第87話 対ワイバーン 2




 ダイクの遠吠えのような号令で、林に隠れていた雪狼たちが一斉にワイバーンに襲い掛かった。


 ワイバーンの周囲を取り囲み、ワイバーンが吐いた炎で雑草が燃えている一角を除いた全方位から一斉に襲い掛かる。


 この間にハンスとドノバン先生は一旦ワイバーンから距離を置いた。


 隣の畑まで飛ばされたダイクもワイバーンの近くに駆け寄って来る。


 リューズは矢を10本程射ち、ワイバーンの羽の皮膜に10か所の穴を開けたあとは矢を射るのを止めて様子を伺っている。


 雪狼10頭はワイバーンに飛び掛かり、牙と爪をワイバーンの体に突き立てようとするが鱗が固く傷がついていない。


 雪狼は鱗のない足を狙おうとするが、ワイバーンは足を狙って来る雪狼に対して蹴爪を蹴り上げ応戦する。雪狼は蹴爪の一撃は避けるように応戦するが、足の脛に噛みついて出血はさせるものの、足の動きが鈍ることはない。


 そして雪狼が尻尾の届く範囲に入ると尻尾を振るう。


 振るわれた尻尾を雪狼は避けるが、避けたと思った瞬間に数頭の雪狼が吹っ飛んだ。


 尻尾を避けたと思わせ、その返しで瞬足を使い尻尾を振ったのだ。


 尻尾に繋がれているロープがピンと張りつめ、ロープが結ばれた木を揺らす。


 瞬足の尻尾で薙ぎ払われた雪狼たちは、飛ばされた先で横たわり立ち上がることが出来ない。鐙付き腹帯をしている雪狼2頭も吹っ飛ばされている。やはり余計なものを付けていると野生の通りの動きは難しかったのかも知れない。


 死んではいないと思うが、kuuuun……と弱々しい鳴き声を上げている。


 可動範囲が狭まっているとはいえ、尻尾の届く範囲内に踏み込むのは危険と言えた。 


 リューズが隠れていた木の陰から飛び出し、転がる雪狼たちの元に走り出し、雪狼たちに手を当てた。雪狼に治癒魔法を使い、1頭1頭治療していく。


 「waoooon」ダイクはそれを見て雪狼にまた指示を出す。


 雪狼たちは今度はワイバーンの足を狙わず、翼の皮膜に一斉に飛び掛かった。


 ワイバーンはまた瞬足で尻尾を振るい、見えない尻尾にまた2頭の雪狼が吹っ飛ばされたが、5頭はワイバーンの翼に爪を立てることができた。


 ただ、爪を立てても皮膜に食い込まないで、宙にかけられた布に飛びついたかの如く勢いを殺され地面に落下する。落ちて来た雪狼2頭をワイバーンは蹴爪で蹴り上げた。


 1頭は何とか回避したが、1頭は蹴爪をまともに胴体に食らってしまった。蹴られた雪狼は胴体から派手に血を流し吹っ飛ぶ。内臓がはみ出てしまい辛うじて胴体の前後が繋がっている状態だ。あの雪狼は助からないだろう。


 だが、翼の皮膜に飛びついた雪狼のうち、爪をリューズが矢で開けた僅かな穴に掛けることができた者も3頭いた。その雪狼たちは3cm程の僅かな穴を広げ、更にその穴から垂れ下がった皮膜に噛み付き翼の綻びををさらに広げようともがいている。


 ワイバーンは翼を広げ、雪狼を振り落とそうとしているのか、翼をはためかせる。


 地上にいるダイクやハンス達は翼の起こす風に耐えながら何とかワイバーンに対して戦闘態勢を取り続けている。


 翼の皮膜にかじりついていた雪狼たちは最後まで皮膜を放さなかったが、ワイバーンの羽ばたきに自身の皮膜の方が耐えられなかったのか雪狼がかじりついた部分が破けて、雪狼たちは皮膜の一部を咥えたまま落下した。


 ワイバーンは3か所程翼の皮膜が破れ、ボロボロになった翼をなおもはためかせる。


 揚力を得られそうもない翼の羽ばたき。なのにワイバーンの巨体は空に浮かび上がった。


 「どういうことだ、ダイク! 翼は破れてるのにあいつ飛び上がろうとしてるじゃねえか!」


 ハンスが驚愕しながらダイクに大声で怒鳴る。


 「そんなの俺が知るか! 理由が知りたかったらあいつ自身に聞けよ!」


 ダイクも予想外だったのだろう、そんな無責任なことを叫び返す。


 「ワイバーンの飛翔は魔法で体を浮かせているのかも知れません!」


 ドノバン先生が考察を叫ぶ。


 実際ドノバン先生の言う通り、魔法で体を浮かせているとしか考えられない。ワイバーンの蝙蝠のような翼は雪狼の攻撃で、左側の翼の皮膜は下半分が真ん中から破れており、右も先端に近い部分だが裂け目が入って周囲に残った皮膜が羽ばたきでひらひらと、まるで強風にあおられひるがえる洗濯物のようになっている。


