王都帰還前の一仕事

村長不在の村

第73話 久々のフライス村




 ハールディーズ領ベルシュからフライス村までは馬車で3時間の道のりだ。


 ベルシュ周辺の村を過ぎたらフライス村までは延々森の中の道だ。

 ベルシュを出て1時間程でハールディーズ領と王家領の間の関所。ここで通行税を支払い通過する。今回は王家直轄領に戻るので、ハールディーズ家の関所詰めの衛兵は誰何すいかだけ。王家の詰所の衛兵に通行税を支払い通行する。

 関所を通行して小一時間、突然馬車が止まった。


 「どうしたのでしょうね?」


 ドノバン先生が呟く。


 「ちょっと御者に聞いてみますか」


 ハンスが御者に声を掛ける。


 「街道脇の森の中に雪狼が3頭いてこちらを見ているので馬が怯えているってことみたいです」


 それを聞くとドノバン先生は何か気づいた様子で、馬車の前面を守る様に騎乗している護衛騎士2名に声をかける。


 「護衛騎士の方! 雪狼の左足に布が巻いてあるかどうか見て下さい!」


 ドノバン先生がハールディーズ家が付けてくれた護衛騎士に大声で伝える。


 護衛騎士が遠目で警戒しながら確認したところ、布が巻いてあるのが見えると答えた。


 「でしたら、私たちの騎士が配下にした雪狼たちです。私たちが村に戻るので周囲の警戒に来ているのでしょう。馬を落ち着かせたらそのまま通行していただいて大丈夫です」


 ハールディーズ家の護衛騎士と御者は半信半疑だったようだが、ドノバン先生が雪狼に向かって「隠れて!」と大声で怒鳴ると雪狼たちが森の奥に隠れたので、馬も落ち着きを取り戻し馬車は元通り動き出した。


 「ダイクが配下にした雪狼が街道沿いに姿を表わすなんて珍しいですね。1か月前は暗き暗き森の中で哨戒していたと思いましたが」


 俺は不思議に思い聞いた。


 「殿下たちがハールディーズ領に向かわれてからしばらくして、フライス村の畑が何か所かジャイアントボアに荒らされたのですよ。作物の収穫が近づいてきたので狙われたんでしょうね。

 暗き暗き森の、私たちが入った方面は雪狼たちが村に近づく魔物は狩っていたんですが、フライス村の周りは全て森ですから、他の方面からも入り込めるみたいなんです。

 それを代官のバーデン男爵に相談したところ、私たちに狩猟の許可をいただきまして。夜になると荒らされるので、ダイクさんが配下の雪狼と共に、夜に出てきたジャイアントボアを狩ったのですよ。

 村人たちも自警団を組織し、それで被害が収まった他、被害が出た畑の持ち主にジャイアントボアの肉を捌いて渡したりしたのとルンベック牧師の口利きで、雪狼たちは村人たちに認知されたんですよ。ダイクさんが頑張りました。

 ただ、色々と……まあそれは村に着いてからお話しましょう」


 ダイクの奴、自分と雪狼たちを村人に認めてもらおうと頑張ってくれたみたいだ。


 何かドノバン先生は奥歯に物が挟まったような言い方だったけれど、まあ村に着いてから聞こう。


 しかし今まで知らなかったけど、作物が実る時期になるとジャイアントボアなど草食の魔物が作物を狙ってく出没しているみたいだな。これはしっかり対策を立てておかないと、毎年結構な作物の食被害が出てるんじゃないだろうか。

 その辺りは本当村長ディルクも何も言っていなかった。もう少ししっかりディルクの話を聞いておけばよかったかなと思う。

 まあ今日の夜代官マッシュが来るし、その時にディルクから話を聞いて、マッシュと一緒に対策を考えて見よう。



 馬車がまた動き出してから1時間弱で俺たちはフライス村の代官屋敷に到着した。


 代官屋敷の前にはダイク、ピア、リューズが出てきていて俺たちを出迎えてくれた。


 傍らには雪狼たちが5頭程たむろしている。さっき街道沿いの森の中で見かけた雪狼たちが俺たちが戻ってきたことをダイクたちに知らせたのだろう。当然その中にはフデもいる。


 「お帰りなさい殿下。ご無事で戻られ何よりです」


 ダイクが居残り組3人を代表してそう挨拶をする。


 「ダイク、私たちが不在の間フライス村のためによく働いてくれたみたいだね。ドノバン先生から少し聞いたよ。雪狼たちと一緒に村に出たジャイアントボアを退治してくれたって」


