第75話 エリックの話




 俺とリューズは代官屋敷の外に出たエリックを追っかけた。


 代官屋敷の外に出ると辺りは真っ暗だ。

 空には半月が出ているが、それほど月明かりは強くなく、近くが何となくぼんやり見える程度。

 そう言えば夜、トイレや風呂に行く時は松明を使っていたから、こうして空を見上げることもなかった。前世と同じく月は1つだ。月の表面の模様を何かに見立てるのはこの世界でも同じだろうか。うさぎの餅つきなんて言ってるのかな。


 そんなことを一瞬考えたが、リューズが松明に火を付けたので辺りは明るくなった。


 エリックはやはり松明を付けずに外に飛び出していたので、暗闇の中で動けなかったのか代官屋敷の前庭の石垣付近で立ち止まっていた。


 「エリック、急にどうしたの?」


 リューズがそう言って声をかける。


 『リューズはエリックと知り合ってたのかい?』


 『ジョアンがハールディーズ領に行ってる間に何度か挨拶したりはしてたよ。それほど深い話をしていた訳じゃないけどね』  


 別に日本語で聞かなくてもいい内容だが、何となく日本語でリューズに尋ねると、リューズも日本語で返答した。


 「エリック、私はジョアン=デンカーといって、バーデン男爵に良くしてもらっているデンカー商会の息子なんだ。エリック、さっきは泣きながら何も言わずに飛び出してたけど、みんなエリックが急に飛び出したら心配になると思うよ。どうしたの?」


 俺とリューズはエリックに近づきながら、そう問いかけた。

 エリックは、下を向いて俯きながら泣いているようだ。

 エリックの気持ちを考えてみる。一体どうして泣いているのだろうか。

 ペーターとティモ、二人の父親の右腕だった男に責められているのがつらいのか。

 それとも父親の死で急に村長の重責を負わされるのが不安で仕方ないのか。

 それらもあるだろうが、やはり一番は……


 「私はしばらくフライス村を空けていたので詳しく知らなかったけど、リューズ、ディルクさんが亡くなったのって何日前なの?」


 「かれこれ10日になるかな。教会で葬儀をして、教会の墓地に埋葬されたのが8日前。

 エリック、お父さんが亡くなってから10日しか経ってないのに、お父さんのことを皆が悼んでくれないのって寂しいし悲しいよね」


 リューズはそう言って、泣いているエリックの肩に手をかけた。


 リューズの方が背が高い。リューズは実年齢8歳だが、エルダーエルフで成長が非常に早いので、もう160㎝弱はある。

 エリックは11歳だが、あまり栄養状態が良くはないので、140cmにやや満たない。

 そして俺は、フライス村に来てからも身長が伸びたが、まだ120㎝もない。

 傍から見ると、お姉さんと末の弟が長兄を慰めているように見えるだろうな。


 リューズがエリックの肩を優しくさすり、俺は手を伸ばしてエリックの背中をゆっくりさすっていると、エリックがようやく口を開いた。


 「……どう、じで、どうじゃんが、んだら、ぼぐのごど、みんなで、めるん、だよう……何でどうじゃんが、んだ途端どだんに、どうじゃんの悪口わるぐじ言い出じで、ぼぐのぜいにずるんだよう……」


 泣き止んでいる訳では無いので、涙声で聞き取りずらい。


 「うん、そうだよね、つらいよね」


 リューズはエリックの肩をゆっくり撫でている。

 もしかしたら治癒魔法をかけているのかも知れない。

 俺がハンカチをエリックに渡すと、エリックはそれで鼻をかんだ。


 「エリックはお父さんが突然いなくなったんだもんね。悲しいし、どうしたらいいかなんて考えられないよね」


 俺もそう声をかける。


 前世でも今世でも、俺が身内を亡くした経験は今のところ前世の祖母だけだが、友人は何人か亡くしている。身近だった者の死は、受け入れるのに時間がかかるものだ。

 悲しみが襲って来るタイミングもまちまちだ。死の直後に悲しみややりきれなさが強烈に押し寄せひどく混乱するが10日経てば消化できることもあるし、しばらく心がマヒしたかのように普段と変わらず過ごしていても、突然思っても見ないタイミングで悲しみと喪失感が襲って来ることもある。