 地上にいるダイクやハンス達も羽ばたきが起こす風の圧力が大分減ったため、羽ばたき始めた時に比べ風に逆らう必要もなく楽に立てている。


 ワイバーンは地上から5m程の高さまで浮かび上がり、なおも5点打を連続で叩いている教会の方向に向かおうとしたが、尻尾に掛かっているロープが飛翔を繋ぎ止め、それ以上は動けなくなった。


 ピンと張ったロープ。ミシミシと音がするくらいに張りつめている。

 ロープが繋がれている木はしなりながらもしっかりと根は地面を噛んでいる。


 この木とワイバーンの綱引き。俺の気休め、自己満足にしかならないが俺は雪狼に乗ったままその木に手を当て「頼む、頑張ってくれ!」と必死に祈った。


 やがてワイバーンは一度諦めたのか空中から地上に降りた。


 ロープと木はワイバーンの力に何とか耐えきってくれた。


 地上に降りたワイバーンは、2本脚で地面を駆けダイク達の方に再度向かってきた。


 地上を駆けるワイバーン。雪狼よりは遅いが、ジャイアントボアよりは速いだろう。


 GYOAAAAAAAAAA!


 ワイバーンは走りながら咆哮した。


 咆哮を聞いた雪狼たちが怯む。


 その瞬間にワイバーンはロープごと尻尾を瞬足で振るった。

 見えない尻尾を上手く避けた雪狼もいたが、3頭程の雪狼は瞬足のスピードで暴れるロープに巻き込まれ足や胴体に深手を負う。一頭は前足が1本ちぎれ飛んだ。


 そしてワイバーンは駆けながら胸を反らせるとダイク達に向かって口を開けた。


 「ダイク、正面は避けろ! そいつはやべえ!」


 少し離れたところにいたハンスがそう叫ぶとダイクは消えた。

 瞬足。

 ワイバーンの足を斬りつけダイクはワイバーンの後方に回っっていた。


 斬りつけられたワイバーンの左足は結構深い傷ができたようだが、ワイバーンは気にせず口から霧状の物を吐き出した。


 その霧を浴びた雪狼は、ふらふらとよろめく。


 その直後にワイバーンが吐いた霧が燃え上がった。


 霧を浴びてよろめいていた雪狼は周囲の草叢くさむらと一緒に炎に一瞬で包まれ、「Gyaukyauuu……」と苦しんでいたが倒れて動かなくなった。

 7m四方の草叢は燃え上がり、俺達の行動範囲を狭めてしまっている。


 「まずい! ロープが……」


 ドノバン先生がロープの異変に気付いた。


 一度はワイバーンの飛翔を止めたロープだが、飛翔を止めた代償と、瞬足のスピードで地面と擦れたことによって結構麻の繊維がちぎれた部分が多く出来ていた。


 そしてワイバーンが吐いた霧状の液体が繊維がちぎれた部分に付着し燃えやすくなったロープは、広く燃え上がった周囲の草叢くさむらの炎が燃え移って炎を上げていた。


 GYOAAAAAAAAAA!