 「有難きお言葉ですが、結局対策が後手に回ってしまったことは私の落ち度です。農作物の被害の他に村人にも被害が及んでしまいました」


 「ダイクさん、中に入って落ち着いてから話そうよ。ジョアンもまだ帰ってきたばかりなんだからさ」


 リューズがそう言ってダイクの話を途中で遮る。


 まあ確かに、ハールディーズ家の騎士や御者がいる前でする話でもない。 



 「皆さん、ありがとうございました。ジョアンが感謝していたとジュディ夫人によろしくお伝えください」


 ハールディーズ家から付いてきてくれた護衛騎士と、馬車の御者に礼を言う。するとハールディーズ家の馬車の御者が俺に紙袋を渡してきた。


 「こちらはジャニーンお嬢様からジョアン殿下へと預かってきたものです」


 「ありがとうございます。失礼して中を確認しますね。手紙でも入っていたら返礼を書きますので」


 そう言って紙袋の中を確認する。紙袋は封などはしておらず、簡単に袋の口を上で折ってあるだけなのですぐに中を見れる。


 中にはクッキーと、2枚の紙が入っている。


 1枚は便箋で、もう一枚は便箋をちぎったメモのようなものだ。


 便箋の方はジャニーンが書いたもので、クッキー作りをあれからもジュディ夫人に教えてもらって色々工夫しているから、良く味わって食べるように、という内容だ。まあクッキーを食べた感想はまた会ったら伝えればいいだろう。特に返信が必要な手紙ではない。


 もう1枚のメモの方はジャニーンの侍女リズが書いたものだった。


 馬車に乗る前の手押し相撲の件だ。


 俺と別れてから馬車が出発するまでの間の短時間で書いたので走り書きになっている。


 ジャニーンは俺の前では意地を張って自分の非を認めていなかったが、俺が馬車に乗った後で反省したものの、俺に合わせる顔が無いと言って見送りに出なかったのでその非礼を主に代ってお詫びする、また俺とジャニーンが顔を会せたら、ジャニーンは反省しているので変わらず話しかけて欲しい、という内容だった。


 俺も考えてみればジャニーンに対して手押し相撲の後はぶっきらぼうな態度を取ってしまった。


 リズはそれを気にしてわざわざ短時間でメモを書いて忍ばせたのだろう。


 こちらもすぐ返信する緊急性はないが、仕える主のために必要な諫言も辞さず、細やかな気遣いを見せるできた侍女のリズを安心させてやりたい、と俺は思った。


「返礼の手紙を書きますので少しお待ちいただいてよろしいですか」


 俺はそう言って御者に待ってもらい、代官屋敷の中に入った。


 ピアにエルフからもらったペパーミント茶をジャニーン宛の他、護衛騎士と従者分紙袋に用意してもらっている間にジャニーンから貰ったクッキーをかじりながらジャニーン宛の手紙を書いた。


 内容は手押し相撲の時のことは自分の甘さを教えて貰ったと感じたのは本心だから気にしていないがジャニーンに対してぶっきらぼうな別れ方になって済まなかった、自分に諫言してくれる家臣ほど自分のことを大事に思って仕えてくれているのでリズには謝ってしっかり向き合って欲しい、というものだ。


 最後にクッキーの感想を書いた。


 「小麦粉をふるいにかけて滑らかな口当たりにした上品なクッキーで美味しかったが、もっとザラザラガリガリして色々なものを混ぜたクッキーも食べてみたいと思う」


 書いた手紙はピアが用意してくれたジャニーン宛のペパーミント茶の紙袋に入れ、袋の口を封蝋で密閉した。


 護衛騎士、御者にそれぞれペパーミント茶の入った紙袋を渡し、ジャニーン宛の紙袋も御者に託した。


 「今回はお世話になりました。帰り道もお気を付けてお帰り下さい。帰り道でも左足に布を巻いている雪狼を見かけましたら、それは私たちの配下になった雪狼の証ですので安心してくださいね」


 俺はベルシュに戻る護衛騎士たちの後ろ姿に手を振って見送った。




 代官屋敷の中に戻り、ピアに持ってきた荷物の中からメカブ茶を渡して淹れ方を教えた。

 新しいものに抵抗が無いピアが人数分淹れてくれたメカブ茶を飲みながら、ジャイアントボアの被害の話を聞く。


 「最初から聞かせて。ここらは魔物被害が多いって聞いてはいたけど」


 ダイクが話し出す。 


 「殿下とハンスがベルシュに行かれてから数日後、村の外れに近い王家領の畑の何か所かが荒らされて、麦をやられました。ヒヨコ岩へ行く途中、ディルク達がよく作業していたあの畑です」


