第77話 村人の立場の違い




 俺は大広間で歓談しているハーマンに声をかけて代官マッシュの居る場所を聞き、一緒に話を聞こうと思っていたが、その前に壁際で一人佇んでいるダイクが気になったので話しかけた。


 「ダイク、お疲れ様、でいいのかな。何か慣れないことさせてしまったみたいで悪かったね、有識者なんて紹介させてしまって」


 「デンカー坊ちゃんはマールさんとのお話は終わったみたいですね。マールさんの息子のエリックが飛び出してしまって、話は結局グダグダで終わりましたが、リューズがエリックを家まで送って行ったんですよね? マールさんも随分と心配していたみたいですが」


 「うん、エリックはリューズが家まで送って行ったし、マールさんにもエリックから聞いたことを話してエリックの力になって欲しいってお願いしたから……まあエリックについては上手く行ってくれるといいなと思うけどね」


 「エリックについては11歳の割にはおどおどしている気がしましたが、周りがあれだと仕方ないのかも知れませんね」


 「周りがあれって、ダイクはどう感じたの?」


 「あまりここでは言えませんよ。村人の悪口になりますからね。ところでデンカー坊ちゃん、少し気になっていることがあるのですがよろしいでしょうか」


 「何だいダイク、気になっている事って」


 「ディルクが亡くなってから、かれこれ10日経っていますが、この間にずっとジャイアントボアが村中のあちこちの畑の周辺に出ています。毎日少なくとも2~3頭は狩っているのです。今夜も先程西の畑近くで1頭仕留めたと遠吠えで雪狼が知らせてきました。いくら収穫時期が近いからといって、これは少し多いのではないかと思うのですよ。更に雪狼たちの報告だとアルミラージの群れも西の方角から移動してきているようなのです。

 村人たちの話をそれとなく聞く中でも、こんなに作物を狙って魔物が出てきている年は無いようで、私たちがこの村に来たからこんなに魔物が出ているのではないか、とか雪狼を村中に入れてある日村人を襲わせるために私たち、いや私がわざとそのように仕組んでいるのではないか、などと言っている者もいるようです」


 村人たちはダイクの五感の鋭さを知らないからな。ヒソヒソ話も全て聞かれているとは思っても見ないのだろうが、ダイクには全て聞こえている。


 自分の陰口を聞かされるダイクにとっては決して面白い気分ではないのだろうと思うが、それでも情報収集の一環として黙って耐えてくれている。


 「そうなのか、貴重な情報をありがとうダイク。そのために自分の悪口を聞き続けるなんてつらいことをさせてしまったね」


 「いや、いいんですよ。私の陰口を言ってる奴はハンスが全て飲み潰して回りましたしね。貴重な情報を吐いてくれるうるさい奴らを潰してくれてハンスの野郎、余計なことしやがってと思わないこともないですが、まあちょっとはスッキリしてますよ」


 「ハンスはああやって情報収集してるのかと思ってたけど、ダイクの意趣返しもしてたんだねえ」


 「あの野郎は本当に、上手い奴ですよ」


 ダイクが口の端を上げて含み笑う。

 この二人も良いコンビだ。


 「じゃあダイク、大分村人も死屍累々としてきてるみたいだし、ちょっと私につきあってマッシュたちの話も聞いてみようよ」


 「そうですね、残敵の掃討はハンスの野郎に任せますか」


 ハンスは残った7人程度の村人たちにどんどん酒を勧め、肩を組んで何か歌ったりしている。その中にはペーターとティモもおり、ティモは黙々と酒と料理を食べ、ペーターはハンスに肩を組まれて一緒に歌っている。


 他の村人たちは帰った者が何人かいる他は、皆床に転がっている。潰れて寝転がった村人たちにはピアが黙々と毛布を掛けていた。


 「デンカーさん、バーデン男爵の執務室に参りましょう」


 ペーター達から解放されたハーマンとルンベック牧師が俺にそう声を掛けたので、俺とダイクはハーマン達と一緒に代官執務室へ向かった。



 代官執務室に入ると、マッシュが執務机で一人寂しく手酌で酒を飲みながら料理を味わっていた。


 「男爵、お味はいかがでしたか」


 俺がそう尋ねるとマッシュは


 「美味いですな。干しシイタケのダシとはまた違った、しっかりした旨味が出ておりますね、煮干しのダシというのは。粉末にして入れてあるそうですが、別に粉っぽくもなくいただけますよ。できればいつものように作りたてを鍋から取り分けて皆で食べた方が更に美味しく頂けて良かったと思いますがね。

