第83話 脱穀など




 それからの日々は毎日作業と、夕方にエリック兄弟との勉強会で過ぎて行った。


 氷室の方は存外にあっさり出来上がった。一日で1,5m程度掘り進めて行けたので作業延べ4日目には氷室の内部は出来上がった。あとは入り口にレンガを積み上げ、扉を取り付けるだけ。大き目でしっかりした扉を取り付けたかったので、こちらは10月に入ってシュリルから家屋建設の大工が来たら頼もうと思っている。


 俺は麦刈りの時のエリックの手の血マメを見て、多少でもできることをしようと思った。


 この世界には作業用の手袋がないのだ。

 俺のデリケートな手も、拠点小屋を作っている時にはマチェットを握り慣れていなかったため結構手にマメができた。今ではすっかり俺の手の皮も厚くなって、マチェットを振り回してもそう簡単にマメなんぞ出来はしなくなったが、何らかの作業をするにあたって手袋は手を保護する意味でも必要になってくる。


 前世の軍手のようなものがあればいいのだが、軍手は現在のアレイエム王国だとかえって高価になりそうなのは予想が付いていた。軍手に使われる生地は綿でメリヤス編みする必要があるが、まだメリヤス編みは機械化されていないので大量生産されておらず手作業で作ることになる。それに手首部分を腕にフィットさせるためのゴム糸もない。まだゴム加工の技術はないからだ。


 そうなると、前世では高価に感じられた革で手袋を作った方がここフライス村では安いし早い。何と言っても革はジャイアントボアの物がたくさんあるからだ。


 ダイクからジャイアントボア1頭分の革をもらい、ピアとマールさんに頼んでとりあえず俺とハンス、ドノバン先生、エリック兄弟の分の革手袋を作って貰った。夕食後に採寸、型取りして貰い、ものの3日程度で作ってもらえた。ピアは裁縫もやったことがなかったようだが、マールさんに教えて貰いすぐに覚えた。ピアは本当に器用だ。


 「今の坊ちゃんの手に合わせて作っても、1年経ったらもう小さくなっているのでしょうね」


 ピアはそんなことを言う。まるで母親のようだ。ラウラ母さんがいる俺にとっては何だかくすぐったい感じがする。


 「ピアにそんなことを言われると照れるよ。そういうのは自分の子供のために取っといて」


 俺がそういうとピアが珍しく頬を赤く染め照れた。



 手袋をはめて作業をするようになって、大麦や燕麦の刈り取りや、春撒き作物を収穫した後の秋撒きに備えての畑起こしなどは手のマメを然程気にせず作業できるようになった。


 もっとも畑起こしは春撒き作物の収穫が全て終わってからやることになるので、まだ本格的に手はつけていない。三圃制農業方式を取っているらしいので休耕地などもあり、エリックの指示を聞かないと勝手に畑起こしはできないのだ。


 農作業については刈り入れ期になった麦類の刈り入れ作業と、麦の天日干しをまずは全てやってしまう。収穫時期を逃すわけにはいかないのだ。

 それが済んだら干して乾燥させた麦束を代官屋敷の横の倉庫に運び、代官屋敷の前庭や裏庭で脱穀作業をしてむしろの袋詰めし、麦と藁束わらたばを倉庫に保管するらしい。数量の計算などは代官の官吏、ハーマンが行うということだ。


 大体ここまでの作業を9月中旬から10月中旬までに行い、済んだら秋撒きのための畑起こしという流れになっているそうだ。




 エリックの家が分担する王家領の畑の麦の刈り入れは一通り終わり、最初に干した麦束を代官屋敷の倉庫に運び入れると、エリックからは「脱穀は僕らが始めておくから、ハンス師匠やドノバン先生は他の村人の刈り入れ作業の応援に回って貰った方がいいかもしれません。ジョアンは僕らと一緒に脱穀でもいいし、刈り入れでもいいけどどうする?」と聞かれた。

 あまり危険はないと思うが、万が一の時にハンスが近くに居ないとハンスの護衛騎士としての面目が立たなくなってしまうので、俺も他の村人の担当する畑の刈り入れを手伝うことにした。


 また毎日、麦の刈り取りと束ねて干す作業の日々。とは言ってもあれから刈り取り作業にはマチェットを俺は使うようにしたので、大鎌サイズを使う大人には劣るが、それなりに刈り取りの戦力にはなるようになったと思う。