 「それで、村人たちが自警団を作ったの?」


 「いや、その時は村人たち、というかディルクに話したんですが、ディルクの反応は鈍かったんですよ。代官に言って騎士団を派遣してもらうしかないですね、って感じでした。それで代官のマッシュに相談したんですが、この辺りの管轄の第5騎士団に派遣要請しても来てくれるかわからない、もし来てくれるとしても1週間以上は先になるってことでしてね。それでマッシュにフライス村の村人全員に狩猟を許可するからダイクさんとフデで退治してもらいたいって言われたんですよ」


 ああ、確かに前に税収の話をマッシュとした時にそんなことを言っていた。第5騎士団に収める税が勿体ないって思ったんだわ。


 「第5騎士団については私も以前代官のマッシュに聞いてたよ。害獣の駆除なんかの依頼をしても、クリン村でもなかなか来てくれないって言ってたよ」


 「同じ騎士として、第5騎士団の対応は私には解せません。この件は王都に戻ったら、第1騎士団長のリーベルト団長には報告をしようと思っております」


 「ダイク、お前の気持ちはわかる。それが本当なら俺も王都に戻ったら第2騎士団のヒュフナー団長に報告しとく。で、それはそれとして、狩猟許可を貰ってからどうしたよ?」


 「マッシュに狩猟許可をもらったので、許可を貰った夜のうちから畑を張っていたら、味を占めたジャイアントボアがノコノコやって来たんで狩りましたよ当然。ボスの群れのうち5頭と私で問題なく。村人たちの力を借りるまでもなく、でしたが、今思えばしっかり話は村長に通しておくべきだったかと反省しています」


 「ジャイアントボアを狩ったなら被害はその畑の麦だけで済んでめでたしめでたしじゃないの?」


 「王家領の畑とは反対側の、村人たちの所有する畑にも数日後にジャイアントボアが出て荒らしましてね。王家領の畑の時とは違って自分たちの食べる分だからか、ディルク達の目の色が変わったんです。それで私たちがジャイアントボアを村人の畑がある方向に追い払っただけではないかって疑われたんですよ。

 ジャイアントボアを狩った証拠として肉とか骨を狩った日の日中に皆に配ったんですが、複数いたジャイアントボアを取り逃したんじゃないかって疑いはずっと持たれていたみたいで。それで村人たちは自分たちで自警団を組織したんです」


 「ダイク達は自警団に協力しなかったの?」


 「協力は当然申し出ました。フデ以外にも懐いている雪狼がいるから、雪狼に警戒と狩りをやらせる、と伝えて。

 ただ村長のディルク達は本心はわかりませんが、私たちには村の客分だからそこまでやってもらう訳にはいかないと言って協力の申し出を断られました」


 「村人の被害って、その自警団の警戒中に襲われたってことなのかい?」


 「村長のディルク達が松明を焚いて夜間自分たちの畑の見回りをしていたので,その火を見て警戒したのかジャイアントボアは夜間現れなくなりましたが、日中ディルク達6人程が南の森で木を伐採している時にジャイアントボア2頭に出くわしまして、斧で撃退したようですがその時に怪我をした者が5人。そのうち死亡した者が2名です。村長のディルクも死亡しました」


 「……」


 うーん、何でそこまでディルクはダイクのことを拒絶してたんだろうか。

 村に対する責任感? ダイクに対する差別意識?

 それとも個人的な何かがあったのか。 わからない。

 生粋のフライス村村民じゃないから、ディルクの中に在った考えの芯みたいなものがさっぱり見えてこない。

 ディルクに対しては、フライス村に来てから奥方のマールさんも含めて世話になっているので感謝の気持ちは当然あるが、雪狼の一件から何となく俺達によそよそしい態度になっていた気がする。


 「ジョアン、ダイクさんが悪いわけじゃないから責めないであげて。ダイクさんと雪狼たちはディルクさんに断られても、村の周囲の警戒は続けていたんだよ。村人たちに見つからないように村人たちがその日入らない方面をね」


