第80話 諸々の作業
エリックに勉強会のことを伝えた後は、とりあえず今日は農作業をしないということがわかったので氷室作りに取り掛かることにした。
ハンスと一緒に代官屋敷に一度戻って、シャベルやマチェットを準備することにする。氷室作りは俺とハンスとドノバン先生で行おうと思っている。
ダイクが戻ったら、ジャイアントボアの毛皮の
なんせ10日で30頭以上のジャイアントボアを狩っているのだ。毛皮だけでも相当ある。まだ
ダイクは俺とハンスが居ない間にドノバン先生と炭焼き窯作りをしつつ、ジャイアントボアの毛皮の鞣しも並行して行ってくれていたらしいが、数が多すぎる。昨夜も少なくとも1頭、雪狼たちがジャイアントボアを倒している。その生皮を剝ぐこともしてもらわないといけない。
リューズは遊軍としてピアとマールさんの手伝いとダイクの手伝いをしてもらった方がいいだろう。エルダーエルフのリューズは皮の
代官屋敷の前庭では、ピアとリューズ、そしてマールさんが大きな洗濯たらいに水を入れて洗濯をしている。洗濯たらいは直径2mはあろうかという大きな木のたらいだ。代官屋敷の用具置き場の隅に立て掛けられていた奴だ。そのたらいに水を張り、石鹸水で泡立つ中を、フデがバシャバシャと足踏みして洗濯している。
「おー、フデはそんなこともやるようになったんだね。凄いな」
俺が思わずそんな声を漏らすと、それを聞いたフデがこちらを見てしっぽをフルフルと振る。
「フデもすっかり慣れましたからね。洗濯物の運搬だけでなく洗濯自体もやってくれるようになったので助かります」
ピアが澄まし顔でそう言う。
「そう言えば坊ちゃん、昨夜は色々あって言えませんでしたが、少し背が伸びたのではないですか?」
「そうかい? 自分じゃわかんないよ」
「ハールディーズ領に行かれていた1か月で、けっこう伸びたと思いますよ。だんだんと服もぴっちりになってきています。一度王都に戻られたら、大きな服を新調しないといけませんよ、きっと」
最も俺と長い間過ごしているピアが言うんだから、多分そうなんだろうな。
今着ている服は王族が着るような上等な布で体の大きさに合わせた服ではなく、庶民と同じような格好という事で麻を使ったざっくりした大きさの服だから、ピチピチで動きづらい何てことはないので気づかなかった。
「新調するなんて、やっぱり商人の息子さんは違いますね」
マールさんがそう言う。
「マールさん達は衣類はどうされてるんです?」
俺がそう尋ねると、マールさんは「農村じゃ亜麻や麻を自分たちで育てて、繊維をほぐしてそこから糸を取って布を作って……自分たちで服も作りますから大変なんですよ。布は貴重なんです。あの世へ行った旦那の衣類も、多分子供たちの服に仕立て直すことになりますよ。だからこうやって洗濯して汚れだって落とさないといけないですし、糸は貴重だから服も破いて欲しくないのに、特にクルトが腕白でねぇ、よく破くんで困ります」
なるほどなあ。本当に大変だ。
「今日から一緒に護身や勉強をしますけど、衣類を汚さないように破かないように注意するようにしますね。せっかくだから石鹸でよく衣類の汚れも落としておいてくださいね」
俺はマールさんにそう伝えた。
それと、さっきエリックの家の畑で少し思いついたことを聞く。
「マールさん、さっき畑の奥に建ってる昔小作農が住んでた建物を見かけたんですが、あの建物って今後何かに使う予定ってありますか?」
「今は畑で使う農機具と、藁とか種とかの置き場所として使ってますが、他は使う予定はありませんよ」
「ちょっと考えてたんですけど、私たちも代官屋敷を使わせてもらって生活してるんですがバーデン男爵や私の商会の者が一斉に来村すると代官屋敷が手狭になるんです。ですから、私たちが一度王都に戻った後、またこの村に来た時にはあの建物を私たちの住居として使わせていただけないかなぁと思うんですけど」
「あんなボロ家でいいんですか? もう随分と手入れしておりませんけど」