 ハンスやドノバン先生も休憩の度に村人に話しかけるようにしてくれて、俺も村人たちと多少は打ち解けられるようになった気がする。


 俺たちがエリックの担当する畑の次に手伝いに行くようになったのは元小作の分担の畑で、元小作達は元々小作として働いていたグループごとに、互いに協力し合っているようだった。


 俺たちが最初に手伝いに行った畑は元々王家の小作達のグループだったようで12,3人がグループを作っており、それぞれの分担の畑を一人分づつ全員で作業している。


 「フライス村って、大体村人グループは幾つくらいあるんですか?」


 休憩中に世間話の一環としてそう聞いてみた。


 「そうだねえ、元々使われてたところごとにグループになってるから、俺達元王家の小作グループの他は、元ディルクのグループ、元ティモのグループ、元ベンノのグループ、あとは3人くらいの元小規模自作農とそこの小作農が集まってできた10人のグループ1つくらいかな」


 「それでお互いに手伝い合ってるんですか?」


 「グループ間の手伝い合いはそんなにないねぇ。グループ内での手伝いが殆どだよ。ティモのところとベンノのところは以前と同じ感覚で小作農を使ってる感覚でやってるみたいだね。そういう意味ではディルクのところはけっこう元小作に反発されてたね。小作を本当に使い倒すって感じだったから。小さいエリックには災難だっただろうね、父親の恨みをぶつけられたみたいなもんだから。

 俺たちも可哀そうだから手伝いに行ってやろうかと思ってたんだけど、元ディルクのグループを今仕切ってるペーターに断られたんでね、手伝いに行けなかったんだ」


 なるほど。元小作同士でも一枚岩ではないのか。ペーターも元小作全体の代表みたいな感じだと思ってたけど、元ディルクのグループの小作代表みたいな立場なんだな。


 とはいえ人間関係が面倒くさい。


 「王家の小作って、使われてた時どうでした?」


 「自作農に使われてるよりは待遇良かったと思うよ。労働は他と変わらないけど、食うに困る、暖を取るのに困るってことはなかったし。ところで、坊ちゃんたちが手にはめてる手袋、いいねえ。自分たちで作ったのかい?」


 「ええ、ダイクと雪狼たちが狩ったジャイアントボアの革がけっこうあったもので。私たちは皆さんと違って手が弱いものですから」


 「ああ、狼人間ワーウルフの彼ね。彼からジャイアントボアの毛皮はもらったけど、カカアに冬の上着を仕立てなって渡しちまったからなあ。俺も手袋仕立てて貰えば良かったかな」


 「何でしたら、夕方畑が終わった後で皮なめしの手伝いに来ていただけませんか? ダイクが主にやってくれてるんですけど、狩れたジャイアントボアの数が多いらしくて、なめしてもなめしても終わらないらしいんですよ。多少の賃金も払えますし、賃金代わりに相応の革をお渡ししたっていいと思いますし」


 「こないだの日曜礼拝でルンベック牧師が言ってたやつか。そんなに大人数で押しかけていいのかい?」


 「人手が多い方が助かりますよ。今でも最低1,2頭毎日狩ってるようですし、ジャイアントボアは大きいので皮から肉をこそぐだけで大変だって言ってました。まだミョウバンで皮をなめす段階まで行けるのが少なくて、毎日塩水につけて保存するだけで手一杯だそうですから」


 「へえ、そうかい。だったらみんな誘って行ってみるかな。多分みんなその手袋は欲しがるだろうから。

 しかし何だって今年はこんなにジャイアントボアが出るのかねえ。代官様が何か言ってなかったか、坊ちゃんは聞いてないかい?」


 「西の森で何かあったのかも知れないってことですけど、騎士団に調査を依頼しているみたいですよ」


 「まあ、降ってわいた毛皮は有難いけど、坊ちゃん達がこの村に来てなかったら作物荒らされるわ生け垣や建物壊されるわの被害にあって人死にももっと出てたかも知れないしな。ダイクさんとダイクさんが手懐けた雪狼たちには感謝しないといけないなあ。本当に俺達に襲い掛かるようなことは無いみたいだし。何にせよ早く収まってくれないと、畑に撒いた種から芽が出て育ちだす春が怖いよ。

