当は……私がやらないといけない……ことだし」


 「じゃあ、私と一緒に穴の中に骨を収めるのを手伝ってね」


 そう伝えて俺はまた穴の中に降りた。


 フェリが穴に降りるのを下から支えようと思ったら、フェリは軽やかに飛び降り音もなく穴の中に着地した。


 そして穴の中に納めた小さな頭蓋骨を一つ持ち上げて、抱きかかえた。


 「兄弟かい?」


 「うん、多分、弟……歯が生え替わる時期で上下1本づつ抜けてたから」


 しばらくフェリはそのまま小さな頭蓋骨を抱きしめて、静かに涙を流していた。


 俺とハンスはフェリの気が済むまでその様子を見守った。


 やがてフェリは、その小さな頭蓋骨を置いてあった場所に戻すと、涙を指で拭った。


 「ごめん……なさい。待たせちゃって」


 「気にしないでよ。フェリが辛かったらダイクが戻るまで穴の外で待っててくれてもいいよ?」


 「ううん、大丈夫……丁寧に皆の亡骸を扱ってくれてありがとう……」


 「せめて、ゆっくり安心して眠って欲しいからね」


 ハンスが無言で手渡してくれた山猫人間ワ―キャットの骨を、俺はまた丁寧に置く。


 フェリもハンスから同族の骨を受け取り、愛おしそうにゆっくりと穴の底に置いて行った。


 ダイクがフェリを連れて戻ってくる前に大半の納骨は終わっていたので、すぐに全ての骨を穴の底に納めることができた。


 俺が穴から出ようと穴の縁に手をかけて飛び上がろうとすると、フェリは軽々と穴の上まで飛び上がり、また音もなく着地した。


 俺は結局ハンスの手を借りて引っ張り上げてもらった。


 ダイクが言っていたように山猫人間ワ―キャットの身体能力は高いようだ。


 俺が穴から上がると、丁度ダイクがリューズを連れて戻ってきた。

 リューズの姿を見たフェリは、「きゃっ……」と小さな悲鳴を上げ、驚いた様子でまた穴の中に隠れた。


 「フェリ、安心していいぞ。リューズは服を持って来てくれただけだから」


 ダイクがフェリが隠れた墓穴の中を覗き込んでそう伝えるが、フェリはまだ怯えている様子だ。


 「服って……何なの? エルフは……言葉が通じないし……森を乱す者に……容赦しないから……もし見かけたら……気づかれないように逃げろって……」


 「リューズは言葉が通じるし、服ってのは……俺たちが着ている布のことだ。体を色んな物から守ってくれるもんだ」


 「そんなの……着けなくたって……毛が……守ってくれるし」


 「お前だって、胸から腹には毛がないだろう。そういう柔らかいところを守るために着るもんだ」


 「お腹や……胸は……四つん這いなら……晒されないから……」


 ダイクとフェリのやり取りを聞いていると、ここに暮らしていた山猫人間ワ―キャットの集団は服は着ていなかったということだな。


 異なる文化なら尊重した方がいいだろうか。


 いや、俺の目のやり場に困る。


 「フェリ、ダイクと一緒にここに来てくれたってことは、私たちと一緒に居てもいいってフェリが思ってくれたってことでいいんだよね?」


 「うん……私一人じゃ……もうこれ以上は……どうしたらいいか……わかんない……」


 「山猫人間ワ―キャットの皆さんって、服は着てなかったみたいだけど、私たちは裸の人を見ると、凄く照れるし、何かムズムズする人も中にはいるんだ。だからフェリが嫌じゃないなら、服を着て欲しいんだよ」


 「……あなたも……ダイクも……そうなの?」


 「そうだよ。フェリと話す時に目しか見れないよ。目を見て話すのも照れるしさ、フェリが服着てくれれば嬉しいよ」


 「わかった……けど……エルフ……言葉通じるの?」


 「ボクは大丈夫だよ。ちゃーんとネーレピア共通語話せるし。君に何か危害を加えようとも思っていないよ」


 リューズはフェリが自分を見て隠れたのがわかって、フェリから姿が見えないように離れていたが、フェリの言葉には返答した。流石エルダーエルフ、フェリの蚊の鳴くような小声をあれだけ離れていても聞き取れるとは、と感心する。  


 「フェリ、殿下たちもこう言ってくれてる。お前に害を為そうという訳ではないんだ。出て来て服を着てくれないか」


 ダイクが穴の中のフェリにそう伝えると、「……わかった……」と言ってフェリは穴から飛び出て来た。


 「フェリ、ボクはリューズだよ、怖がらないでね。ボクの服の替えだからもしかしたらフェリには大きいかも知れないけど、ボクらの間では女は男に素肌を晒すのははしたないことだからガマンして着てね。

 じゃあ、池で体を洗ってから服を着よう」


 リューズはそう言ってフェリを連れて池の流出口の方に連れて行く。


 途中で振り返って、


 「覗きに来た人は、生きてることを後悔する羽目になるからね!」


 と俺達に釘を刺していった。


 いやいや、覗きなんてしませんよっと。


 代官屋敷で生活してる時に私共がそんなことをしたことが一度でもありましたでしょうかリューズさん。


 当然覗きなんて下世話なことはせず、俺たちは山猫人間ワーキャットたちの埋葬をした。


 魔法で穴を掘ったので、穴の外に積みあがった土をまた魔法で動かし掛けていく。


 埋葬するのに然程時間はかからなかった。


 山猫人間ワ―キャットたちを埋葬した場所の横に、墓標替わりに2m程の木の枝を払った丸太を立てた。表面は削り、墓銘として「山猫人間ワ―キャットたちがここで安らかに眠る」とマチェットをハンスの持つ篝火で熱して焼きつけた。


 一通りの埋葬作業が終わったので、俺たちは山猫人間ワ―キャットたちの冥福を神に祈っていると、リューズがフェリを連れて戻ってきた。


 「……ありがとう……」


 エルダーエルフの麻のワンピースを着たフェリは、俺達にそう感謝を伝えると、山猫人間ワーキャットたちの墓所の前に両膝を付いて静かに目を閉じ、祈りを捧げだした。


 リューズも一緒に祈りを捧げる。


 二人の祈りが終わると、リューズは「じゃあフェリ、また明日会おうね。この人たちは安心できるから今夜はゆっくり休んでね」と言って自分たちのテントのある森に去って行った。


 作業が終わったからなのか、何となく体がだるい。


 「じゃあ私たちもテントに行こうか。何か食べないとつらいよ」


 そう皆に伝え、俺達も自分たちのテントに戻った。

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