「ええ、使わせていただければ有難いです。小作の家族が3,4家族暮らせていたんでしょう? 実はマールさんもご存じだと思うんですが、ドノバン先生とピアは結婚を前提にお付き合いしている関係です。結婚はいつになるかまだ分かりませんし、結婚後フライス村にまた一緒に来てもらうかは決まってないのですが、もし来てもらうことがあったら、二人のための家というか住居は欲しいなって思ったので。あの建物なら防音さえしっかりすれば大丈夫かなって」
「で、殿下!ー坊ちゃん! 真昼間から何を言われるのですか!」
ピアが顔を赤くして抗議する。
「ジョアン、そういうところ! ホントにデリカシーない!」
リューズもそう言ってピアを擁護する。
「いや私はマールさんに家を借りられないか聞こうとしただけで……」
「だったら、それだけ聞けばいいの! 夜の防音なんて言わなくても!」
いや俺は夜の防音なんて言ってないんだが……
リューズがまた俺のことを引っ叩きそうな様子だったので、俺は物置に向かって走って逃げた。
「リューズ、反省しとくから、ダイクが戻ったらダイクの手伝いもしてねー」
そう言ったあとは後ろを振り返らずひたすら逃げの一手だ。
俺はハンス、ドノバン先生、荷車を引いたフデと一緒に氷室建設予定の畑の外れの崖にやってきた。
結局あの後リューズに捕まり、頭に拳骨を食らった。
くそう、バカになったらリューズのせいだ。俺の灰色の脳細胞が死滅していないといいのだが。
「さてと、デンカー坊ちゃん、どうします? 氷室ってどんな感じのものですか?」
ハンスがとりあえず作業の目的を聞いてくる。
「いや、単純に冬に降った雪を沢山溜めておける横穴を掘ればいいんだよ。洞窟の中は夏でもヒンヤリしてるだろ? そこに沢山冬の間に雪を詰め込んでおけば雪の冷たさが保たれて夏になっても雪が解けずに使えるんだよ。細かい設計とかは特に考えてないけど、少しづつ雪は溶けるから、溶けた水が氷室の中に溜まらないように入り口側を少し低くするのと、同じく氷室内に溜まった水を入り口側に流すように真ん中は少し高く、両端に溝を掘って排水溝にするくらいかな。何とか雪が降る前に作っておきたいな」
「大体どれくらいの横穴を掘りますか?」
ドノバン先生も氷室の大きさを尋ねてきた。
「そうですね、雪の運搬は人手じゃ大変なので雪狼の力を使おうと思ってるんですが、雪狼が入って戻れるくらいの広さと高さは欲しいですね」
雪狼は一番大きいボスが体長3mで体高が2mくらいだから。
「高さは3mくらいで幅も3mくらいでどうでしょうか。卵型のアーチ状の横穴を掘れば崩れないと思うんです。奥行きは7mくらいあればいいんじゃないかと思いますけど、広ければ広いほど雪を多く溜めて置けて、冷気も長く持つと思んで悩みどころです」
「じゃあそれくらいを目標に作りますか。必要なら殿下の土魔法だったらまた後で奥行きを広げることだってできるでしょうから」
ハンスがとりあえず作業に取り掛かろうとする。
「そうですね、ではとりあえず崖の表面を覆っている草を刈って崖の土面を出しちゃいましょうか。それが済んだら皆で土魔法を使って土を固めたり緩めたりしていきましょう」
ドノバン先生が事前に打ち合わせた、とりあえずの作業方針を口に出し確認する。
崖の高さはだいたい6mくらいはある。切り立った崖ではなく大体45°~60°の角度なので慎重に登れば登れないこともない。その崖の表面に生えている草をとりあえずマチェットで刈り取る。長く伸びた蔓草に掴まりながら落ちないように作業するのだが、フライス村に来たばかりの頃の俺ならともかく、拠点小屋作りの時に散々下草刈りを毎日行っていたので、俺も大分作業に慣れていた。
ものの2時間ほどで崖の表面の土が現れた。粘土質の土で、普通に掘るにはけっこう骨が折れそうだ。
俺たちは少し休んでから、横穴を掘る作業に取り掛かった。
