村の仕事

第79話 勉強会のお誘い




 さて諸々話し合ったあと、今日は何をするかだが、とりあえずはエリックの家に行く。

 エリックが今日はどこの畑で農作業をしているのかを確認しなければならないし、夕方から夜の勉強会のことをエリックとエリックの兄弟、そしてマールさんに伝えなければならない。 


 代官屋敷から100m離れたエリックの家に、ハンス、ドノバン先生と共に行く。ダイクはボスに乗って俺の書状を代官マッシュに届けに出かけた。


 マールさんは家に居て、洗濯の準備をしていた。


 「マールさん、昨日は偉そうにお願いしてしまって申し訳ありませんでした。ドノバン先生から聞きましたが、エリックの話をしっかり受け止めて聞いて下さったようでありがとうございます」


 「ああ、坊ちゃん、私こそ昨日は取り乱していたみたいで、お耳汚しなことを色々と言ってしまったと後悔していました。エリックの話を聞いて、あの子のことをもう少し息子として見てあげなきゃいけなかったと……そう思いました。亡くなった旦那の言うことが絶対って思いが強くて、あの子の気持ちを聞くことなんて思いもしませんでしたし、旦那の代わりにあの子にしっかりしてもらわないとって、そればかり考えて焦っていました」


 「村長の件は、代官のバーデン男爵のお考えだと今年一杯は後任を決めることはしないようです。エリックにまずは自信を取り戻してもらって、様々な事を学んでいってもらえれば、また村長になることも十分にあり得ると思います」


 「坊ちゃん、ありがとうございます……」


 「商人の私達がこのフライス村のことに口出しするのはちょっと憚られると思っていたので、これまで私もマールさんのお子さんたちや、他の村の子たちとも全く触れあって来なかったんですが、私達もこの村を良くするお手伝いを、今以上にしたいと思うようになりました。それで今朝、私を支えてくれているハンスやドノバン先生と話したのですが、エリックと弟たちはまだ勉学をする必要があると思うのです。そこで作業が終わった夕方から夜にかけて、代官屋敷で勉強会をしたいと思うのです。まだ日があるうちはハンスが護身のための動きを教えてくれますし、勉学はドノバン先生とエルフのリューズが教えられると思います。言い方は悪いですが、私も一緒に勉強しますので、私の勉強のついでとしていかがでしょうか?」


 俺がそう申し出ると、マールさんは驚いたような表情を見せた。


 「そんな、よろしいんですか? 確かに昨夜、エリックの力になって下さるとは言っていただきましたけど……謝礼もそんなにお渡しできませんのに……昔からずっとこの村に住んでいる村の仲間だってそこまではしてくれませんよ。ティモには私からエリックに勉学を教えて欲しいと頼んだのですが素気無く断られましたし……教会のルンベック牧師様は日曜の午後だけしか教えて頂けませんし……」


 「私も代官の男爵様やその官僚の方の話を漏れ聞く中で、この村の将来のためには少なくとも村の子供たちから読み書き計算をしっかりできる者が、できれば複数出てきてもらう必要があるんじゃないかなぁって思ったんです。

 マールさんのお宅の亡くなった旦那さんやティモのところのような元自作農だけが知識を持っている状態が続くと、結局知識を持った者だけが得をしたり物が言える状況がずっと続いてしまう。それだと村の風通しが良くならないと思うんです。

 マールさんにとっては嫌な言い方になってしまいましたが、私はエリックは元自作農の子だからって威張るような人だとは思いませんでしたから、エリックには将来本当に村長になって欲しいと本心で思っています。勉強のお代もそんなに頂こうとは思っていません。

 あえて何か謝礼を、とマールさんがおっしゃるのなら、勉強会を始めたらエリック達が夕食を家に食べに帰る時間が勿体ないので、代官屋敷で私たちと一緒に食事を取るようにしたいんですが、食材を分けていただくのと、ピアだけだと大変ですのでマールさんも一緒に洗濯だの調理だのをピアと一緒に手伝ってもらいたいんですよ。そうすればピアも喜びます」


 「……坊ちゃん、ありがとうございます……あの子のために……」


 マールさんは両手で顔を覆って涙を俺たちに見せないようにした。


 「最も、エリックだけを特別扱いにする訳ではないんです。他の村の子供たちや、希望すれば大人だって勉強会には参加してもらおうと思ってますから。まあでもそちらは追々声をかけていく形になりますし、参加希望の人が増えれば増える程、マールさんたちも大変になりますからね。それで早速今日からピアと一緒に洗濯物を洗っていただいてもよろしいですか? 代官屋敷にはかなり大きなたらいもありますし、昨日の宴会で随分と布も汚れましたから、マールさん達の家の分を一緒に洗っても大して変わりませんので」