 まったくハーマンが気まぐれで村人の話し合いなど設定しなければ、今日もいつも通りの宴席を楽しめたのにと思うと残念ですよ」


 「男爵、そうおっしゃらずに。私としては、村の人たちに海産物料理を知ってもらう貴重な機会になりましたし、今まで自分が深く村人と交流してこなかったことを思い知らされて、色々と身につまされる思いでしたよ」


 村人の大半が酔いつぶれているとはいえ、商人の息子が気安くマッシュと代官を呼ぶのを万が一村人に見られるとも限らないので、一応今日はマッシュのことは男爵と呼ぼう。


 「そうでしたか。デンカーさんがそうおっしゃるのなら、私もお飾りになった甲斐があったというものですが。飛び出していったディルクの息子の様子だと何も話さないのではないかと思いましたが、話は出来たのですね」


 「ええ、リューズと一緒に聞くことが出来ました」


 そして俺はエリックから聞いた話と、その後マールさんとした話を皆に伝えた。


 「……ディルクは村長としてはよくやっていたと思いますが、息子への教育は疎かだったんですねえ。自分の溜め込んだストレスを息子に当たって発散していた訳ですか」


 ハーマンがそう言ってため息をつく。


 「まあ、王家による農地解放令で、小作農でも希望すれば相応の借金と引き換えに自分の土地を持てるようになったおかげで、以前の自作農は殆どの小作農を失い凋落したからな。ディルクの家もその例に漏れず、だ。小作にやらせていた農作業も自分の家族でやらなければならなくなったし、それまでの父親たちの時代とは違った舵取りも必要になってきたのだから、ディルクも悩んでいたのだろうよ」


 マッシュが訳知り顔で解説する。そういう事情はもっと早く話して欲しかった。


 「ディルクにとって見れば、結果的に自分たちから小作農を奪った王家の畑を耕す労役は忌々しいなんてものじゃなかったのかも知れませんね。だから王家の畑がジャイアントボアの食害にあっても特に動こうとしなかったのかも知れません」


 ダイクがそう言った。


 「時代の端境はざかい期に村長だったのがディルクにとっては不運だったのかも知れんな」


 マッシュが何か悟ったようなことを言う。


 「男爵、フライス村以外の村でもやっぱり村長ってそんな感じなのかい?」


 「他の村でも同じような傾向は見られますね。クリン村の場合は農地解放による小作農の自立に伴って村長も代替わりして対応しようとしていますが、村長が変わらなかったところはやはり自作農だった村長たちはストレスを溜めているのではないですかね。その辺りどうなんだ、ハーマン」


 「そうですね、小作農が全員王家領から土地を買い取ったフライス村程極端な村はあまりありませんが、他の村でも小作農を留め置くために待遇を上げざるを得なくなったため、それまでの自作農は相応に地位は低下してますのでどこの村長も負担だけが増えたと感じているとは思います」


 「逆に小作農だった者たちが自信をつけて元気になった、ってことなのかい?」


 「そうですね。ペーターは農地解放前はディルクのところの小作農でした。ずっとディルクに使われていて、自分の農地が持てた後もディルクに以前と同じような感覚でこき使われていた、と感じていたようですね。ティモは元からの自作農でしたが、ディルクに対して以前から思うところはあったようです」


 「今回の村長問題って、結局根っこは元小作農と自作農の対立みたいなことなのかな?」


 「多分にその要素が強そうですね。ただ、実際村長をどうするか、については簡単には決めきれません。今日はグダグダに終わってかえって良かったですよ。

 どうもペーターは連絡係として各戸を回る時にそういった元小作農の不満を煽り、自分が村長になって変える、みたいなことを根回ししていたようです。候補者を絞って札入れみたいなことになったらペーターが村長になっていたでしょう。

 私も今日、色々村人たちと話して聞いた情報をまとめると、どうもティモかペーターどちらかに村長を任せれば良いという単純な話ではないと感じました」


 「ペーターに村長を任せるとどのような不都合があるのだ?」


 マッシュがハーマンに尋ねる。マッシュにすれば村長として仕事を滞りなくやってくれさえすれば村長は誰でもいいのだ。


 「実務能力ですよ。結局元小作農のペーターでは、簡単な読み書きや多少の計数はできますが、大きな数の計算はできませんし予算、決算といった概念が解っておりませんから、王家領の畑の作物の総取れ高を見積もったり、必要な肥料の数を確認したり、実際に収穫後どれだけの多寡が出たのかなどが把握できません。ペーターは私に対してディルクの分配の不公平をずっと訴えて来ましたが、総額どれくらい、労働に対してどれくらい、というような分配基準の付け方などは計算できないようでしたからね。単純な金銭の多寡が不公平の根拠のようです。その辺りのことはやはり元自作農で多少でも教育らしいものを受けられた者でないと難しいんです。