 ワイバーンはまた咆哮すると、再び破れてビロビロになった翼をはためかせ、空中に浮かび始める。


 そして先程の様に教会の方向を目指し空中を移動し始める。


 またロープがピンと張り一瞬ワイバーンを空中に止めた。


 だが、張りつめたロープは燃えた部分からプツンと切れた。


 ロープから解放されたワイバーンはゆっくりと空中を滑るように教会へ向かって移動していく。


 「急いで追おう! 教会が、ルンベック牧師や孤児の子供たちが危ない!」


 俺は皆に聞こえるように叫んだ。


 「ハンス、ドノバン先生、鐙の付いた雪狼に乗ってくれ! 前教えた通りで行けるはずだ、急げ!」


 ダイクがそう指示を出す。


 腹帯を付けた雪狼たちはリューズが治癒魔法で怪我を治していたのでハンスとドノバン先生の下に駆け寄る。二人は俺と同じように雪狼に乗る。


 「待って、燃えてる草むらをこのままにしては行けないよ! 森や林まで火が燃え移っちゃう!」


 リューズが倒れていた雪狼たちの治療を済ますとダイクにそう叫ぶ。


 「俺たちが乗る雪狼以外、ここに残して消火させる! wauuuuu,wauwou」


 ダイクがそう叫ぶと、体が治ったばかりの、俺たちが乗った雪狼以外の3頭が川まで走って行き、川に飛び込んだ。


 そして全身濡れた状態で燃えている草むらを転げ回って火を消していく。


 「じゃあ、急いで行くぞ!」


 ダイクの号令で俺たちを乗せた雪狼は教会に向かって駆け出した。

 ダイクはボス、リューズはバロンに乗っている。

 当然最短距離で、道ではなく林の中を行く。


 空中を飛ぶワイバーンのスピードは出ていない。


 多分、ワイバーンの飛翔は、地面を駆けてスピードを付けて魔法で飛び上がり、その後翼の羽ばたきでスピードを出すのだろう。

 あるいは翼は空中の風を捉えるためだけの役割かも知れない。

 魔法の揚力だけではスピードは出ないようだ。


 雪狼の林を走るスピードならワイバーンを追い抜くまではいかなくても、ワイバーンが暴れて大きな被害を出す前に教会に辿りつけるのではないかと思う。



 「ダイク、頼みがあるんだ、聞いて!」


 雪狼の背にしがみつきながら俺はダイクにそう叫ぶ。


 「殿下、本当ならこのまま殿下には代官屋敷に戻っていただきたいんですがね!」


 俺の声を聞いていたハンスがそう叫ぶ。


 「ごめん、ハンス! でもワイバーンを撃退できるかも知れない方法を思いついたんだ。私の言う通りに動いて欲しいんだよ」


 「あいつを撃退できるんだったらやってやりますよ。教えて下さい殿下」


 ダイクがそう返事する。


 「私とリューズが教会の屋根に昇って注意を引くから、誰でもいい、あいつの角の近くの鱗を斬り剥がして欲しいんだ」


 「そんな危険なことを殿下とリューズさんにさせる訳には参りません!」


 ドノバン先生がそう諫める。


 「いや、多分教会の屋根に昇る方が安全だよ。あいつの攻撃方法は尻尾の打撃と毒針、両足の蹴爪、それと口から吐く毒の霧と火炎だけど、教会の屋根の上までは尻尾も蹴爪も届かない。口から吐く霧と火炎だけ気を付ければいいんだ。

 あの毒霧は燃える。だから多分口から吐いた毒霧にあいつは火魔法で着火して火炎を吐いてるんだよ。大道芸人が口に含んだ濃度の高い蒸留酒を霧状にして吹き出し、それに火を付けて炎を吐くみたいな原理だと思う」


 「だからと言ってあの毒霧と火炎を浴びればタダでは済みません、命に関わります。そんなことを殿下にさせる訳には……」


 「瞬足の応用で、視界を強化できるから、毒霧を吐き出す瞬間、まだワイバーンの口腔内に毒霧が留まってる時にこっちが火魔法で着火してしまえば被害はこっちに来ない」


 「無茶です殿下! そんなことは誰もやったことがない!」


 「ドノバン先生、魔法はイメージが大事なんでしょう? 多分できますよ。火魔法は手元や近くにだけしか着火出来ないって、多分そんなことない筈です。今まで誰もやってないってだけで。火魔法ではないですが、私は土魔法で単なる庭土を陶器のように加工をしました。あれはドノバン先生はご存じなかったんですよね?」


 「ええ、湯たんぽ作りの時に初めて目にしました。殿下が行われるのを見たら私も出来ましたが」


 「土を陶器に加工するのも多分誰もやったことがなかったんです。でも出来た。私が出来るのを見たドノバン先生もそれが出来るようになった。つまりイメージさえ出来れば魔法はけっこう色々なことが可能になるんだと思うんです。

 それに単なる土を陶器へ加工することは、私の手の届かない氷室の天井にも行えました。距離は関係ないと思いませんか?」


 「……」


 ドノバン先生は言葉を無くした。 完全論破!


 「だから出来ます。教会の屋根の上の方が安全なんです。それに私とリューズが屋根に昇る間あいつを地上で牽制するのはハンスやドノバン先生、ダイクにしか出来ません」


 「わかりましたよ殿下。殿下の言う通りにやってみましょう。ただし殿下が死んだら、私もダイクもあいつに突っ込んで名誉の討ち死にしますからね。そうじゃないと護衛のくせに護衛対象を守り切れずおめおめと生き延びたって言われて俺たちの家族にまで迷惑かけちまう。あ、ドノバン先生は付き合わなくていいですよ。結婚もしてないのにピアさんを未亡人にするのは可哀想ですから」


 「ハンスを死なせるわけにはいかないよ。みんなの家族の為にもね。必ず上手く行く。アイツだって生きてる生物なんだったら必ず。

 教会に着いたら、ハンス達3人はさっきの休耕地と同じようにとにかくあいつの気を引いて。

 私とリューズは用意をして教会の屋根に昇る。それであいつの注意を私たちに向ける。

 あいつの注意が屋根の上の私たちに向いたら、誰でもいいから角付近の鱗を剥がして。

 止めはリューズに刺してらうよ。切り札もちょうど教会ならある筈だから。

 で、地上のみんなはあいつから出る物は全て避けてね。これは私には絶対無理だから」


 「ジョアン、ボクが止めを刺すって、どういうこと?」


 「ごめん、それは屋根の上に昇ったら話すよ! もう着く! みんな、よろしく頼むよ!」


 俺たちが駆け抜けている林。もうすぐ抜けるはずだ。

 ルンベック牧師が鳴らし続ける5点打はまだ鳴り響いているが、音はかなり近くで聞こえる。


 林の向こうから重量のある物体が地上に降り立ったドスン……という音が聞こえた。


 



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