 「マールさん、ピアさんは料理を教えて下さったマールさんにとても感謝していますし、マールさんと一緒に家事ができることを楽しみにしています。洗濯物を運ぶのはフデに荷車を引いてもらいますので大丈夫ですよ。今からフデを連れてきますから、少しお持ちくださいね」


 ドノバン先生もそうマールさんに声をかけて、フデを連れに一度代官屋敷に戻った。


 「それで、マールさん、勉強会のことをエリックに伝えたいんですが、エリックは今日はどちらにいるのですか?」


 「エリックは今日は家の畑です……弟達も一緒に居ます」


 「なら私とハンスはエリックに話してきます。マールさんはフデが来たら、フデ達と一緒に代官屋敷へ行ってくださいね」


  俺とハンスはマールさんの家の裏に広がるエリックの家の畑に向かった。




 「おーい、エリックー!」


 俺は草取りをしているエリックを見つけて声をかけた。 

 エリックの弟、8歳で俺と同い年のクルトと7歳ヨゼフもエリックの近くで草取りをしている。


 「ああ、ジョアン……だったよね。どうしたの?

 あ、ごめん、昨日の夜はありがとう。何かずっと誰にも言えなかったことを話せたら、少しすっきりしたよ」


 「いいんだよ。こっちこそ何か偉そうにアドバイスしたみたいで、後で恥ずかしくなったよ。

 弟たちと仲直りできたみたいだし良かった。マールさんにも気持ち話せた?」


 「うん、母ちゃんもゆっくり僕の話を聞いてくれた。いつもみたいにワーッと何か言い返されるんじゃないかって最初はビクビクしてたんだけど、リューズさんや牧師さんが一緒に聞いててくれたから、僕も落ち着いて話せた。リューズさんや牧師さんが帰った後も、母ちゃん初めて僕のこと抱きしめてくれて、すごく嬉しかったよ」


 「なら良かった。リューズやドノバン先生には話聞いてたから、エリックとマールさんが上手く話しできたのも知ってたけど、エリックからそう聞けて安心したよ。

 実はさ、今日の夕方からエリックと弟さんたちも一緒に代官屋敷で勉強会をしないかって誘いに来たんだよ、どう?」


 「……母ちゃんが何て言うかなあ」


 「マールさんならさっきエリックよりも先に話して了解してもらったよ。それで、夕方から夜にかけて勉強するからさ、晩御飯も私たちと一緒に代官屋敷で食べることになったんだよ。

 それと、まだ日が残ってるうちなら、このハンスが護身術を教えてくれるよ。ハンスはこう見えて結構強いからね、きっとしっかり覚えればティモに弱虫って言われたのも見返せると思うんだけど」


 「そうそう、ティモなら数年で大きな口は叩けないくらいにエリックをしっかりさせてやれるぞ?」


 ハンスもおどけてそんなことを言う。


 「……僕、全然そんなことやったことないんだけど、大丈夫かなあ」


 「ああ、どんな奴も一人前に仕上げてやるぜ、このハンスさんがなぁ」


 ハンスがさらに調子に乗ってそんなことを言うと、話を傍らで聞いていたエリックの弟たちがワッと俺達の所に駆け寄ってきて、ハンスの服を掴んでねだる。


 「おっちゃーん、俺にも強くなる方法教えてー!」「僕にも僕にも」


 ハンスはいきなりのことで面食らったようだが、「おうおう、ハンスさんに掛かればどんな貧弱もやしっ子でも第2騎士団仕込みの訓練で一端の強者の出来上がりだぁ!」と威勢のいいことを言う。