 リューズがダイクを擁護する。


 「ダイクを責める気なんてないよ。多分私がいたって全然力になんてなれなかったと思うし」


 王子という身分を隠している俺の言うことなんか、村人は聞きはしない。

 単なる商人の息子で8歳の子供の言うことなんか。

 俺が王子ってことを隠しているばかりにダイクも騎士という身分を隠さなければならず、単なる商人の手代の狼人間ワーウルフと思われているのだから、その点でもディルクに軽んじられたのかも知れない。


 「それで怪我人はどうなったの?」


 「ジャイアントボアに襲われた6人のうち、1人が助けを求めに教会に行こうとしてたみたいでたまたま代官屋敷の前を通ったんだよ。その時代官屋敷にはボクとドノバン先生とピアさんがいたんだけど、ドノバン先生がメモを書いてフデに括り付けて教会まで走らせて、ボクとドノバン先生は襲われた現場に向かったんだ。

 ボク達が現場に着いた時には一頭のジャイアントボアは倒せてたんだけど、もう1頭が手負いになって暴れていて、もう村長たちは倒れていた。それで手負いのジャイアントボアを村人から遠ざけるためにボクとドノバン先生が囮になって森の中に誘導したんだよ」 


 「教会からフデが代官屋敷に戻ってきたので、フデにダイクさんたちを呼びに行くように言いました。フデも後で褒めてあげて下さい」


 ピアがフデの働きを褒めるように言う。本当に森の中のダイクたちを探し出すなんてフデにしかできないことだ。


 「それで森の中にジャイアントボアを誘導して何とかあしらっているうちに、ダイクさんと雪狼達が来てくれて、倒すことができました。

 それから急いでリューズさんと一緒に倒れている人たちの手当をしたんです。3人は何とかなったんですが、村長のディルクさんともう一人は内臓の損傷がひどく、リューズさんの治癒魔法では如何ともしがたく……」


 「治癒魔法は全員にかけたんだけど、怪我が重要な臓器にまで及んでいると怪我をした人の体に蓄えている体を修復する栄養がどの程度あるかによって治る治らないがどうしても出てしまうんだ。こればかりはどうしようもなくて……」


 「リューズ、気にすることはないよ、よくやってくれたよ」


 俺はそうリューズを労った。


 実際治癒魔法は怪我をした人の体の中の栄養なりを使って自然治癒力を極限まで高める魔法だから、普段から十分な栄養が取れているとは言えない村人たちに使っても流石に内臓の損傷を修復するところまでは難しいだろう。


 「それで、村の教会のルンベック牧師の口利きで、雪狼たちもフライス村の周囲を警戒し、何頭かはフライス村の中も警戒のため動く、ってことが周知されました。私が村に居る時だけですが。私が森に入ったりする時は雪狼たちも一緒に森に行くことになっています。村に残っていていいのはフデだけですね。小柄なフデはようやく村人からも認められてきたようです」


 「そうか。ルンベック牧師にはまたお礼を言っておかないと」


 何だかんだで寄付の見返りってことにしてくれそうな気もするが、今日の夜牧師が来たら礼は伝えなければ。


 亡くなった村人の遺族への補償など、代官のマッシュは頭が痛いことだろう。

 海産物の件も相談しないといけないが、村長が死んだフライス村のまとめ役の選定などもマッシュはしなくてはならない。

 代官も労ばかり多くて大変だ。


 「今日は代官のマッシュももうすぐ来るだろうし、ルンベック牧師も夜には来るだろうから、色々相談しないといけないな」


 「殿下、それなんですが」


 ドノバン先生が口を開く。


 「実は今日、代官のマッシュさんが来るのに合わせて、いつも集まっているルンベック牧師の他、主だった村人たちが数十人、ここ、代官屋敷で寄り合いを開くことになっております」


 「え、どういうこと?」


 「村長のディルクが亡くなりましたが、村長は代々世襲なんだそうです。ディルクの息子は3人いますが長男のエリックは11歳です。この若さで世襲しても良いものかどうか村人の寄り合いで意見を聞きたいとマッシュが言いまして、今日の夜がその寄り合いなのです。私たちもオブザーバーで参加して欲しいとマッシュには言われております」


 なるほどなあ。村長は世襲制だったのか。


 話の向きによっては荒れるなぁ。


 無関係を決め込みたいが、戻ってきてしまったからそう言う訳にも行かないんだろうな。


 最も8歳の俺が大っぴらに意見をいう訳にもいかないだろう。


 とにかくマッシュに話を聞いてからだな。




 俺はマッシュが代官屋敷に到着するのを待った。










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