 まあ分配の不公平については元自作農で計算もできるティモも言っていたので、やはりディルクの分配の仕方は偏っていたのだと思いますが。

 それで、ぶっちゃけペーターが村長になると私の仕事がシャレにならないくらい増えてしまいます。それこそ私が専属になってずっとフライス村から私が離れられないくらいには。まあ私としてはそれでもいいかなあ何て思ったりしますけど」


 「おい、ハーマン、それは私が困るぞ。ならばティモを村長にすればいいのか?」


 マッシュが慌ててそう言う。マッシュにとってハーマンは実務官僚として手放せないようだ。


 「そうですね、ティモならばその辺りは滞りなくやれると思います。ただ少し気掛かりなのは、ティモが村長になると、言い方は悪いですが反抗的になる可能性がありそうなんですよね」


 「反抗的? 王家に対してか? まさかそこまで愚かなことはせんだろう」


 「まあ正面切って武力蜂起、何てことは流石にしないと思いますが……頻繁に手を抜く程度のことはするんじゃないかと。農地解放とそれに伴う税のありかたの変更によって、現状王家に対する農民の税というのは王家の農地の耕作労働が主です。道普請などの労役もありますが、これは村人の生活のためでもあるので、ちょっと別枠で考えたほうがいいのでおいときます。

 先程のジャイアントボアの食害に対してのディルクの反応の薄さがいい例ですが、農民にとっては収穫物が全て自分の物になる自分の畑の方が大事です。王家領の畑はただでさえ手を抜きがちな上、自作農だったティモにとっては王家の農政改革によって小作農に自立され、自分の農地の生産量がガタ落ちしたと逆恨みもあります。まあ実際は農政改革前まで自作農が納めていた収穫の4割を税として納めなくても良くなったのでメリットも大きいと思うのですが、どうも自分が被った不利益は大きく感じるようでしてね。

 王家領の耕作割り振りを恣意的に割り振って、王家領の畑の収穫量を少しづつ落としていく、くらいのことはやりそうなんですよ。実際他の村でもここ数年、少しづつ収穫量は減少しています。言いたくないですが各村意識的にしろ無意識にしろ、そういった傾向は出ています」


 「むむ、確かに。どうもここ数年、以前に比べ魔物の食害だったり、土地の地味が変わったなどの理由で収穫量が落ちているが……ただノースフォレスト地区だけでなく、王家直轄領全般でそういった傾向だそうだぞ。各地の代官に、収穫量の低下を抑えるように通達が来ている」


 「まあ王家直轄領全般の傾向ということなのでしたら、多分全ての村々でこうしたことが起こっているのでしょう。要するに自分たちの畑が持てるようになった元小作農は意欲的になったけれど、反対に地位が低下した元自作農は意欲が落ちている。村のまとめ役である村長職は、どこも代々世襲で選ばれているので多くは元自作農が就任しており、新しい農政に対応しきれていない、あるいは意欲が落ちているので意図的に手を抜くようになっている。まあそういうことなのでしょうね」


 「でもさ、ハーマンさん、いくら何でもそんなにはっきりわかる程に手を抜くものなの? 実際ジャイアントボアの食害も出てる訳じゃない? たまたまってことはないの?」


 俺はここまでマッシュとハーマンの話を聞いていたが、二人の話だとこの小作農への農地解放が失敗だったように言われているので黙って聞いているのがいたたまれなくなったのだ。


 「ノースフォレスト5ヶ村の場合は確かに食害自体が増えています。まあこれに関して言えば原因ははっきりしていて、第5騎士団の害獣駆除が殆ど行われていないからなんですけどね。特にフライス村にはここ数年まったく第5騎士団の害獣駆除部隊が派遣されていません。まあクリン村ですら害獣駆除の依頼をしてから対応まで1週間以上かかってやっとですし。

 実は今回のジャイアントボアによる食害も、第5騎士団に害獣駆除の要請は出しているんです。それこそ最初に王家領の畑にジャイアントボアが出た時に。いまだに全く第5騎士団からの返答はありません。