 さて、じゃあもうひと頑張りするか。坊ちゃんも無理せず頼むよ」


 何かこの人だけかも知れないけど、俺たちのことを認めてくれてるみたいだぞ。

 さてさて、信頼を勝ち取るために麦の刈り入れも頑張らないとな。


 という感じで村人たちとの交流を深めつつ、刈り入れ作業を手伝って行った。


 元王家の小作グループに割り当てられた畑の次は他のグループの割り当ての所も次々に手伝って行く。


 ペーターがリーダーのグループのところを手伝っている時は、ペーターに嫌味ったらしく何か言われるのかと思っていたが、特にそんなこともなく、自分たちが楽になるのは歓迎、と言う感じで、会話も普通に出来た。


 「ペーターさん、この間は私の知らなかった農村の教えを教えて下さってありがとうございました」 俺が先にそう言葉をかけたのがペーターの気勢をくじいたのかも知れない。


 「手伝っていただけるんなら誰の手だって借りたいくらいですからねぇ。せいぜい頑張って下さい。音を上げるまえに農機具のヒントを思いつけるといいですねぇ」


 言い方は厭味ったらしいし、それ以上は俺たちと話そうとはしないペーターだったが、俺たちが他の村人と話すのを邪魔したりはしなかった。


 ティモとベンノのグループは皆黙々と作業をし、作業の指示はティモとベンノが短く下すという、もう大分以前から関係が出来上がっている様子がありありと伺えた。休憩中もあまりお喋りはせずに皆黙って休んでいるので俺達はあまり話しかけることができなかったし、ティモもベンノも休憩中でも無駄なお喋りを好まないようだった。


 元自作農の3人と小作のグループは、王家領の小作グループと同じく、俺たちの手袋やルンベック牧師が礼拝の時に伝えてくれている皮なめしの手伝いに興味が隠せないようで色々と聞かれた。

 誰でもウエルカムということを伝えると、早速その日の夕方から皮なめしの手伝いに来てくれたようだ。


 ダイクは皮なめしの手伝いに夕方村人たちがけっこう来てくれるようになり、かなり喜んでいた。


 「これでようやく全てなめすことができますよ。もしかしたら王都に戻るまでに終わらずに皮を腐らせてしまうんじゃないかと思ってました」とホッとしたように言った。


 「いやー、手伝っても手伝っても終わらないからさ、ボクも勉強してる暇がなかったよ。でもできたら昼間の皮なめしの手伝いがもう少し増えてくれるといいんだけどな」


 リューズの話だと9時頃から午後3時頃まで教会の孤児のうち8歳の2人と、夫を亡くして寡婦になった女性が3人、7歳くらいの子どもたち数人を連れて手伝いに来てくれているらしい。 俺たちが畑や作業に行ってから戻って来る前に帰っているのでまったく知らなかった。


 「ボクとダイクさんの2人だけでできる量じゃないからね。大体ジャイアントボア1体の毛皮だってどれだけ大きいと思ってんのさ。広げれば16㎡くらいになるんだから。それを残った肉をこそいで水で洗って干してミョウバンに漬け込んでまた洗って干して……ダイクさんもボクもその日雪狼が狩ったジャイアントボアの皮を剥いで、肉も良い部分を切り取ってその日食べる分以外は塩漬けにしたりして……本当に手が回らなくて大変だよ。そうこうしてるとすぐ家に戻らなきゃならない日になるしさ」


 「いやー、ごめんごめん。でも夕方からでも手伝いに来てくれる人が増えてきたでしょ? 農作業の休憩中に話しといたからさ」


 「そうだったんですね、ようやくこれで滞ってたミョウバンに漬け込む以降の工程ができますよ。もう最悪品質は落ちても雪狼たちに毛皮を噛ませて原始なめしでなめすのも仕方ないかと思っていましたから。

 それで殿下、賃金はマッシュに出してもらった銅貨で支払っていますが、日中の手伝いの女性には一人銅貨10枚、子供たちには銅貨5枚、夕方の手伝いの人には銅貨5枚の支払いをしていますがよろしいですか?」


 「ダイクに任せたよ。とりあえず資金は足りそうなんでしょ?」


 「多分大丈夫だと思います。マッシュからの資金が銀貨30枚ですから。ジャイアントボアの毛皮も一頭毛付きの綺麗な仕上がりで銀貨7枚、毛無しで銀貨5枚で引き取るとライネル、おっとうちの商会で言われてますので余裕はある筈です」


