後始末
第90話 素材としてのワイバーンの譲渡
エルダーエルフ達がワイバーンに止めを刺したのを確認した俺はマリスさんに話しかけた。
「すみません、助けを求めたのに無駄足を踏ませてしまったようで」
「いや、構いませんよ。可愛い娘が無事で、しかもワイバーンを倒すために活躍したようですから」
「あら、あなたったら雪狼がリューズの腕飾りを持って現れたのを見て取り乱してたじゃないの」
ニースさんがマリスさんを
「そりゃそうだろう、可愛い娘の大切な腕飾りがちぎれていて、それを持って雪狼が現れたら。それで娘の居る人間の里の上をワイバーンが飛んでたら慌てない方がおかしい」
「お父さん、そんなに私のこと心配してくれてたんだ……嬉しいよ」
「リューズはやっと授かった私たちの宝さ。私たちはリューズのことを想わない日はないよ」
そう言ってマリスさんはまたリューズを抱きしめた。
あー、ほっこりするんじゃあ。
マリスさんは結構長い間リューズを抱きしめていたが、痺れを切らしたニースさんに突つかれ、リューズを放した。
「それでジョアン殿下。実は集落の者総出でワイバーンと戦うつもりで出て来たのでね、何が何でもワイバーンと戦いたかった訳ではないのですが、出来たら普段の作業を置いて足を運んでくれた私たちの同胞のために獲物としてのワイバーンを報酬としていくらか分けていただきたいのですが」
むう、どうしたものか。
別に分けるのが嫌なわけではない。
ワイバーンの使い道って、何かあるのか?
俺はダイク達にネーレピア共通語で尋ねる。
「ワイバーンって、何か貴重な素材になるの?」
「そうですね、鱗は加工して盾や鎧に出来ると聞いたことがあります」
「血や肉は霊薬と言われていたんじゃないですかね。ただアレイエム国内じゃ効能とかは全く知られていないと思います。素材の加工の仕方だって知ってる者は殆どいないんじゃないですか」
むー、使い道に関しては殆ど知られていないってことか。
霊薬だのって言うのも、この世界だと眉唾な感じがするぞ。常時動物性たんぱく質が不足しているこの世界で、多くの動物性たんぱく質が摂れる機会があって口にすると筋肉が付いたりして体の調子が良くなるってだけの気もするし。
「だったら私たちが貰っても仕方ないね。処理の仕方や生かし方を知ってるマリスさん達に全部渡してしまっていいかな?」
「いや、待って下さい殿下」
ハンスが止める。
「何だいハンス、何かワイバーンを加工する当てでもあるの?」
「加工する当てがある訳ではないです。ただ、このまま全部エルフに渡してしまうと、ワイバーンがここに出たって証拠が無くなっちまいます。
本来でしたら第5騎士団のクソったれ共が調査して対策を考えないといけない案件なんです。
このままだと何もしなかった第5騎士団に、しらッと平気な顔をされちまいます。そんなのは同じ騎士として我慢なりません」
なるほど。確かにな。
第5騎士団にワイバーンが出たって証拠を送って、しっかり働くように言わないといけない訳か。
「わかった。証拠になる部分は残してもらって、それ以外は渡しちゃうことにするよ。私たちじゃ処理の仕方も活用の仕方もわからないから使いきれないからね」
俺はマリスさんに、ワイバーンがここに出現した証拠になる部位を幾つか残してもらえるなら、あとは全てマリスさん達エルフで使って貰っていい、と伝えた。俺達は処理の仕方も活用の仕方もわからない、と素直に言って。
「ジョアン殿下、流石にそれは何もしていない私達としては貰い過ぎですよ。それでは申し訳ない」
「でしたら、マリスさん達で加工し終わったワイバーンの素材を少し分けていただくということでいいですよ。私たちはワイバーンを素材としてどう加工したらいいのか、どう使ったらいいのかがわからないんです。研究しようにも、今ここに研究者がいる訳でもありませんから呼び寄せるにしたって10日はかかります。いくらワイバーンでもそんなに持たないと思いますから、活用できるマリスさん達にお渡しした方が有用ですよ」
「……わかりました、ジョアン殿下。でしたら証拠となるある程度の数の鱗と、片方の蹴爪以外のワイバーンは頂きます。