 11歳で初めて親の死を経験したエリックの場合も、10日経ってもディルクの死を自分の中で消化していないのだろう。


 「どう、エリック? 少し落ち着いたかな?」


 リューズがそうエリックに声を掛ける。やっぱり治癒魔法を使ってたんだろう。治癒魔法を使ったらゲームの様に光ったりすればわかるんだろうけど、そこまで都合よい世界ではない。使われた場合の実感だけだ。


 多分エリック自身は治癒魔法を使われたって気づいてないかも知れない。


 「エリック、皆の前で言いづらいことがあったら、私とリューズにだけ話してよ。私が小さくて頼りにならないと思うんだったら、リューズにだけ話すつもりでもいいよ。私はエリックに聞いたことをエリックの許しが無い限りはみだりに人に話さないからさ」


 「そうだよ、エリック。悲しい事や辛い事って、自分で消化しないといけないことではあるけど、人に話すと少し重荷が軽くなるんだよ。ボク達に話してみて。話しているうちに、自分自身も少しだけ気持ちが整理できるからさ」


 エリックはようやく泣き止んだようだ。


 「ほら、ここ座って、落ち着いて話してみて」


 リューズが石垣の傍らの石にエリックを座らせた。

 俺とリューズは地面に座る。当然、俺は正座だ。

 リューズが持っていた松明は俺が受け取り支える。


 「父ちゃん……ずっと厳しかったし……畑のこと……ずっと怒られてばっかりだったんだ……」


 エリックがポツリポツリと話出した。


 「無駄飯食わせる余裕……もう家にはないから……とにかく畑で働け……って」


 「……」


 俺とリューズはエリックの話を黙って聞いている。とにかくエリックの胸の内に溜め込んだ思いを吐き出してもらう。村長の仕事がどうとかはその後だ。


 「おまえは長男なんだから、とにかく畑の仕事覚えて家族皆を食わせないといけないのに、おまえは全然覚えが悪いって、何で何年も俺がやってること見てるのに覚えられないんだって、何度も何度も引っ叩かれたし……10歳になってやっと畑一枚任せてもらえるようになって、やっとこれで引っ叩かれなくて済むって思ったのに、秋になって収穫が終わったら、ここの畑でこれしか取れないのはお前の作業が悪いからだってまた棒で何度も何度も引っ叩かれて……父ちゃんが酒飲んで機嫌悪くなると、そのたんびに引っ叩かれる……夕方家に帰るのがずっと嫌だった……弟たちはまだ小さいから父ちゃんと一緒に作業してる時は引っ叩かれたりしてたけど、僕よりは全然少なかったし……」


 前世だったら余裕で虐待案件だ。児童相談所に直行だ。しかし今世にそんな組織はないし、他の家の子供の話を聞いてる訳じゃないが、こんな家はザラなんだろう。

 最もこれが一般的だからといって、常時親からの暴力に晒されている子供の心が平気かっていうと、そんな訳はない。


 「お前がしっかり働いてたら、母ちゃんのお腹の子供だって食わせられたかも知れないのに、お前の働きが悪いから神に返さなきゃならなかった、お前が悪いって言われて……末のヨゼフは弟か妹ができるって喜んでたのに……僕のせいで……僕のせいでって……父ちゃんが酔っぱらうたびに言われて……」


 エリックがまた泣き出しそうになったので、リューズがまたそっと肩をさする。


 「だから……父ちゃんが死んだって聞かされた時に最初に思ったのは、嘘だ、あんな怖い父ちゃんが死ぬはずない、って……あんなに思いっきり僕のこと引っ叩いてた力の強い父ちゃんが死ぬはずないって……そう思ってた。でも、教会に運ばれて棺に入れられた父ちゃんは青白くて動かなくて……本当に死んだんだ、もう家に父ちゃんは帰ってこないんだ、って思ったら……」


 エリックはそこで言葉を切って、その次の言葉を言うのを長くためらっている様子だった。


 エリックの次の言葉は予想がついている。長い間晒されてきた暴力が、突然なくなったのだから。

 ただ、エリックは自分のその感情を口に出すのは憚られると思っている。


 「エリック、いいんだよ、思ったことを言って。ボクもジョアンも、エリックが思った事で責めたりしないよ」


 「そうだよエリック。ずっと耐えてきたんだから、どう思ったとしてもそれは責めるようなことなんかじゃないよ。オーエの神は牧師様の話を聞く限りとても寛大だよ。この世の摂理のあるがままに、起こった事、思った事は全て見ておられるけれど、それを責めたりはされない。だから、エリックがお父さんが死んでどう思ったとしても、それはこれまでのお父さんの行動の結果なんだ。オーエの神が責めたりはしないさ」