 「だったらいいよ。ごめんねダイク、大変なこと頼んでしまって」


 「私はいいのですが、リューズがちょっと可哀想だったかなと思います」


 「まったく、自分の知識を深めて役立てたいって思ってたのに、勉強よりもずっと作業だったからね」


 「そのことなんだけど、リューズも私たちが王都に一度戻る時に一緒に王都に来ない? 王都の学者の人とも色々話を聞いて学べる機会が作れると思うんだけど」


 「うちの両親次第だなあ。今でも毎週1度家に帰ってるけど、その条件のままだと王都には行けないよ。ここから王都まで1週間かかるんでしょ? 今のままだと絶対許してもらえないよ」


 「農作業がひと段落したら、私もまたマリスさんとニースさんに挨拶に行こうと思ってるんだ。まだマリスさんとニースさんにシャベルしか渡してないから、冬に備えてコタツを贈りたいと思ってて。コタツ工場の工場長に頼んでたんだけど、お祖母ちゃん謹製のコタツ布団が縫いあがったらしくてもうすぐ届くみたいなんだよ。だからその時にリューズの王都行きも頼み込もうかと思ってる」


 「ウチの両親、モノに釣られてくれるといいけどね。でもジョアンが頼んでくれるなら期待しようかな。今度ウチの集落に行くなら、雪狼に乗って行けばいいから楽だよ。前みたいにジョアンが大変で時間かかるってこともないと思うよ」


 「リューズはダイクと一緒に行動してるから雪狼に乗れるようになったのかも知れないけど、私は乗ったことがないから無理だよ」


 「ふふ、ねえダイクさん」


 「殿下、実はライネル……おっとデンカー商会に頼んで作って貰っていた物があるのですよ」


 そう言うとダイクは倉庫の奥から手に何か持ってきた。何だろう、革紐と金具を組み合わせたものが複数と大きな布だ。


 「何だい、ダイク、それ」


 「これはですね、雪狼用の腹帯と動作扶助用具です。馬で言う鐙と手綱みたいなものですよ。ジャイアントボアの革を見分のためライ……デンカー商会に渡した際に坊ちゃん達が手袋を作った余りの革も渡して作って欲しいとお願いしていたんです。

 首輪と腹帯に付けた鐙です。

 首輪に取手を左右に付けていますが、この取手を曲がりたい方向に引っ張って方向を指示します。鐙は馬の物よりも短いですが、これは雪狼に乗る時は馬とは違って騎乗者の体の前面を雪狼に密着させてうつ伏せになって乗るので、とりあえず騎乗者の足の置き場としての役割です。ここに足を掛けて、足で胴体を挟み込むようにするんです」


 「おお、乗ってみたいな。私でも乗れる?」


 「殿下やハンスでも雪狼に乗れるように考案したものですよ。私やリューズはこれがなくとも雪狼のたてがみを掴んで方向を指示できますし、両足で降り落とされないように雪狼の胴体を挟み込んで乗れますので。

 腹帯は鐙が付いてますけど、荷車などを引かせるときにも使えます」


 へーっ、それは便利だ。


 「ジョアン、また変な事考えたんじゃないの?」


 「いや、普通に感心しただけだけど」


 「雪狼に乗るボクの後ろに付いたら……とか」


 ああ、リューズの衣服はワンピースだから、雪狼に体の前面を倒して密着させて乗ると裾から覗ける……みたいなことか。


 「リューズ、いくら何でもそれは私をエロガキ扱いしすぎだって。どこの世界のコントキャラだよ、こんな斬新な事提案されてるのに常にエロいこと連想するって」


 「そっか、ゴメン。何かどうしてもジョアンは最初にそういうこと言うって先入観持っちゃってるんだよね」


 くそう。俺は確かに前世では50のオッサンだったが、今では健全な8歳男子だぞ。ていうか前世の俺もそんなラブコメ展開ばかりいつも想像してぐふふ……なんて考えていた訳ではないのだぞ。一応心を病む程度には真面目に社会人していたのだ。リューズだってわかってるくせに。


 まあそれはそれとして、リューズには毛皮なめしで当初の目的とは違うことを大分手伝って貰ったし、何とか王都行きは実現させて喜ばせてあげたいと思う。

 雪狼に乗ってエルフの集落まで行けるなら本当に行き来が楽になる。


 


 俺たちが日々刈り入れ作業の手伝いをしていた時期、一足先に脱穀作業をしていたエリックが夕方の護身訓練前に、革の手袋をしていると手で麦の穂先をしごき落とすことができるようになって随分脱穀が楽になったとうれしそうに話してくれた。