それで、ワイバーンは大きいので私たちの集落に丸ごと持って帰って解体し加工するという訳には行きません。ここで解体させていただきたいのです。解体した物を集落に持ち帰って加工します。解体のための何日かの間、この周囲に他の村人が近づかないようにしていただくことはできますか」
この畑の周囲は、エリック達の分担する畑だ。エリックに頼めば可能だろう。
ペーター達にも伝えないといけないが、ペーター達なら作業しなくていいと言えば問題なく受け入れるだろう。
「多分大丈夫だと思います」
「でしたらそうですね、3日間、この周囲の畑に他の村人を近寄らせないようにお願いします。3日間でワイバーンを解体し私たちの集落に運びますので。
それで、3日間ジョアン殿下たちの農作業を中断させてしまうお詫びとして、この周囲の畑を解体作業が終了したら起こしておきましょう。多分これから秋撒き作物の為の土作りの時期なのでしょう?」
「ええ、確かにそうです。ワイバーンに遭遇したのも休耕地の土起こし作業中でした。
しかし、この周囲の畑だけでもけっこうな広さがありますが、大丈夫なんですか? 土起こしをするにはエルフの皆様の人数が少ないように思いますが」
「ふふ。エルダーエルフは植物の力を使って魔法を使えるのですよ。土起こしなど造作もないことですよ。あまり1本の木からだけ力を使うと木が弱ってしまいますが、周囲にこれだけの木があれば何とかなりますよ。土魔法で起こすだけですから」
「あの林からだと畑まで結構な距離だと思うのですが、距離が離れていても大丈夫なのですか?」
「ええ、距離はそんな障害にはなりません。最悪土魔法のイメージが届かなかったとしても、トレントを畑近くに移動させてしまえばトレントの力を使えますからね」
それを聞いていたドノバン先生が勢い込んで尋ねる。
「マリスさん、貴方方エルダーエルフはやはりトレントの移動も制御できるのですか!」
「ドノバン=アーレントさん。変わらず知識欲が旺盛なようですね。
トレントの移動の制御はできますよ。移動させたい方向と反対側に『生命の木』の反応を感じさせてやればいいのですから。私たちが付けているこの布でできた腕輪、これが『生命の木』から分けてもらった繊維で作られています。この腕輪を付けてトレントに触れていれば、トレントはこの腕輪から逃げるように反対側に移動します」
そう言ってマリスさんは左腕を少し上げて、付けている腕飾りを俺達に見せてくれた。それはリューズが付けていて雪狼に持たせたミサンガ? と同じものだった。
「しかし、トレントは人が見ていると動かないのではないですか?」
「ええ、そうです。トレントの移動方法は不安定ですから、移動中に動物がぶつかったりすると倒れてしまうのでね。動物が注目している時には移動しません。
トレントなど植物は植物で、この世界を私たちとは違った捉え方で捉えています。地面の振動、風の動き、空気の熱、水の移動などを、植物たちは私たちに伝えては来ませんが感知しています。植物もこの世界で生きていくために周囲の情報を得て自分たちの生存に役立てているのです。
トレントも動物が近くにいる、動物が近づくのか遠ざかるのかどちらに移動しているのか、というのは判りますから、人間を始め動物が近くに居る時には動きません。
私たちエルダーエルフは植物からすれば植物の一種と思われているようですから、私たちは近くに居てもトレント達は動きますよ」
「お父さん、私そんなの教えて貰ってないよ」
リューズは自分の付けていた腕飾りが、『生命の木』から取った繊維ということは教えて貰っていなかったのだろう。少し慌てたようにそう言った。
「リューズにはまだ教えてなかったね。普段はトレントを移動させる必要なんて殆どないから、折を見て教えようと思っていたんだよ。今が丁度その折ってことさ」
マリスさんはリューズの頭を撫でながら言う。
「それとジョアン殿下、畑を起こすだけではこれだけのワイバーンを丸々1体分頂くお礼としては不十分なのではないかと私は感じています。先程ジョアン殿下が私たちにワイバーンの大部分を譲渡して下さるのは処理、加工の方法をご存じないという理由だと言われていましたが、希望されるのなら私たちがワイバーンをどのように加工するのか作業を共にしてお教えしたいと思うのですが、いかがですか」