 「おい、お前たち、自己紹介もしないで突然お願いするなんて失礼だろう! ちゃんと自己紹介しなよ」


 エリックが弟達を強く嗜める。


 「おっちゃん、俺はエリック兄ちゃんの弟のクルトだよー、8歳」

 「僕はエリック兄ちゃんとクルト兄ちゃんの弟で、ヨゼフ。7歳」


 「そうかそうか。俺はハンスって言うんだが、まだ17歳だぞ。お前たち、17歳はおっちゃんじゃない、お兄さんだ! どこからどう見てもお兄さんだろうが」


 「えー、だって年上はみんなおっちゃんじゃんかー、お兄さんとおっちゃんの境目って幾つなんだよー、教えろよー」クルトは滅茶苦茶ナマイキだな。


 「そーだよ、とーちゃんが年上の大人見たらおっちゃんって言っておけば間違いないって言ってたんだよー」ヨゼフもそう言う。亡きディルクのせいでハンスはおっちゃんだ。


 「おっちゃんとお兄さんの境目はなあ、25歳だ! 今、俺が決めた! お前たち、強くなる方法を教えて欲しかったらハンスお兄さんと呼ぶんだ、わかったか?」


 「ちぇ、わかったよー、ハンスお兄さん」「ハンスお兄さーん、教えて教えて」


 「お前ら、エリックを普段からそうやって困らせてるんだろ? こりゃ手がかかるわ」


 ハンスが頭を掻きながら呆れたように言う。


 「今日の仕事が終わったら、エリックと一緒に代官屋敷までおいでよ。そしたらハンスお兄さんが強くなる方法を教えてくれるから。その後私と一緒に勉強もするけどね」


 「勉強はしたくないぞー、強くなる方法だけでいいや」クルトはそんなことを言う。


 「それで君は誰なの?」ヨゼフが俺を見て不思議そうに聞く。


 「私はジョアン=デンカーって言ってデンカー商会っていうところの商人の息子だよ。このハンスお兄さんは私の商会で働いてくれている手代なんだけど、昔王都の第2騎士団で兵士をやってたんだ。頼りになるお兄さんだよ」


 「ジョアンは幾つなの?」


 「私は8歳だよ」


 「僕とひとつしか違わないの? クルト兄ちゃんと一緒の年なのにクルト兄ちゃんよりちょっと大きいんだね。商人の息子ってみんな大きいの?」ヨゼフがそう尋ねてくる。


 確かに、俺の身長はクルトよりも5cm程大きい。11歳のエリックも年齢の割には身長が低い。エリックと同じ年の公爵令息ダリウスとは比べるべくもない。多分体の成長に必要な栄養素、カルシウムなどがそれほど取れていないからだと思う。

 これはエリックの一家だけではなく、フライス村の村人全般に言える。ルンベック牧師など村の外から来た人以外は総じて身長が低めだ。


 「私は商人の息子で、色んなものを食べているから、体の成長もちょっといいみたいだね。もうすぐ私の商会で仕入れた海で取れた食べ物とかもフライス村で売るようになるから、それを食べてくれればみんな体が大きくなるよ」


 「父ちゃんが言ってたみたいに商人って抜け目ないなー。しっかりしないと騙されるって言ってたもんなー、うまいこと自分のところの商品買わせようとするなー」クルトは何か疑っている。


 「今日の夕方から、勉強会をして食事も私たちと一緒に食べることになるから、それを食べて私が騙そうとしているか考えてよ」


 「うーん、エリック兄ちゃんの知り合いみたいだから一応は信用するけど、騙そうとしたらただじゃおかないからなー」クルトはなかなか疑い深いな。


 「おい、お前たち、草取りに戻れ。夕方代官屋敷に行くんだったらちゃんと畑仕事は終わらせておかないと連れて行けないぞ」


 「わかったよー、エリック兄ちゃん。じゃあハンスのおっちゃん、また夕方教えてくれよー」


 「ジョアンもまた夕方ねー」


 クルトとヨゼフは畑の草取りに戻った。

 クルトはまたハンスをおっちゃん呼びだ。凄くはねっ返りだ。


 「ってことでエリック、今日の夕方勉強会よろしくね。それと、今度新しく便利な農機具をうちの商会で開発しようってことになってね。それでバーデン男爵に許可貰って、王家領の畑の作業をエリック達がする日は一日一緒に作業させて貰って、どんなものが必要なのか研究させてほしいんだけど、エリックたちが王家領の畑の農作業する日っていつなの?」


 「僕たちは月曜日水曜日金曜日土曜日に王家の畑の作業だけど……」


 「じゃあ、その曜日に一緒に作業させてね。朝は何時から作業してるの」


 「明るくなっって準備できたら作業してるから、今の時期なら6時の鐘と8時の鐘の間くらいだよ」


 「わかった、7時には畑に行くようにするからよろしくね。所で……」


 俺はエリックの家の畑の周囲を見渡した。


 「畑の周り、原野みたいになってるけど、どうして?」


 と俺はエリックに尋ねた。大体どれくらいだろう、200m四方くらいの圃場が4区画に分けられていて、その外側は草が茫々と生えている。


 「昔は草が生えているところもうちの畑だったんだよ。僕が2歳の頃までは小作を使って耕してたんだ。でも今は家の家族だけだとこれが精一杯なんだ。父さんはそれも悔しがってたみたいでね。元小作の奴らは恩知らずだって」


 「あの草の中に埋もれてる建物みたいなのは?」


 「あれは昔小作が住んでいた建物。3家族か4家族住んでいたけど、今はもう誰もいないから空き家で放置しているんだ」


 この間聞いた、自作農の没落の様子がまざまざと見せつけられた格好だ。

 草むらに埋もれた建物は、けっこう傷んでいるように見え、侘しさを醸し出している。


 「エリック、とりあえず農作業については私たちの方がエリックに教わる立場だから、しっかり私たちを使ってくれていいんだから、よろしくね」


 俺はエリックの家の没落した現状に何と声を掛けていいのかわからず、そんな言葉でお茶を濁した。


 「うん、じゃあ作業は明日からね。とりあえず今日の夕方の勉強会には行くから、よろしくね」


 そう言ってエリックは作業に戻って行った。

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