 それもあってか、ティモは少し王家を軽く見ている節があるのですよ。自分たちの畑に食害が及ぶようになっても全く動いてくれず頼りにならないというように。

 ディルクは多分、王家領の畑の労役を上手いこと不自然に見えないように目立たず少しづつ収穫量を毎年落とそうとしていたようですが、ティモは王家の実行力をディルクよりも侮っているように見えますので、様々な理由を付けてガクッと収穫量を落とすことを下手したらやるかも知れません。

 その場合は処罰するしかありませんが、そうなる可能性がある男を村長に据えるのもためらわれますよ」


 「ディルク達が自警団を作った時にダイクと雪狼たちの協力の申し出を断ったのも、自分たちの農地だけを守りたかったからってことなのかな? ダイク達が助力すると王家領の畑も守ることになるから収穫量を落とせないって考えだったのかな」


 「流石にそれは穿った見方すぎるんじゃないかと思いますが……断言できないところが何とも。

 一番の理由ははっきりしてます。デンカーさんやダイクさん達は、この村ではデンカー商会の人ということになっているでしょう? だからディルクやティモ達からするとデンカー商会の手代のダイクさんが雪狼を使ってジャイアントボアの駆除をすると、後で多大な駆除費用を吹っ掛けられるんじゃないかって勘ぐっていたみたいですよ」


 雪狼と言えば、ルンベック牧師にまだ礼を言っていなかった。


 「すいませんルンベック牧師。ダイクが配下にした雪狼たちを村内に入れられるように村人たちに口利きしていただいたみたいで。お礼が遅くなって申し訳ありません。ありがとうございます」


 「なーに、お安い御用ですよ。ただ雪狼たちが村人を襲わないって言って回るくらいでしたからね。群れのリーダーのボスでしたか? ボスにうちで預かってる孤児のマリアとジャンを乗っけて村内をぐるっと回って、会った村人と世間話をする程度で済みましたよ。

 私が以前住んでいたテルプでも、獣人が雪狼を使役してたんですよ。ですから私自身はさほど心配はしていなかったですしね。ダイクさんがしっかり雪狼たちに目印も付けてますから。

 雪狼たちの食害魔獣の駆除も教会から資金を出しているって言えばよかったかな? 代官殿に多大な恩が売れたでしょうね」


 「いやいやルンベック牧師、流石にそれを言われてしまうと私のメンツが立たん。今後も止めてくれ。ハーマン、それについては村人に言ったのだろう?」


 「ええ、先程歓談の時に言っておきましたよ。男爵が駆除の費用を出しているというように。デンカーさん達はそれで良かったでしょうか? 必要ならば費用のお支払いはいたしますが」


 「ダイク、駆除費用はどうしたらいい? なにがしか貰った方が良ければ出してもらおうと思うけど」


 「正直に申し上げると、特に費用は必要ありません。雪狼たちへの報酬はジャイアントボアの肉で十分ですし、私自身の報酬は、ジョアン殿下の護衛騎士として頂いておりますから。この村を守るというのも広義で解釈すればジョアン殿下をお守りする一環だと思っておりますので。

 強いて言うならば、この村に対しての狩猟許可を永続的に頂きたいとは思います。それと、毛皮をなめせる専属の職人が何人かいれば有難いですね。村人たちになめしをお願いしようと思っても、私たちには支払える資金がありませんから」


 「なめし専属の職人を見つけてくるよりは、報酬として幾らか支払った方が私たちとしては有難いのでそうさせて貰っても良いですか、ダイク殿。その報酬で村人になめしを依頼していただきたいと思いますが。また、なめした毛皮の販売なども狩った者に許可いたしますよ。

 狩猟許可については一年ごととなりますが、毎年フライス村村民に出すことにいたしましょう。第5騎士団があてにならない現状ではそうしていただかないことには食害を抑えられませんからな」


 マッシュがそう判断を下した。


 「じゃあダイク、そうしてもらおうか。なめしのお手伝いはまた追々探そう」


 「私が村人に声をかけておきますよ。多分貴重な現金収入の機会ですからやりたがる者はけっこういるでしょう。まだ小さいですがうちの孤児たちもなにがしか手伝えると思いますしね」


 ルンベック牧師がそう言ってくれる。


 「ルンベック牧師、ありがとうございます。

 ところで村長の件、どうしますか? 私としてはエリックがもう少し知識も体も成長したら任せられると思うんですが」


 「今年に関しては、亡きディルクが決めた割り振りで作業を進めてもらいましょう。収穫後の確認作業など事務的なことは私が1週間から10日ほど集中してフライス村に滞在して行えば何とかなると思います。