「それは本当ですか! 是非、お教え願いたい!」
ドノバン先生の旺盛な知識欲。エルダーエルフに直接何かを教えてもらう機会など滅多にないだろうからこの申し出は逃したくないようだ。
俺もできれば教えてもらいたいが、西の森のことも気になる。
王都への帰還が間近に迫ってきている今、これまで動かなかった第5騎士団に任せて何とかしてもらうというのは悠長に過ぎる。というか帰還までに西の森を調べ、このワイバーンが原因だったと結論付けて安心して王都に戻りたい。
しかし、ドノバン先生の熱意に水を差すのも悪いしなあ……
「マリスさん、私たちは西の森の様子を確認しておきたいんです。この秋はずーっとジャイアントボアが西の森から出て来て村を荒らされそうになってたんです。ジャイアントボアが西の森から逃げてくる途中にフライス村があったのが要因だと思うのですが、ジャイアントボアが西の森から逃げ出す原因がこのワイバーンだったのなら、もう解決したってことになるのですけど、それがわからないと不安なんです。ワイバーンの加工技術も教えて頂きたいとは思うのですが、西の森の確認を優先したいのです。
ですから、私たちの中から、ドノバン先生だけワイバーンの加工に参加させていただいて、私たちは西の森の探索をさせていただくようにしたいのですが」
「殿下、よろしいのですか?」
ドノバン先生は喜びを隠しきれずに俺にそう聞く。
ドノバン先生が乗り気なのは有難い。
本当なら今まで毛皮の加工を一手に担ってきたダイクにワイバーンの加工に参加してもらうのが一番いいんだけど、ダイクは森の探索には絶対に必要な人材だ。
「ええ、ドノバン先生にお願いできれば安心です。ただ、ワイバーンの解体は血生臭い作業だろうと思いますから、牧師としての顔を持つドノバン先生にとって従事することが禁忌でなければですけど」
「その点に関して言えば、オーエ教は特に禁忌とはされておりませんので大丈夫ですよ。特に改革派は牧師にも一人の人間としての自活を求めておりますから」
「でしたら、3日間でワイバーンの解体作業と畑の土起こしが終わりましたら、私たちも森の確認に同行させていただく、というのは如何ですか? 私たちも森の中の状況は知っておきたいですから。ドノバン=アーレントさんがその3日間私たちを手伝って下さるというのは私たちも有難いことです」
正直、そこまでしてもらえるのは望外だ。
「よろしいんですか?」
「ええ。加工もあるので全員で、というわけには行きませんが5人程なら同行させていただきたい。私たちも森の外縁部の様子の確認はしておいた方がいいと思いますので」
そうしてもらえると本当に有難い。獲物の解体や加工を一手に担っていたダイクも。これで森が落ち着いていたなら1日程度は解体に参加して方法を学んでもらうことができる。
「でしたら是非お願いします。では早速これから解体に移られますか?」
「ええ、3日間だと時間も勿体ないですからね」
「なら、ドノバン先生はエルダーエルフの皆さんと一緒に解体作業を。私は一度代官屋敷に戻ってエリック達にここの周辺の畑には3日間近づかないように伝えに行くよ。
ハンスとダイクはどうする?」
「殿下の護衛はいついかなる時も必要でしょう。私は殿下と一緒に行きますよ」とハンスは言う。
「私は一応周辺の警戒をしておきます。あいつが魔物の移動の原因だったと思うんで多分もうそれ程ジャイアントボアも出ないとは思いますがね」
ダイクは周辺の警戒を選んだ。
リューズはもう知り合いのエルダーエルフらと一緒に解体作業を行っている。
本当に逞しいな。
俺は結構血を見るのが今でも苦手なんだけど。
「じゃあマリスさん、よろしくお願いします」
俺はマリスさんにそう挨拶すると、代官屋敷にハンスと共に雪狼の背に乗って一度戻った。
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