 俺とリューズがそう声をかけると、エリックは俯いた姿勢で俺とリューズの様子を上目遣いで暫く観察するように見た後、おずおずと言った。


 「父ちゃんがもう二度と家に帰って来ないって思ったら……すごくホッとした……もう二度と父ちゃんに叩かれたりしなくていいんだって……心の底から安心したんだよ……、ねえ、本当にこんなこと思っていいの? 僕はひどい人間じゃないの? 母ちゃんも、弟たちも、皆悲しがって泣いてたんだよ。僕も泣かなきゃいけないって思った……けど悲しいって思うより、その時は本当にホッとして涙が出てこなかった……僕は父ちゃんが良く言ってた、獣人みたいな獣の心だから、人の心を持っていないから、父ちゃんが死んでも涙が出ない、そうじゃないの?」


 「エリック、ディルクさんに叩かれて嬉しかったわけじゃないだろう?」


 「嫌で嫌で仕方なかったよ! 物凄く痛いし、次の日痛いのを我慢して仕事しなきゃいけないから、仕事もはかどらなくって、また叩かれるんだよ! もうずーっとそれが何時までも続くのかって思うと、生きてるのが嫌になるくらいだった! 母ちゃんに言っても、母ちゃんがそれを父ちゃんに言うから、父ちゃんの機嫌が悪くなってまた叩かれるし、ずーっとずーっと延々といつまでも僕はこのままなのかと思ったら……」


 「それだけ毎日毎日怒られて叩かれてたらさ、そりゃあ突然それが今日から無くなったんだって思ったら、安心するのは当たり前だよ。それは普通の心の動きだと私は思うよ。オーエの神だって咎めたりはしないさ」


 「本当に? 本当に僕は人の心を持っているの? おかしなことじゃないの?」


 「全然おかしなことじゃないよ。 それにね、エリック、私の商会の手代で狼人間ワーウルフのダイク、彼は狼人間ワーウルフだけど人の心の痛みやつらさをわかってくれるだよ。

 私がちょっと調子に乗って恥をかいたら、それを他の人に気取られないようにしてくれたりしてね。すごく細やかな気遣いができる人なんだよ。

 獣人だから人の心が解らないなんてこともない。彼等は姿や能力が私たちと違っているだけで、心は私たちと一緒なんだよ」


 「エリック、ボクもエルフだからさ、人とはちょっと姿かたちが違ってるけど、心は人と変わらないよ。嫌なことされれば嫌だし、ひどいことを言ったりする人は嫌いになる。ジョアンはいつもボクが女だってことを気にしないでひどいことを言うからね、ボクはジョアンのことは嫌いだしね」


 「リューズ、私はそこまでひどいこと言ってないと思うよ」


 「人がトイレに行く時に、それをわざわざ口に出すのはひどい事だと思うけどなあ」


 「そんなの毎回言ってる訳じゃなかったじゃないか。いつまでも根に持つのはやめてよ」


 「ジョアンがベルシュに行ってくれて、やっと嫌な事を言う人が居なくなったってボクは凄くホッとしたよ。何ならもう少しベルシュに行っててくれても良かったのになぁ」


 そんな俺とリューズのやりとりを聞いているエリックが、少しだけ気持ちが和らいだように感じた。


 「エリック、だからね、エリックが安心したのは当たり前の心の動きなんだよ。嫌な人が居なくなってホッとするのは当たり前なんだ。ボクがジョアンが居なくなってホッとしたみたいにね。

 でも、ボクはボクに嫌な事を言うジョアンは嫌いだけど、ジョアンのこと全てが嫌いってわけじゃないんだ。ジョアンにもいいところがあるしね。だからジョアンがしばらくここに居なくなって、寂しかったりもしたんだよ。