 「手袋をしてしごき落とすのが楽って、今まではどうやって脱穀していたの?」


 「今までは棒で麦束を叩いたり、ちっちゃな棒2本で穂先を挟んでしごき落としてたりしていたんだよ。こうやって手で直にできると随分楽だよ」


 そうエリックは教えてくれた。


 それは確かに随分と楽だろう。まだ千歯こきのような道具は普及していないらしい。


 ハンスにクルトとヨゼフの訓練をやっててもらうように頼んで、俺とエリックは倉庫に行った。


 何か簡単にできる脱穀方法はないか少し考えて、木材にスパイクロッドのようにたくさん釘を打ち付けて千歯こきのようなものを作ってみた。

 試しに大麦の穂を片手で掴める量を持ち、その釘の間に叩きつけて手前に引っ張ると、ごそっと実がこそげ落ちる。


 「うわ、すごく取りやすい」エリックは驚いたように言った。


 「これでまだ少し残った実は手でこそげばいいよ」


 俺も手袋をして、残った実をこそぎ取った。


 エリックにはついでに麦の実を袋詰めする工程までを教えてもらった。


 こそいだ麦の実には葉や茎の屑や、発育不良の実などが入っている。それをどうやって取り除くのか。


 エリックは大きな塵取ちりとりを半分にしたような道具、に細かな茎や葉のゴミなども混じった麦の実を入れ、を振って中の麦を空中に舞い上がらせて受ける動作を何度かした。


 「こうやって麦を舞わせると、風で軽いゴミや発育不良の実が飛んで、しっかりしたいい実だけ選り分けられるんだよ」といって同じ動作を繰り返す。


 「風があるといいんだね」


 「そう。今はちょっと風が弱いから何度もやらないといけないけどね」


 なら風魔法の出番だな。

 俺はそよ風程度の強さの風を吹かせた。


 「あ、ちょうどいい感じの風だ。これはいいな」


 エリックはそう言ってまた同じ動作をする。よく見るとの位置を円を描くようにしてずらしながら行っている。しっかりした麦の粒がふわっと広がり、間のごみだけ風で流れていく。


 「エリック、上手いね」


 「うん、これだけは父ちゃんに怒られなかったからね」


 エリックは嬉しそうな顔をする。


 「これで大体選り分けられたかな。残ったいい実だけ、袋に入れるんだ。それで後で重さを計って、大体30kgになるように調整するんだよ」


 そう言ってエリックはの中の麦の実を袋に入れた。  


 「麦の殻は取らなくていいの?」


 「王家の麦は殻は取らないよ。自分の家の畑の分は食べる時に殻を取るけどね。殻を取っちゃうとあんまり持たないみたいなんだ」


 「殻を取るのはどうするの?」


 「殻引き用の臼で挽いて、殻と麦を分けるんだ。それでまたで今の作業をやって殻だけ飛ばすんだよ」


 麦を食べられる状態にするまで今のを振る作業を2回やらないといけない訳か。なるほど。


 とりあえず、秋撒きの麦はこれからだから種まき作業はまだ経験していないけれど、何となく麦栽培の大変なところは判った。


 まずは土起こし。そして刈り入れ、脱穀。ここの部分だ。


 麦の場合はあまり水やりに神経を使う必要が無いのは有難い。刈り入れ作業の時に確認したが、かえって畑の水が溜まりやすい部分の麦は発育が悪くなったり根腐れしたりしていた。


 これは動力の導入だな。とりあえず土起こしは牛馬とそれに着けるプラウ。牛馬だけでなく雪狼にやらせても良いかも知れない。雪狼にプラウを取り付けるための腹帯はダイクが作ってくれた雪狼騎乗用のものを改良すれば行けるかな。

 刈り入れは前世の人力芝刈り機みたいな奴だな。牛馬に押させる方式でもいいが、まずは小型の人力の奴を作ってみよう。押した車輪の回転で刈刃を動かす奴だ。

 脱穀は、これはもう水車の出番だ。水車の動力でこぎ歯を付けた回転ドラムみたいなこぎ胴を回転させて脱穀する。を振るって実の選別をするための安定した風を起こすための扇風機のようなプロペラ。これに水車動力を使えばかなり楽になる。ついでに碾臼ひきうすも回せるようにすれば……

 これを一つの水車で実現するためには彼だ。

 蒸気機関の動力伝達を魔法のように行った時計職人のアーノルド。彼の力を王都に帰ったら借りねばなるまいて。


 「ありがとう、エリック。新しい農機具のためにかなり参考になったよ」 


 「あ、そうなの? よくわからないけど、だったらよかった」


 エリックは少し面食らった顔をしてそう言った。








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