幅3m程氷室の進入口両サイドをまず土魔法で固め、その間の土を土魔法で柔らかくしてシャベルで柔らかくした土を動かしていく。横穴の上部が崖に当たるようになったら上部も卵型にアーチ状に固め、アーチの中の土を柔らかくしていく。
土を固めるのは俺がやり、土を柔らかくするのはハンスとドノバン先生が担当した。何故俺が土を固めるのかというと、氷室の横穴をアーチ状に固めていくのは誰か一人がやった方がズレないでいいだろう、との判断の上だ。俺が楽している訳では決してない。
俺も土を固めた後は柔らかくした土をフデが曳く荷車にシャベルで乗せる。
荷車が一杯になるとフデに曳いてもらって少し離れたところに土を捨てる。
結構地道な作業が延々と続く。
途中で一度休憩し、4時の鐘が鳴るまで作業をした。
今日一日で崖の入り口から1mくらい掘り進めた。
「いやー、思ったよりも作業が進んだね」
「そうですね、土魔法を使えば結構行けるものですね」
ドノバン先生が相槌をうってくれる。
「私は久々に魔法使ったからか、変に疲れましたよ」
ハンスはそう言って草の上に寝転んだ。
「ハンス、お疲れ。これで帰ったらエリック達に護身術教えるんだからね。少し休んでいいよ」
「デンカー坊ちゃん、ありがとうございます。お言葉に甘えさせていただきます」
そう言ってハンスは目を閉じた。
少し眠るつもりかも知れない。
「いやしかし、魔法で土を柔らかくするというのはどういった発想だったのです?」
ドノバン先生が俺に尋ねる。
この世界に魔法は昔からあっても貴族や富商、教会、修道院の教職者などしか使えない。
そういった身分の者たちは土木作業なんぞする訳がないので、土魔法を土木作業に使うという発想は今まで生まれてこなかったのだろう。多分、庶民が魔法を使えた方が、諸々便利になるのだと思う。何と言うか、この世界は魔法が使用可能な者と、魔法を必要とする者がミスマッチだ。
「あー、そうですね。ハールディーズ領に行く前にトレントの観察したじゃないですか。それでトレントの移動の仕方が土魔法で土を液状にして滑るように移動してたのを見て、あれは土木作業をする時に便利なんじゃないかと思ったんですよ」
「なるほど。確かにそうですね。固い土を掘り起こすよりも柔らかくした方が断然作業はしやすいですものね。
そうだ、デンカー坊ちゃん。トレントの件で少し思った事があるのですが、リューズさん達エルダーエルフは植物の持つ力を使って自分が魔法を使えますよね。リューズさんならそれを応用してトレントの移動の制御とかできるんじゃないでしょうかね」
「ああ、確かに可能性ありそうですね。私がハールディーズ領に行ってる間、リューズに頼んでそれを試したりはしなかったのですか?」
「いや、残念ながら私も炭焼き窯を作るのに手一杯でしたし、リューズさんもピアさんの手伝いと、ダイクさんと一緒に森に入ったりと忙しかったもので、そんな色々と考察する余裕がなかったのですよ。
正直に申しますと、今デンカー坊ちゃんに言われて思いついたのです」
「なるほど。リューズもダイクの手伝いの皮なめしで今は色々忙しいですから、時間があったら折を見て実験してもらうように頼んで見ましょうか。トレントの移動が制御できるとしたら、氷室作りには氷室の高さもあって使えないですけど、今後畑の耕作の時とかに使えそうですものね」
まあ実際試してみないと何とも言えないが、一度実験してみるのもいいだろうな。
「おーい、ハンス。そろそろ帰ろう」
「はあ。今日の晩飯は何でしょうね。こんなに晩飯が楽しみになるくらい体力使ったの久々ですよ」
そう言いつつハンスは起き上がって伸びをした。
ハールディーズ領ではダリウスの護衛騎士のクリストフ=アウラ―と連日手合わせしていてもこんなことは言わなかったのに、やっぱりハンスは魔法を使い慣れていないので疲れやすいのかも知れない。
「晩御飯前に、もう一仕事頼むよ」
俺はそう声を掛けた。
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