 エリックも、エリックを叩くお父さんのことは嫌いだったと思うけど、お父さんが居なくなってさみしかったり、不安になったり、そうなったんじゃないの?」


 「うん……父ちゃんの葬儀が終わって、ずっと母ちゃんは泣いてた。弟たちも泣いてて……でも畑仕事はやらなきゃならないから弟たちを連れて畑にいつものように行ったんだ……それで思ったんだ。こんなに広い畑を、僕は父ちゃんの代わりに耕したり作物を植え付けたりしなきゃならないんだって……父ちゃんはこれだけの仕事をずっとやってたのかって……そう思ったら父ちゃんが死んだってことを凄く重く感じて……僕はどうしていいのかわからなかったんだ。弟たちは父ちゃんと一緒にやってた草取りを始めたけど、やっぱり父ちゃんがいないからか、段々遊び半分にやるようになって……それで僕は父ちゃんみたいに弟たちを殴りつけたんだ。僕がこんなに困ってるのに、呑気に遊ぶことを考える弟たちが憎たらしかった。

 それでその日の作業をなんとか終わらせて家に帰ったら、弟たちが僕にひどく殴られたって母ちゃんに告げ口したんだ。それを聞いた母ちゃんは僕を引っ叩いて怒った。父ちゃんが死んでおまえがしっかりしないといけないのに弟たちをいじめてどうするんだ、って。それで次の日からは弟たちは畑に行かせないで母ちゃんの手伝いをさせる、近所の人に畑のお手伝いを頼むから、僕は手伝いに来てくれた人と一緒に作業しろ、って言われてたんだ。

 母ちゃんに告げ口した弟たちをまた憎たらしく思ったけど、でも弟たちからしたら怖い父ちゃんがいなくなって少し気が緩んだのかな、弟たちも僕と同じ気持ちだったのに、怖い父ちゃんがいなくなったら僕が父ちゃんみたいに振る舞って、それが嫌だったのかな、そんな風に思ったんだ」


 「お父さんがやってたことの大変さがわかったのに、急にそれを全部やれって言われて困ったんだね。それなのに弟たちが呑気にしてるように見えて、そのやるせなさを弟達にぶつけて、殴って気持ちを晴らそうとしちゃったんだね。

 あまり褒められたことじゃないけど、そういう気持ちになるのはわかるよ」


 「うん、その時思ったんだよ、父ちゃんのお陰で生活できてたんだって。僕が本当に大したこともできなかったからあんなに父ちゃん怒ってたんだって。僕が弟たちを殴りつけたのとおんなじ気持ちで父ちゃんは僕を何度も殴ってたんだなあって、そう思ったんだ。それで、その時になって父ちゃんごめんって、涙が出てきたんだ」


 「ボクはディルクさんがエリックをそんなにひどく何度も殴ってたことって、全然当然だとは思えないけれど、でもディルクさんの大変さをエリックがわかってくれたのはエリックが一つ大人になったってことだと思うよ。でも急にだと、どうしていいのかわからないよね」


 「……次の日から、ペーターやティモが自分の畑作業が終わったら手伝いに来てくれるようになって、遅れてた作業はできるようになったんだ。

 ティモは色々教えてくれるんだけど自分の畑がけっこう広いから、来てくれるのは3時を過ぎた頃だった。ペーター達はもう少し早く来てくれるんだけど、その時にペーターに色々と言われた。同じ村内だから仕方なく手伝いに来てる、お前の親父の分配は偏ってたのに来てやってるんだからもう少し便宜を図れ、って。全然僕が知らないことだったからわからないって答えたら、お前は能無しだ、って言われて。

 ティモが来てくれた時に僕がペーターに言われたことを考えて作業してたらティモには自分の父親の割り振りなのに全然気持ちが入ってないって怒られて。

 ペーターは毎日のように僕に分配がどうこうって言って来るし、ティモは色々作業については教えてくれるんだけれどペーターに言われたことを相談しようとしたら、それはお前が決めることだって言われるし。

 ティモは、お前の親父はいい奴だったとは言えないけど、村の為に先頭に立つことはしてた、お前はジャイアントボアの駆除をよそ者に任せっきりで良いと思うのか、自分の手で村を守ろうって気はないのかって言うんだけど……畑のことだって僕は満足にできないのに、そんなことまで考えられないっていったら意気地なしだな、って言われたんだ。

 でも、僕は雪狼たちには敵わないし、雪狼たちがやってくれるんだったらそれでもいいんじゃないかって思うし……代官屋敷にいる雪狼は僕たちを襲うってことはないのはわかったし……

 母ちゃんにも、畑でペーターやティモに言われたことを話したら、お前が父ちゃんの後を継いで村長にならないといけないんだからお前がしっかりしろ、そればかり言われるんだよ。