 先延ばしになってしまいますが、来年までに何がしかの形で決着できれば良いのではないでしょうか。急いで決めてもしくじりそうですし。いかがです、男爵」


 ハーマンがマッシュにそう提案する。


 「むむ、ハーマンをそれだけ取られるのは私にとって痛いが……致し方ないか。久方ぶりに私自身も事務仕事で手を汚さねばならんなあ。まあここを何とか乗り切らねばならんしな。更にその後王都に陳情か……頭が焼けてしまうようだ。

 殿下、早くメカブ茶を沢山流通させてください、あるだけ買いますから」


 「お得意様ができてよかったですよ。フリッツに催促しておきますね」


 「ところで、みなさんにお聞きしたいことがあるのですが」


 ダイクが珍しく自分から皆に質問するようだ。


 「先程デンカー坊ちゃんにも少し話したのですが、ディルクが亡くなる前後から私と雪狼たちは食害を引き起こしそうなフライス村周辺の魔獣らを狩っていますが、毎日ジャイアントボアを少なくとも2,3頭仕留めています。多い日は5,6頭になります。大抵の場合、これだけ毎日狩っていると、狩られる側も警戒して村周辺に近づかなくなるのが普通です。雪狼たちも匂いで縄張りを主張させているのにもかかわらずです。

 私はフライス村には今年来たばかりなので毎年どの程度の食害魔獣に村が襲われているのかわからないのですが、これが普通のペースなのでしょうか? だとしたら毎年とんでもない食害に遇っていると思うのですが」


 「……いや、確かに毎年そこまで多くの食害魔獣は出ていないと思います。ダイクさんの言われた通りだとするとこの10日間で少なくとも30頭のジャイアントボアが出ていることになりますね。多すぎます」


 ハーマンが何か考えこみながら言う。


 「ダイクさん、ジャイアントボアはどちらから来るのです?」


 「村の西側から来ることが多いようですね。ジャイアントボアの他にもアルミラージなどが西から東へ移動しているのを見かけますし」


 「昔からこの村の魔獣被害は東の暗き暗き森から来る魔獣によって引き起こされることが多かったのですよ。まあ厳密に言えばこの村の周辺の森は全て暗き暗き森の一部ですが。それでも西側から魔獣が来ることは殆どなかったのです。

 この村の西側の森の奥で何か異変が起こっている可能性がありますね……」


 「有り得る可能性としては何らかの地質的な異変か、強力な魔獣が移り住んで来たか……テルプでは火山活動が始まる前に魔獣や動物が大移動した例がありますな」


 ルンベック牧師がそう言う。


 「この近くに火山なんてありましたっけ」


 「所々温泉が湧いているところがありますし、大地のことはわかりませんよ。テルプの時の火山活動も、起伏の殆どない森が突然火を噴き出したと思ったら見る見るうちに溶岩が堆積して山になっていきましたからね」


 「強力な魔獣だと、どんなものが考えられますか」


 「あまりアレイエムでは目撃例がないですが、キマイラやミノタウロス、ワイバーンなどですね。キマイラやミノタウロスはトリエル辺りに生息していますが……ワイバーンはマル山脈を棲家としています。ただキマイラやミノタウロスがトリエルからアレイエムに移動してきたとしても、流石にこの森まで来る間にどこかの都市や村で被害が出ているか、少なくとも目撃されているでしょう。ワイバーンもキマイラも飛行はできますが、それほど長時間飛べるわけではないので、アレイエムでも東に寄っているこの辺りまで来るというのはちょっと考えづらいですね」


 「ドラゴンとか……どうですか」


 「殿下、流石にドラゴンは目撃例がありませんよ。伝説上では大地の化身とされていますから。イグライド王家の先祖はドラゴンだった、みたいな伝承しか残っていません」


 「……何にせよ、第5騎士団に調査を要請してみる他ありませんな。害獣駆除では全く動いてくれませんが、異変の調査なら重い腰を上げてくれるかも、と期待して……」


 マッシュが自信なさげに言う。


 いや本当に、何なんだ第5騎士団。

 テルプに備えるにしても、領民の安全は守らないといけないだろうに。


 まあ要請はマッシュに任せるしかない。



 俺って本当に出来ること少ないな。王子とは言っても。


 またまた俺の胸に苦い思いが去来した。






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