 どうやったら僕がしっかりしたって思われるのかわからないんだ。だって誰も、母ちゃんも教えてくれないんだよ。

 どうしたらいいのかなんて、さっぱりわからないよ……

 父ちゃんが生きてたら教えてくれたのかも知れないけどさ……

 村長になりたいのかどうかなんて、村長が何をするのかもわからないのにやりたいもやりたくないもないよ……」


 「そうか、エリックは急にわからないことを言われて、誰も教えてくれないのにとにかく色々求められてて困ってるんだね。

 それじゃああんなに村人が集まって、代官の男爵もいる前で、何か聞かれても答えようがないのはしょうがないね」


 急に自分の知らない責任を押し付けられて戸惑ってしまっているのだ。


 ディルクがとにかくエリックに仕事を覚えさせようと暴力を使ってばかりいたことも、エリックの自信を喪失させている。


 エリックの考え方の根っこは曲がってないと思う。


 弟たちを殴ったことを自分なりに分析して考えることができているのがその証だ。


 ディルクの暴力からディルクが死んだことで解放されてホッとした、その気持ちを恥じ入る部分も自分を客観視できているからだろうし、道徳観が根付いているからこそだと思う。


 将来的には、エリックのような人間が村長になるべきだと思う。


 ただ、現時点で村長を任せるのは、エリックにとっても重荷になり、潰れるだけだろう。


 「エリック、弟たちとはその後どんな感じなんだい?」


 「弟たちは僕のこと、何となく避けてるみたいな気がするよ。いつも母ちゃんにべったりしてる感じだよ」


 「エリック、弟さんたちに、エリックの気持ちを正直に話して、殴ったことは謝った方がいいと思うよ。エリックは弟さんを殴ったことは当然で、全然悪いことはしてないって思ってるの?」


 「……自分が父ちゃんに散々殴られてたから、殴られたら嫌だって思うよ。

 弟たちを殴ってる時も、殴れば殴るほど自分の思い通りにならない弟たちが憎たらしくなって、どんどん殴りたくなるんだ。後で思い出すと嫌な気分になったよ」


 「そういう自分の気持ちも正直に弟たちに話してさ、それで今後は殴らないようにするって、そう伝えた方がいいよ。多分、相手が思い通りにならないからって暴力を振るってる時って、相手に自分の気持ちが何で伝わらないんだって殴ってる方はイライラすると思うけど、殴られてる方はただ殴られないようにその場を切り抜けようとしか思わないからね。卑屈な、服従する態度にしかならないんだよ。それで殴られた恨みとやり返したいって気持ちだけが残るからね。自分の気持ちを伝える手段として暴力を振るうのって何にもいいことないんだよ。

 エリックの弟と同じくらいの年の私が言っても、説得力ないかな?」


 「……何となく言いたいことはわかるよ。やっぱり商人の子は色々と世間のことを僕たちより知ってるんだなって、そう思ったよ」


 「じゃあさ、リューズに家まで送ってもらうから、エリック一人だとうまく弟たちと話が出来ないかもしれないけれど、リューズにエリックが弟たちと話せるように一緒に仲立ちしてもらおうよ」


 「……でも、男爵たちとの話の途中で出て来ちゃったから、あとで罰とか受けることはないかな……」


 「男爵たちには私から上手く言っておくから心配しないで。エリックのお母さんにもね。

 じゃあリューズ、エリックをよろしく頼むよ」


 「わかった。ボクに任せておいて」


 そう言ってリューズは俺から松明を受け取った。


 『くれぐれもエッチなことはしないでね』


 俺は日本語でリューズにそう注意した。当然リューズを心配してのことだ。万が一があっては困る。マリスさんに何をされるか判らない。


 パシッ


 俺の左の頬っぺたがリューズに張られて乾いた音を立てた。


 「……エリック、ボクはジョアンのこと物凄く大っ嫌いだから、早く行こう」


 リューズはそう言うと、エリックの左手を取って代官屋敷の敷地を出て行った。


 リューズのことを思って注意したのに、解せぬ。

 とはいえ、やっぱりデリカシーには欠けてるんだろうな。いや、スマヌ。



 さてと、エリックのこと、マッシュ達に何て伝えようか。

 マールさんにも話をしないとな。

 ドノバン先生やルンベック牧師にも協力してもらった方がいいか。


 俺はリューズに引っ叩かれた左の頬っぺたを擦りながら代官屋敷の中に戻った。



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